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【1章】霊媒師ソニヤさん? 1


 翌日。

 オレたちはロミの部屋に来ていた。

 昨晩の不思議な出来事を受けて、今朝はソニヤさんが寮まで様子を見に来てくれた。

 みんな固唾を飲んで今この状況を見守っている。ソニヤさんの右手がロミの頭にかざされると、彼女は少し身体をこわばらせたように見えた。

「ふぅむ……」

 ソニヤさんの口から吐息がもれた。言葉にならない声が辺りに溶け出すと、みんなの緊張もいっそう増して見えた。

 ロミは相変わらず目をつむっている。

 彼女はぬいぐるみを抱きながら座っていた。どうやら、あれがロミお気に入りのクマちゃんらしい。

 あのぬいぐるみが彼女の不安を和らげてくれるだろうか。あのクマちゃんが彼女の緊張を和らげてくれるだろうか。オレは周りのみんなと一緒に動向を見守りながら、あのお守りがロミを安心させてくれるよう願った。

 心なしか、オレの隣にいるラーニャの表情もいつもより硬い。

 いつもは陽気な彼女の顔にも緊張の色が見てとれた。どうやら、この部屋にただよう緊張感ある雰囲気に彼女も呑まれたらしい。

 ロミの隣に座るスィラは特に心配そうなようすだった。キリカとルイゼナの表情もいつもより険しく、みんなして事の成り行きをただ見守っている。この部屋にいるみんながソニヤさんの一挙手一投足に注目していた。

 チャネリングの最中、ソニヤさんが今ロミの頭にかざしている手をピタッと止めた。

「ほぉ、そうかいそうかい……なるほどねぇ」

 ソニヤさんは何やら納得したようにつぶやいた。彼女のひとりごとのような声が朝日差し込む室内に溶け出した。

「ね、ねぇ、ソニヤさん。ロミ大丈夫なの?」

 この緊張感のある空気に耐えかねたのか、スィラがソニヤさんに向かってたずねた。彼女の顔には心配と不安と緊張とがないまぜになっているように見えた。

 ソニヤさんはゆっくりと手をおろした。どうやら、もう霊視の時間は終わりを迎えたらしい。

「そう心配しなくても大丈夫さぁ」ソニヤさんが言った。「もう霊の類はこの子ん中にゃいないよ、安心しな」

 ソニヤさんがスィラに微笑みかけた直後、室内に立ち込めていた緊張感が和らいだ。

「そっかぁ、よかったぁ〜……」

 ロミ本人よりも先に安堵のため息をついたのはスィラだった。『案ずるより産むが易し』という言葉がオレの頭をよぎった。ほら、こーゆうのって周りのほうが心配だったりするもんね?

 顔をほころばせた彼女の後に続いて、キリカたちもまたほっと息をついた。

「きっと動物の霊か何かが昨日の夜たまたま、この子の部屋を通りかかったんだろうねぇ」ソニヤさんが言った。「ケモノが人里に迷い込むのは時々あるよ。寮の誰とも言葉を交わさず外に出たのは、動物の霊は人間の言葉を話せないからさ」

「そう、なんだ……」

 ロミは少しびっくりしたようすで俯いた。ひょっとしたら、彼女は自分の身体に一時的にでも霊が取り憑いたことにショックを受けたのかもしれない。

 ロミが顔を下に向けている最中、ソニヤさんは自分のカバンから小さな袋を取り出した。

「さぁ、これをお飲み。ひと息にぐいっと飲むんだよ」

 彼女が袋から出したのは小さな瓶だった。親指と人差し指でつまめるサイズの透明な瓶には、なにやら薄い薄ぅいグリーンの液体が入っていた。

「う、うん……」

 ロミはソニヤさんから手渡された瓶を受け取って、彼女の指示どおり液体をぐいっと一気にあおった。

「ソニヤさぁん、この飲み物なぁに?」ラーニャがたずねた。

「こりゃあ魔除けの水さぁ」ソニヤさんが答えた。「おかしなものは入ってないから、そう心配しなさんな」

「うぇ、苦いぃ……」ロミが顔をしかめた。

「ちょっとばかり苦いけどね」

「先に言ってよ、ソニヤさぁん。私もう全部のみ干しちゃったんだけどー……」

 どうやら、あの薄グリーンの液体は苦かったらしい。顔をゆがめるロミの姿から、あの液体の味が推測できた。薬草かなんか煎じた飲み物なのかなぁ〜?(疑問)

「はっは。どっちにしても飲み干すんだから変わらんねぇ」

 べぇーっと舌を出したロミとは対照的に、ソニヤさんは愉快そうにかっかと笑った。少ししゃがれた笑い声が室内に響きわたった。

「そーじゃなくってぇ、私は心の準備しておきたかったのーっ」

「そうかいそうかい、そりゃ悪いことしたねぇ」ソニヤさんが言った。「まぁ、こんだけ元気があるなら大丈夫さぁ。もうこの辺りにゃ心霊の類はいないようだしねぇ」

「あ、あの……ソニヤさんって霊媒師でもあるんですか?」オレはたずねた。

「ほかにやる人がいないからねえ。まぁ、こんな年寄りにも使い道はあるってことさぁ」

 ソニヤさんはやっぱり愉快そうにかっかと笑った。どうやら、彼女は占い業と霊媒業を兼任しているらしい。どちらもスピリチュアルな点では共通するお仕事だった。

 オレの隣にいるラーニャがくるっとこちらに顔を向けた。

「こーやって謙遜してるけどね、ソニヤさんすっごいんだよお」ラーニャが言った。「ソニヤさんに視てもらいたいからってねえ、わざわざ他の村から相談に来る人もいるくらいなんだから!」

「え、そうなんだ……」オレはおどろいた。「霊媒師としても頼りにされてるんですね、ソニヤさん……」

「みんな何かにすがりたいもんなのさぁ、人間ってのはねぇ」ソニヤさんが答えた。「どこの村でも人が悩むのは一緒さぁ。まぁ、こっちも商売だからお金はいただくけどね」

「商売上手ですね……」

「はっは、タダで施すほど世のなか甘くないからねえ。あんたも何かあったら格安料金で視たげるよ、ミリア?」

「え、えぇ。そのときは是非……」

 オレは商売上手な占い師からオファーをもちかけられた。どうやら、ソニヤさんは生粋の商売人でもあったらしい。

 人々の不安を安心に変える対価としてお金をもらうのは、こちらの世界のシャーマンも向こうの世界の占い師も一緒だった。安心の魔法をかけられた人が満足してお金を払うところもよく似ている。

 となりにいるラーニャがオレにこそっと耳打ちしてきた。

「あんなこと言ってるけどねえ、ソニヤさんってお金に困ってそうな人からは1コインももらわないの」ラーニャがささやいた。「お金持ちの人たちからもらったお金で、そーゆう人の料金まかなってるみたい。こーゆーとこがみんなから信頼されてるんだと思うよお、あたしはねっ」

「そ、そうなんだ……」

「んっふふ、すなおじゃないでしょお?」

 どうやら、ソニヤさんは高いところから低いところにお金を流しているらしい。まるで慈善家のような占い師さんだった。

「よけいなこと言うんじゃないよ、ラーニャ」

 ソニヤさんの戒めるような声が飛んできた。こっそり話していたはずなのに、ラーニャの声は彼女の耳にも漏れ聞こえたようだった。

「あは。聞こえちゃってたぁ〜?」

 ラーニャは特に悪びれたようすもなく笑った。かたや、ソニヤさんは呆れたようにふんっと鼻を鳴らした。彼女たちの表情は対極とも言えそうなほど正反対だった。

「ともかく、そう心配することはないねぇ」ソニヤさんが言った。「ロミ、もしまだ不安なら部屋の明るいとこにコレ置いときな。きっと役に立つだろうからねぇ」

「これは?」ロミがたずねた。

「ちょっとした魔除けの置物さぁ。窓の近くに置いておくのが一番いいよ。まぁ、なにも無いよりマシだろうさぁ」

「ありがと、ソニヤさん。おかげで気持ち楽になったかも……」

「はっは、なによりだねぇ。まぁ、また何かあったら呼びなぁ。呼ばれないことを祈るけどね」

「あ、今度は私もソニヤさんのとこ行くね?」ロミが言った。「最近あんまり占ってもらってなかったから、お茶でも飲みながら一緒にお話ししよーよっ」

「あ、私も私もー」スィラが便乗した。「ほら、私もまた占いやりたいしさー?」

「ソニヤさんの占いってよく当たるんだよねー」ルイゼナも便乗した。「なんかさ、まるで未来を予言してるみたいじゃなあい?」

「「わっかるぅー」」

 数人分の声が重なった。どうやら、彼女たちはソニヤさんの占いに信頼を寄せているもよう。もしくは、たんに占いが好きなだけったりも?

 ソニヤさんはやっぱり呆れたようにふぅんっと鼻を鳴らした。

「うちは若い子がそう何度も来るような店じゃないんだけどねぇ……まぁ、好きにしたらいいさぁ」

 ソニヤさんはたしなめるような口調ではあったものの、彼女たちが自分のお店に来ることを嫌がってはいないようだった。ひょっとしたら、彼女は照れ隠しで当てこすっただけかもしれない。

「本当ありがとね、ソニヤさんっ」ロミが言った。「また今度そっち伺わせてもらうね、スィラたちと一緒に!」

「はいよ。ま、ヒマなときにでも来たらいいさぁ」

 ロミは今朝の霊視ついでに、ソニヤさんのお店に行く約束を取り付けた。

 スィラたちも今度また彼女の店に伺うのを楽しみにしているようで、ソニヤさんの占いで一番なにが当たるかをきゃっきゃと話していた。

「私あれ好きかも、タロット占いっ」ルイゼナが言った。「タロットカードって絵柄おしゃれだよねー。ほら、神秘的な雰囲気ってゆーかさ?」

「わっかるぅー、私もタロット好きーっ。おしゃれなカードも好きー!」ロミが便乗した。「あ、でもでもぉ、手相みてもらうのも好きかもー。あれやってるときって自分の運命透けて見えるみたいじゃなあい?」

「ねー、けっこう当たってる気もするしさー」スィラが言った。「逆にソニヤさんの占いって的確すぎて怖いよね。『もうちょっと手加減してーっ』みたいな?」

「「わかるぅ〜」」

 また数人分の声が重なった。どうやら、この部屋にいる人みんなソニヤさんに占ってもらったことがあるらしい。女の人が占い好きなのはどこの世界でも一緒のようだった。


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