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静かな塔の弟子と式獣  作者: SUN3
後日譚
4/6

前編 観察者の距離

※本作には研究目的による解剖の描写があります。

ですが、過度な流血や残酷な表現はありません。





魔導マウスが三匹、研究室の卓上に並べられていた。

籠の中で丸くなり、黒灰色の毛並みが静かに上下している。

どれも深く眠っているようで、魔力反応は安定していた。


「一週間、飼育観察を行います」


ウエルは、感情を挟まずに言った。


「その後、三匹とも解剖します」


トールは、一瞬だけ言葉を失った。視線が、無意識に籠へ落ちる。


「……はい」


返事は、遅れなかった。

クロが棚の上で尾を揺らすが、何も言わない。

ウエルは、トールの反応を一度だけ確認してから続けた。


「目的は飼育ではありません」


「魔導マウスの構造と魔力循環を理解するためです。さらに、飼育方法を実体験する。その過程として、一週間の管理が必要になる。それだけです」


それ以上の説明はなかった。


研究室は、塔の中でも特に管理が厳しい場所だった。


温度は一定。

湿度も一定。

外界の影響は最小限に抑えられている。


「温度、二十度前後」

「湿度は四割から五割」

「餌は魔導餌。量は――」


ウエルは、要点だけを淡々と告げる。


「与えすぎてはいけません、しかし、減らしすぎてもいけない。成長ではなく、安定を保つためです」


トールは帳面を開き、即座に記録する。


温度。

湿度。

餌の量。

摂取後の反応。


「餌やりと記録は、あなたの仕事です」


「……はい」


管理者として、慣れた役割だった。




飼育三日目。

トールは、特に問題なく作業を進めていた。


温度、安定。

湿度、問題なし。

魔導マウスの行動も正常。

籠を開け、餌を置く。


その瞬間。


三匹のうち一匹が、わずかに身を乗り出した。


「……?」


逃げる様子はない。警戒する様子も、ほとんどない。

トールが手を引こうとすると、小さな鼻先が指に触れた。


一瞬。


「……あ」


すぐに距離を取る。


「……気のせいか」


だが、次の餌やりでも同じだった。

指先に寄る。

餌を受け取る前に、一度こちらを見る。


(……学習してる)


魔導マウスは、環境だけでなく、世話をする存在も認識している。

その事実を、トールは冷静に記録した。

――人の存在に対する警戒、低下傾向。


その日の午後。

トールは研究室の片隅でスケッチを取っていた。


輪郭。

耳の形。

魔力が集中する小さな節。


(植物観察と、似てる)


葉の向き。

成長速度。

光への反応。


これまで積み重ねてきた作業と、手の動きはよく似ていた。


「……余裕だな」


そう思った瞬間、クロの声が落ちる。


「同じだと思うなにゃ」


「……何がだ」


「植物と、動く生き物は違うにゃ」


トールはペンを止めた。


「記録は同じだろ」


「距離が違うにゃ」


クロは、スケッチを一瞥する。


「線が多いにゃ」


トールは、そこで初めて気づく。必要以上に、細部を追っている。

個体差まで、無意識に描き分けている。


「……観察だ」


「それ以上になりかけてるにゃ」


クロは、それ以上言わなかった。




五日目。


餌を入れると、三匹が一斉に集まってくる。

以前より、動きが揃っていた。

トールが手を引くのを、待つような間がある。


「……慣れてきたな」


口に出してから、すぐに気づく。


(……違う、慣れたのは、こちらだ。)


トールは、意識的に動作を早める。視線も、必要以上に落とさない。

帳面に記録を書く。


摂取量、問題なし。

行動、活発。

異常なし。


文字は、淡々としていた。


だが、胸の奥に、確かな重さが残る。




七日目の夜。




研究室は、いつもと変わらない静けさだった。


「明日、解剖です」


ウエルは、それだけを告げた。

トールは、深く息を吸う。


「……はい」


クロが、足元で座る。


「なついた後に切るのは、きついにゃ」


「……距離は、取ってた」


「思ったより、取れてないにゃ」


トールは否定しなかった。

籠の中では、三匹が寄り添うように眠っている。


(観察者として、一定の距離を)


何度も、自分に言い聞かせた。


それでも――


明日が来ることを、

少しだけ、遅らせたいと思っている自分がいる。

研究室の灯りが落ちる。


静かな夜が、塔を包む。


観察は、もう終わっている。

残っているのは、

距離を取るという、本当の試験だった。




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