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【4章】夕焼けティータイム 3

「でもでもぉ、今日ほんとに夕焼けきれいだねぇ」ラーニャが言った。「あたし、こんなキレイな夕焼け久しぶりに見たかもお。ちょっと怖いぐらいビビッドじゃなあい?」

「ねー、ほんと。赤が目にまぶしいわー」スィラが目を細めた。

「もしかしたら、明日は雨かもねー」ルイゼナが言った。「ほら、ここ最近ずっと天気よかったしさ。そろそろ雨振りそうじゃなーい?」

「あ、そうかもー。洗濯物的には晴れのほうが助かるけどさー」

「ほんとそれ〜。雨だと洗濯物たまっちゃって溜まっちゃってさー」ルイゼナが言った。「あと、雨の日って髪も言うこときいてくんないんだよねー。毛先だけくるんってなるのホントいやー」

「わかるわー。くせっ毛みたいになるよね?」スィラが言った。

「そーそー、髪長いとケア大変だよねー」

「ずっと髪伸ばしてるもんねぇ、ルイゼナは」ラーニャが言った。「あたしも髪長いのちょおっと憧れるけどお、ケア大変そうだから今のままでいっかなぁ」

「んでもさぁ、髪短くても雨の日って『くるんっ』ってなんなーい?」

「なるなるぅ〜。とくに雨季とかヒドいよねえ?」ラーニャが言った。

「「わかるわぁ〜」」

 スィラとルイゼナの声が重なった。どこか哀愁を帯びた2人ぶんの声が夕暮れのバルコニーに溶け出した。

 みんな楽しそう。ラーニャもいつもみたく笑ってる。

 こういう時間いいな。べつに何か目的があるわけじゃなくって、ただ話したいから話すだけの幸せな時間。

 外の席もたまたま空いてて良かった。ちょうど4人がけの席が空いてたおかげで、悲しい悲しい座席難民にならずに済んだね。お紅茶+お茶菓子はちゃんと用意してあるのに、肝心のテーブルがないんじゃ本末転倒だもんね?(ほんとに!)

「髪の毛で言えばさー、ミリアも髪けっこうキレイだよね?」ルイゼナが言った。

「えっ。そ、そうかな……?」オレは自分の髪に触れた。

「たしかにねぇ。ほらぁ、すっごいさらさらストレートじゃーん?」スィラがオレの髪に触れた。「いまも陽の光でキラキラしてるしさー。やっぱ普段から手入れとかしてんの、ルイゼナみたいに?」

「そ、そだね。櫛はよく入れるかな……ほら、ブラッシング大切だし」オレはテキトーなことを言った。

「やっぱそうだよねぇ。いいないいなー、私もサラサラ髪の毛になりたぁーい」スィラがイスにもたれかかった。

「でもでもぉ、スィラだって髪キレイだよぉ?」ラーニャが言った。「あ、こないだのトリートメントどうだったあ? ほら、ルイゼナに教えてもらったやつぅ」

「すっごいよかったー。あれ使ったあと髪めっちゃサラサラんなるから、ほんと」

「えー、いいないいなぁ。今度あたしも使わせてもらっていーい?」

「ぜーんぜん。じゃんじゃん使っちゃってー?」スィラが言った。

「ありがと〜。返す頃には空っぽになってるかもだけどお」

「や、どんだけ使う気っ?」

 おしゃべりの最中、みんなごきげんそうだった。ラーニャもスィラもルイゼナもみんな楽しそう。

 ひと気のないバルコニーに4人ぶんの笑い声が溶け出した。心なしか、西の空に浮かぶ夕陽も一緒になって笑っているような気がした。たぶん気のせい。

 こうやって何気ない話で盛り上がれるのは女性特有かもね。

 じっさいに、コミュニケーションの男女差を調べた研究によると、女性は男性よりも「なにげない会話」や「とりとめのない話」をする割合が高かった。

 よく「女性はおしゃべり好き」って言われるけど、これは科学的には当たらずとも遠からずって感じ。現実には、男性も女性と同じくらい喋ってる。ただ男女間で「話したいテーマ」+「会話に求めるもの」がそれぞれ違うだけ。

 じっさいに、1日で口にするワード数は男女ともに16,000くらいで、これは男の人が女の人と同じくらいおしゃべり好きなことを示している。

 世間一般で言われる「女性=おしゃべり好き」との考えは、男女間の性差を強調するだけの思い込みに過ぎないらしい。

 考えてみれば、男性も仕事とか趣味の話だったらよく喋るもんね。好きな車について熱く語りたがる男性は少なくないし、時計コレクションに目を輝かせる男の人も少なくない。

 逆に、コスメについて話したがるのは女性に多い(※個人差があります)。

 髪をキレイにする方法は多くの女性が知りたいだろうし、肌を白くする方法があるならぜひとも教えてもらいたい。古今東西どの時代のどの女性も、自分が美しくあるための『美』に情熱を傾けてきた。

 ショッピングに時間をかけるのは女性特有って思いがちだけど、好きな車とか時計を買うときに時間をかけて吟味するのは男性。こういうメカニックなアイテムについて話したがるのはやっぱり男性で、女性のほうはコスメとかファッションに費やすコストが比較的おっきい。

 女性にはおしゃべり好きが多い?

 いいえ、違いまぁす。1日のうち男性も女性と同じくらい喋ってます。

 女性には目的のない会話をする人が多い?

 いいえ、これも違いまぁす。男性と女性とではコミュニケーションに求めるものが違うだけ。ただそれだけでぇす。

 女の人が世間話とかガールズトークとかで盛り上がれるのは、この心理傾向が長い時間をかけて自然選択された結果らしい。人類♀は過去20万年にわたっておしゃべり淘汰圧を受けてきた。んん、どゆこと〜っ?(謎)

 生物学的な観点から、ホモ・サピエンスのメスには出産と育児が課せられたため、これらの仕事をスムーズに進めるためには「他人と上手くやっていくこと」が必要だった。

 じっさいに、女性は男性よりも(平均的に)協調性が高い。他人との調和を重んじるのは女性に特徴的。

 パーソナリティ心理学の研究によれば、協調性のスコア——他人と歩調を合わせようとする性格には男女差が見られるらしい。しかも、これは全世界どこの国や地域でも確認される普遍的な傾向だった。

 他人と上手くやっていくためには何が必要?

 ほかの人と上手に協調/協力するためには、日頃のコミュニケーションがとっても大切。協調性のない女性は女社会でやっていけない。

 出産・育児のさいに女性は自分の身体と子どもにかかりきりになるため、日頃から他人とコミュニケーションを取っておくことがリスクヘッジに。愛想や協調性のない人は自分が困ったときに、きっと誰からも助けてもらえないだろうから。

 もし子育てで困ったときに誰かに助けてもらえたら、自分と我が子が生き残れる確率がぐんとアップする。結果として、協調性がある女性の遺伝子が後世に残りやすくなる。

 だからこそ、ホモ・サピエンスのメスには社交的な心理傾向が自然選択された。

 とりとめのない話でも(表面上)盛り上がっているように見えれば、少なくとも自分が属しているグループの空気が悪くなることはない。「空気が読めない」に女性が敏感なのには進化的な理由がある。

「——んでさぁ、私そのときもう内心びっくりしちゃってぇ」ルイゼナが言った。「うーわ、こんないい男うちの村にいたんだーと思って。恋人の誕生日に化粧品プレゼントとか超いーよね。しかもお花と一緒にだよー?」

「えー、私はお花いらないかもだなー。コスメはともかく」スィラが言った。「だってさぁ、ちょっとカッコつけ過ぎてる感なーい? 下心ありそうでちょっとねー」

「そおかなー、私はめっちゃ良いと思ったけどー?」

「や、好きな人は好きなんだろーけどさ。とくにルイゼナみたいなロマンチストは、ね?」

「意外と乙女なとこあるもんねえ、ルイゼナって」ラーニャが言った。「ほら、前も『好きな人から花束とかプレゼントされてみたーい!』とか言ってたしぃ。昔っから意外と乙女チックだよね?」

「や、2回も言わなくていいからっ。あと『意外と』は余計だけどー?」

 どうやら、ルイゼナはロマンチックなシチュエーションが好きなタイプらしい。不満そうに唇をとがらせる彼女とは裏腹に、ラーニャとスィラは楽しそうに笑っていた。

 ほら、ね?

 そう、こういうこと。これが男女差と個人差の真実。

 女性にも「Aが好きな人」と「Bが好きな人」がさまざまいる。「女性だから〜」っていう一律の見方は現実を捉えきれてない。

 男女差はしょせん平均差に過ぎず、これはグラデーションで彩られる。「男はY」「女はX」っていう思い込みは男女のすれ違いを増やすだけ。生物学的には男性でも女性っぽい人はたくさんいるし、おなじく女性でも男勝りな人は数えきれないほどいる。これが現実で真実。

「ねねっ、ミリアはぁ?」ラーニャがたずねてきた。「ミリアはどんなプレゼントもらったら嬉しーい?」

「わ、わたしは……その、気持ちがこもってるなら何でも」

「ちょっとミリアぁ、いい子ちゃんかー?」ルイゼナが顔をしかめた。「さっき『花束もらいたい』とか言った私が恥ずかしいじゃん。もっと正直に言っちゃいなー?」

「はいはーい、ルイゼナ姫は仲間が欲しいんだよねー?」スィラが彼女をなだめた。「私も相手の気持ちがこもったプレゼントなら何でもいいかなー。あ、さすがにブタ貯金箱とかはもらっても困るけどー」

「いや、そんなのプレゼントする人いるっ?」ルイゼナが笑った。

「今よく出てきたねぇ、ブタの貯金箱。はー、おっかしぃ」ラーニャも笑った。

 どうやら、スィラは誕生日プレゼントにブタ貯金箱はNGらしい。ラーニャとルイゼナも笑っているあたり、彼女たちもまた貯金箱の贈呈はご遠慮ねがいたいらしい。

 や、そりゃそうでしょって感じだけど。貯金箱もらって嬉しい人いるのかなぁ〜?(いない)

 しばらく談笑していると、西の空に浮かぶ茜もだんだんと弱まってきた。赤の代わりに顔を覗かせたのは鮮やかな藍色で、東のタンザナイトが西の空を侵食し始めていた。

 もう夜がすぐそこまで迫っていた。

 こういう時間いいな、すっごく幸せな時間。向こうの世界にいたときは考えられなかった。

 こんな、こんな時間があるなんて……なんか時間がゆっくり流れてるような気がする。時計の針は前に前に進んでるはずなのに、まるで時間が止まってるようにも感じる。

 なんだろう、この不思議な感覚。この一瞬が永遠のようで、永遠がほんの一瞬のよう。

 こんなにも心がお喋りなのは、きっと夕陽がそうさせたから。あの赤い夕焼けがそうさせたからに違いない。あの魔法のような色がそうさせたいに違いない。ぜったいそうだよ、そうに決まってる——。

 みんなの話を聞きながらオレが感傷に浸っていると、バルコニーの入口のほうからキリカが顔を覗かせた。視界の右端からこんばんわ。

「みんなー、晩ご飯できたって」キリカが言った。「優しいキリカちゃんが呼びに来てあげたよー」

 キリカは自分で自分のことを「やさしいキリカちゃん♡」と称した。彼女の自惚れにいちばん最初に反応したのはラーニャだった。

「ありがとお、優しいキリカちゃあ〜ん」

「やっぱキリカって優しいよね。自分で言うだけあるわー」ルイゼナが言った。

「優しいキリカちゃんだからねー」スィラが続いた。「最近また一段と優しさランクアップしたんじゃない?」

「あー、ね。どうりで最近のキリカ優しさオーラにじみ出てると思ったー」

「やっぱオーラが違うよねぇ、やさしさオーラがっ」ラーニャが言った。

「もうさぁ、なんか優しさが服着て歩いてる気ぃすらしなーい?」ルイゼナが言った。

「「わっかるぅ〜」」

 ラーニャとスィラふたりの声が重なった。かたや、キリカの顔はみるみるうちに赤くなっていった。

「いや、冗談だからっ。あんま連呼しないでくれるっ?」

 みんなからからかわれたキリカは恥ずかしそうにしていた。あのはにかみは彼女の今の気持ちをよくあらわしているような気がした。

 恥じらう乙女は大変かわいらしくってよ、やさしいキリカちゃーん?


 みんなで一緒に食堂に向かう途中でも、おしゃべりはやっぱり止まらなかった。


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