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参考文献一覧+論文 "超かんたん" 解説コーナ〜っ♡ 3

怪談は合理的? お化けを怖がる人は死なずに済んだかも?

Spreading Non-natural Concepts: The Role of Intuitive Conceptual Structures in Memory and Transmission of Cultural Materials. 2001. Barrett, Justin L. Nyhof, Melanie A.

Religion Explained: The Evolutionary Origins of Religious Thought. 2001. Pascal Boyer.

Faces in the Clouds: A New Theory of Religion. 1993. Stewart Elliott Guthrie

Cognitive templates for religious concepts: cross-cultural evidence for recall of counter-intuitive representations. 2001. Pascal Boyer, Charles Ramble.

Paranormal believers are more prone to illusory agency detection than skeptics. 2013. Michiel van Elk.

Clasen, M. (2012). Monsters evolve: A biocultural approach to horror stories. Review of General Psychology, 16(2), 222–229.

Theodiversity. 2016. Ara Norenzayan.

Geologists and Folklorists: Cultural Evolution and "The Science of Folklore". 1994. Gillian Bennett.

A terror management analysis of the psychological functions of religion. 2010. Kenneth E Vail 3rd, Zachary K Rothschild, et al.

Variation in the anthropomorphization of supernatural beings and its implications for cognitive theories of religion. 2008. Andrew Shtulman.

Hunter-Gatherers and the Origins of Religion. 2016. Hervey C Peoples, Pavel Duda, Frank W Marlowe.

The Savanna Principle. 2004. Kanazawa.

 お化けは昔ものすっっごく偉大な発明だったかもしれません。さて、これは一体どういうことでしょうか?

 通常、お化けは恐怖の対象と解釈されます。多くの人にとって、怪談は不安感や不気味さを掻き立てられるものでしょうし、得体の知れないお化けが自分の目の前に現れたらまず怖がるでしょう。

 ここで1つ想像してみてください。

 もうとうの昔に亡くなったはずの友人が今あなたの目の前にいます。その友人の霊があなたにそっと語りかけてきます——「お前も早くこっちに来い」と。

 私はあまりお化けを信じるたちではありませんが、ホラー映画にはちゃんと怖がりますし夜ひとりで出歩くのはイヤです。だって、お化けこわいもん。真っ暗なのもこわいし。

 とりわけ、子どもの頃は本当にお化けがいると信じていたので、スリリングなホラー映画を観た夜は母親と一緒に寝たりもしました。あらあらぁ、なんとも微笑ましい一幕でございますわね〜っ♡

 さておき、ここではお化けの科学的な有効性についてお話ししてみましょう。

 先にお断りしておくと、このお話は悪霊や悪魔など霊的な存在を否定する内容ではありません。あくまで、科学的な観点から「お化けってこうも考えられるよね?」という解釈の1つを提供するだけです。

 したがって、霊的な存在を信じている方は私に石を投げつけるのはやめてください。スピリチュアルぱわー♡をうんと込めた石を私に投げつけるのはどうかお控えくださいませ。とっても痛たたたたでございますのでね〜?(ほんとに!)

 さて、本題に入りましょう。お化けは昔どんな存在だったのでしょう。はたまた、悪霊や悪魔などの存在は私たち人間にどんな意味をもたらしたのでしょうか?

 先に結論を言うと、こうした霊的な存在は子どもたちの生存率上昇に役立った可能性があります。

 場合によっては、大人たちもお化けを恐れることで危険を未然に回避できたかもしれません。悪魔にしろ悪霊にしろ、未知のものを恐れる/怖がるのは誰だって同じでしょうから。

 ここでのポイントは、こうした得体の知れないものに対する恐怖心です。恐怖心は「やだやだ、逃げたい!」というモチベーションを生みますから、お化けと出会いたくない人はおのずと心霊スポットを避けることでしょう。

 お化けが出ると噂のお墓に行きたがる人は少数派でしょうし、呪われると分かっている場所にわざわざ行くのは自殺行為です。したがって、お化けがいるかどうかを確かめたい少数派の人たち以外は、基本的に心霊スポットのようないわく付きの場所には行かないと考えられます。

 たとえば、世界各地に『瘴気』という考えがありますね。これは悪い空気そのものを指す言葉だそうですが、瘴気があるところにわざわざ行きたがる人はそう多くないでしょう。

 現代風に言えば、衛生環境の悪い場所ではウイルスの感染リスクが高まりますし、そもそもどんな病原菌(=ばい菌)が潜んでいるか分かったものじゃありません。

 世界じゅうを巻き込んだあの感染症を思い出してください。

 現代を生きている人なら誰でも、あの未曾有のパンデミックが起きたときの恐怖をよく覚えているはずです。私自身、当時のあの恐怖感と閉塞感をよく覚えていますし、私を含め誰もが疑心暗鬼になってウイルス感染を恐れていたと思います。

 ひるがえって、瘴気が溜まりやすいのは往々にして衛生環境が悪い場所です。科学がまだ現代ほど発達していなかった時代、自分の身に降りかかる不吉な出来事を避けるには、空気が悪そうなところには行かないのが最も合理的でした。

 こうした衛生環境の悪い場所は心霊スポットにもなりやすかったでしょうし、国や地域よっては「瘴気に触れると呪いがかかる」と教える場合もあったそうですから、しぜんと現地の人々は悪い空気が溜まりそうなところには行かないよう気をつけたと考えられます。

 あなたもお察しのとおり、現代的な視点から見ると瘴気はウイルスそのものです。

 まだ病原体が科学的に発見される前の時代、いわくつきの場所から戻ってきた人たちが原因不明の病に侵されるのを見て、当時の私たちは「これは呪いだっ。きっと悪霊が取り憑いたに違いない!」と思ったことでしょう。

 また、お化けは子どもたちの命を守るのにぴったりでした。たとえば、日本には「夜にお腹を出したまま寝ると、雷さまがおへそを取りに来る」という言い伝えがあるそうです。

 これには子どもが風邪を引かないよう注意をうながす意味もあったでしょう。お腹を出したまま寝ると免疫力が低下し、病原菌の感染リスクが上がりますからね。

 さらに言うと、お化けのお話は夜が最も効果的だったはずです。

 たとえば、子どもは少なからず暗がりや夜の闇を怖がる生物学的傾向がありますが、これに加えて「夜に勝手に出歩くとお化けに呪われるよ」と説く言い伝えがあったらどうでしょうか?

 小さい頃の私がそうだったように、怖がりな子ほど夜に出歩くのを控えると思います。

 もちろん、中には好奇心おうせいな子もいたかもしれませんが、こうした子は崖から落ちたり捕食者に食べられたりしたでしょう。オオカミやハイエナなどは大人でも対処が大変なのに、非力な子どもにとって夜行性の捕食者との遭遇は死の宣告と同義。

 結果として、私たち人類は「ビビり屋さんほど生き残りやすい」という進化をたどりました。

 言い換えると、あなたも私も「怖がり屋さんの子孫」です。夜がまだ危険と隣り合わせだった時代において、行き過ぎた勇敢さや好奇心はみずからの生存率を下げる特徴でした。

 この向こう見ずな心理傾向が後世にも広く受け継がれた……とは考えにくいでしょう。生物進化の観点から見て、ダイレクトに『死』に関わるような遺伝子は受け継がれないはずですから。

 私たちは大人になる過程で「お化けなんていない」と学習しますが、まだまだ純粋な子どもたちにとって悪霊や悪魔は恐怖の対象でした。現代でも、お化けや夜を怖がる子どもは数多くいるでしょう。

 科学文明が発達した現代においても怪談が健在なのですから、昔はお化けの話が子どもたちを怖がらせる——子どもたちの生存率を上げるのにぴったりだったはずです。

 暗いところには行かない。だって怖いんだもん。

 危ないところには行かない。だって怖いんだもん。

 お化けの存在が今ほど明らかでなかった時代、この「だって怖いんだもんっ♡」は私たち人類の生存率を高めたでしょう。とりわけ、子どもさんには怖い怪談や伝承が効果的だったかもしれませんね。

 ちなみに、私は大人になった今でも怪談には耳を塞ぎます。ネット上にたくさんある恐怖映像も、スリリングなホラー映画も観ません。

 だって怖いんだもんっ♡

女の人は男の人よりおしゃべり?(答:そうでもない)

The gender similarities hypothesis. 2005. Janet Shibley Hyde.

Evaluating gender similarities and differences using metasynthesis. 2015. Ethan Zell, Zlatan Krizan, Sabrina R Teeter.

Sex/Gender Differences in Verbal Fluency and Verbal-Episodic Memory: A Meta-Analysis. 2023. Marco Hirnstein, Josephine Stuebs, et al.

Are women really more talkative than men? 2007. Matthias R Mehl, Simine Vazire, et al.

A meta-analytic review of gender variations in adults' language use: talkativeness, affiliative speech, and assertive speech. 2007. Campbell Leaper, Melanie M Ayres.

Are women really (not) more talkative than men? A registered report of binary gender similarities/differences in daily word use. 2025. Colin A Tidwell, Alexander F Danvers, et al.

Sex beyond the genitalia: The human brain mosaic. 2015. Daphna Joel, Zohar Berman, et al.

Eliot, L., Ahmed, A., Khan, H., & Patel, J. (2021). Dump the “dimorphism”: Comprehensive synthesis of human brain studies reveals few male-female differences beyond size. Neuroscience and Biobehavioral Reviews, 125, 667–697.

Crittenden, A. N., & Marlowe, F. W. (2008). Allomaternal care among the Hadza of Tanzania. Human Nature, 19(3), 249–262.

Allomaternal nursing in humans. 2014. Barry S Hewlett, Steve Winn.

 世間一般では、男性より女性のほうがおしゃべりだと言われますね。

 たしかに、カフェや道ばたなどで話しているのは大抵が女性で、男性がとりとめのない会話をしているシーンは少ないように思います。となると、やはり「おしゃべり好き=女の人>男の人」という一般論は正しいようにも見えますね。

 さて、本当にそうでしょうか?

 じつを言うと、おしゃべり好きかどうかは男女差よりも個人差のほうが大きいそうです。ちょびっと話が長くなるかもですが、ぜひお付き合い願いたいと思います。

 たとえば、男女間の1日のうちに話される単語数を調べた研究では、男性と女性ともに平均16,000ワードくらい使っていることが分かりました。かりに男女差があったとしても、せいぜい1,500ワードくらいの差があるくらいです(男性=約12,000ワード:女性=13,500ワード)。

 ひとことで言うと、男性と女性どちらも日頃おなじくらい喋っています。「男性は無口で、女性はお喋り」なんてことはありません。

 これら一連の研究では、性別はおしゃべり好きな性格とあまり関係がなく、男女差よりも個人差のほうが大きいとの結論が導かれました。したがって、冒頭の式も「おしゃべり好き=個人差>男女差」と書き換えられそうです。

 さて、あなたはどう思いますか。この結果を意外に思うでしょうか?

 ただし、男性と女性とで「どんな会話内容か?」や「会話にどんなことを求めるか?」は大きく違いました。この結果はあなたの実感とも近いかもしれません。

 平均的に、女性は他者とのコミュニケーションにおいて『共感』に重きを置く場合が多く、男性は目的の達成や問題の解決など実用的なコミュニケーションを求める比率が高い——。このコミュニケーション傾向は確かにありました。まぁ、あくまで『傾向』ではありますけれども。

 さらに言うと、車や腕時計などメカニック(オタク?)な話は男性が好みやすく、女性のほうはコスメやメイク法などファッション関連の話をする傾向が強いようです。

 これは私の経験からも頷ける話で、女性は一般的にファッション系のお買い物に時間をかける傾向にありますが、男性も男性で車や時計を買うときにはじっくりと時間をかけて吟味する傾向にある気がします。多分ね、たぶん(適当)。

 たとえば、私が大好きな日本のマンガ『乙嫁語り』では、男女の性別分業が結構しっかりと描かれています。男性たちは仕事の話を中心にパブリックな内容でおしゃべりするのに対し、女性たちは家事や編み物などをしながらプライベートなおしゃべりをする——。

 ビジネスに関するお話(=男性)はパブリックですが、ご近所のウワサ話(=女性)はプライベートでしょう。ね、男女どちらもトーク量じたいはそんなに違わなそうじゃありませんか?(男女それぞれでトークテーマは異なるかもしれませんが)

 事実、この男女差/個人差は進化心理学の観点から見て合理的でした。むむっ、どういうことでしょうか〜っ?(謎)

 というのも、原始社会では狩猟道具の製作やメンテナンスは男性の職人に任されることが多く、女性はこうしたメカニックな作業よりも他人との関わりを持つことが(比較的)多く求められました。

 となれば、しぜんと男女それぞれで会話内容も大きく変わってくるでしょう。もちろん、コミュニケーション内容の好みも違ってくるはずです。

 ひるがえって、機械工学や計算機科学など理系分野の学部——モノと関わるジャンルは男性が多く、家政学や看護学など文系分野——ヒトと関わるジャンルは女性が多いですよね。

 これは社会が男女それぞれに期待するジェンダーロールが異なること、さらにはオスとメスとで各自得意分野が異なることをも示しています。こうした理系/文系の違いは、オスとメスの生物学的な好みを表したものです。

 そもそも、原始社会は現代よりもずっと集団主義でした。

 なにかヘマをして村八分に遭うことは即『死』を意味していましたから、きっと昔の人々は今よりもずっと他人からの評価に敏感だったでしょう。当時のこの名残りは現代を生きる私たちの遺伝子にも色濃く残っています。

 たとえば、女性が男性よりもひとりぼっちになることを強く恐れるのは、こうした集団主義の社会において仲間はずれにされることが『死』に直結したからです。個人主義が台頭する前の時代、村八分に遭うことは『死の宣告』と同じ意味を持っていました。

 かりに死に直結しないまでも、男性より腕力・筋力の面で遅れをとる女性は、ひとりぼっちになることで性被害に遭うリスクが高まったでしょう。日本やアメリカやヨーロッパの国々はもちろん、現代でも「女性が夜にひとりで出歩いちゃダメ!」と注意喚起する国や文化は多いですよね。

 じっさいに、私たちホモ・サピエンスは他の人と群れること——お互いに協力し合うことで種として繁栄してきましたから、自分が所属しているグループから除け者にされることは耐え難いほどのストレスだったはずです。この点は男性も女性も変わりません。

 言い換えると、私たち人類は他者と群れ合うことで生き残ってきた種です。ただし、ホモ・サピエンスのメスのほうが他者と群れるメリットは大きく、逆に周りと群れずにソロ行動をするデメリットはオスよりも大きかったと推測できます。

 とりわけ、出産や子育ては1人だけでは到底こなしきれない大仕事ですから、他人にサポートしてもらうことは自分自身と我が子の生存率アップにつながったでしょう。これが男女間のコミュニケーションスタイルの違いに表れてもおかしくはありません。

 言い換えると、女性同士のおしゃべりは『助け合い』の延長線にあります。さて、なぜ女性たちは同士で助け合わなければ/協力し合わなければいけないのでしょう?

(続)

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