破れかぶれになる
18.破れかぶれになる
さて、冒頭の「営業の仕事で、どの部分が一番難しいか?」の質問に対して、応募者達は大概戸惑う。そんな宇宙の果てみたいな問題をかって考えた事が無いからだ。直ぐその場で答えなければならずカンニングしたり誤魔化す時間が無いから、つい本音が出る。分類すると、彼らは大体以下の四つの派に分かれて応える。
①口説き落し派の答え:
「営業では、迷っているお客様を購入するように説得するのが、一番難しいです」
(こっちの内心: おいおい、お前さんの説得のやり振りが、買わないように客を迷わせているのじゃないのかい!?)
②第一印象重要視派の答え:
「初対面の印象を良くするように、身なりや態度を含めて自分は特に腐心します。営業には、これがとても大事なんです」
(★こっちの内心: 自然体でやれないのなら、普段よっぽどガラの悪い人間なのかな、こいつは。そういえば、幅の広い顔がヒキガエルに似ているから、札付きのワルだなきっとーーー)
③熱血男児派の答え:
「セールスは一にガッツ、二に熱意です。三番目は無い」
(こっちの内心: 三番目は無いなんてハキハキした声だが、えらく言葉を節約するじゃないか! これが今日の宝くじの決め手と思ってるらしいが、面接は視力検査じゃないからギャンブルとは行かないんだよな)
④人類愛派の答え:
「相手の問題をじっくり聴き出し、悩みに耳を傾け、商品の気になる点を納得が行くまで説明して上げるのが大切です。これがお客様に愛される営業で、私は営業が大好きです」
(★こっちの内心: 苦み走った男ぶりといい、よそゆきの言葉遣いといい、名族のたたずまいですな、こりゃ。相手にじっくり懺悔をさせ、こっちの愛も振り撒くのならば、君はセールスより教会の牧師向きだよーーー、多分)
応募者の多くが美しい言葉で飾って、如何にももっともらしく応える。 が、それらが本当に営業の「一番の難事」で、それらをクリアすれば、製品は本当に売れるのだろうか? ちょっと気になるから、試しに①「口説き落とし派」の人へ訊ねてみる:
「(顧客への)説得が一番難しく大事だと貴方は言うが、女を口説くみたいだねえ。でも、先ず相手に会えなければ、口説く事さえ始められないじゃないのかねーーーえ?」
応募者は露骨に嫌な顔をし、不合格にならないよう、用心しいしい応える:
「そりゃあ、そうです。 説得は、訪問して面談してからの話ですわーーー」
こっちは追求を止めない:
「訪問して面談と言うが、じゃあ、どうやって最初に訪問するの?」
「無論、事前にアポ(=面会予約)取りしてーー」と、当惑気な顔をする。
彼の不安は的中して、こっちは意地悪くなる:
「じゃ、貴方はアポ取りする先をどうやって見つけるのかね?」
「展示会へお見えになった人を中心に電話したり、外に色々とーーー」
この「外に色々」とは便利な言葉で、実は外に色々どころか「何も無い」のである。ソコを突く。
「じゃ、会社が展示会を開催してくれなかったら、貴方は営業をようしない訳になるのかな、え?」
「いえーーー」
「因みに、ウチは展示会をやらないよ、金が掛かるからーーー」
「ーーーー?」と、彼はピンチである。
「ーーーー?」 と、こっちが待つ。
応募者の声は弱々しくなり、他力本願に踏み切る:
「過去の御社の納入実績なんかを利用してーー-」
これは答えになっていない。なぜなら、仮に会社創業時だとしたら実績などないのだから、実績に頼らない販売を工夫してこそ本当の営業力となるからだ。先輩の尻を追いかけるだけなら、先行きがじり貧になる。けれども、そんな理屈を説明しても始まらないから、こういう手合いに対しては残忍な言葉を投げる:
「ウチでは秘密保持で、過去の実績なんか簡単に見せない事にしているんだがなあーーー」
何のタタリかと背筋を凍らせた応募者は、血走った眼でこっちをにらんで破れかぶれになる:
「それじゃ、御社はどうやってアポ先を見つけるんですかっ!?」
「それを、貴方に今訊いているんだけれどねーーー」
応募者は急激に衰えて「シュン太郎」となる。こっちはたたみ掛ける:
「一番難しいのはソコじゃないのかい? 彼女を口説くには、先に彼女を見つけなきゃ、話にならないよなーーー」と、とどめを刺して結論を教える。