【5章】この朱に想いを込めて 1
大通りの喧騒。
終業時刻が少しずつ深まるにつれ、街はたくさんの人で賑わってきた。
オレは人ごみをかき分けながら道を歩いていた。どこからか聞こえる話し声も楽器の音も、この喧騒を彩るスパイスのように思えた。
以前ラーニャと一緒に立ち寄ったアクセ屋さんがもう見え始めている。遠くのほうに見える看板には宝飾品のロゴが描かれ、道ゆく人たちの視線をショップへと引きつけていた。きらりと光る宝石はパッと見でも分かりやすいシンプルなマークだった。
宝石の誘惑に負けたオレはお店に足を運んだ。
「こ、こんにちは〜……」
オレの頼りない声が室内に響きわたった。カウンターのほうには以前お会いした女将さんが控えていた。
「あらぁ、あなた」
こちらに気付いた女将さんと目が合った。オレは軽く頭を下げて彼女にご挨拶をした。
「いらっしゃあい、また来てくれたのねぇ」
「は、はい。またお伺いするよう以前お約束したので……」オレは言った。
「あらあらぁ、ずいぶん律儀なお嬢さんねぇ」女将さんが笑った。「さぁさ、ゆっくり見てってちょうだい。あ、よかったらお茶でも飲んでく?」
「あ、いえ……」
オレは遠慮を示そうとして上げた手を途中で止めた。あの女将さんのご好意をむげにするのは少し気が引けたから。
「……そうですね、いただいてもいいですか?」
オレが彼女からの好意をすなおに受け取ると、女将さんはうんと嬉しそうに顔をほころばせた。
「えぇ、もっちろんよぉ」女将さんが言った。「ちょおっと待ってなさいね、お茶いま淹れてくるから〜♪」
「はい、ありがとうございます」オレはまた頭を下げた。
「ちょうど美味しいお菓子いただいたのよぉ。ところで、今日はお友だちと一緒じゃないのねぇ?」
「え、えぇ。今日は、そのぉ……」
「あら、ごめんなさい。ちょっと立ち入ったこと聞いちゃった?」
「や、そんなことないですっ」オレは両手で否定を示した。「ただ、その……きょ、今日はプレゼントを買おうと思って。あの子にあげる用の……」
「あら……あらあらぁ、あっそお〜?」
女将さんは口もとを隠すように手を当てながら、これまで見たこともないような笑顔を浮かべた。ニヤケた口もとが手の隙間からわずかに覗いていた。
オレは突然なんだか居たたまれない気持ちになった。
女将さんは相変わらずにんまりと笑っていた。逃げるように目を逸らしたあと、オレは以前からくすぶっていた思いの丈を彼女に話した。
「わ、わたしっ、あの子のおかげで今この村で暮らせてて……」オレは言った。「今日ちょうど初任給が入ったので、あの子に少しでも何かお返ししたいなって。それで……」
「あらぁ、そうだったの。あらあらまぁまぁ〜……」
こちらが話している途中、女将さんは相変わらずにんまりと笑っていた。あの微笑ましいものを見るかのような眼差しは今回で2回目だった。
「ところで、あなたお名前は?」女将さんがたずねてきた。
「え、あ、ミリアです……」オレは言った。「あと、前に一緒に来た子はラーニャって言います」
「そう、ミリアちゃんにラーニャちゃんね。あなた本当に律儀な子ねぇ、ミリアちゃん」
「や、そんなことは……」
オレはやっぱり逃げるように目をそらした。視線の先にはキレイな木目調のフローリングがあった。
あの優しい微笑みがオレの目を泳がせた。この気恥ずかしさがオレの顔を俯かせた。慈愛を湛えたかのような女将さんの眼差しと、どうしても目を合わせることができなかった。
「わたし、いつもラーニャから色んなものもらってばっかりなので。ちょっとでもお返しできることあったらなって思って……」
自分の口から出ていった呟きは、まるでひとりごとのようだった。いまのは女将さんに説明するための言葉だっただろうか。いまのは自分に言い聞かせるための言葉だっただろうか。
答えは分からない。自分が発した言葉の意味さえ不確かだった。
「きっと、ラーニャちゃんもあなたからいっぱいもらってると思うわぁ。あなたが思ってる以上に、ね?」
女将さんの声のトーンは優しかった。まるで、こちらを遠回しに諭すかのような言い方だった。
「そう、でしょうか……」オレの声は弱々しかった。
「きっとね。さぁさ、どうぞ好きなだけ見てって」女将さんが言った。「今お茶とお菓子も持ってくるからねぇ。あ、あなた甘いものとか大丈夫?」
「は、はい、いただきます。ありがとうございますっ……」
「はぁい、ちょおっと待っててねぇ〜♪」
お店の奥に消えていく女将さんは終始ごきげんそうだった。心なしか、彼女の頭のうえにとびきり大きな音符が浮かんでいるような気がした。
たぶん気のせい……だと思う。多分ね、たぶん。
女将さんが店の奥に入っていったあと、オレは店内に置いてあるアクセサリーを見て回った。どのジュエリーも陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
あ、これキレイ。前に来たときは見なかったアクセかも。
ピンクゴールドの地金かわいいよね。金とか銀よりギラギラしてなくて柔らかい印象ある。暖色系の宝石とよく合いそうなイメージ。
オレはふんふんと小さくうなりながらアクセサリーを物色した。以前あの女将さんと話したところによると、このお店にあるジュエリーはどれもマスターさんの手作りらしい。自分の目の前にあるアクセサリーたちは、どれも手仕事のぬくもりにあふれていた。
宝飾品がずらぁっと並んだ光景は壮観だった。
さっきお店に来たときは見かけなかったけど、表の露店じゃ今日もマスターさんがアクセ売ってるのかな。ちょっぴり気になる。
あ、このイヤリングいいかも。
青系の宝石はキリカっぽい感じがするね。銀の地金がスカイブルーの宝石を引き立ててる印象ある。
わぁ、こっちの指輪もかわいい。黄色の宝石は……うぅ〜ん、ロミかな。ロミもラーニャと同じで暖色系のイメージなんだよね。ふたりとも夏の空がよく似合う印象あるかも。多分ね、たぶん。
こうしてジュエリーを見て回ってるだけでも楽しい。んふふ。
こっちのピンクの宝石は完全にルイゼナの色だね。あのおしゃれ好きのお姉さんは、やわらかい色合いがよく似合う。ルイゼナはベビーピンクよりローズピンクって感じかなぁ。
スィラは……スィラは、うぅ〜ん……?
緑な気もするし、紫系な気もする。あの子を象徴する色はどっちだろ。緑か紫どっちかな気がするけど。
オレは辺りをきょろきょろと見まわして、スィラに似合いそうな色の宝石を探した。ちょうど紫と緑の宝石が隣り合っていて、ふたつの色を見比べるのに好都合だった。
ん、やっぱ紫かな。緑は第2候補だね。
スィラは赤寄りの紫が似合う気がする。地金は金でも銀でも全然おっけー。あ、やっぱ金のほうが高級感あっていいかも。
オレは心の中であーでもないこーでもない言いながら宝飾品を物色した。どうやら、この心は今日いつもよりずいぶんとお喋りのようだった。ひょっとしたら、初めての給料がもらえて浮き立っているのかもしれない。
「お待たせぇ、ミリアちゃあ〜ん」
後ろのほうから声が聞こえてきた。どことなく母性を感じさせるメゾソプラノだった。
「どーお、いいもの見つかった?」
女将さんは手にトレーを携えていた。木製のトレーの上にはティーカップが2つ乗っていて、中央にはお菓子が入った大きめのお皿も置かれていた。
「はい、たくさん。いっぱいあり過ぎて迷っちゃうくらいです」
「あっはは。そうねぇ、こんだけあると迷うでしょうねえ」女将さんが笑った。「さぁさ、休憩がてらお茶でも飲みなさいな。このお菓子つい先日いただいたものでね、もうすぅっごい美味しいから食べてみて?」
「はい、お言葉に甘えて。ありがたくいただきます」
「あなたずいぶん礼儀正しい子ねぇ、ミリアちゃん。前にうちに来たときから思ってたけど」
「そ、そうでしょうか。その、他人さまに失礼があっちゃいけませんし……」
「うちの娘にも分けて欲しいわぁ、そのお行儀の良さっ」
「えと、娘さんいらっしゃるんですか?」
「えぇ、1人ね。いまは向こうの街まで働きに出てるけど」女将さんが言った。「あの子ずっとデザイナーになるのが夢だったからねぇ。ほら、こっちの村よりあっちのほうが栄えてるぶん仕事も多いでしょう?」
「そ、そうですね。娘さん、夢を叶えるために向こうに働きに出てるんですね?」オレは話を合わせた。
「そうそう、そうなのぉ。まぁねえ、夢を追うのはいいんだけどねぇ……」女将さんは自分の頬に手を当てた。「たまにこっち帰ってきたと思ったら、すぅ〜ぐまた向こうに戻るんだから。ひとが心配してるのも知らないでねぇ?」
「そう、ですね。親としてはお子さんのこと心配ですもんね……?」
「ねぇー、そう思うでしょお?」
どうやら、女将さんは娘さんを心配しているらしい。地元に戻ってきてもまたすぐ職場がある街に戻るあたり、彼女の娘さんの頭の中は夢でいっぱいなのかもしれない。
期せずして、女将さんとの世間話が始まった。わてくしめの雑談力が試される瞬間でございますゆえ。
オレは女将さんからいただいたお茶を飲みながら、彼女が話す娘さんへののろけ(?)に耳を傾けた。女将さんはアレコレ愚痴っぽく話してはいるものの、彼女の言葉の裏にはとびっきりの愛情が隠れている気がした。
ぼやきの裏に慈しみあり。愚痴の影から母の愛がこんにちは。
おしゃべりをしている最中、女将さんのトーンは終始おだやかだった。娘さんへの気持ちが彼女の声の調子に表れている気がした。
「——でねぇ、あの人ったら自分の娘に甘いもんだからねえ」女将さんが言った。「尻ぬぐいするのいぃ〜っつも私なんだから、ほんとうに。あの子が向こうの街に行くときだって、もうみぃ〜んな私が話通したんだから」
「女将さんのご苦労がうかがえますね、ほんとに……」
「ねぇー、そうでしょお?」
「その、男の人って娘さんには甘い気がしますよね。わたしの主観ですけど……」
「ほんとよぉ。まー、わが子が可愛いのは分かるけどねぇ?」女将さんが言った。「ほんっと、あの人ってば娘の前だといいカッコしたがるんだから。だぁ〜れが後始末つけるのか分かってるのかって話じゃなあい?」
「そ、そですね。当然お母さん側にツケが回ってきますもんね……」
「だからねぇ、私こないだ言ってやったの。『あの子が婚期のがしたらどうするつもり?』って。あ、お菓子どうぞ遠慮なく食べてね。これホント美味しいから」
「あ、はい。いただきます……」オレはお菓子に手を伸ばした。
「そしたらねぇ、あの人『うちの子は心配ないだろ。あれは男に困らん』とか言ってきてぇ。私ほんと呆れに呆れちゃってねぇ、もうばっかじゃないのと思ってえ」
「旦那さん、だいぶ子煩悩な方なんですね。こうして今お話うかがった限りの印象ですけど……」
「ねぇー、ミリアちゃんもそう思うでしょお?」女将さんが言った。「ああいうのを親バカって言うのね、きっと。あの人ほんっと自分の娘には甘いんだから。あ、お茶の味どーお?」
「はい、とっても美味しいです。けっこう香りが強くて好きかもです」
「ねぇー、そうでしょう。このお茶ちょっと良いものだから」女将さんは向こうを指差した。「これ先日あっちのお店の方からいただいたの。ほら、ここの通りの向かいっ側にある服屋さんの」
「服屋さん、ですか……わたしまだお伺いしたことないかもです」
「今度ぜひ行ってみてちょうだい。奥さんがもううんとセンスと気前のいい人でね、ミリアちゃんにぴったりのコーディネートしてくれると思うから」
「はい、ぜひ。今度また時間を見つけてお伺いします」
「ほんとねぇ、うちの娘もミリアちゃんみたいに素直だったらねえ〜……」女将さんがため息をついた。「あの子ってば自分が良いと思ったことしかしないんだから。あの頑固さはうちの旦那ゆずりね、きっと」
「その、ご心労お察しします……」オレは言った。「あ、このお菓子もとっても美味しいです。上品な甘さですね?」
「ねぇー、おいしいでしょう?」
「わたし好きな味かもです。こんがり焼けたところも香ばしくって……」
「これ私も好きでねぇ、空いた時間についパクパク食べちゃうの。太っちゃわないかだけ心配でねぇ——」
女将さんの話は止まらなかった。オレは本来の目的も忘れて彼女とのおしゃべりに花を咲かせた。




