第3話 午後の帰還
午後。
塔の応接室には、珍しい光景があった。
床の中央に、籠が一つ。中には、三匹の魔導マウス。魔道具によって再び深く眠らされ、ぴくりとも動かない。
その籠の正面には――
トールが椅子にもたれ、完全に眠り込んでいた。腕はだらりと下がり、呼吸は規則正しい。
その足元では、クロが丸くなっている。尻尾が体の下に収まり、微動だにしない。
塔は、静まり返っていた。
⸻
結界が、わずかに揺れた。
攻撃ではない。
侵入でもない。
扉が開き、外套を羽織ったウエルが中へ入る。
「ただいま帰りました」
低い声。
まず目に入ったのは、籠。
次に、椅子と床で寝る弟子と式獣。
「……なるほど」
ウエルは、ため息とも笑みともつかない息を吐いた。
杖を床に軽く打つ。
その音で、クロの耳がぴくりと動いた。
「……にゃ?」
次の瞬間。
「……師匠!?」
トールが跳ね起き、直立した。
「お帰りなさい……です!」
「午後に戻ると、伝えていましたよ」
ウエルは、静かに言った。
⸻
「……説明を」
短い一言だった。
トールは、深く息を吸い、帳面を手に取る。
「郵便で届いた小包を落としました。
中身は、実験用魔導マウス三匹。
眠りの魔道具が破損し、逃走しました」
淡々と、事実だけを並べる。
「……その後」
「蔵書を参照し、魔法餌による誘導罠を設置。
一匹は罠、二匹目はクロが捕獲。
最後の一匹は、木の魔法の応用で捕獲しました」
一呼吸を置いて。
「……一晩かかりました」
⸻
沈黙。
ウエルは、籠の中を確認する。
魔力反応。
安定。
完全に眠っている。
「……落としたことについては、叱ります」
トールは、視線を落とした。
「はい」
「不注意です」
「はい」
だが、次の言葉は、少し違った。
「ですが」
ウエルは、帳面に目を落とす。
「逃走後の対応は、適切でした」
トールが、顔を上げる。
「記録。優先順位。罠の選択。無理な殲滅をしなかった判断」
一つずつ、確認するように。
「被害は、ありませんね」
「……はい」
「塔も、蔵書も、結界も」
「……はい」
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「よく収めました」
その言葉は、叱責より重かった。
クロが、胸を張る。
「ボクも、働いたにゃ」
「ええ」
ウエルは、微笑んだ。
「二人で、ですね」
トールは、力が抜けたように息を吐いた。
「……ありがとうございます」
「ただし」
ウエルは、きっぱりと言う。
「次からは、落とさないように」
「……はい」
即答だった。
「それから、私も落ち度がありました。小包が届くということを伝言し忘れていました。すみません」
トールは少し驚いた。
「私も完ぺきではありません。」
⸻
夕方。
魔導マウスは、ウエルの研究室に収められた。
「……これで、本当に終わりだな」
トールが言う。
「終わったにゃ」
クロは、欠伸をする。
「一泊二日の留守番としては、
だいぶ濃い内容だったにゃ」
「言うな」
ウエルは、二人を見てから、静かに言った。
「今日は、もう休みなさい」
「……はい」
「判断を続けた後の疲労は、
休息でしか回復しません」
それは、師匠としての命令だった。
⸻
夜。
塔の灯りは、早めに落とされた。
トールは、ベッドに横になりながら、思う。
(……何もなかった、とは言えないな)
だが――
壊れていない。
失っていない。
守るべきものは、守れた。
クロの声が、どこかから聞こえた。
「……成長したにゃ」
「……少しな」
「それで十分だにゃ。まだまだ子供だからにゃ」
⸻
外から見れば、それは二階建ての小さな家にすぎない。
だが、その中では今日も、確かに“管理”が行われていた。
それは戦いではなく、冒険でもなく。
生きるための、当たり前の判断の積み重ね。
塔は、今日も静かにそこにあった。
それが、何よりの試練だった。
三人一緒で。
〈完〉
前後編の後日譚を近日中にアップします。
よろしくお願いします。




