神殿からの脱出
灰色の石レンガに囲まれた広い神殿は、一見して荘厳な空気をまとっていたが、そこに住むリディアにとっては息苦しい檻でしかなかった。
14歳の少女が背負うには重すぎる「聖女」の役目。
治癒の力とポーション作りの才能を持つ彼女は、神官たちからは宝物のように扱われながらも、実際は労働力として酷使されていた。
朝から晩まで絶え間ない祈りと作業、何の感情もこもらない命令の声。休息を求める言葉は、冷ややかな叱責と共に無視された。
「もう、こんな生活耐えられない!」
彼女は小さく拳を握りしめ、心の中で叫んだ。
青空を見上げることも許されない生活を続けるくらいなら、外の世界で自由を掴み取るしかない。
その夜、リディアは密かに計画を実行に移す決意を固めた。寝静まった神殿の廊下に足音を忍ばせ、蝋燭の淡い光がちらつく通路を進む。
出口は遠く、そして厳重に監視されている。しかし、リディアの胸には恐れ以上に冒険への期待が膨らんでいた。
「どこへ行くつもりだ!」
背後から鋭い声が響いた。
振り向けば、白衣をまとった神官が怒りを込めた目で睨んでいる。
「戻りなさい、リディア。君の務めを放棄するつもりか?」
「務め?」
リディアは小さく笑った。冷たい空気に震える声を力づけるように背筋を伸ばす。
「それって、ただ私を道具みたいに使うことよね。もう、うんざり!」
神官が腕を伸ばし、彼女の肩を掴もうとしたその瞬間、リディアは身軽に体をひねって逃れた。
「捕まえろ!」と怒号が飛び交う中、彼女は迷路のような廊下を全速力で駆け抜けた。
目の前に立ちはだかったのは、神殿で最も権力を持つ大神官。
厳つい顔と金色の装飾品をこれでもかと纏ったその姿は、彼女にとって忌々しい権威の象徴だった。
「リディア、お前には責任がある。逃げることは許されん!」
大神官は威圧的に杖を振り上げた。
だが、彼女は怯まない。瞬時に彼の頭上に目を向け、その隙をついて跳びかかると、手にしたのは……。
「ヅラ?」
リディアは驚きと笑いを抑えきれない。掴んだ毛髪の塊を引き剥がし、大神官の頭皮があらわになる。
「うるせえハゲ!」
そう叫ぶと、リディアはヅラを振り回して後方へ投げ捨てた。
ぽすん、と毛の塊がつるつるの床に落ちる。
周囲の神官たちは唖然とし、動揺の隙をついてリディアは出口へと猛ダッシュした。
巨大な扉を開け放つと、冷たい風が頬を撫でた。目の前には広がる夜の街並み。
許可がないと神殿からでることができない彼らはすぐに追ってくることはないだろう。
温かみのある赤煉瓦や土壁の家々が月光に照らされ、神殿の冷たさとは全く違う世界がそこにあった。
「自由だ……!」
リディアは深呼吸し、初めて吸い込む外の空気に胸を満たした。
そして、振り返ることなく街の中へと走り出した。
自由への第一歩を踏み出した彼女の足音が、静かな夜の街に響いていた。




