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望んだ転生。望まなかった環境

作者: 華洛
掲載日:2026/10/14

【PART-1】



 新宿・歌舞伎町ダンジョンB3F。


「あー、生き返る……!」


 肺いっぱいに空気を吸い込んで、オレは心底そう思った。

 普通なら逆だろう。

 魔物がうろつくダンジョンの中より、外のほうが安全なはずだ。

 なのにオレにとっては違う。

 ダンジョンの外は、息が詰まる。

 胃がねじ切れそうになる。

 下手をすれば、魔物に殺されるよりよっぽど悲惨な目に遭う。


 なにしろこの世界では、オレみたいな「男」が見つかった時点で人生終了だからだ。

 鳥籠に閉じ込められて、生活の全てを管理される。

 自由なんてものは綺麗さっぱり消し飛ぶ。

 だからオレは、戸籍も身分も捨てて「女」として生きている。

 バレたら終わり。

 見つかったら最後。

 笑えない冗談みたいな話だが、これがこの世界の現実だった。


「■■■」「■■■■」


 耳障りな声が響く。

 人間じゃない。

 ダンジョンの壁際に身を寄せ、そっと先をのぞく。


 いた。

 ゴブリンだ。


 ゴブリンと聞けば、普通は♂で知能が低く、女を見れば襲いかかるようなテンプレを想像するだろう。

 だが、この世界では逆だ。


 ゴブリンは♀。

 少なくとも、オレは♂のゴブリンなんて見たことがない。

 そして連中は、男を見つけると飢えた獣みたいに襲いかかってくる。


 隠れていたオレのほうへ、ゴブリンの顔がぴたりと向いた。


 ……だよな。

 ゴブリンには男性ホルモンを嗅ぎ分ける性質がある。

 ほんと、どうしようもないクソ仕様だ。


 腰のホルダーから銃を抜く。

 あらかじめ魔力を充填していたから、五発は撃てる。


 どうせ、もうバレてる。


 息を吸って、吐く。

 物陰から踏み出すと同時に、トリガーを引いた。


 銃口から放たれた魔力弾が、一体目の頭をぶち抜く。

 もう一体は狂気に染まった目で、一直線にこっちへ突っ込んできた。


 ……これだけは、外もダンジョンも変わらないな!


 立て続けに引き金を引く。

 魔力弾が胴に叩き込まれ、ゴブリンはそのまま床に崩れ落ちた。


「さて、あとは魔石の回収だな」


 ゴブリンの魔石の相場は五十円。

 オレが使ってる買取屋じゃ二十円。


 今のご時世、十体倒してもコンビニのおにぎり一個がギリギリ買えるかどうかだ。

 世知辛いなんてもんじゃない。


 オレは、ここではない別世界から来た、いわゆる転生者ってやつだ。


 前の世界と違う点はいくつかある。

 一つは、この世界にはダンジョンがあること。

 魔石っていうエネルギー資源が採れて、魔物の素材も技術発展に使われている。


 そして、もう一つ。

 こっちのほうが、オレにとってはよほど深刻だ。


 この世界は、男女比が狂っている。


 男一人に対して、女は千人。

 転生して数年経つが、日常でオレ以外の男を見たことなんてほとんどない。

 テレビやネットの中のアイドルくらいだ。


 男に飢えた女がどれだけ怖いかって?

 ……オレは昔、それを嫌というほど思い知った。

 思い出したくもない。

 あの頃のせいで、今でも女性恐怖症になりかけてる。


 つまりこの世界は、男にとってあまりにも生きづらい。

 少なくとも、普通には生きられない。


「いやぁぁぁあああああ!」


 不意に、悲鳴がダンジョン内に響いた。


 反射的に顔を上げる。

 舌打ちしたい気分になった。


 下手に事件が起これば、ダンジョン警察の調査が入ることがある。

 身分証のないオレにとって、事情聴取なんてそれだけで致命傷だ。


 悲鳴のしたほうへ急ぐと、案の定、ゴブリンがいた。


 ちなみにゴブリンは、女には容赦なく殺しにかかる。

 男には欲情し、女は殺す。

 同族嫌悪か何かかと勝手に思ってる。


 尻餅をついた少女とゴブリンの距離は近い。

 あの位置じゃ銃は使えない。

 下手に撃てば、少女に当たる。


 ……FPSは苦手なんだよ。


 オレは右のホルスターではなく、左のホルスターへ手を伸ばした。

 引き抜いたのは、一本の筒状の装置。


 そこへ魔力を流し込むと、青い光の剣が唸るように伸びる。


 マジックソード。

 魔力の刃を形成する武器だ。


 ドラゴンみたいな高級素材の武具と比べれば、性能は大きく劣る。

 使用者の魔力量にも左右されるし、所詮は普及品。

 それでも安価で扱いやすいし、なにより――ライトセイバーっぽくて、ちょっとカッコいい。


 脚部に魔力を回し、一気に踏み込む。


 ゴブリンが振り向くより早く、青い刃がその胴を両断した。


 少女は尻餅をついたまま、呆然とオレを見上げていた。

 見たところ、大きな怪我はなさそうだ。


 オレは無言でポーションを一本だけ足元に置く。

 名乗りもしない。

 礼を言われる前に、その場を離れる。


 下手に関わって、どこで「男」だとバレるか分かったもんじゃないからな。




【PART-2】



 新宿・歌舞伎町、裏通り。


 ダンジョンから出たオレは、魔石の入った袋を片手に、買取屋へ向かっていた。


 前世の歌舞伎町と比べて、変わっていないところもある。

 けれど、変わったところのほうがずっと多い。


 たとえば、キャバクラみたいな「男が楽しむ店」は存在しない。

 あるのはホストクラブのような店ばかりだ。


 もっとも、そこで客をもてなしているのは男じゃない。

 中にいるのは女で、前世でいう宝塚みたいに、きっちり男装した女たちが接客している。


 まあ、この極端すぎる男女比の影響をもろに受けてるんだろうな。

 夜の店なんかは、特に。


 自動車の軽が一台、ぎりぎり通れそうな細い裏路地を進む。

 その先にあるのは、なんの変哲もない雑居ビルの壁際に置かれた、ひとつのダストボックスだ。


 知らない奴が見れば、ただのゴミ箱にしか見えない。

 だが、こいつが裏の買取窓口だった。


 オレはゴブリンやその他の魔石を詰めた袋を、そのダストボックスに放り込む。


 少し待つと、壁の一部が音もなくスライドし、奥から金属製のトレーがせり出してきた。

 その上に乗っていたのは、千円札が一枚。


 ……普通の買取店に持ち込めたら、五千円くらいにはなるはずなんだけどな。


 足元を見られているなんてもんじゃない。

 買い叩きにもほどがある。


 だが、文句を言う気にはなれなかった。

 いや、正確には、言えない。


 騒いで困るのはこっちだ。

 身分証も戸籍もないオレが、魔石を換金できる場所なんてそう多くない。

 この買取屋がなくなれば、それだけで生活が立ち行かなくなる。


 オレは小さくため息をつき、トレーの上の千円札をつまみ上げた。

 それを確認した途端、トレーは何事もなかったみたいに壁の奥へ引っ込んでいく。


 まるで前世のパチンコ屋にあった景品交換所みたいだ。

 もしかすると、この場所も元はそういう用途だったのかもしれない。


 この世界は、女が圧倒的に多い弊害なのか、弁当みたいな食い物も全体的に小ぶりだ。

 前世と比べて、一割から二割くらいは量が少ない気がする。


 そのぶん値段は安い。

 けれど、成長期のオレには弁当ひとつじゃまるで足りない。

 牛丼屋だって、大盛まではあっても、特盛とかメガ盛りみたいな夢のあるサイズは存在しないしな。


 ……いや、そもそも所持金がないんだけど。


 ははは。

 はぁ……。


 女装しているとはいえ、骨格までは誤魔化せない。

 人通りの多い大通りに出ると、オレはパーカーのフードを深く被った。


 監視カメラや警邏ドローンに全身をスキャンされて、男だと判定されるのは避けたい。


【緊急ニュースです。地下カジノへの強制捜査において、全国重要指名手配犯が逮捕されました】


 巨大モニターにニュース映像が流れる。

 スマホも買えないオレにとって、こういう街頭モニターは数少ない情報源のひとつだった。


【逮捕されたのは世風鸞夏容疑者。自分の子供――それも男の子を、金目当てで売り払った重罪で全国指名手配されていました】


 ……生みの親だった。


 まさか母親の逮捕映像を、歌舞伎町の巨大モニターで見ることになるとは思わなかった。

 口から出てきた感想は、ひとつだけだ。


 ざまあみろ。


 久しぶりに、少しだけ気分のいいニュースだった。


【売られた男の子は現在も行方不明となっておりますが、父親と世風鸞夏容疑者のDNAサンプルを元に、AIで解析した想像図がこちらになります】


 画面に、いくつもの顔画像が表示される。


 ……女装してなければ、まあ、ぎりぎり似てると言えなくもない……のか?


【名前は世風ハヤテくん。現在十五歳。似た人物を見かけた場合は、警察機関への連絡をお願いします】


 しなくていいですよぉ。

 こっちはこっちで、今の生活に満足してるんで。

 困ってることは多いけどさ!


【追加の情報です。今回、世風鸞夏容疑者が逮捕されたことで、緊急特例措置として血統魔法が使用される可能性があるとのことです】


 血統魔法?

 なにそれ?


【親子の血の繋がりを魔法で可視化し、居場所を突き止める魔法です。ただし、通常の使用には裁判所の許可をはじめ、複数の手続きが必要であり、滅多に使われることはありません。しかし今回は、行方不明の男の子を捜索するため、使用が許可される見通しとのことです】


 ……え。


【また、世風鸞夏容疑者はこの魔法の使用にあたり、死刑から無期懲役への減刑を――】


 クソっ。


 あの生みの親は、最後までオレに不利なことしかしないらしい。


 周囲がざわめく中、オレはパーカーをさらに深く被り直す。

 そして安息の場所――ダンジョンへ引き返すことにした。


 とりあえず、あのクソ親の死刑嘆願書ってどこかでやってない?

 あったら真っ先にサインしたいんだけど。




【PART-3】


 新宿・歌舞伎町ダンジョンB25F


 毒親の生き意地汚い愚行のせいで、歌舞伎町ダンジョンの深層近くまで潜ることになった。


 血統魔法とかいう追跡用魔法は、魔素が多い場所にいれば交わせる……はずだ。

 確証はない。

 そもそもオレ、魔法の知識なんてほとんどないし。

 スマホでもあれば調べられるんだろうけど、そんな便利なもん持ってるわけもない。


 つまり、勘だ。


 だが、地上で怯えているよりはマシだった。

 ダンジョンの魔物は分かりやすい。

 見つけたから殺す。あるいは襲う。

 人間の女みたいに、笑顔で近づいてきて人生を終わらせたりはしない。


「あー……しんど」


 壁に背を預けて息を吐く。


 B25Fまで来ると空気が違う。

 重くて湿っていて、肺の奥まで魔素が入り込んでくるみたいだった。

 壁も床も黒い岩肌で、ところどころ青白く光っている。

 綺麗というより、不気味だ。


 でも、そのおかげか、地上にいた時みたいな嫌な感覚は少し薄れていた。

 誰かに居場所を探られているみたいな、あの気味の悪さだ。

 思い込みかもしれないが、今はそれでもいい。


 装備を確認する。


 魔力銃は一丁。

 マジックソード一本。

 ポーションは二本。

 携帯食は残り一食。


「終わってんなぁ……」


 ここまで来る探索者は、もっとまともな装備と仲間を揃えてる。

 戸籍なし、身分なし、金なしの単独潜りが来る場所じゃない。


 それでも来るしかなかった。


 少し休んでから、また歩き出す。

 B25Fは通路こそ広いが、そのぶん隠れる場所が少ない。

 コソコソ進みたいオレとは相性最悪だ。


 そして、こういう嫌な予感はだいたい当たる。


 前方の暗がりが揺れた。


「うわ、出た」


 灰色の毛並みに狼みたいな頭。

 コボルトウォリアーだ。

 しかも一体じゃない。三体。


「三体かよ……」


 引き返すより早く、一体が床を蹴った。


「だよな!」


 横に飛ぶ。

 さっきまでいた場所に骨剣が叩きつけられ、岩床が砕ける。


 転がりながら銃を抜いて撃つ。

 魔力弾が肩口を抉る。

 だが、止まらない。


「硬っ!」


 追撃で目を狙う。

 今度は当たった。

 片目を潰された一体が吠える。


 その隙に距離を取ろうとしたが、左右から残り二体が回り込んできた。


「連携すんなよ!」


 右から飛び込んできた一体に反射で撃つが、外れる。

 近い。


 左のホルスターからマジックソードを抜き、魔力を流す。

 青い刃が伸びる。


 噛みつきをかわし、そのまま首元を斬り上げる。


 浅い。


 次の瞬間、体当たりを食らって壁際まで吹き飛ばされた。


「っ、が……!」


 背中を強打し、肺から空気が抜ける。


 最悪だ。

 ここで気絶でもしたら、そのまま死ぬ。

 いや、死ぬだけならまだマシかもしれない。

 相手が♀だったら、それより嫌なルートまである。


 コボルトが迫る。

 真正面から骨剣が振り下ろされた。


 避けきれない。


 咄嗟にマジックソードを横にして受ける。

 火花みたいな魔力光が散った。

 重い。

 押し切られる。


 その時、乾いた連射音が響いた。


 目の前のコボルトの頭が横から弾ける。


「伏せて!」


 女の声。

 反射でしゃがむ。

 頭上を魔力弾が抜け、残る二体に突き刺さる。

 続けて炎の矢が飛び、片目を潰していた個体の胸を貫いて爆ぜた。


 最後の一体には、暗がりから飛び出してきた長身の女が槍で止めを刺した。


 ……助かった。


 助かったが。


「最悪だ……」


「え、そこは助かったでしょ、普通」


 男だってバレてみろ。

 助けたことを恩に着せて、種馬コースもあり得る。


 最初に声をかけてきたのは、二丁拳銃を持った小柄な女だった。

 明るい茶髪を後ろでまとめた、妙に距離の近いタイプだ。


「大丈夫? 立てる?」


「だ、大丈夫です……」


 反射で少し高めの声を出す。

 危ない。今の見た目ならそれでいい。


 槍を持った長身の女と、ローブ姿で杖を持った女も近づいてくる。

 三人パーティー。

 装備もまともで、ここまで無傷で潜れる実力もある。

 そして全員女。


 帰りたい。

 帰る場所なんてないんだけどさ!


「単独?」


 槍の女が短く聞く。

 黒髪を後ろで束ねた、いかにも無駄口を叩かなそうな顔だ。


「まあ……そんな感じで」


「無茶」


 短く言って、じっとオレを見る。


 やめろ。

 見るな。怖い。


「私はミナ。で、こっちがレイカ、シオン」


 二丁拳銃の女が言った。


「で、君は?」


「……名乗るほどでもないです。ただのモブですので、お気になさらず」


「警戒強っ」


 ローブ姿の女――シオンが静かに口を開く。

 細身で色白、いかにも頭が回りそうな目をしていた。


「当然でしょう。この階層で単独、軽装、消耗した装備。事情があるのは明らかです」


「……」


 見ないで。

 オレはどこにでもいるタイプです。

 性別以外は!


「あれ。もしかして、B3Fにいた?」


 心臓が嫌な跳ね方をした。


「ゴブリンに襲われてた子、助けたでしょ?」


 あ。


「あの時ポーション置いてったじゃん。あれ、うちの妹なんだ」


 最悪の意味がちょっと変わった。


「探したんだよ、恩人!」


「やめて」


「やめない」


 即答だった。


「お礼くらいさせてよ」


「いいって。そういうのいいから」


「そんな露骨に嫌がる!?」


 嫌だよ。

 女との関わりなんて増やしたくない。


 ミナがふと首を傾げる。


「でも、なんか見たことある気がするんだよね」


 やめろ。


「うーん、役所やギルドとかじゃなくて……あ!」


 ポケットからスマホを取り出して、スクショした画像をオレに見せてきた。

 そこには大型モニターで流れていたニュースに映った、現在のオレの想像図のパターンが表示されていた。


 シオンが細く目を眇めた。


「たしかに、似てはいますね」


 心臓に悪い。

 ものすごく悪い。


 ミナがスマホを下ろす。


「似てるとは思う」


 レイカが言う。


「でも、決めつける気はない」


 ……逃げられるか?


 装備、コンディション、実力、人数。

 全部負けている。

 それに三人とも、オレの位置は完全に捉えている。下手に動いても――。


 これって詰んでるな。

 ダンジョンのある世界で、もっと冒険したかったんだけどなぁ。


 その時、通路の奥から低い唸り声が重なって響いた。


 暗がりの向こうから、さっきより一回り大きいコボルトと、数体の魔物が現れる。


「面倒なの来たね」


 ミナが眉をひそめる。


「数が多い」


 レイカが槍を構えた。


「話は後です」


 シオンが杖を上げる。


 オレもマジックソードを握り直した。

 女三人と一緒に戦うとか嫌すぎるが、一人で相手するのはもっと嫌だ。


 一瞬、囮にして逃げようとも思ったが。

 それをすると毒親と一緒になりそうで嫌だった。


 次の瞬間、魔物の群れが一斉に動く。


 先頭のコボルトが突っ込み、その横を蜥蜴型の魔物が低く走る。

 オレは蜥蜴型の目を狙って撃つ。二発目で潰れた。

 そこへレイカが踏み込み、喉元を正確に貫く。


 間髪入れず、コボルトが骨剣を振り下ろす。

 横からミナの魔力弾が叩き込まれ、軌道がずれた。


「ぼーっとしない!」


「してない!」


 叫び返しながら懐に潜り込み、オレはマジックソードで脇腹を斬り裂いた。


 後方ではシオンが短く詠唱し、氷の杭を生み出していた。

 ゴブリンがまとめて床に縫い止められる。


「今です」


 言われるまでもない。

 銃を連射し、動けなくなったゴブリンの頭を撃ち抜く。


 強い。

 やっぱり強い。

 そして、連携が取りやすい。

 そこがちょっと悔しい。


 最後に残った一番大きなコボルトが吠え、魔力を纏った骨剣を振り上げた。


「うわ、それ反則だろ」


 距離を取る。

 振り下ろされた一撃が床を砕いた。


「左!」


 レイカの短い声。


 反射で身体をずらす。

 背後に回り込もうとしていた別個体の顎を、オレは振り向きざまに斬り飛ばした。


 そのまま主格らしいコボルトへ銃口を向ける。

 だが硬い。一発じゃ抜けない。


「ちっ……!」


「下がって!」


 ミナの声。


 横からの連射でコボルトがよろける。

 そこへレイカが膝裏を裂き、シオンの放った炎の槍が胸を貫いた。


 一拍遅れて、爆ぜる。


 巨体が崩れ落ち、ようやく周囲が静かになった。


「はぁ……」


 助かった。


「やっぱ強いね、君」


 ミナが言う。


「……貴女たちも強いね」


「一人でここまで来るだけはある」


 レイカが槍を払う。


「とはいえ、その貧弱な装備でここまで潜るのは、おすすめしませんが」


 シオンが淡々と付け足した。

 好きでこんな貧弱装備の縛りプレイをしているわけじゃない。

 金がなくて、仕方なくこうなってるだけだ。


 少しだけ間が空く。


「魔石と素材、買い取らせてくれる?」


「……え」


「私たち、魔石や素材が欲しくて潜ってるんだよね。ダメ?」


「……現金と交換ならいいですよ」


 オレは五万円をもらい、この場所を後にした。

 さすがに貰いすぎだと言ったが、妹の件のお礼も含んでいると言われた。


 ……何か感づいている気がしないでもない。

 女の勘は鋭いって言うし。


 まあ、くれると言うのなら貰っておく。

 この世界に転生して、一万円札を見るのは初めてだ。

 五万あれば、久しぶりに腹いっぱい食べることができそうだ。


 あ、でも地上に出ると、血統魔法で見つかる可能性も……。


 三人娘の気配が感じ取れないくらい離れた場所で、深く息を吐く。


 血統魔法は、まだ使われるかもしれないってだけだ。

 確定じゃない。

 ……だが、安心できる材料でもない。


 毒親は減刑を狙っている。

 世界は相変わらずクソ仕様だ。

 戸籍も身分も、まともな未来もない。


 それでも、少なくとも今日はまだ生きている。


 オレはマジックソードを収め、再びダンジョンの奥へ向かって歩き出した。


 安息の場所にするには危なすぎる。

 だが、今のオレにとっては一番マシな場所だ。


 まったく。


 転生は望んだ。

 たしかに望んださ。


 だけど、こんなクソみたいな環境までは、誰も頼んでないんだよ。





【エピローグ】




 毒親は、オレが男だと分かると、生んですぐにヤクザへ売り払いやがった。


 そしてヤクザは、オレを性行為ができる年齢まで育てて、金持ち相手に男娼をさせるつもりらしい。

 くそったれ。


 せっかくダンジョンがあって、魔法まである世界なのに。

 オレはずっとヤクザに飼われて、言われるまま働くしかないのか。


「そんなに外で過ごしたいの?」


「当たり前だろ。そこにダンジョンがあるんだ。潜ってモンスターと戦ったり、魔法を使ってみたりしたいよ」


 そう言うと、目の前の男――アマガサは、少しだけ困ったように笑った。


 オレより五歳ほど年上で、ヤクザの女どもからは“アマガサ”と呼ばれていた。

 庇護欲をくすぐるような見た目をしていて、女たちの人気も高いらしい。


 アマガサは、ヤクザからオレの教育係を任されていた。

 読み書きや、この世界の常識。

 女に逆らわないこと。

 余計なことを言わないこと。

 生き延びるために必要なことを、色々と教えてくれた。


 オレにとっては、兄みたいな存在だった。


「ハヤテは変わってるね。ここにいて、女たちの相手をしていれば、衣食住には困らないのに」


「飼われて、ペットみたいに長生きするくらいなら、冒険者として生きてみたいよ」


 二度目の人生だ。

 せっかくファンタジー要素のある世界に転生したんだ。

 アマガサに言ったみたいに、冒険者として生きてみたかった。


 ……まあ、無理だろうけど。


「――そう」


 アマガサが小さく呟く。


「なら、兄として、弟の望みは叶えてあげないと」


 その言葉とほぼ同時に、部屋の外から騒音が響いた。

 何かが倒れる音。

 怒鳴り声。

 それに混じって、乾いた銃声。


「な、なんだ?」


「警察のガサ入れだよ。男を使って違法商売をしてるんだから、いつかはこうなると思ってた」


 廊下を走る足音が近づいてくる。


 勢いよく扉が開き、黒いスーツを着た女が二人、部屋に飛び込んできた。


「警察が来る前に、こいつを連れて逃げるわよ!」


「物さえ残ってなければ、警察も証拠を――」


 ……どこまでも物扱いか。

 これが、オレの今の立場だ。


「弟が外へ旅立つ日なんだ。邪魔はしないでくれよ」


 今まで聞いたことがないほど冷たいアマガサの声が、静かに響いた。


 次の瞬間、女二人の眼は赤く染まり、懐から銃を抜き――互いの頭を撃ち抜いた。


「っ!?」


 その場に崩れ落ちる二人。

 血の臭いが一気に広がる。


「ハヤテ」


 アマガサがオレを見る。


「兄として、キミの冒険を楽しみにしているよ」


「……アマガサ! お前も一緒に――」


 アマガサは、ゆっくりと首を振った。


「ボクは女に保護してもらえないと生きられない、弱い男だ。でも、ハヤテは違う」


 そう言って、オレの肩に手を置く。


「キミには、強い心がある。だからきっと、生きられる」


 優しい声だった。

 諦めたようにも、祈るようにも聞こえた。


「もう会うことはないかもしれない。けれど、ボクはずっと願ってる」


 アマガサは、少しだけ笑う。


「お前が、お前の望む生き方をできることを」


 その言葉を最後に、オレの意識は途切れた。


 次に目を覚ました時、オレは新宿・歌舞伎町ダンジョンにいた。




実験的なAI生成画像です。

苦手な方はご注意下さい


★主要キャラクター

挿絵(By みてみん)


★女装時のハヤテ

挿絵(By みてみん)


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