【7章】白と黒が寄り添い合うように 3
オレとラーニャはふたり並んで夜空を眺めた。
プレゼントを渡すには今が絶好のチャンスだと思った。この子の目が星空に染まっているあいだに贈り物を——。
「にゃあー」
オレの決意をさえぎるかのように、どこからか鳴き声が聞こえてきた。オレとラーニャはほとんど同時に辺りをきょろきょろと見回した。
屋上のドアのすぐ近く、視線の先には黒猫と白猫が1匹ずついた。
「あ、猫ちゃんだぁ。前に見た子たちじゃなあい?」
どうやら、ラーニャもにゃんずの姿を見つけたようだった。彼女の声に応えるかのように、猫たちはゆっくりとした足取りでこちらに近付いてきた。
のそのそと歩く黒猫たちの姿は、ソニヤさんの足取りを思わせた。でじゃびゅ。
「にゃーん」黒猫が鳴いた。
「みゃあーん」白猫が鳴いた。
にゃんずは揃ってオレたちの前に立った。白と黒が隣り合う姿は夜空に浮かぶ月と星のようだった。
どうやら、黒猫ちゃんのほうはオレが持っている袋に興味があるらしい。すんすんと匂いを嗅ぐ仕草は黒猫の関心度をあらわしているように思えた。
「ごめんね、これ食べ物じゃないんだよー。おいしくないんだよー」
「みゃあー?」黒猫が鳴いた。
まるで、黒猫はこちらの言葉が分かっているかのようだった。きょとんとした顔で首をかしげる姿がやけに人間めいていた。
や、かわいいけども。
首かしげる猫ちゃん大変かわいらしいですけれども。あなた人間の言葉わかってるんじゃないのぉー?(疑)
こちらの意図が伝わったのか、黒猫ちゃんは紙袋から白猫のほうへ視線を移した。白と黒が向かい合いながら、にゃあにゃあと鳴き合った。夜の闇に大変かわいらしい掛け合いが溶け出した。
にゃんこみゅにけーしょん可愛すぎる。
ただ鳴いてるだけで可愛いんだからズルいよね。あんな可愛い鳴き声でコミュニケーションなんて罪だよね。逮捕だよね(?)。
「みゃあ、みゃあー」白猫が鳴いた。
「にゃあーん。にゃあにゃあ」黒猫が鳴いた。
目の前にいる猫ちゃんたちがこちらには分からない言葉を交わし合っている。にゃんこみゅにけーしょんには人の心を溶かす魔法がかかっていた。かわいすぎる。
オレの隣にいるラーニャがその場にしゃがみ込んだ。
「あはは、かわいーねえ。癒されるぅ〜」
ラーニャは黒猫と白猫どちらの頭も撫でた。にゃんこたちはされるがままに彼女に頭をなでなでされていた。なぁんて平和な光景なのでしょお〜。
オレもラーニャにならって両ヒザを折り、お尻が床につかないようしゃがみ込んだ。
「この黒猫ちゃん、前にソニヤさんと別れたあとも現れたんだよ」
「えー、そーだったんだぁ」ラーニャが言った。「ミリアのこと気に入ったのかなぁ。黒猫ちゃあん、この子のことお気に入りなの〜?」
「みゃあー」黒猫が鳴いた。
「あはは。『うん』って言ってるみたいだねぇ」
「そ、そだね。こっちの言葉が分かってるみたい……」オレは言った。
「そっかそっかぁ、黒猫ちゃんはミリアがお気に入りなんだねえ。こっちの白猫ちゃんはどうかなぁ〜?」
「みゃーん」白猫が鳴いた。
「わぁ」
白猫がラーニャのお膝の上にジャンプした。とつぜん猫に乗っかられた彼女は、あわや尻もちをつきそうになっていた。すんでのところでお尻ぺったん回避。
ラーニャのお膝のうえに座る白猫は、なにか伝えたいかのように彼女をじっと見上げていた。
「みゃみゃー」白猫が鳴いた。
「こっちの白猫ちゃん、ラーニャのお膝が気に入ったみたいだね?」オレは言った。
「お目が高いですねぇ〜、白猫ちゃあん」ラーニャが猫の頭を撫でた。「ラーニャちゃんのお膝はどんなクッションより快適だよお。ほら、ふかふかのふわふわでしょお〜?」
「みゃーん」白猫はやっぱり鳴いた。
「なんか、ほんとに言葉が通じてるみたいだね……」オレは言った。「こっちの黒猫ちゃんも、もうすっかりくつろいじゃってるし。この2匹どっから入ってきたんだろね?」
「ねー、ほんと。あたしも屋上で猫ちゃん見かけるのは初めてかも〜」
ラーニャは自分のお膝のうえにいる白猫を相変わらず撫でていた。よほど彼女のお膝が気に入ったのか、白猫ちゃんはされるがままに頭を撫でられていた。
や、かわいいけども。
気持ちよさそうに目を細める猫ちゃん大変かわいらしいですけども。あなたたち野良にゃんこのわりに人間慣れしすぎてなぁーい?
オレは物欲しそうな目をしている黒猫の頭を撫でてあげた。どうやら、黒猫ちゃんのほうも頭をなでなでされたかったらしい。ごろごろと鳴るノドが何よりの証拠だった。
「みゃあー」白猫が鳴いた。
「にゃにゃあー」黒猫も鳴いた。
「にゃーんにゃーん」ラーニャも鳴いた。
ねこみゅにけーしょんにラーニャも加わった。星明かりが辺りを照らす中、ネコ2匹+人間1人とのあいだでコミュニケーションが交わされた。
や、かわいすぎか。
猫の会話に混ざる人間かわいすぎでしょ。この不肖わてくしめ、ラーニャが猫語マスターしてるとは存じておりませんでしたわ〜?
しきりに猫語を話すラーニャにオレは悶えつつも、この束の間のリラックスタイムを味わい尽くした。ラーニャの鳴き声に応える猫たちの姿は癒しそのものだった。なぁんて平和なひと時なのでしょお〜(ほんとに!)。
やがて満足したのか、白猫はラーニャのお膝からぴょんと降りた。
白猫がその場にしゃがみ込むかたわら、黒猫のほうはまたオレが持っている袋に興味を示した。ふんふんと匂いを嗅ぐ姿は先ほどと同じだった。でじゃびゅあげいん。
「黒猫ちゃん、この袋が気になるみたいだね……」オレは言った。
「んだねぇ、猫ちゃんもおしゃれ好きなのかなあ?」ラーニャが黒猫に視線を移した。「黒猫ちゃあーん、これはミリアのなんだよお。ほらぁ、さっき『食べ物じゃない』って言ってたでしょお?」
「にゃあー?」黒猫は首をかしげた。
黒猫はその場でお座りしたままこちらを見上げていた。どうやら、この黒猫ちゃんはどうしても袋の中身に興味があるらしい。目ざとい猫ちゃんだね。
今度はラーニャの興味がこちらに向けられる番だった。
「ミリアぁ、結局その袋なあにぃ?」
「え、あ……これは、そのぉ……」オレは戸惑った。
不自然な間が空いた。ラーニャは相変わらずこちらを見ている。オレは逃げるように彼女から目を逸らした。
気まずい沈黙が辺りに流れた。
すぐ隣からラーニャの視線を感じる一方、2匹の猫たちもこちらをじっと見ていた。まるで、勇気を出せと言わんばかりの眼差しだった。
「……」
オレはまた少しだけぎゅっと目をつむった。目をつむった拍子に手にもチカラが入り、両腕で抱えた紙袋がガサッと音を立てた。
意を決して、オレはラーニャのほうを見た。
「こ、これっ……」
オレはラーニャに紙袋を差し出した。状況を飲み込めていないのか、彼女はきょとんとした顔を浮かべていた。
「ら、ラーニャに贈ろうと思って。その……」
「えっ、えっ。これあたしに?」ラーニャがたずねてきた。
「う、うん……」オレはうなずいた。
ラーニャはオレが差し出した袋を受け取った。
彼女は少しだけびっくりしているように見えた。わずかばかりの戸惑いと驚きを乗せた声は、月の光照らす夜の闇に飲み込まれていった。
「えー、ちょっとびっくりかもお〜……」
「お、おどろかせてすみませぬ……」オレの口調は武士だった。
「あは、なあにそれぇ。あたしコレもらっていいんだよね?」
「は、はひ。お納めくださいまひ……」
「やったぁ、うれし〜。ありがーとね?」ラーニャが袋をのぞき込んだ。「えー、なんだろなんだろぉ。これ中身いま見てもだいじょーぶう?」
「う、うん。だいじょぶ……」
「なあんだぁろなぁ〜。あたし、ひとからもらったプレゼントの箱あける瞬間いちばん好き〜」
「そ、そだね。どきどきするよね……?」
「ねー、だよねぇ。いざおーぷーんっ」
ラーニャはオレが手渡したプレゼントの箱を開けた。彼女の視線の先には淡い金属光沢を放つピンクゴールドがあった。
ラーニャは箱の中にあるアクセサリーを手でつまみ上げた。
「……ペンダント?」
ピンクゴールドの地金が月明かりに照らされていた。彼女の手元にあるアクセサリーが金属光沢を放ち、星々が浮かぶ宵闇の中できらっと強くきらめいた。
「あの、前に一緒にアクセ見に行ったの覚えてる……?」
「え、うん。ミリアがうちの村に初めて来たときだよね?」ラーニャが言った。
「そう、あのとき。あのとき『これラーニャに似合いそうだな』って思って……」
「それで……それで、あたしにこれを?」
「う、うん……」オレはうなずいた。
「え、やばぁ。めっちゃうれしい〜っ」
ラーニャの頬がみるみるうちにほころんでいった。彼女の表情は言葉よりもずっとおしゃべりだった。
ラーニャは相変わらず自分の手元にあるアクセサリーを見つめていた。
彼女の目が月明かりを映し出しているのが嬉しかった。彼女の目がきらきらと輝いているのが嬉しかった。まるで、夜空にきらきらとまたたく星のようだった。
「ね、ミリア。1個お願いしてもいーい?」
「え、うん……」オレは身構えた。
「これ着けてほしーの。ミリアの手で」
ラーニャはこちらにペンダントを差し出してきた。うっすらと微笑む彼女の姿は見目麗しく、月すら恥ずかしがって隠れてしまいそうなほどだった。
オレはラーニャから手渡されたペンダントを受け取った。
「し、失礼しますぅ……」
「ん」ラーニャが目をつむった。
こんなときでさえ、この心は恥ずかしがることに余念がない。どどきと胸打つ鼓動の音がやけにうるさく聞こえた。
オレはクラスプを引いてプレートから輪っかを外した。
クラスプを引いたままラーニャの首にチェーンを巻きつけて、彼女の首の後ろでプレートに空いた穴に輪っかを引っかけた。どきどきと高鳴る胸の音がやっぱりうるさかった。
ちゃり、とチェーンとバチカンが擦れる金属音が聞こえた。
プレートの穴にクラスプが引っかかったのを手で確かめたあと、今も目をつむったままのラーニャの首元からオレは手を離した。
「ありがとお、ミリア」
目を開けたラーニャが自分の首にあるペンダントに手を触れた。彼女の手つきは赤ちゃんに手を触れる母親のように優しかった。
「ね、どーお?」
ラーニャがこちらに感想を求めてきた。彼女の指先にはV字を描くペンダントがあった。月明かりに照らされた朱い宝石がきらっときらめいた。
この光景を形容する言葉が見つからない。
この子の首元を彩る小さな太陽は、言葉にならないほどキレイだった。あのお日さまのような朱は彼女によく似合っていた。
「似合ってるよ、すごく……よく似合ってる」
「えへ、よかったあ〜」ラーニャが笑った。「ありがとおねぇ、あたし今めっちゃ嬉しい」
「うぅん、わたしこそ。ラーニャに喜んでもらえて嬉しい」
「……」ラーニャが急に黙りこんだ。
「え、なになに。どしたの?」オレは戸惑った。
「んーん、なんでもなぁい。ミリアはズルい子だなあって」
「なにそれ……」
口もとを隠すように手を当てて、ラーニャはくすくすと微笑んだ。まるで、どこかの国のお姫さまのような仕草だった。
「にゃあー」
とつぜん猫の鳴き声が聞こえた。いつの間にか、2匹の猫たちはオレたちの足元に擦り寄ってきていた。
「あ、猫ちゃん……」
オレは自分の足元にいるにゃんずたちに視線を移した。にゃんこたちは何か言いたそうにこちらをジッと見ていた。あの目は何かを伝えたがっているように思えた。




