【4章】お日さまみたいな女の子 1
食後。
午後の陽気に包まれる大通り。
食堂をあとにしたオレたちは、本来の目的地に向かっていた。
ラーニャいわく、彼女が暮らす女子寮は食堂からそう遠くないらしい。歩いて20分もかからないくらいで着くんだとか。
大通りは相変わらず賑やかだった。道幅が広いので肩がぶつかるほどではないけれど、よそ見しながら歩くと他人とぶつかりそうだった。あわや肩同士がごっつんこ☆
とはいえ、正直オレは初めてだらけの景色に興味しんしんだった。
「……」
村のどこを見回しても初めまして。今まで見たこともないような眺めがオレの目の前に広がっていた。
なんだか、テーマパークに迷い込んだみたい。
ラーニャにとってはいつもの日常なんだろうけど、この村に初めて来たオレにとっては全てが新しい。どの景色も新鮮で初めて見るものばかりだった。
お、あそこで大道芸やってるっぽい。
どこからか音楽も聞こえてきた。けっこう人だかりができてるあたり、おもしろいパフォーマンスでもやってるのかなと推測。
「ねぇ、ラーニャ。あれって大道芸だよね?」
オレは自分のすぐ隣を歩くラーニャにたずねた。彼女はオレが人差し指で指差した先にむいっと顔を向けた。
「みたいだねぇ。この辺りじゃよく見るよー」ラーニャが言った。「お役所に届け出だしたら、ここの大通りでお小遣い稼ぎできるからね。いつも芸人さんがよくパフォーマンスやってるよぉ?」
「へぇ……そっか、この村にもそういう文化あるんだね」
「楽器の演奏とかもできるんだよ。ほら、今あの人がチップ入れてるでしょお?」
今度はオレがラーニャの指先を目でたどる番だった。彼女が指差した先には、たしかに今ちょうど楽器ケースにチップを入れている人がいた。
「チップ……そっか、チップを……」
オレは馴染みのある文化がこの村にもあることに少し安心した。ここに来るまでは自分の常識が通じるか心配だったけれど、この世界にも向こうの世界と似たような文化があるらしい。
お、あの人の演奏めっちゃ上手い。
わ、すごいすごい。ネットの動画でしか観たことないようなパフォーマンスやってる。
あ、向こうにはピエロっぽい服装の人もいる。オレの知ってるピエロとは少し違うけど、顔を真っ白に塗りたくってるのは一緒だ。向こうの世界のピエロよりずっとチャーミング。
だけど、あの楽器は知らないな。見た目はチェロみたいな弦楽器っぽいのに、じっさいに出てる音はハープに近いような気がする。音色はすごく心地いいけど……うーん、なんて名前の楽器なんだろう。ラーニャに聞いてみよっかな?
困ったときはラーニャ先生にご教示ねがいます。
へい、てぃーちゃーらーにゃ。あいはぶあくえすちょん。めいあいあすくゆーさむし〜ん?(カタコト)
「ねぇ、ラーニャ。あの楽器なんていう名前?」
オレは今まさに通りの端っこで演奏している人を指差した。ラーニャは再びオレの人差し指をたどって向こうに顔を向けた。
「あれはキリティパ。この地域じゃ結構ポピュラーな楽器だよぉ」
「キリティパ……」
オレはラーニャが口にしたフレーズを繰り返した。まるで、自分が発した言葉を自分自身に言い聞かせるかのように。
「そう、キリティパ。あたしも一応あれ弾けるんだぁ」ラーニャが言った。「お祭りのときとかによく見かけるかなぁ。持ち運びできて音色もキレイだから、お祝いごとで演奏することも多いよ」
「そうなんだ……たしかに、きれいな音色だよね。まるで、小鳥のさえずりを聞いてるみたいで……」
「あはは、そうかも。ミリアは詩人さんだねぇ」
「あっ。ご、ごめん……」オレは謝った。
「もぉ、なんで謝るのぉ〜」
ラーニャは眉尻を下げて困ったように笑った。彼女の困ったような笑顔がオレの心にグサッと刺さった。ぐさぐさ、ぶすりっ(※なにかが刺さる音)。
「や、こういうのウザいかなって……」
「えー、ぜんぜんだよぉ。あたしも『そうかもな』って思ったよ?」ラーニャが言った。「あの楽器はねぇ、神さまの声を音で表現したものって言い伝えがあるの。ポピュラーではあるんだけど、けっこう神聖な楽器だったりするんだよ?」
「神さまの……そっか、なるほど。たしかに、うっとりするような音色だもんね」
「でしょでしょお〜。ねぇねぇ、ミリアって楽器にも興味あるの?」
「そだね、前にヴァイオリ……」オレは言った。「んっと、前に弦楽器ならってたことあるよ。2年くらいだけだけど」
「えー、そうなんだぁ。あたしと一緒だね?」
「ラーニャは……その、さっき言ってたキリティパよく弾くの?」
「たまにね〜。ほら、お祭りのときとかにね?」とラーニャが言った。「うちの村は楽器ひける人も多いから、みんなイベント前には楽器のメンテナンスとかするよぉ」
「そうなんだ……えっと、この村は音楽が身近なんだね?」
大通りの向こうからは相変わらず演奏が聞こえる。どの楽器も心地よいリズムを刻んでいた。
まるで、自分たちの声すらもあのメロディの一部のように感じた。とくにラーニャのノドから出る高い声は、あの楽器の音色に自然と溶け込んでいた。
「かもねぇ、お祝いごとに音楽は欠かせないから」ラーニャが言った。「せっかくのイベントごとなのに、楽器がないとちょおっと寂しくなぁい?」
「まぁ、たしかに。ちょっと殺風景かもだね」
「でしょおー?」
どうやら、この村はオレが生きていた世界よりも人と音楽が近いらしい。ラーニャもあの楽器——キリティパっていう弦楽器を弾けるみたいだし。
なんて心地いい音色だろう。
まるで、風が草原を吹き抜けるかのような音だった。優しいうえに柔らかくて、だけど音じたいは力強い。そう、たとえるなら——。
ちょっぴり俗な言い方かもだけど、ハープとコントラバスを足して2で割ったみたいな音色だった。まるで、草原を吹き抜ける風に乗って音が遠くへ遠くへと運ばれていくかのよう。いつまでも聞いてられそうなほどに心地いい旋律。
「いいなぁ……」
オレは思わず口ずさんだ。まるで、あの弦楽器のメロディに誘われた言葉が口から飛び出していくかのよう。ひとりでに飛び出した言葉は、今の自分の素直な感想だった。
いつの間にか、オレの耳はあの弦楽器の音色に魅了されていた。
「ミリア、あの楽器気に入った?」
オレの意識を現実に引き戻したのはラーニャの声だった。気付けばオレは足を止めて、この通りの向こうから聞こえる音楽に耳を傾けていた。
「あ、うん。自分が前に弦楽器やってたからか、ちょっと共感しちゃうかもなって……」
「そっかそっかぁ。ミリアはキリティパがお気に入りかぁ〜」ラーニャが言った。「この村には他にもいっぱい色んな楽器あるよぉ。今この通りにあるのだけじゃなくって、ぷーって吹く楽器とかもいぃ〜っぱい!」
「吹く楽器……管楽器ってこと?」
「そうそう〜。けっこう音色きれいなんだよ?」
「へぇ……」
管楽器があるってことは、この世界にも鋳造技術とか製鉄技術はあるんだろうね。ものによっては鍛造で作られてる楽器もあるかもしれない。
本と図書館があるってことは、きっと活版印刷も発達してるんだと思う。
さっきラーニャも言ってたけど、この村いちばんの図書館には本がたくさんあるらしいから。利用者向けの貸し出しもやってるみたいだし、読書家に優しい仕組みがあるところなのかも。
正直、どれも気になる。
楽器も図書館も、菜園もお祭りも。じっさい、パパラ畑ってどんな感じなんだろう?
「あ、見て見てっ。向こうで紙芝居やってる!」
ラーニャに袖を引かれたオレは、彼女が指で指し示す先を目でたどった。彼女の人差し指は今まさに紙芝居をやっている人を指し示していた。
演者の前には子どもたちが集まっている。
何人もの小さな子どもたちが目を輝かせて、お芝居の内容に聞き入っているようだった。
紙芝居なんて初めて見たけど、あれも大道芸の一種なのかな。学校の授業で切り絵くらいは一応やったことあるけど、あそこまでしっかり作り込んだ劇を見るのは初めてだ。
あ、すごい。
奥行きも陰影も細かく書き込まれてる。
演者さんの語り口もものすごく上手い。思わず足を止めて聞き入っちゃうような語り部だった。
なんか、その……すごく賑やかだ。大通りを舞台にするパフォーマーみんなが生き生きしてる。お客さんも迷いなく次々にチップ入れてるし、この世界は芸ひとつあれば食べていけるほど人と芸術が近いのかも。
ひょっとしたら、ここはアーティストに優しい世界なのかもね。わかんないけど。
「絵も話し方もすごく上手だね、あの紙芝居の人」オレは言った。「子どもたちもすごく楽しそうにお話きいてるみたい。みんな目ぇきらきらしてる」
「ねー、ほんと。ちょっとほっこりしちゃうねぇ」
「うん、わかる。ほっこりする……」
オレとラーニャは少し立ち止まって、紙芝居を観る子どもたちを後ろから観察した。話の続きが待ちきれないのか、身体をゆらゆらと揺らす少年/少女の後ろ姿が可愛かった。
ほっこりするっていうか、見てるこっちまで幸せな気持ちになるね。
やっぱり、幸せな気持ちって周りにも伝わるのかなぁ。幸せそうな人の顔みてると、なんだか幸せのおすそ分けしてもらってるみたいな気持ちになる。
オレとラーニャは少しずつ大通りを前に進んだものの、ときおり足を止めて芸人さんのパフォーマンスを見た。どこからか聞こえてるくる楽器の音色は、オレたちの足を遅らせるには充分だった。これじゃいつ寮に着くか分かんないや。
足を早めようとした矢先、オレは通りの向こうにアクセサリーの露店を見つけた。
「あ……」
オレは再び足を止めた。や、このキレイなアクセサリーが悪い。このキレイなネックレスには人の足を止める魔力がありますゆえ。お、オレのせいじゃないからねっ?(汗)
どうしてかは分からないけれど、オレは目の前にあるアクセサリーに目を引かれた。
「やぁ、どうも。いらっしゃい」
「ど、どうも……」オレは言った。
オレは露店をひらいているおじさんに話しかけられた。人の良さそうな笑顔が特徴的な中年の男性だった。
「ねぇ、ラーニャ。これもこの村のアクセサリー?」
オレは近くにあるアクセサリーを指差しながら言った。オレが指差した手作りらしきアクセサリーは、ブルーの不透明な宝石が目を引く逸品だった。
「そーだよぉ。この辺では結構よく見るデザインかなぁ」
「そうなんだ……その、すごくキレイな模様だね。なにか意味があったりとか?」
「んっとねぇ、これは『みんなが健康でいられますように』っていう祈りの模様でぇ……」ラーニャは装飾品それぞれを指差した。「こっちの模様は家内安全だね。『家族みんなが無事に暮らせますように』っていう願いが込められた模様だよぉ」
「へぇ……」
オレはラーニャが説明してくれるままに話を聞いていた。彼女が話す内容はどれもオレの好奇心を刺激する興味深いものばかりだった。




