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【3章】ラーニャちゃんのグルメレース 2


 おろおろするオレに助け舟を出してくれたのはラーニャだった。

「ユノンさぁん、この子まだ自分のことよく分からないみたいなの」ラーニャが言った。「だからね、あたしと同じの一緒に食べようかなって思って。まだ今日あたしの好きな定食あるぅ?」

「あぁ、そうなの。そうねぇ、それがいいかも。ラビニア定食ね?」

「うん、お願いしまぁ〜す」

「2階は今ちょうど飲み会してるから、ここの1階の席に座ってちょうだい。ほら、あそこ空いてるから」

「はぁ〜い。ありがとぉ、ユノンさぁん」

 ユノンさんは向こうの空いている席を指差した。オレとラーニャは2人して彼女が指で指し示す先を目でたどった。

「お料理すぐ持って行くからね。あなたも楽しみに待ってて?」

 ユノンさんはこちらに笑顔を向けてくれた。彼女の笑った顔からは何か母性的なものを感じた。ラーニャとはまた少し違うタイプの笑顔だった。

 彼女の包み込むような笑顔に気圧されたのか、オレは意に反して若干かしこまってしまった。

「あ、りがとう、ございます……」

「あらぁ、そんなに畏まらなくってもいいのに」ユノンさんが言った。「もっとリラックスしてちょうだいな。ほら、こっちのラーニャを見習って。ね?」

「は、はい……」

 ユノンさんはオレにリラックスするよう促した。なんだか、うちの近所にいる面倒見のいいおばさんと話すときのような気分だった。

 ラーニャの言うとおり、どうやらこの村の人たちは世話好きが少なくないらしい。

 素性の知れないオレともこんなにフランクに接してくれる。向こうの世界じゃ怪しまれそうな背景を持った人間でも、この村の人たちは快く受け入れてくれるのかもしれない。

「さ、行こ行こっ。ここのお料理は美味しいよぉ〜?」

「う、うんっ」

 オレは再びラーニャに手を引かれる形で席へと向かった。くるっと丸を描いた円形のテーブルがオレたちを迎えてくれた。

 正直、オレ今けっこうお腹すいてるかも。

 ここに来るまで何も食べてなかったうえに、この食堂にただよう美味しそうな匂いがたまらない。オレの食欲をぐさぐさ刺激して止まらない。

 さっきラーニャが話してた定食、どんな感じの料理なんだろーね?

 えっと、なんて言ってったっけ。らび、ラビ……ラビーニャ定食? や、なんか違う気がする。ラーニャの名前に引っ張られてる気がするよ?(失礼な話だけど)

 オレは料理の名前を思い出すのを潔く諦めて、ここの食事事情に詳しいラーニャに聞くことにした。困ったときはスペシャリスト(?)に頼るのがいちばん。

 へい、らーにゃ。あいはぶあくえすちょん。

「ねぇ、ラーニャ。さっき言ってた料理だけど……」

「うん? ラビニア定食?」

「あ、そうそれ。その料理ってどんな感じ?」

「どんな感じ……うぅーん、どんな感じかぁ〜」ラーニャが言った。「んっとねぇ、まずヘルセイキを炒めるでしょお。そのあと細かく切ったリリピダンを加えて、狐色になるまでじっくり焼いた料理だよぉ」

「そ、そっか……」オレは言った。

「あと仕上げにランキリスを混ぜるの。この最後の仕上げで味ぜんっぜん変わっちゃうんだよ?」

「ふ、ふぅん……?」

 どうやら、この最後の仕上げとやらが一番のポイントらしい。ラーニャの表情は仕上げの大切さを言葉よりもずっと物語っていた。

 やばい、ぜんぜん分かんない。

 ひとつも知ってる名前がないんだけど。このわたくしめ、知らない単語ばっかりでほとほと困っちゃいますわ〜?(困)

 ラーニャには悪いんだけど、この説明じゃどんな料理が来るのかが全く分からない。あと、どんな材料が使われてるのかも全くのミステリー。んんっとぉ、もう食べれれば何でもいいやぁ〜(投げやり)。

「お、おいしい料理なんだよね?」

 オレは半ば諦めかけながらラーニャにたずねた。彼女はいつもどおり無邪気が笑顔を浮かべた。

「もっちろんっ、この食堂の看板メニューだからね!」ラーニャが言った。「あたし、あの定食ほんっと大好きなの。ちょっと中毒性あるっていうかさ〜」

「そ、そうなんだ……その、かなり人気の料理なんだね?」

「めっちゃ人気だよ〜。この食堂でいちばん人気あるんじゃないかなぁ?」

「へぇ……」

「ミリアも気に入ってくれるといいなぁ。あとで食べかた教えたげるね?」

「あ、うん。あり、ありがとう……」

「いーえー」

 ラーニャは両手で頬杖をつきながら、期待を込めたような表情を浮かべた。彼女の笑った顔は相変わらず言葉よりも多くのものを語っていた。

 そっかぁ、人気の料理なんだね。

 そもそも、そこまで心配することないのかも。ラーニャが「おいしい」って言うんだから実際おいしいんだろうし。

 この食堂いっぱいに香ばしい匂いが立ち込めてるあたり、この世界の人の味覚がオレとそう違ってるとも思えない。おかしな匂いがただよってたら「んん?」って思うけど、さっきお店に入ったときからずっといい匂いしてるもん。

 だから、きっと大丈夫。ラーニャを信じよう。

 というか、あんまり疑心暗鬼になるのも失礼な気がするし。ごはんを作ってくれる人にも、ラーニャにも失礼な気がする。

 うん、よけいなことを考えるのはやめよう。天真爛漫っ子なラーニャを見習って、オレも目の前のことを前向きに捉えるようにしよう。きっと美味しい料理が出てくるはず。だって、ラーニャがそう言ってるんだから。大丈夫、大丈夫——。

 オレが自分の心にアレコレ言い聞かせていると、隣に座るラーニャがコップに水を入れてくれた。

「はい、どーぞ」

 ラーニャは2つのうち片方のコップを差し出してくれた。いつの間にか彼女の手元には水の入ったピッチャーがあった。

「あ、ありがとう……」

 オレは差し出されるままコップを受け取った。心なしか、コップの水から柑橘系の匂いがただよっているような気がした。レモンにもライムにも近いスッキリした香りだった。

 オレはお水をくぴっとひと口のんだ。とたんに口の中に爽やかな香りが一気に広がった。

「……おいしい」

 オレは今のんだばかりの水の美味しさにびっくりした。な、なんだろうこの味。水なのに水じゃないみたいな……?

 よく見ると、ピッチャーの中には輪切りの果実らしきものが入っていた。ひょっとしたら、あの黄緑の切れ端がこのフレッシュな香りのもとなのかもしれない。

 気になったオレはラーニャにたずねてみた。あいはぶあくえすちょん。

「ラーニャ、この輪切りにされてるのなに?」

「ん、これぇ?」

 オレはラーニャの手元にあるピッチャーを指差した。彼女はオレの指先を目でたどるように輪切りの果実らしきものを見た。

「パパラの実だよぉ。この村の特産品なの」ラーニャが言った。「この辺の村の食堂だとねぇ、お水にだいたいこの実が入ってるよ。香りづけと健康促進のために!」

「健康促進……この実って健康にいいの?」

「そう言われてるよぉ。なんかね、疲労回復と睡眠改善に効果あるんだって」

「へぇ、この実が……」

 オレはピッチャーに入っている輪切りの果実をまじまじと見つめた。そう聞くと確かに疲れに効きそうな感じがするから不思議だね。だねふし。

「これ生でも食べれるよぉ。ちょっと酸味が強いかもだけど」ラーニャが言った。「うちの近くに大っきなパパラ畑あるから、よかったら今度いっしょに行ってみるぅ?」

「う、うんっ。行ってみたい……かも」

 オレは思わず二つ返事でおっけーを出した。この世界は本当に知らないことばっかりで、不安と同じくらいオレの好奇心を刺激した。ぐさぐさ、ぶすりっ(※好奇心が刺激される音)。

 なにがおかしいのか、ラーニャはにこにこと楽しそうに笑っていた。

「んっふふ、ミリアは色んなことに興味もてる人なんだねぇ」ラーニャは言った。「普通こういうときって、ちょっとくらい悩みそうなものだけど。ミリアはすぐ『行きたい』『やりたい』って言うね?」

「そう、かな……」

「たぶんね。あたし、ミリアみたいなタイプ好きかもだなぁ」

「そ、そう……あり、がとう?」

「いーえー」

 ラーニャは相変わらず楽しそうに笑っていた。まるで、笑顔がマスクとして顔に張り付いているかのようだった。

 オレは少しだけ居た堪れなくなって、逃げるように彼女から目を逸らした。

 目を逸らしたあともラーニャの視線を感じる。オレの思い違いじゃなければ、左のほっぺた辺りに彼女の視線が刺さってるような気がした。ぐさぐさ、ぶすりっ(※視線が突き刺さる音)。

 オレは気恥ずかしさを誤魔化すようにコップに目を向けた。

 透明なコップにはまだ少しだけ水が残っていた。つい先ほど飲んだパパラの実の香りがまだ口の中に残っている。このフレッシュな香りはレモンともライムとも違っていた。

 このパパラの実、結局なんの香りがいちばん近いんだろう?

 レモンでもない、ライムでもない。心なしか、よく熟れたスイカみたいな香りもする。あ、あとグレープみたいな香りも——?

 いろんな果実の香りが混ざってるような気がする。てっきり柑橘系のフルーツだと思ってたけど、実物はオレのイメージと違うのかもしれない。はやくパパラ畑に行ってみたい。わたしをパパラ畑に連れてって。

 オレは再びコップを手に取って、水は飲まずに香りだけを嗅いだ。いまのオレは鼻が敏感な犬。わんわんっ。

「ミリア、このお水そんなに珍しーい?」

 オレが犬になって匂いを嗅いでいる途中、すぐ隣に座るラーニャが声をかけてきた。彼女はやっぱり楽しそうに頬をゆるませていた。

「水がっていうか、この実がかなぁ」オレは言った。「あんまり嗅いだことない香りだったから。ちょっと気になっちゃって……」

「んふふ、そっかそっかぁ。パパラの実はね、お祭りのときとかにもお供えするんだよ」

「お供え……豊穣を祈って、とか?」

「だぁいせいかーいっ」

 ラーニャは座ったままパッと両手を目いっぱい広げた。彼女が今したジェスチャーは、オレの回答が的確だったことを示していた。満点ゲットだぜ。

「この実をお供えするとねぇ、神さまがとっても喜ぶって言われてるの」ラーニャが言った。「これウチの村の特産品でもあるから、ほかの村からもよく向こうの人が取引しに来るんだよ。けっこういいお値段で売れるのっ」

「へぇ……じゃあ、この実が村の人の生活を支えてるんだね」

「そうそう、ほんとそうっ。ミリアは理解が早いねぇ、インテリさんなんだね〜」

「ど、どうも……」オレは言った。

「ひょっとして、ほかの村じゃ良い学校かよってたとか?」

「ど、どうだろうね。勉強するのは嫌いじゃないけど……」

「そっかそっかぁ、ミリアは好奇心おうせいなんだねぇ。どっか国の学者さんみたいだね〜?」

「や、そこまでじゃ……」

 オレはラーニャから立て続けに褒められて少し遠慮してしまう。褒められるのにあんまり慣れていないオレは、こういうときにどうしたらいいか分からない。どなたか正解を教えてたもれ。

 オレは気恥ずかしさを誤魔化すようにピッチャーを手に取った。もう残りわずかになったラーニャのコップにお水を足してあげた。

「わ、ありがとお〜」

 ラーニャのコップがパパラの実の香りが溶け込んだ水で満たされた。彼女は淹れたばかりの水をくぴっと飲むと、ぷはっと気持ちよさそうにノドを鳴らした。

「お水冷えてて美味しいねぇ。パパラの香りもスッキリ!」

 ラーニャは手元にあるコップを軽く横に傾けた。コップの中に入っていた小さな氷が清涼感のある音を立てた。からんっ。

「み、水の美味しさって、成分と同じくらい温度も大切なんだってね?」

「え、そーなのぉ?」

「一般的には、10〜15℃くらいが一番ちょうどいいって言われてるよ」オレは一度うなずいたあとで言った。「ミネラルが豊富なことも大切だけど、水温がぬるいと美味しく感じなくなるから……ちょっと冷たいくらいが一番いいんだって」

「へぇ〜。ちょっと冷たいくらいが、ねぇ?」

 ラーニャは手元にあるコップを目の高さにまで持ち上げた。彼女の視線の先では、清涼感のある透明な液体の水面がゆらゆらと揺れていた。ちゃぷん、ちゃぷん。

「水が足りなくなると脳の働きまでわるくなるから、血液の流れを良くするためにも水分補給が大切で……」

 オレはハッとして途中で言葉を切った。よけいなうんちくを話している自分に気付いたから。

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