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ツイノベまとめ

花は人と成り

【桜】

彼女の皮膚からは不思議と甘い香りがした。やがてその皮膚は固く変化して、長い髪の先に小さな蕾が宿った。見守っている間に夏が来て秋が来る。冬の訪れと共に彼女は無口になり、氷が緩み始めると蕾は綻ぶように開花した。穏やかな口元には鳥が集う。彼女は桜木の人であった。


【梅】

男は駅のホームに1時間も立っている。7時、目前のホームに少女が現れた。彼女は緊張の面持ちのまま電車に吸い込まれる。それを優しく見送り、男は小さな声で彼女の合格を祈るのだ。「学問の神様の癖に」飛んで来た烏が揶揄する。男は笑みでそれに答え、綻ぶ梅の蕾に姿を変えた。


【雨と傘】

「毎日毎日雨で嫌になる。愛しい男の顔もよく見えない」紫陽花はそうごち夕暮れの公園を寂しげに見つめる。「傘で顔が隠れるのだもの」雨の花がしくしく泣けば雨はますます強くなった。そんな紫陽花に焦がれる私に出来る事といえば黙って新緑の葉を傘代わりにかけてやるだけである。


【少女の起床】

眠る彼女を起こすのは、いつも老女の役割だった。暖かい日差しと共に窓が開かれる。老女の優しい声と気配が近づき、彼女はゆっくり伸びをする。固まっていた身体がほぐれ、柔らかなスカートが広がって行く。老女が嬉しそうに笑った。「ほら、今年も桜が開花した」


【進化の代償】

ある日、桜の木は神に進化を願った。固い枝はしなやかな腕となり、淡い桃色の花は艶やかな顔となる。やがてそれは一人の少女に変わり、売れない小説ばかり書く男へ嫁ぐ。進化の代償として神とかわした契約は命の短さ。彼女は男と共に生き共に老い、幸せに満ち足りて死んで行った。


【冬もまもなく】

誰かに呼ばれた気がして、私は仕事の手を休める。夕暮れの薄暗い部屋が気妙に明るいのである。窓を見ればそこにはまるで金のヴェールを纏ったような銀杏の木。地味な彼女は年に一度めかし込む。また会えましたねと微笑めば、彼女は恥じらって葉を散らす。冬は間もなくだった。


【冷たい人】

冷たい人に恋をしてしまって。青の着物が似合う彼女は、そよと囁くように言う。「酷く冷たいあの人。彼の気配を感じると私恥ずかしくて照れてしまうのです」振り返ればそこは見渡す限りの赤楓。赤の雲海の如き紅葉の園。今朝はとても冷えましたね、と寺の住職が笑って言った。


【甘い香り】

いつもこの季節に出会う女だった。彼女は気配が薄い。甘い香りに惹かれ振り返ってみても、彼女はすでに遠くに居る。「何故ですか」問えば彼女は薄く微笑んだ。「私は秋を知らせて去るのです」深い緑の帯より垂れるのは、ハッと目を惹く橙の根付け。リンと鳴り甘い金木犀が香った。


【毒を持つ】

凛とした女だ。体を覆うは目にも眩しい赤のドレス。広げる扇子も炎のよう。彼女は燃えるような瞳で前方だけを見つめている。「死んだ男をああしてずっと待ってるの」別の女が私に耳打ちした。「彼女が殺した癖に」彼女の名前は曼珠沙華。毒を持ち近づく物を殺す悲しい性である。


【乙女達】

色とりどりのスカートを纏う可愛い乙女達だ。シフォンのようなそのスカートは風が吹けばふわりと遊び、少女たちの白い足が目にも眩しい。吹き付けた風は秋を予感させる冷たさ。はたと気付けば乙女の声はもう聞こえない。振り返った先は秋の野原。風に揺れる秋桜の大群である。


【夏は過ぎ去り】

さようなら、と女は言う。鮮やかなオレンジのスカートをまとう女である。彼女は男の腕を名残惜しげに放す。「私の旬は過ぎましたので」振り返る女に香りはない。「私の名前は凌霄花」ノウゼンカズラと名乗った女は崩れるように大地に消えた。思えばそれは盛夏が旬の花である。


【子供達】

幾人もの子供達が私の体に小さな腕を回し抱擁しようとしたものだ。しかしどの子も腕の長さが足りず私の体を包む事は出来なかった。ある年、複数の子供達が手を繋ぎ私を囲む。「大きいね」小さな子が言う。「大きな木だね」小さな6つの目が私を見上げた。「やっと抱っこできたよ」


【奇跡の花】

彼女は百年に一度だけ咲く奇跡の花。満月の夜、彼女は頭を振るわせ可憐な蕾を開いた。「…酷い人!」百年ぶりに外を見た彼女は絶望の声を上げる。「私を置いてくなんて」彼女の前に座る僕はすでに髑髏だ。愛も囁けない。ただ彼女の茎に掛けた指輪だけが一方的な僕の愛の証である。


【生きた証】

かの者の手が姫の細い指に絡まり掴む。折れんばかりに強く。痛い痛いと姫君は泣いた。「これでお別れでございます」かの者は息切れするように言う。「さようなら」姫の成長を誰よりも楽しみにしていた朝顔の爺は、夏の終わりと共に萎れた。姫の指に絡む蔓だけが爺の生きた証である。


【また来年】

美しい女だった。薄桃の着物を纏う色白の女である。彼女は男に寄り添い「また来年も来て下さいね」と、花弁のような爪で男の掌をぐっと押した。「きっとよ」そよと囁く声に驚いて振り返ればそこには一本の桜木。女に似た儚い若木である。掌を開いてみると桜花が一枚、風に舞った。

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