【2章】ルルちゃんの探しもの 2
「ね、お名前なんて言うの?」オレはたずねた。
「あたしルルっ。ご本だいすきルルちゃんだよぉ」
あ、自分で言うんだ。自分で「ご本大好き♡」って言っちゃうんだね。かわいすぎる。
「そっかあ、ルルちゃんね」
「うんっ」
彼女はお日さまの光すらかすむほどの明るい笑顔を浮かべた。さっすが、世間一般で「子どもの笑顔は天使の笑顔」と言われるだけあるね(リサーチ協力:オレ)。
はぁ、かわいすぎるぅ〜……自分で言うくらいだから、よっぽど本が好きなんだろーね。
「ルルちゃん、ここに今日ひとりで来たの?」オレは再度たずねた。
「んーん、ママと一緒に来たよお」ルルちゃんは首を横に振った。「アタシのママねぇ、あとでまた迎えに来てくれるのっ。夕方くらいに!」
「そっかあ。じゃあ、ママが来るまでたっくさんご本読めるね?」
「うんっ。ママお仕事行かなきゃだからね、あたしいい子にして待ってなきゃなの。これママと約束した大切なみっしょんなんだよお?」
「そっかそっかぁ、とぉっても大切なミッションだね?」
「うんっ」
ルルちゃんはやっぱり陽の光がかすむほどの明るい笑顔を浮かべた。こぉ〜んなにもまぶしい笑顔を見せられたら、この本の森もきっと光合成には困らないはず。これには活字の草木も大喜び。
やだもぉ〜、かわいすぎるんだけどお。
ルルちゃん、こぉんな小っちゃい身体で大っきなミッション抱えてるんだねぇ。そおだよねぇ、お留守番ミッションは絶対に遂行しなきゃダメだもんねぇ。
はぁ、もうダメかわいすぎるぅ……この子に一戸建ての家買ってあげたぁい。
この小さな天使ちゃん、庭付きの一軒家で大っきな犬と一緒に幸せに戯れてて欲しいよぉ。なんなら、もういっそオレがゴールデンレトリバー的な大型犬とバルコニー付き高層マンションの一室を35年ローン契約で彼女に買ってあげて——。
あっ、いけないいけない。
この子が天使すぎて、つい向こうの世界にトリップしちゃった。戻って来なさあい、わてくしの魂ぃ〜。
オレは空想世界に旅立とうとしていた心を、すんでのところで呼び戻すことに成功した。あのまま放っておいたら、この翼を生やしたイマジネーションが大空に旅立つところだったね。
ふぅー、あぶない危ないっ(ぎりぎりセーフ♡)。
「ルルちゃんは良い子だねえ」オレは言った。「もう1人でもちゃあんとお留守番できるんだね?」
「そおだよぉ。ルルちゃんはよく出来たいい子なの〜」
「そうだねぇ、いい子だねぇ」
「んふふ〜」
ルルちゃんはまた嬉しそうに顔をほころばせた。どうやら、この子の顔には笑顔がぴたっと貼り付いているらしい。まるで、磁石が金属製のボードにぴたっと貼り付くように。
はぁ、なんて癒し……もう信っじらんないくらいの癒しなんだけどぉ。
そっかそっかぁ、この子は今ルルちゃん'sみっしょんを遂行中なんだねぇ。お母さんのお迎えを図書館で待つ大切なみっしょん果たしてるところなんだねぇ。あらあらぁ、とぉってもかわいいみっしょんですねえ〜♡
ほんの一瞬、どうしてかラーニャの顔が脳裏に浮かんだ。心なしか、この子にもラーニャの面影があるような気が——ん、んん?
ルルちゃん……この子の名前、どっかで聞き覚えあるよーな?
んん、気のせいかな。前にどっかで耳にしたことある気がするけど。とはいえ、こっちの世界でこんな小さい知り合いいないしなぁ。
この不肖わてくしめ、つい先日こちらの世界にお邪魔したばかりの新参者でございますのでね。知り合いらしい知り合いは同年代以上の年齢の人しかおりませんのでね〜?
うぅーん、でもやっぱり聞き覚えあるような……?
オレがひとりもんもんと頭を悩ませていると、自分の足はもういつの間にか別の棚にたどり着いていた。先ほどよりも少し丈の低い活字の林がオレとルルちゃんを迎えてくれた。
「ほらここっ、この棚だよお」ルルちゃんが棚を指差した。「アタシが探してたご本ね、ここに置いてあったのっ」
「児童書棚……」
オレはルルちゃんが指差した先を目でたどった。彼女の人差し指は、子ども向けの児童書コーナーを指し示していた。たしかに、先ほど彼女に見せてもらった本に似たものが棚にたくさん並んでいた。
ルルちゃんはぴょこぴょこっと背伸びしながら、児童書コーナーの上のほうにある段を指差した。
「ここにあるの読んでてね、さっきちょうど読み終わったからね、この続きのご本読もーと思って探してたんだけど……」
「この棚に続きのがなかったんだね?」オレはたずねた。
「うん……」
「大丈夫だよ、ルルちゃん」オレは言った。「おねえさんも一緒に探してあげるから。ね?」
「……うんっ」
しょんぼりしたのも束の間、ルルちゃんはすぐに目いっぱいの笑顔を浮かべた。
オレは彼女の笑った顔に合わせて自分の口もとを緩めた。まだ彼女と出会って間もないけれど、この子に雨模様はあまり似合わない。ルルちゃんは晴れわたる空がよく似合う女の子だと思った。
「この棚にないとすると……んんー、どこかなぁ」
オレは子どもの目線に合わせて棚にある本を物色した。大小さまざまな本が棚に並んでいるけれど、お目当ての本はどこにも見当たらなかった。
「この辺はねえ、さっきアタシも探したの」ルルちゃんが言った。「いっぱい探したのになかったの。ぜーんぜん、どっこにも」
「そっかぁ。ルルちゃんが探せるところにはなかったんだ?」
「そーなの。図書館みすてりーなの」
「たしかにミステリーだねぇ」オレは言った。「じゃあ、この謎ちゃあんと解き明かさないとだね?」
「そーなのっ。じゃないとね、あたしご本の続き読めなくなっちゃうんだよお?」
「うんうん、そおだねぇ。ちゃあんと見つけてあげないと、ご本も泣いちゃうかもだもんね?」
「おねえちゃあん、ご本は泣いたりしないよお?」ルルちゃんはきょとんとした。
「そう、だね……ごめんね、おねえちゃん今ヘンなこと言ったね……」「あはは」
ルルちゃんはどこにも邪気のない笑顔を浮かべた。どうやら、今この子は純粋に自分が思ったことを口にしただけらしい。先ほどの彼女のきょとんとした顔がソレを物語っていた。
きゅ、急にハシゴ外されたぁ。
この年齢くらいの子って、意外なとこで現実的だったりするよね。なんかこっちが恥ずかしいんだけど。
はー、顔あっつぅ。お顔が急に火照ってきちゃう恥ずかしイベント発生。「ちゃあんと見つけてあげなきゃ、ご本さんがかわいそうだもんっ♡」なーんてメルヘンなこと口にした自分が恥ずかしいですわ〜?(恥)
どうやら、この子は本の擬人化とは無縁らしい。ルルちゃん'sアニミズムは本にはあまり発揮されないもようです。
かたや、このメルヘンお姉さんは「ご本さんが泣いちゃうっ♡」とかのたまう始末。これじゃどっちがお姉さんだか分かんないねー?(ほんとに!)
引き続き、オレはルルちゃんと一緒に本の捜索を続けた。
「んー、こっちの棚にはないねえ……」オレは別の棚を指差した。「ね、ルルちゃん。こっちの反対の棚は見てみた?」
「んーん、そっちは見てないよお」
「こっちもちょっと探してみよっか。もしかしたら別の棚に紛れてるかもだし……ね、ルルちゃんはどう思う?」
「うぅ〜んん……」ルルちゃんは首をかしげた。
「だ、ダメかな?」
「んー、ダメじゃないけどお……アタシそっちにはない気がするの」
「そうなの?」
「そっちのご本ってね、大人の人が読むようなのばっかりなの」ルルちゃんが言った。「むずかしいこと書いてあったりとかあ、よく分かんないこと書かれてたりとか。アタシが読めそうなの1つもないから……」
「——だから、こっちの棚にはないかもって?」
「うん、多分だけどお」
「そっかぁ……」
オレは屈んだ姿勢のまま棚を見上げた。目の前にある棚は竹林のようにそびえ立っていた。
「ね、ルルちゃん。この棚ちょお〜っとだけ気になるから、お姉さん少し探してみてもいいかなあ?」
オレはすぐ隣にいるルルちゃんに捜索許可をお願いした。この捜索みっしょんのリーダーはルルちゃんだからね。りーだーの指示がないと捜索続行できないんだよお〜?(そうなのよ)
われらがリーダー・ルルちゃんは首を縦に振った。肯定を示すジェスチャーだった。
「いーよぉ。あたしもおねえさんのお手伝いするーっ」
「うん、ありがとう」オレは笑った。「がんばって一緒に見つけようね?」
「うんっ」
オレとルルちゃんは一緒に児童書棚の反対側にある棚を探した。ルルちゃんの身長が届かないところはオレが探して、こちらが探しにくいところは彼女に探してもらった。
ふたりで役割分担したのも虚しく、ひと通り探しても目当ての本は見つからなかった。
「うぅーん、ないかぁ……」オレは言った。「ごめんねぇ、お目当ての見つかんなかったねぇ」
「ざんねんなの」
「そ、そだね。残念だね……」
や、言い方かわいすぎか。さっきから、ルルちゃんのボキャブラリーが可愛すぎる。この不肖わてくしめ、かわいいものには目がないのでございますのよ〜っ?(ほんとに!)
オレは彼女の可愛さに打ちのめされながらも、この子お目当ての本を探す手は止めなかった。
「この棚にもない、あの棚にもない……」
横に並んだ棚に合わせて水平に移動しつつ、オレはひとりごとのようにぼそっと呟いた。幸か不幸か、もうこちらの手が届くところは探し切ってしまった。
オレはくるりっと後ろを振り返った。
いま目の前には、自分の身長よりもうんと高い本棚がある。その、まさかとは思うけど——。
「あっ」
視線の先にある1冊の本がオレの目に留まった。頭上にある本の森には、先ほどルルちゃんが見せてくれたものと似た背表紙の本があった。
「ね、ルルちゃん。あそこにあるの見える?」オレは棚の上段を指差した。
「んーん、アタシには見えなぁい。とっても高いとこだから」
「そっかそっかぁ。ルルちゃん、ここで少し待っててくれるかなぁ?」
「いーよお、アタシお留守番すっごい得意だから!」
「ん、いい子。ちょおっとだけ待っててね、またすぐ戻ってくるからね?」
「うんっ」
オレはお留守番みっしょんを引き受けてくれた彼女の頭を撫でた。ほんの一瞬、ルルちゃんの髪の毛からお日さまのような香りがただよってきた。
やぁだもぉ〜、この子すなおで超かわいいんだけどぉ〜っ(ほんとに♡)。
オレはルルちゃんの可愛さに打ちのめされつつ、本棚の近くにあった小さなハシゴを手に取った。流線型の木目が特徴的な木のハシゴだった。
あれ、ここにあるハシゴって木製だったっけ?
前に見たのは金属製だった気がするけど……ま、いっか。今はハシゴの材質を気にしてる場合じゃないし。ルルちゃんが向こうで待ってるし。はやく戻んなきゃ。
オレはハシゴを携えて元いた場所に戻った。ルルちゃんはお留守番みっしょんをきっちり遂行していた。
「おねえちゃあん、それのぼるのぉ?」ルルちゃんがハシゴを指差した。
「そうだよ、あの本に手が届くようにね」オレは言った。あそこにある本の背表紙、ルルちゃんが持ってるのと似てるなって思って」
「アタシ、あんな高いところにあるの取れないよお」
「ルルちゃんの代わりに、おねえさんが取ってみるね。ちょおっとだけ待っててくれるかなぁ?」
「うんっ」
「ん、ありがと。よいしょ……」
オレはいま持ってきたばかりのハシゴにのぼった。ルルちゃんはこちらの足元でお留守番みっしょんを継続中だった。この子さっきからずっと可愛いんだけど。小天使ルルちゃん。
オレは先ほど見かけた本に手を伸ばした。
「あ、これかもっ……」
うんと手を伸ばして目当ての本を手に取ると、どうやらこの本はルルちゃんが探していたものの続編のようだった。オレは本のタイトルが先ほどのものと一致するのを確認した。
「おねえちゃあん、ご本とれたぁー?」
足元からルルちゃんの声が聞こえてきた。こちらの状況を確認するような声のトーンだった。
「うん、取れたよぉ。これどーお?」
オレはハシゴから降りたあと、いま取った本を彼女に見せた。ルルちゃんのまんまるおめめが本の表紙をじっと捉えた。
「わぁ、これこれっ」ルルちゃんが言った。「このご本アタシが探してたの!」
「そっかそっかぁ、ちゃんと見つかって良かったねぇ」
「うんっ」
ルルちゃんは今日いちばんの笑顔を見せてくれた。思わずこちらも釣られて笑ってしまうような明るい笑顔だった。笑顔のミラーリング。
目当ての本が見つかったのはいいけど、なんであんな上の棚に紛れてたんだろ。
あそこ子どもの手が届くような場所じゃないのに……どうりで、これじゃ見つからないわけだね。ルルちゃんがいくら探しても見つからなかったのも当然だね。
「ありがとおねぇ、おねえちゃあん」ルルちゃんが言った。「ねぇねぇっ、このご本おねえちゃんも一緒に読むぅ?」
「えっ、うぅ〜ん。おねえちゃん今お仕事中だから……」
「あ、そっかあ。ごめんなさぁい、お仕事ジャマしちゃダメだもんね?」
「うぅん、誘ってくれてありがとう。また今度いっしょに読もっか?」
「うんっ。約束だよぉ?」
「うん、約束。また何かあったら呼んでね」オレは言った。「ご本いっしょに探すのもおねえちゃんのお仕事だから、ね?」
「ありがとお、おねえちゃん。ばいばーいっ」
「はぁい、ばいばーい」
オレとルルちゃんはお互いに手を振り合って別れを告げた。手を目いっぱい振るところも彼女らしいと思った。もぉ〜、さいごの最後まで可愛いんだからぁ〜。
ルルちゃんの元気な背中を見送ったあと、オレは確かな充実感を覚えながら所定地に戻った。
まだ本の整理作業が途中だったため、棚に戻す前の返却本が縦に積み上がっていた。積み上がった本たちのすぐ隣にはサヒナさんの姿もあって、こちらに気付いた彼女が「あ、ミリア」と声をかけてきた。
「おっかえりー、どこ行ってたの?」
「あ、すみません……」オレは頭を下げた。「その、今ちょっと本の探し物を手伝ってたところで」
「えー、そうだったんだー。お目当てのものは見つかった?」
「はい、無事に。お子さんの手が届かないところに紛れてました」
「え、うっそ。誰か間違えて戻しちゃったのかなー」サヒナさんが言った。「ごめんねー、よけいな仕事ふやしちゃって。勤務初日からトラブルに巻き込んじゃったねー?」
「や、サヒナさんが謝ることじゃ……」オレは胸の前で手を横に振った。
「だけど、お目当ての本よく見つけたねー。ミリア、うちで働くの今日が初めてなのに」
「た、たまたまです。途中、サヒナさんたちにもご報告したほうがいいかなとは思ったんですけど……」
「ま、無事に見つかったなら結果おーらいでしょ。ほら、終わりよければ的なー?」
「そ、そですね……」
サヒナさんはやっぱり適当だった。「終わりよければ全て良し」は彼女のパーソナリティーをよく表した言葉だと思った。
「さぁさ、残りの仕事も片付けちゃおーよ」サヒナさんが言った。「ほらぁ、私お仕事おわったらソッコーおうち帰りたい人じゃーん?」
「そ、そですね。気持ちは分かりますけども……」
「でしょー?」
サヒナさんに促されるまま、オレは通常の業務に戻った。はやく家に帰りたい気持ちが勝っているせいなのか、彼女は午前中よりもよっぽどテキパキと動いていた。
窓に光、空に茜。もう窓の外が茜に染まり始めている。
図書館の窓から差し込む陽の光は東に向かい、太陽がのぼっている西と逆向きの影を作った。あの東に伸びた影が1日の終わりを告げていた。
ようやく勤務初日の業務を終えたころ、オレは確かな充実感で満たされていた。




