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【1章】霊媒師ソニヤさん? 2

「ソニヤさん、私たちのほうで何か気を付けることとかある?」キリカがたずねた。

「いいや、とくにないよ。ま、あんまり気に病まないことだね」ソニヤさんは首を横に振った。「あんまり悪いほうにばっかり考えてると、ほかの霊まで悪い気に引き寄せられてくるもんだよ。ああいう霊は人間のどんよりした空気をエサにしてるからねぇ」

「悪い気に……」オレはつぶやいた。

「そうさぁ、後ろ向きな考えは悪霊たちの格好のエサだねぇ」

「あんまり心配し過ぎるのもよくないんでしょうか、こういうときって……」

「そうゆうこったろうよ。そりゃあ心配するのは悪いことじゃあないけど、周りがアレコレ気を回し過ぎるのもどうかねぇ。あたしゃオススメしないけどねぇ」

「そーそー、いつもどーり平常心平常心っ」ラーニャが言った。「人間やっぱ元気がいちばんだよお。そーゆーことでしょ、ソニヤさぁん?」

「まちがっちゃいないねぇ。いつも通り元気でいたら一番さぁ、あんたらみんなね」

 ソニヤさんはこの部屋にいるみんなに注意をうながした。先ほど彼女に質問したキリカもまた、ほかの子たちと同じように納得したような顔を浮かべていた。

 悪い霊は悪い気に引き寄せられる——。

 あちらの世界で耳にしたことのある言葉は、こちらの世界でも通じるものだったらしい。

 病は気から。邪気を払うにはまず身の回りをキレイにすることから。日頃の掃除と換気で自分の部屋を清潔にしていれば、すみっこが好きな塵やホコリもどこかに飛んでいく。

 目に見えないストレスは病気という悪霊を呼び込むことがある。

 病を運んでくる瘴気の正体は、ウイルスを始めとした病原菌。どんよりした空気が溜まるところには悪いものも集まりやすい。

 ネガティブな人が病気にかかりやすいのは、免疫力が下がりやすいからでもあるらしい。ひとの体内に侵入したウイルスと同じように、免疫細胞は後ろ向きな考えまでも敏感にキャッチしてしまう。ふぅん、そうなのぉ〜?(好奇心ぐさぐさっ♡)

 たとえば、パーソナリティーと不幸との遭遇率を調べたデータによると、心配性/不安症な人ほどかえって交通事故に見舞われる確率が高かったのだそう。

 これはストレスのせいでかえって視野が狭くなり、視界の外から突っ込んでくる車に気付けなくなることが原因らしい。じっさいに、精神的に参っているときほど有効視野が狭くなり、通常時なら避けられるはずの事故も回避できなくなる傾向にあった。

 病は気から。

 不幸な事故もまた気の持ちようで避けられる。

 悲しいことに、打たれ弱い人はメンタルの不安定さゆえに、占い詐欺や投資詐欺などにも騙されてしまう傾向に。

 霊感商法は基本的に「不安を感じやすい人」を狙っている。溺れる者は藁をも掴むため、自分に寄ってくる悪い人にすらすがってしまう。不安や恐怖心をあおれば相手はみずからお金を差し出す。

 世の中にはソニヤさんみたいに良心的な占い師もいれば、不当にお金を巻き上げる詐欺師よろしくな占い師もいる。

 お金に目がくらんだ人はどこの世界にもいる。お金を稼ぐという目的は共通していても、商売人と詐欺師は同じ棚に並べられない。悪徳占い師は他人を不幸に追いやってお金を稼ぐ人たちだから。

 お金を守る最良の方法のひとつは、自分のメンタルを安定させること。

 精神的に安定していると論理的におかしな点にも気付けるため、結果として不幸な詐欺や不運な事故にも巻き込まれにくくなる。そもそも藁をも掴むような精神状態にならないことが最善の対処法。

 人間やっぱり元気がいちばん。

 先ほどラーニャが口にしたことは、物事の本質を突いている気がした。

 じっさい、元気もりもり笑顔にこにこ♡な人って、ストレスフリーなおかげで病気にもなりにくいんだって。『病は気から』は科学的に見ても正しいらしい。

 悪霊という名の病原菌は悪い気に引き寄せられるから、お日さまパワーを浴びて元気に過ごせば全て滅菌消毒。気分が落ち込んでるときこそ太陽の光をうんと浴びて、悪い霊が寄ってこないようにするのが大切なんだって。はぁい、わてくしめも気を付けまぁ〜すっ♡

 やがて話がひと段落したあと、ソニヤさんはゆっくりと立ち上がった。

「さぁて、この老いぼれはそろそろお暇しようかねぇ」

 ソニヤさんは近くにあった鞄を拾い上げ、ストラップ部分を自分の肩にぶら下げた。ずいぶんと年季の入った年代物のカバンに見えた。

「はぁーい。まったねー、ソニヤさんっ」

 いちばん初めに手を振ったのはロミだった。彼女の後に続いてラーニャたちもソニヤさんに手を振りかけた。ソニヤさんは軽く片手を上げて彼女たちの挨拶に答えた。

 みんな口々に彼女に別れの挨拶を口にしたあと、部屋を出て行くソニヤさんの後ろ姿を見送った。

 オレもラーニャたちと同じようにソニヤさんの背中を見送った。ひょこひょこと歩く彼女の足取りはゆっくりで、その間キリカはドアを開けて待ってあげていた。

 ソニヤさんが部屋を出ていったあと、室内はすぐにきゃっきゃとはしゃぐ声で満たされた。

 どうやら、みんな先ほどソニヤさんが残していった魔除けに興味しんしんらしい。窓の近くに置くのが一番いいらしいナゾの置き物は、ふしぎと神秘的なパワーが宿っているように感じた。

「……」

 きゃいきゃいとはしゃぐ声が聞こえる中、オレは頭の中で昨夜の光景を思い出した。ロミを見つけたときのあの光景は、今も鮮明に脳裏に焼き付いていた。

「ミリア、どーかしたぁ?」

 その場で黙り込むオレを不思議に思ったのか、すぐ隣にいるラーニャが顔を覗き込んできた。右下からぐっもーにん。

「や、その……」

 今この場で自分が考えていることを口にするのには抵抗があった。

 今この部屋には昨晩あの場所で奇妙な体験をしたロミ本人もいる。この子をまた不安に陥れるような発言はすべきでないと直感した。オレの心が自分の頭の中にある考えに赤信号を出した。

 ラーニャが不思議そうにこちらを見る中、オレは俯きがちだった顔をぱっと上げた。もう心は決まっていた。

「ごめんっ。わたし、ちょっとソニヤさんと話してくるっ」

 オレはすぐさまきびすを返してドアのほうに向かった。

「え、あ……ミリアっ?」

 ラーニャの戸惑ったような声が背中に飛んできた。オレは彼女たちの反応も見ずに部屋を飛び出した。

 寮の廊下は昨晩の雰囲気とはまるで違っていた。

 今朝はもうすっかり昨夜の不気味さが鳴りをひそめている。あの夜の不安も恐怖も、廊下の窓から差し込む朝日が全てかき消していた。

 オレは小走りぎみに廊下を歩いた。出入り口の玄関を抜けたあと外に出ても、もうソニヤさんの姿はどこにもなかった。あのゆっくりとした足取りはもう、彼女を村のほうへと連れていってしまったらしい。

 彼女の影がもうどこにもないことを確かめたあと、オレは視線の先にある正門に向かって走り出した。

 正門までは走ればすぐだった。舗装されていない砂利道を走るかたわら、オレの頭の中では昨日の夜に見た光景が自動再生された。あれは見間違いだったのかも、あれは目の錯覚だったのかも——真実を確かめようとする心がオレの足を動かした。

 正門を抜けて寮の敷地外に出ると、村に至る小道の先にソニヤさんの後ろ姿を見つけた。

「ソニヤさんっ」

 オレは道の先にいる彼女の背中に声をかけた。少し先を歩くソニヤさんが足を止め、きびすを返してこちらを振り向いた。

 オレはすぐさま彼女のもとに駆け寄った。

「なんだ、ミリアかい。どうしたんだい?」

 ソニヤさんの声が聞こえるところまで近付いたとき、ここまで走ってきたせいでオレの息は上がっていた。はぁ、はぁ、と荒々しい息が辺りに溶け出した。

 オレは両膝に手をつきながら呼吸を落ち着けた。

「あ、あのっ……ソニヤさんに、お伺いしたいことがあって。昨夜のロミのことで……」

「ほお、どんなことを?」ソニヤさんがたずねてきた。

「昨日の……昨日の夜ロミを見つけたとき、彼女の目がモザイク状に見えたんです」オレは言った。「まるで、顔の一部にだけノイズがかかったみたいな光景でした。その、わたしが声をかけたらすぐ元に戻ったんですけど……」

「ほぉ、それで?」

「その後はいつも通りのロミでした。えと、スィラは少し取り乱してましたけど……」オレは視線を落とした。「ロミ、今朝も特に何かおかしなところとかはなくって。昨晩のも結局、わたしの見間違いじゃないかとも思ったんですけど……」

 自分の脳内でうごめく記憶はどれも不気味なものばかり。まるで、昨晩の光景が今ここで再現されているかのような臨場感だった。

 オレの頭の中にある記憶はこんなにもリアリティで満ちていた。

「そうかいそうかい、モザイク状にねぇ……」ソニヤさんは腕を組んだ。

「その、ソニヤさんにはお伝えしたほうがいいかと思ったんです。わたし1人じゃ対処しかねるかなと思ったので……」

「そうだねぇ……ミリア、このことを他の子には?」

「いえ、誰にも話してません」オレは首を横に振った。「みんなを不安にさせちゃうかなと思ったので。あとロミ自身にも……」

「そうかい、そりゃあいいことだ」ソニヤさんが微笑んだ。「あんたは聡明な子だねぇ、ミリア。きちんと周りを気遣える心も持っとる」

「いえ、そんな……」

 オレはソニヤさんからの褒め言葉を遠慮がちに受け取った。自尊心の至らなさが褒め言葉を正面から受け取ることを控えた。

 さぁっと風が吹いた。

 そよ風が肌を滑るように通り過ぎ、少しばかりの静けさを運んできた。

 気まずい沈黙が辺り一帯を満たしている。ソニヤさんはアゴに手を当てながら何か考えているようだった。まるで、難解なミステリーに頭を悩ませる探偵のような仕草だった。


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