【4章】夕焼けティータイム 2
ひとしきり笑ったあとで、ラーニャが何か思い出したように言った。
「そだ、お茶するならティーポットとか持っていかないとだねえ?」
「あ、わたしも手伝うよ」オレは手を挙げた。「その、ひとりじゃ大変だろうから……」
「ん、ありがとお。スィラたちはお菓子よろしく〜」
「おっけー。歯が溶けちゃうくらいの激甘お菓子もってくから」スィラが言った。
「や、それはやめといたほうが……」今度はオレが戸惑う番だった。
「あっはは、冗談だよー」スィラが笑った。「ほら、スィラ印のエスニック・ジョーク的な?」
「そ、そっか。スィラ印の……」
オレは彼女の発言の意図をよく理解しないまま話を合わせた。や、ほんとによく分かんないけど。スィラ印があるんなら、ルイゼナ印もラーニャ印もあるのかなぁ〜?(謎)
どうやら、今日のスィラはいつもよりご機嫌らしい。なにか良いことでもあったのかもしれない。
「あたしたち、なんか今日ティータイムに恵まれてるねぇ?」
となりにいるラーニャがこちらにこそっと話しかけてきた。
「そ、そだね。さっきもお紅茶いただいたし……」
「ねー、あのお紅茶おいしかったねぇ〜」ラーニャが言った。「あ、さっき銘柄確認しとけばよかったぁ。したら今度どっかお邪魔したときお土産にできたのにぃ」
「あ、たしかに。今度また向こう行ったときに聞いてみよっか?」
「うんっ、そうしよ〜」
オレたちの会話を聞きつけたのか、スィラがこちらに顔を向けてきた。
「え、なになに。ふたりとももうどっかでお茶してきたーん?」
「そおー、フリシェおじさんのとこでねぇ」ラーニャがうなずいた。「さっきパンと一緒にお紅茶もいただいちゃったあ。どっちも美味しかったあ〜」
「えー、そうだったんだぁ」ルイゼナが言った。「んじゃあ、ミリアとラーニャはティーパーティー不参加ねー?」
「やだやだぁ、仲間はずれのーせんきゅーっ」
ラーニャは不満をあらわすようにルイゼナにしがみついた。ルイゼナのほうは特に気にしたふうもなく笑っていた。
「あっはは、冗談じょうだん」ルイゼナが言った。「ふたりともお腹的にはどう? お紅茶まだお腹に入りそう?」
「うん、わたしは大丈夫。ラーニャは?」オレはたずねた。
「あたしもぜんぜん平気ぃ〜」ラーニャはうなずいた。
「おっけー、りょーかーい」ルイゼナが言った。「ま、そんなたくさん飲むわけじゃないと思うけどねー」
「晩ごはん前だもんね。ちょっと軽く飲むくらいでいいでしょー」スィラが話に乗った。
不思議なことに、誰も玄関先から歩き出そうとはしなかった。寮の入口がみんなのおしゃべりの場と化し、談話室のような使い方をされた瞬間だった。
どうやら、女子同士のおしゃべりに時間や場所は関係ないらしい。
「んじゃあ、また後でねぇ」ラーニャが切り出した。「あたしたちのほうが遅くなるかもだけど〜」
「おっけー、バルコニーで待ち合わせしよ?」スィラが言った。
「あ、今日すっごい夕焼けキレイだったよぉ。向こうのバルコニーからも見えるかなぁ?」ラーニャが首をかしげた。
「多分ね。ほら、あそこ西向きだしさー」スィラが答えた。「寮に戻る時間はやかったせいか、私が帰ってきたときは夕陽あんまりだったけどー」
「さっき窓からチラッと見えたけど、今日の夕焼け結構キレイだったよ」ルイゼナが言った。「ラーニャの言うとおり、もうすっごい焼けるみたいな赤でさー。つっても、私が見たときと今もう変わってるかもだけど」
「じゃあ、早く行かなきゃかもねー」スィラが言った。「ほら、夕焼けって結構すぐ見えなくなっちゃうじゃーん?」
みんなのおしゃべりは止まらなかった。まるで、ブレーキが壊れた特急列車のよう。
スィラ車掌とルイゼナ副車掌が運転するおしゃべり列車は、どうやら今日も今日とてノンストップ♡で運行予定らしい。オレとラーニャは彼女たちが運転する列車に乗り合わせる乗客だった。
「私、この時間帯けっこう好きかもー」スィラ車掌が言った。「ほら、夕焼けってなーんか癒し効果あるじゃん?」
「わかるわー。ちょおっと切ない気持ちになるよね?」ルイゼナ副車掌が賛同した。
「そーそー。1日の終わりって感じするよね?」スィラ車掌がうなずいた。
「わっかるぅ〜。仕事終わりとか特にだよねえ」ラーニャも参加した。「夕焼け空みながら寮に帰ってるとね、あたし『今日も1日がんばったなぁ〜』って思うんだぁ」
「「わかるわぁ〜」」
どうやら、ラーニャの言葉は車掌たちの共感を引き出したらしい。スィラ車掌とルイゼナ副車掌は、ふたり揃ってラーニャ新車掌が運転する共感列車に乗車した。
「ってかさぁ、私ら玄関で話し込み過ぎじゃなーい?」
ふと我にかえったのか、ルイゼナが至極まっとうな意見を口にした。どうやら、この副車掌さんは列車の行き先を冷静に見極められるらしい。知らないけど。
「あは、たしかに。もうここでお茶しちゃうー?」スィラが冗談を言った。
「いや、めっちゃ迷惑じゃーん。寮の入口封鎖みたいな?」ルイゼナが冗談に乗った。
「いや、なんのためにっ?」
スィラとルイゼナの掛け合いにみんなして笑った。本日にかぎり、この玄関先は談話室としての役目を果たしていた。4人ぶんの笑い声が辺りに溶け出した。
「やばいね、おしゃべり止まんないねー」ルイゼナが言った。「このままだと私ら、ここでティータイムしそうな勢いじゃなーい?」
「ね、ほんとほんとー」スィラが言った。「『誰かこのおしゃべりな口止めて〜!』みたいな。へるぷみー!」
「や、誰に向けてのへるぷみー?」
スィラとルイゼナはおしゃべりを続けながらも、彼女たちの足は自然と玄関先から離れていった。どうやら、彼女たちは口を動かしながら足も動かせるマルチタスカーらしい。とっても器用。
玄関から離れた分かれ道に差しかかったところで、オレとラーニャはスィラたちに一旦別れを告げた。
先ほど話した役割分担のとおり、オレとラーニャはキッチン付きの休憩スペースへと向かった。紅茶を淹れるティーセット一式を用意するために。
「前から思ってたけど、ふたりともよく喋るよね。スィラとルイゼナ……」
「あはは、あの2人おしゃべり好きだから〜」ラーニャが言った。「あたしもひとと話すの好きだけどぉ、ルイゼナたちには負けちゃうかもお。ほらぁ、おしゃべりは蜜の味みたいな?」
「そだね、蜜の味。ひとと話すのって単純に楽しいし……」
「ミリアも意外と話し好きだよねぇ。さいしょ出会ったときと印象ちょっと違うかもお」
「え、あ……そ、そうかな?」オレは戸惑った。
「たぶんね〜。話すより聞くほうが好きなのかなって思ったけど、あたしと一緒にいるとき結構よく話すじゃあーん?」
「それは……その、ラーニャが話し引き出すの上手いから」
「えー、うれし〜。あの2人ほどじゃないけどぉ、あたしも結構おしゃべり好きだからあ」
「テンポがいいよね。ラーニャの話すテンポが」
「え、なになにぃ。すっごい褒めてくれるじゃあん?」
「わたし、ラーニャと話すの楽しいよ」オレは言った。「その、話が尽きないっていうか。ずっと話してられるっていうか……」
「じゃあじゃあ、今晩は夜通しおしゃべり大会開催しちゃう〜?」
「いや、やめとく」
「やめとくんかーいっ」ラーニャが笑った。
「ほら、夜眠いし。徹夜ってお肌にもよくないし?」
「んふ、マジメかっ」
ラーニャが笑うのに合わせてオレも笑った。ふたりぶんの笑い声が夕陽さす廊下に溶け出した。
もう窓の外はすっかり茜に染まっている。先ほどまで少し青が覗いていた空は、今ではもう焼けるような赤に侵食されている。本来なら白いはずの雲たちもほんのりと紅差していた。
窓の向こうに見える空と雲がおめかしする中、オレとラーニャは休憩室でお茶の準備をした。
「ね、ポット2つあればいいかな?」オレはたずねた。
「ん、じゅーぶんだと思うよぉ」ラーニャはうなずいた。「カップはこっちの小さいの使おうねぇ。あんま飲みすぎると晩ご飯に響くかもだから」
「おっけー。あ、このトレーに乗せて持ってこっか。ちょうどいいサイズだし」
「ちょうどいいのあったねぇ。まるで準備されてたみたいじゃなーい?」
「トレー側も分かってたのかもね。『今日は出番あるかも!』って」
「あはは、そうかも〜」ラーニャは笑った。「このトレー予知能力あるねぇ、とってもおりこうさんだねえ?」
「スピリチュアルだね」
オレたちはおしゃべりしながらティータイムの準備を進めた。
どうやら、この口はラーニャとのおしゃべりを求めているらしい。先ほど「スィラとルイゼナはおしゃべり」と口にした自分が恥ずかしい。これじゃ他人のこと言えないねー?(ほんとに!)
「おっけー、こっち準備できたよぉ」ラーニャが言った。
「わたしも。じゃあ、向こう行こっか?」
「うんっ」
「あ、わたしこっちのトレー持つよ。ちょっと重いかもだし」オレはトレーを預かった。
「えー、ありがとお。ミリアやっさし〜♡」
「どういたしまして」
オレはラーニャと一緒に休憩室を出た。ラーニャが持とうとしていたトレーを代わりに持ち、オレは彼女と隣り合う形でバルコニーへと向かった。
休憩室からバルコニーはすぐだった。
屋根のない屋外スペースは見晴らしが良く、遠くのほうにある茜空や山々も一望できた。
「あ、来たきたっ」スィラの声だった。「ふたりともこっちこっちー!」
オレとラーニャはほぼ同時に声がするほうに顔を向けた。視線の先ではすでにスィラとルイゼナがテーブルを囲んでいた。4人がけの白い丸テーブルが夕陽に照らされて赤み帯びていた。
「ねー、今日の夕陽やばくなーい?」ルイゼナが西の空を指差した。「さっきより全然きれいなんだけど。なんかもう、きれい過ぎて逆に怖いわー」
「わかるわー。私このまま死んじゃうんじゃないかってくらいキレイだよねー」スィラが言った。
「や、そこまでじゃないわー」
「ノリわっるっ。急にハシゴ外すな〜っ!」
「あっはは、ごめんごめーん」
スィラとルイゼナは相変わらず楽しそうだった。オレとラーニャは彼女たちと反対側のイスに腰かけて、休憩室から持ってきたトレーをテーブル中央に置いた。




