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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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今日は早よ帰れ!

12. 今日は早よ帰れ!


 何処へ面接に訪れても採用にならないので、多少やけ気味になっていた。そんな中の面接で、「語学力は?」と問われたから、「『アナタは英語で寝言を言うから、外人と寝ているみたいよ!』と、妻が日頃苦情を申しております」と、人を食った返事をしてやった。どうせ採用されるまいと、捨て鉢だ。


 面接官は初めじろりとうさんくさそうに眺めていたくせに、あにはからんや、「へえ、凄い! そりゃあ、奥さんが興奮する筈だ!」と、妙な感心の仕方をした。即座に採用となったから、「奥さんが興奮する」とは一体どういう意味かと怪しんだが、深く詮索はしない事にした。

 食肉を輸入販売する卸業者で、年間売上げが数十億円の業界の大手であった。けれども面接時の雰囲気からして、経営体質は個人商店みたいな処があった。


 この会社は確かに商社なのだが、内職みたいに自身でも小売店として肉屋も営んでいて、店が日用品を売る市場(いちば:マーケット)の中にあった。右隣は漬物屋、左は豆腐屋、正面は乾物屋である。仕事をする事務室は自店の肉屋の二階であった。


 肉店のスペースをそのまま上に立ち上げた二階だから、事務室が広い筈はない。しかも木造だから、正しく屋根裏であって天井も低い上に極めて狭苦しい。オーストラリアからの食肉の輸入手続きが筆者の仕事で、市場内から立ち登る様々な匂いに満ちて、仕事中に鼻が飽きる事がない。これで食肉卸業界の大手商社とくるから、大手でない会社なら一体どんなんかなと疑わせた位だ。


 大層ケチケチした会社で節約の為か、事務室の照明は気に成るほど薄暗い。三十代初めの五~六人の男子社員が、筆者と同じ小部屋に詰めていた。社員数自体は少ないのに屋根裏だから、狭さは文字通り隣同士の椅子が隙間なくぴったりくっ付く程ぎゅうぎゅう詰め。


 決して大袈裟ではなく、自分の椅子の背もたれを真後ろから乗り越えなければ、着席は不可能だった。天井から吊革でも下がっておれば、ラシュアワーの通勤電車と間違える位だが、電車内の方が明るいだけ未だまし:ここは怪しげなほど薄暗かった。


 トイレに行くにもひと骨で、ぴったり張り付いている両隣の人へ迷惑を掛けるから、朝一番か昼一番に済ませておくのが、暗黙のルール。ただ、部屋の照明が余りに暗いから、執務中に居眠りをしていても隣人にさえ分らないという有利さはあった。


 薄暗い中で社員らが私語も無く黙々とやっていたから、シンとし過ぎて息が詰まる。筆者は決して不平の多い人間ではないが、そんな環境下で同僚の社員らに「不満が全く無さそう」なのがヘンだと思った。我慢強いのは、埋め合わせに給料が案外破格に良いのだろうかと勝手に推測していた。何もかもがヘンで、何もかもが筆者の常識外だった。


 そんな中で私が一番の年長だったが、薄暗さだけでなく他の人達が筆者へ妙によそよそしいのも気になった。元々筆者は口の重い人間で自分から口を切って話す事は少ない。が、それでも狭さと息苦しさに耐えられず、こっちから隣の同僚へ親しみを込めた積りでそっと話し掛けてみた。

 相手からは必要最低限度の返事が、それも迷惑そうなトーンで、言葉少なにイエスかノーだけで返された。


 四十分間の昼休みや終業時間になると、解放感で心底ほっとした。照明の不足もあり何か秘密めいた雰囲気なのだが、何処が怪しいのか判らない。それでも給料を貰えるだけで有り難く、筆者は環境の悪さを我慢して勤務していた。


 一ケ月も過ぎた夕方、定時は午後六時だのに、四時頃になって妙に目の細い男が現れたかと思うと、社長であった。六十過ぎか。大きなダミ声でぶっきら棒に社員達へ向かって怒鳴った:

「おい、お前ら。今日は早よ帰れ!」 

 後で知ったが、これは社員思いの社長の実に情け深いお言葉だったのだ。



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