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静かな塔の弟子と式獣  作者: SUN3
後日譚
5/6

後編 観察と区切り

※本作には研究目的による解剖の描写があります。

ですが、過度な流血や残酷な表現はありません。




ウエルの研究室の空気は、一定だった。

温度も、湿度も、魔力濃度も、すべてが記録通り。


金属製の作業台の上に、小さな箱がおかれている。


その中にいるのは、魔導マウスだ。


「最初に、麻酔をかけます」


ウエルは淡々と告げた。一匹を取り出すと魔法陣の上に置く、魔力が柔らかく流れ込む。


魔導マウスの動きが、ゆっくりと鈍くなり、やがて完全に止まった。


「……眠った、だけですよね」


確認するように、トールが言う。


「ええ。意識はありません、解剖中に痛みも感じないはずです。」


優しさでも、冷たさでもない。事実だけの声だった。


「あなたも、やってごらんなさい」


トールも魔導マウスを取り出し麻酔の魔導をかけた。



一匹目と二匹目は、同時に解剖された。

ウエルが一匹を、トールがもう一匹を担当する。


「切開線は、ここです」


「……はい」


トールの手は、震えていなかった。

だが、胸の奥が静かに締めつけられる感覚は、はっきりとあった。


毛並み。

体温。

餌をねだる仕草。


それらが、すべて「構造」に変わっていく。


「ここが魔力を貯める器官です。」


「はい……」


トールは、必死に線を引き、スケッチを取った。


筋肉、魔力腺、内臓の配置。


記録は正確だった。


「十分です」


ウエルは、そう言って頷いた。



三匹目は、予備のはずだった。


ウエルは淡々という。


「では、もう一匹。今度は一人でやってみなさい」


促され、トールは小さく息を吸った。


再び、麻酔の魔導。

動かなくなる小さな体。


その瞬間、胸の奥に、言葉にならないものが湧き上がる。


(……ちゃんと、世話してた)


それを、振り払うように、トールは手を動かした。

手順は、頭に入っている。

切開線も、迷わない。




終わったあと、ウエルは短く言った。


「手際は、問題ありません」


それだけだった。


クロが、しっぽを揺らして言う。。


「……大丈夫かにゃ」


「……わからない」


「それでも手を止めなかった。成長だにゃ」



魔導士の家の裏手に、小さな石の台があった。実験動物の供養に使われる、簡素な場所だ。


ウエルが主導し、淡々と準備を進める。


魔導マウスの残滓を納め、最低限の魔法陣を刻む。


「――役目は、終わりました」


それだけだった。

淡い光が立ち上り、魔力が穏やかに巡る。

トールは、その様子を黙って見ていた。

トールは、祈りの言葉を口にしなかった。

何を言えばいいのか、まだ分からなかったからだ。

悲しくないわけではない。

だが、感情を整理する言葉が、見つからない。


ただ、「終わった」という事実だけが、胸に残る。


ウエルは、儀式の終わりを確認し、静かに言った。


「戻りましょう」


それ以上、何も付け加えなかった。



月の光を受けてたたずむ魔導士の家。


いつもの石壁。

いつもの階段。

いつもの空気。


変わらないはずの場所が、少しだけ違って見えた。


「……落ち込んでるにゃ?」


クロが聞く。


「……思ったよりな」


正直な答えだった。

クロは、少し考えてから言う。


「まだまだ子供でいいにゃ」


トールは、複雑な表情をして沈黙した。


「……」


「それでいいにゃ、分からなくて、立ち止まれるうちは、ちゃんと学んでるにゃ」




夜。


帳面に、今日の記録を書く。


――飼育期間:七日

――解剖:完了

――記録:提出予定


最後の行で、ペンが止まった。

感想を書く欄は、空白のままだ。

何を書けばいいのか、まだ分からなかった。

帳面を閉じ、灯りを落とす。


塔は、今日も静かだった。

英雄譚にはならない。

だが、管理者の一日は、確かに進んだ。

トールは、まだ十四歳だ。


それでも――

距離を保つことの難しさを、身体で覚えてしまった。


それだけで、この日は、十分だった。


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