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静かな塔の弟子と式獣  作者: SUN3
逃げた小包
3/6

第3話  午後の帰還



午後。


塔の応接室には、珍しい光景があった。


床の中央に、籠が一つ。中には、三匹の魔導マウス。魔道具によって再び深く眠らされ、ぴくりとも動かない。


その籠の正面には――


トールが椅子にもたれ、完全に眠り込んでいた。腕はだらりと下がり、呼吸は規則正しい。


その足元では、クロが丸くなっている。尻尾が体の下に収まり、微動だにしない。


塔は、静まり返っていた。



結界が、わずかに揺れた。


攻撃ではない。

侵入でもない。


扉が開き、外套を羽織ったウエルが中へ入る。


「ただいま帰りました」


低い声。


まず目に入ったのは、籠。

次に、椅子と床で寝る弟子と式獣。


「……なるほど」


ウエルは、ため息とも笑みともつかない息を吐いた。


杖を床に軽く打つ。


その音で、クロの耳がぴくりと動いた。


「……にゃ?」


次の瞬間。


「……師匠!?」


トールが跳ね起き、直立した。


「お帰りなさい……です!」


「午後に戻ると、伝えていましたよ」


ウエルは、静かに言った。



「……説明を」


短い一言だった。


トールは、深く息を吸い、帳面を手に取る。


「郵便で届いた小包を落としました。

 中身は、実験用魔導マウス三匹。

 眠りの魔道具が破損し、逃走しました」


淡々と、事実だけを並べる。


「……その後」


「蔵書を参照し、魔法餌による誘導罠を設置。

 一匹は罠、二匹目はクロが捕獲。

 最後の一匹は、木の魔法の応用で捕獲しました」


一呼吸を置いて。


「……一晩かかりました」



沈黙。


ウエルは、籠の中を確認する。


魔力反応。

安定。

完全に眠っている。


「……落としたことについては、叱ります」


トールは、視線を落とした。


「はい」


「不注意です」


「はい」


だが、次の言葉は、少し違った。


「ですが」


ウエルは、帳面に目を落とす。


「逃走後の対応は、適切でした」


トールが、顔を上げる。


「記録。優先順位。罠の選択。無理な殲滅をしなかった判断」


一つずつ、確認するように。


「被害は、ありませんね」


「……はい」


「塔も、蔵書も、結界も」


「……はい」



「よく収めました」


その言葉は、叱責より重かった。


クロが、胸を張る。


「ボクも、働いたにゃ」


「ええ」


ウエルは、微笑んだ。


「二人で、ですね」


トールは、力が抜けたように息を吐いた。


「……ありがとうございます」


「ただし」


ウエルは、きっぱりと言う。


「次からは、落とさないように」


「……はい」


即答だった。


「それから、私も落ち度がありました。小包が届くということを伝言し忘れていました。すみません」


トールは少し驚いた。


「私も完ぺきではありません。」



夕方。


魔導マウスは、ウエルの研究室に収められた。


「……これで、本当に終わりだな」


トールが言う。


「終わったにゃ」


クロは、欠伸をする。


「一泊二日の留守番としては、

 だいぶ濃い内容だったにゃ」


「言うな」


ウエルは、二人を見てから、静かに言った。


「今日は、もう休みなさい」


「……はい」


「判断を続けた後の疲労は、

 休息でしか回復しません」


それは、師匠としての命令だった。



夜。


塔の灯りは、早めに落とされた。


トールは、ベッドに横になりながら、思う。


(……何もなかった、とは言えないな)


だが――

壊れていない。

失っていない。


守るべきものは、守れた。


クロの声が、どこかから聞こえた。


「……成長したにゃ」


「……少しな」


「それで十分だにゃ。まだまだ子供だからにゃ」



外から見れば、それは二階建ての小さな家にすぎない。


だが、その中では今日も、確かに“管理”が行われていた。


それは戦いではなく、冒険でもなく。


生きるための、当たり前の判断の積み重ね。


塔は、今日も静かにそこにあった。

それが、何よりの試練だった。


三人一緒で。


〈完〉


前後編の後日譚を近日中にアップします。

よろしくお願いします。

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