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【5章】あの子が消えた星月夜 2

「あたしたち、あっちのほう探してみるよ」ラーニャが向こうを指差した。「普段あんまし行かないところだから、ほかの子もまだ探してないと思うし……みんなで手分けしてロミ探そ?」

「わかった。うちらは向こうのほう見てみるね?」寮生の1人が言った。

「うん、おねがぁい」

 ラーニャの提案どおり、オレたちは建物の向こう側を探すことになった。寮から離れたところには手付かずの茂みが残っていて、さらに奥のほうには辺り一面に田んぼが広がっていた。

 オレは先ほどもらった石で辺りを照らしながら、ラーニャたちと一緒に人影がないか見て回った。

 視界いっぱいに夜が広がっている。幸いにも夜でも気温が高いため、ロミが寒さで凍える心配はなさそうだった。かじかむ心配がないのが唯一の救いかもしれない。

「ロミーっ」

 オレは暗がりに向かって彼女の名前を呼んだ。あの夜の闇は精いっぱい出した声を吸い込むばかりだった。

「ロミーっ」ラーニャが言った。

「ロミぃーっ、どこにいるのーっ?」スィラも後に続いた。

 彼女たちの声も夜に飲み込まれるばかりだった。あの暗闇から相変わらず返事はなく、必死の声がけも虚しく夜は何の手がかりも与えてくれない。

 焦りと不安が強まる中、ただ時間だけが過ぎていった。

 これだけ探しても見つからない。これだけ名前を呼んでも返事がない。まるで、彼女ひとりだけ神隠しにでも遭ったかのようだった。

 視線の先に2人ぶんの人影が見えた。キリカとルイゼナだった。

「ねぇ、ロミはっ?」

 いの一番にたずねたのはスィラだった。キリカとルイゼナは2人そろって首を横に振った。

「いないの、どこにも……」ルイゼナが言った。「あの子らしくないよ。部屋に置き手紙の1つもないし……」

「私とルイゼナ、さっき一緒に2階の用具室も見てきたの」キリカが言った。「もしかしたら、なにか探してるときに閉じ込められちゃったのかもって。だけど鍵も閉まってたし、室内には誰もいなくって……」

「そっかぁ……」

 ラーニャの声もいつになく弱々しかった。どうやら、今夜ばかりは太陽もかげってしまっているようだった。

 ここにいる誰もがみな一様に下を向いていた。ロミ発見に繋がるような手がかりは何もなく、焦りと不安ばかりがだんだんと募っていった。

「……私、あの子と別れる前に最後に一緒にいたの」スィラの声は弱々しかった。「こんなことになるなんて思ってなかったから、食堂を出たあとロミと別れちゃったんだけど。こんな、こんなことに……」

 スィラの呟きはみんなの注目を集めた。彼女の自嘲めいた声が夜の闇に溶け出した。

「私のせいだ……あのとき、私があの子と一緒にいなかったからっ……」

 スィラはふるふると震える手で自分の口もとを押さえた。どうやら、彼女はロミがいなくなったことを自分の責任だと感じているらしい。

 いつもは陽気な彼女が今にも泣きそうな顔をしていた。

「スィラのせいじゃないよ。絶対そんなことない」キリカが彼女の手を握った。「スィラが責任感じることないから。きっと、あの子もちゃんと見つかるから大丈夫。ね?」

「……うん」

 キリカから励まされたスィラは、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。キリカは自責の念に駆られた彼女の手を、相変わらずぎゅっと強く強く握っていた。

 気まずい時間が流れた。ここにいる誰もが言葉を失っているようだった。

「……とりあえず、このまま捜索つづけなきゃ」ルイゼナが切り出した。「私らが立ち止まってちゃダメだよ、あの子はやく見つけてあげないと。でしょ?」

「……うん、そだね。もう1回みんなで探そう」オレは言った。

「こっちのほうはもう探したから、私とルイゼナは次あっち探してみるよ」キリカは向こうを指差した。「もしこのままロミが見つからないようだったら、村の人たちにも声かけて一緒に探してもらおう。ひとが多いほうが見つかりやすいかもだし」

「そだね、そうしてもらお?」ラーニャがうなずいた。

 キリカたちと途中で別れたあと、オレたちは再び手分けしてロミの捜索を続けた。先ほどと変わらず夜の闇は深く、こうして彼女を探している時間すらも飲み込んでしまいそうだった。

 オレたちは光の石で辺りを照らしながらロミの姿を探した。

「ロミーっ」ラーニャが言った。

「ロミーっ、返事してーっ」オレも後に続いた。

 スィラは光の石を目の高さまで掲げながら、必死に辺りをきょろきょろと見回していた。光に照らされた彼女はやっぱり今にも泣きそうな顔をしていた。

 必死の捜索も虚しく、刻々と時間だけが過ぎていった。

 気付けば、オレたちはもう寮の周りをぐるりと1周していた。視線の先には先ほども見た井戸がぽつんとあった。

 しぜんと、オレたちは井戸に近寄った。歩き疲れたのか精神的に疲れたのか、スィラは近くにある石造りの井戸に腰かけた。正直、オレもどこかに座りたい気持ちは山々だった。

「ロミ、どこ行ったんだろ……」

 スィラのつぶやきが辺りに溶け出した。ラーニャも実際に口にはしないまでも、スィラと同じように感じているであろうことは明らかだった。ふたりの表情は驚くほど似通っていた。

 重苦しい空気が辺りにただよう中、オレは井戸の近くでキラッと光る何かを見つけた。

「あれ……」

 オレは膝を折ってその場にしゃがみ込み、いま光ったものがなんなのかを確かめた。井戸のそばに落ちていたのはペンダントだった。

 オレは銀色に光るペンダントを拾い上げた。

 えっと、こんなのさっきあったっけ。さっき井戸の周りには何もなかったような気がするけど。

 オレは光に照らされたペンダントをまじまじと見た。銀色のチェーンはどこか壊れた形跡もなく、大切に使われていたであろうことが伺えた。暗闇に光る金属光沢がやけにリアルだった。

「ねぇ、ふたりとも。これ……」

 オレは立ち上がってラーニャたちにペンダントを見せた。いちばん先に反応したのはスィラだった。

「それっ……それどこにあったのっ?」

 スィラの目は大きく見開かれていた。彼女は信じられないものでも見たかのような表情を浮かべていた。

「や、今そこに落ちてて……」オレは井戸のそばを指差した。「このペンダント、さっきはここになかったと思うんだけど……」

「それロミのだよ、ミリア」ラーニャが言った。

「えっ……」

「ロミがいつも身に付けてるペンダント。なんでこんなとこに……」

 ラーニャの視線が井戸のほうに向けられた。オレは彼女の視線を辿るかのように、ペンダントの発見場所に目を向けた。

「ねぇ、あれ……あれ足跡じゃない?」

 オレの視界に飛び込んできたのは足跡だった。ひとの歩いた形跡が井戸から小道のほうに伸びている。

 指の形までくっくり残った足跡は暗がりの向こうに続いていた。先ほどのペンダントに気を取られたせいか、オレは足跡を見つけるのが遅れてしまった。

 ラーニャが足跡に近寄った。彼女の視線がだんだんと井戸から小道のほうへと移っていった。

「ね、さっきこんなのあったっけ……?」

「いや……」オレはつぶやいた。

 裸足と思しき足跡は井戸の向こうにある小道へと続いていた。まるで、こちらをあの暗闇の中へいざなうかのような足取りだった。奥へ、奥へと——。

 地面に付いた足跡は言葉にならないほど不気味だった。

「え、なに。やだやだやだぁっ、なんなのこれぇっ?!」

 スィラは見るからに動揺していた。パニックになっているであろうことは、彼女の目と表情を見れば明らかだった。恐れをなした眼差しは足跡が指し示す先へと向けられていた。

 オレとラーニャは怯えるスィラの手をにぎった。彼女の指先はもうすっかり冷たくなっていた。

「落ち着いて、スィラ。大丈夫」オレは言った。「この足跡まだロミのと決まったわけじゃないから」

「でも、でもぉっ……」スィラは動揺していた。

「もしこの先に行くの怖いんなら、あたしとミリアで見てくるから」ラーニャは彼女の腕に触れた。「スィラはここで待ってて。あたしたちでちゃんと確かめてくるから。ね?」

「……」

 スィラは黙りこんでしまった。何度も何度も呼吸を繰り返す彼女の息は荒く、まるで身体がこの先に行くのを拒んでいるかのようだった。

 スィラはひときわ大きな息を吐いた。はぁーっと吐いた息が暗闇に溶け出した。

「……私も行く」

「だいじょぶ、スィラ?」ラーニャが言った。「無理しなくっていーよぉ?」

「うぅん、大丈夫。ごめんね、取り乱しちゃって」スィラは首を振った。「私も……私も一緒に行かなきゃ。あの子のことちゃんと見つけてあげなきゃだから」

 どうやら、スィラはこの先に行く決意を固めたようだった。先ほど動揺していたときと違って、彼女の目は足跡が示す先をしっかりと見つめていた。

「……行こう」

 オレはラーニャたちと一緒に暗がりの向こうへと歩き出した。小道の先は黒という黒をかき集めたかのように真っ暗闇で、足元を照らしていないと何かにつまずいて転びそうだった。

 手元にある光の石が辺りを照らしている。

 一寸先は闇だった。どこからか聞こえる虫の鳴き声も手伝って、辺り一帯は形容しがたい恐怖に満ちていた。

「……この足跡、どこまで続いてるんだろ」

 スィラがぼそっと呟いた。彼女のひとりごとのような呟きは確かにオレの耳にも届いた。

「わかんないけど……その、かなり不気味だね」オレは言った。「足跡がこの先もずっとずっと続いてて、まるで何かに誘い込まれてるみたいで……正直ちょっと怖いかも」

「ちょっとどころじゃないって。私もうイヤぁ、めっちゃ怖い……」

 スィラは隣を歩くラーニャに寄りかかった。ラーニャは恐怖に怯える彼女の腕をさすってあげていた。まるで、夜に怯える子どもをお母さんがなだめてあげるかのような光景だった。

 スィラが怖がるのもよく分かる。文明の光に乏しい夜はこんなにも恐怖で満ちていた。

「だいじょぶ、大丈夫だよ。スィラ」ラーニャが言った。「あたしとミリアも一緒だから。さっと確認してサッと帰ろーよ。ね?」

「うん……」

 ラーニャはオレのぶんまでスィラを励ましてくれた。彼女たちがお互いに身を寄せ合っている中、少し先を歩くオレは視線の先にある足跡を目でたどった。

 どこまでも続く足跡は不気味でしかなかった。ひとを怖がらせるために付けられたのかと勘繰ってしまうほどに。

 砂地に等間隔で付けられた足跡は、光の石で照らされた範囲よりもずっと先まで続いている。この道の先には何があるんだろう。この先には一体なにが待っているんだろう——?

 少しばかりの恐怖心を感じながらも、先頭を歩くオレは足を動かし続けた。

 しばらく道なりに歩いていると、道の先に縦にまっすぐ伸びる何かがあった。オレは視線の先に人らしき何かが立っているのを見つけた。

「ロミっ?」

 考えるよりも先に足が動いた。オレはラーニャたちよりも先に小道の先に向かって走り出した。

「ミリア?!」

「ミリアっ!」

 オレの背中に2人の声がかかった。スィラとラーニャどちらの声も戸惑いめいていた。オレは彼女たちの声も待たず、視線の先にいるシルエット目がけて足を動かした。

 あれはロミだ。

 あの背格好はロミだ。きっとそうに決まってる。

 目の前にある人影までもうすぐだった。オレの身長より少し低いくらいの背丈、きっとあれはロミの後ろ姿に違いない。

「ロミっ」

 ほとんど確信めいた声が一寸先の闇に飲み込まれていった。こちらが声をかけても向こうからの返事はなく、ロミらしき人影はただぼうっと突っ立っていた。

 オレは彼女の肩を掴んだ。このパジャマはやっぱりロミの——。

「ロ、ミ……?」

 彼女の顔をのぞきこんだ瞬間、オレは目の前の光景に驚いた。ロミの目の部分だけがグリッチ状になっていたから。なにかバグでも起きたのかと思わせるような歪んだ光景だった。

 目の前の光景に一瞬ひるんだのも束の間、ロミの目はすぐ元に戻ってこちらを見た。

「……ミリア?」

 ロミはきょとんとした顔でこちらを見ていた。先ほどのように歪な目はもうどこにもなかった。まるで、おかしなところなんて最っ初からどこにもなかったかのように。

 先ほど見た光景が今もまだオレの脳裏に焼き付いていた。

「ロミっ、ミリア!」

 スィラとラーニャが後から追いついてきた。彼女たちは2人そろってオレとロミのそばに駆け寄った。

「ロミ、大丈夫っ? 私が分かるっ?!」

 スィラの声は鬼気迫る勢いだった。内心ひどく焦っているのが彼女の声のトーンからもよく分かった。

「え、あ……なになにっ、ここどこっ?」

 今度はロミが狼狽える番だった。ようやく今の状況を把握したらしい彼女は、わかりやすく狼狽えて手をジタバタさせた。この場にそぐわないコミカルな動きだった。

 いつもの彼女らしい動きに安心したのか、破顔したラーニャがはぁっと息を吐いた。

「ロミ、よかったぁ……」

「え、ほんと何なのっ?」ロミは狼狽えた。「意味わかんないっ。なんで私こんなとこいるのっ?」

「こっちが聞きたいよ……こんなとこでどうしたの、ロミ?」スィラがたずねた。

「や、だって私ごはん食べたあと部屋に戻って……それで……」

 ロミの言葉がだんだん尻すぼみになっていった。ここまでの道中どこで何をしていたのか、いま彼女は必死に記憶の糸を手繰り寄せているようだった。

 行き場のない沈黙が辺りにただよった。

 周囲から聞こえるのは虫の鳴き声。先ほどまで恐怖の対象だった鳴き声も、今ではもうただのBGMと化していた。

「とりあえず、寮まで戻ろっかあ」ラーニャが切り出した。「ロミ、足だいじょうぶ? 足の裏いたかったりしなぁい?」

「え、私なんで裸足ぃっ?」ロミは自分の足裏を見た。「やだぁ、足めっちゃ汚れてるんだけどっ。女子の危機!」

「や、言ってる場合じゃないでしょ」スィラが笑った。「ロミ、私おんぶするよ。ほら、そのままだと足ケガするかもだし」

「え、あ、ありがと……」

 すっかり調子を取り戻したスィラは、裸足のロミを背中におぶってあげた。先ほどまでの戸惑いはどこへやら、スィラは小さい子をおんぶする要領でロミを背中に担いだ。

 オレとラーニャは彼女たちの少し先を歩き、スィラが転ばないよう足元を光で照らした。

「……ほんと訳わかんない。私、なんでこんなとこいるの?」

 ロミはひとりごとのように呟いた。スィラの背中に乗ったまま彼女は困惑めいた表情を浮かべた。

「ロミ、なにも覚えてないの?」オレはたずねた。

「なにも……なにも覚えてない」ロミは首を横に振った。「ここまでどうやって来たのかも……私、なんにも……」

「……」

 オレは彼女にかける言葉が見つからなかった。どうやらラーニャたちも同じように感じていたようで、オレたちはただ黙ってロミの顔をじっと見つめていた。

 寮に戻るまでの道中、誰ひとり芯を食ったような話はできなかった。


 ふと見上げた星空が不気味なほどキレイだった。


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