第2話 逃げた小包
明日で完結となります
午後。
塔の中は、相変わらず静かだった。
昼食を終えたトールは、蔵書階層で軽い整理をしていた。
本を元の棚に戻し、埃を払う。どれも急ぐ作業ではない。
「……平和だな」
「油断すると、ろくなことにならないにゃ」
クロは、手すりの上で前脚を組んでいる。
「分かってる。だから記録も付けてる」
帳面には、午前中の点検内容が簡潔に並んでいた。
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その時だった。
玄関のベルが、控えめに鳴った。
「……郵便?」
この時間帯は珍しい。トールは一瞬首を傾げ、それから階段を降りた。
扉の外には、小さな小包が一つ。差出人は、大学研究棟。
「……軽いな」
受け取った瞬間、違和感があった。中で、何かが動いた気がした。
「……?」
考えるより先に、手が滑った。
「……っ!」
小包は床に落ち――
乾いた音と同時に、紙が内側から裂けた。
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飛び出したのは、小さな影だった。
一匹。
二匹。
三匹。
「……え?」
黒灰色の毛並み。不自然に輝く目。床を走り、壁を駆け、階段へ散る。
「ちょ、待っ……!」
「魔導マウスだにゃ!!」
クロの叫びで、すべてを理解した。
「実験用だにゃ!眠らせてた魔道具が、衝撃で壊れたにゃ!」
三匹は、あっという間に視界から消えた。
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トールは、追わなかった。
代わりに、深く息を吸う。
「……落ち着け」
心臓の鼓動が、速くなりかけていた。だが、ここで慌てるのは最悪だ。
「まず、記録だ」
帳面を開き、淡々と書く。
――事故
・郵便物落下
・実験用魔導マウス三匹逃走
・人的被害なし
・塔内に侵入
「……まだ、取り返せる」
クロが、自分のエサ皿の方向をしめした。
「魔導マウスは、人間の食料より魔法餌を好むにゃ」
「……なら、罠だな」
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蔵書階層。
ウエルの蔵書を頼りに、関連項目を引く。
「……行動速度が高い……
……咀嚼力あり……
……魔力反応に敏感……」
クロが補足する。
「普通の罠だと、避けるにゃ」
「なら」
トールは、床に指をつけた。
「魔法陣だ」
木の魔法を基礎にした、誘導陣。直接拘束ではなく、「流れ」を作る。
「……餌を置いて、魔力を薄く流す」
「いい判断だにゃ」
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一匹目は、早かった。
魔法餌の匂いに誘われ、誘導陣に乗った瞬間、陣が閉じる。
「……捕獲、一匹」
小さな檻の中で、魔導マウスが落ち着かなく動く。
「次だ」
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二匹目は、素早かった。
誘導陣を避け、壁伝いに逃げる。
「……任せるにゃ」
クロが跳んだ。
空中で、式獣としての魔力が一瞬だけ膨らむ。
影が重なり、着地と同時に――捕獲。
「ありがとう」
「当然だにゃ、これで二匹だにゃ」
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残るは、一匹。
深夜。
さらに深まり夜明け前。
「……賢いな」
(……隠れてる)
蔵書階層。棚の影。魔力の流れが、微妙に乱れている。
「……追い詰めると、逃げる」
トールは、考えた。
罠は見ている。
クロも警戒している。
なら――
「……誘導する」
木の魔法を、ほんのわずかに展開する。
成長ではない。
癒しでもない。
流れを作る魔法。
トールは、息を整える。
「……木の魔法、応用」
床の木目に、魔力を流す。
成長ではない。
足場を「ずらす」ための操作。
見えない凹凸が生まれ、逃げ道が、自然と一つに絞られる。
「……今だ」
最後の一匹を、檻に収めた。
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明け方。
塔の中は、再び静かだった。
三匹の魔導マウスは、一つの籠の中で眠らされている。
トールとクロは、床に座り込んだまま動けなかった。
「……一睡もしてないな」
「だにゃ……」
疲労はある。だが、嫌な疲れではなかった。
「……全部、捕まえた」
「管理者として、合格だにゃ」
外が、白み始めていた。
新しい朝が、静かに近づいている。
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塔は、今日も問題を投げかけてきた。
そして、解決された。
それだけで、十分だった。




