大嘘
前泣きすぎて投稿中断した小説の連載版です!
ドアが開いた瞬間、最初に入ってきたのは九条律希だった。
「おーい、透真。大丈夫かよ」
いつも通りの軽い声。けれど、その眉間にはうっすら皺が寄っていた。背の高い体が病室に入るだけで、静かな空間が少しだけ現実に引き戻される気がする。
その後ろから、榊原澄玲が入ってくる。
黒髪のストレート。落ち着いた顔立ち。いつも感情を表に出さないくせに、今日に限っては視線の揺れだけで十分すぎるほど伝わってきた。心配している。かなり、している。
「……急に倒れたって聞いた」
低く、静かな声。
それだけなのに、雨宮透真の胸は少し苦しくなった。
「大丈夫大丈夫」
透真はベッドの上で軽く手を振った。
「ちょっと検査で引っかかっただけ」
我ながら、ひどい嘘だった。
律希は椅子を引いてどかっと座る。
「いや、ちょっとのやつは救急搬送されねぇだろ」
「そこはほら、病院が慎重派で」
「どんな派閥だよ」
いつもならもう少し笑えたはずなのに、今日は喉の奥が妙に乾いていた。
一方、澄玲は何も言わず、ベッドの横まで歩いてくる。
少しだけ顔を覗き込むようにして、透真を見た。
「……ほんとに?」
「ほんとほんと」
できるだけ軽い調子で返す。
けれど、澄玲の目は逸れない。
透真は昔から知っている。澄玲は言葉よりも先に空気を読む。声の高さとか、笑うまでの間とか、そういう小さな違和感を見逃さない。
「……嘘」
案の定、すぐにそう言われた。
「え?」
「透真、嘘つく時ちょっと声上がる」
隣で律希が「マジかよ」と目を丸くする。
「小学生の頃から変わってない」
「そんな癖あった?」
「ある」
ぴしゃりと言い切られて、透真は曖昧に笑うしかなかった。
その時だった。
廊下の方から、女子たちの騒がしい声が聞こえてくる。
「え、透真くんここ!?」
「やば、ほんとに入院してるの?」
「お見舞い持ってきた!」
律希が露骨に顔をしかめた。
「もう噂回ってんのかよ」
「早くない?」
「お前は自分の人気を自覚しろ」
人気、という言い方には違和感がある。
透真自身は別に、何か特別なことをしているつもりはない。ただ、頼まれごとを断れなくて、にこにこしていたら、いつの間にかそういう扱いになっていただけだ。
ほどなくして、病室のドアが勢いよく開く。
「透真くん!」
「大丈夫!?」
「顔色やばくない!?」
一気に空気がうるさくなる。
透真は思わず笑ってしまった。
ほんの少しだけ、心が楽になった気がしたからだ。
「いや、みんな来るの早すぎでしょ」
「心配したんだもん!」
「講義抜けてきた!」
「それはだめじゃん」
わいわいとした声が病室を満たしていく。
こんなふうに騒がしいのは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。みんなが普通に話して、普通に笑ってくれているこの空気は、透真が守りたかったものそのものだった。
けれど、その中で一人だけ笑っていない人がいた。
澄玲だ。
ベッドの端に腰かけたまま、透真の手元を見ている。
何か言いたそうなのに、言わない。
その沈黙が、他の誰よりも透真にはきつかった。
少しして、女子たちの中から背の高い一人が前に出てきた。
「初めまして」
大人っぽい雰囲気の先輩だった。透真の顔を覗き込んで、あっさりと言う。
「ずっと気になってた」
「え」
「今日、やっと話せた」
周りがざわつく。
律希が「早ぇな」と呟き、透真は返事に困って笑った。
その時。
視界の端で、澄玲の指先がわずかに動いた。
次の瞬間、透真の手をそっと握る。
小さな手だった。
でも、驚くほど強くて、熱かった。
「……無理してない?」
誰にも聞こえないくらい小さな声。
透真は一瞬だけ息を止める。
無理はしている。
多分、人生で一番している。
でもそんなこと、言えるわけがなかった。
「してないよ」
また嘘をつく。
澄玲は何も言わなかった。
ただ手を離さない。
その静かな執着に、透真は胸の奥がきゅっと痛くなるのを感じた。
――ああ、だめだ。
この子には、たぶん最後まで全部見抜かれる。
それでも、自分は黙り続けるしかないのだろう。
この手を振りほどけないまま、笑って誤魔化し続けるしか。
透真は病室の天井を見上げるふりをして、小さく息を吐いた。
あと一週間。
その時間が長いのか短いのか、まだよく分からない。
ただ、一つだけはっきりしていることがあった。
この嘘は、きっと自分が思っているよりずっと残酷だ。
こんなにモテる人生がよかった




