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【2章】ルルちゃんの探しもの 1


 午後。

 みんなと一緒に昼食を食べ終えたあと。

 午前の業務を終え、後半戦が始まった。図書館は午後も利用客でいっぱいだった。

「ふわぁ〜あ……」

 すぐ近くからあくびが聞こえてきた。発信源はやっぱりサヒナさんで、彼女はだいぶ眠そうにしていた。いまのあくびにすら彼女らしさ(?)がよく表れていた。

 オレの隣にいるサヒナさんは棚の本を移動していた。

 本片手に自分の目をごしごしと擦るあたり、彼女は今まさに睡魔に襲われているらしい。ランチ後の業務は眠気との戦いだった。

「えっと、ランチ食べたあとって眠くなりますよね……」

「やぁー、ほんとだよねー」サヒナさんが言った。「私もう、ここにベッドあったら寝ちゃいそうだもん。仕事なんてしたくなーい」

「お気持ちは分かりますけど……」

「お、ミリアも寝ちゃう? ふたりで一緒にサボタージュしちゃうー?」

「寝ません。仕事初日からサボるわけにいきませんから」

「あっはは、ミリアは真面目だねぇ。ちょっとくらいなら神さまも許してくれるってー」

「そ、そうでしょうか……」

 オレは肯定とも否定とも言えない曖昧な返事をした。かたや、指導役のサヒナさんは締まりのない笑顔を浮かべていた。えぇっとぉ、この人ほんとに指導役なんだよねー……?(戸惑い)

 まだ出会って間もないけど、サヒナさんのことが少し分かった気がする。

 この人は基本テキトー。お仕事もお昼ご飯もテキトー。仕事中も「まー、とりあえずミスしなきゃいいっしょー」くらいの温度感らしい。ほんとマジちょーテキトー。

「まー、気楽にやんなよー。気楽に、ね?」サヒナさんが言った。「もしミスったときは誰かがカバーすればいーんだしさ。私もミリアにがんがん頼るからよろしくー」

「は、はい。そうですね、誰かがカバー……」

「そーそー、みんなでチームプレーだからさー。なにかあったときはお互いさまってことでー」

「た、助け合いですね。持ちつ持たれつみたいな……」

「そそ、そーゆーことー。ミリアは理解が早いねー」

「ど、どうも……」

 オレはサヒナさんと話しながら書籍整理の仕事を進めた。いまオレとサヒナさんがやっているのは、返却された本を元あった棚へと戻す作業。

 目の前にある本棚にはズラッと本が並んでいる。

 オレは本のジャンルを1つひとつ確認しながら、まちがいがないよう丁寧に本棚に戻していった。実用書の本は実用書コーナーへ、歴史書の本は歴史書コーナーへ。

 自分が普段あまり読まないジャンルのものもたくさんあって、こうして返却本を元の棚に戻すだけでも新しい発見があった。

 あいかわらず文字は意味不明で読めないのに、オレの脳内に直接その意味が流れ込んでくる。この不思議なスキルも今日にかぎっては大変ありがたかった。タイトルすら読めないんじゃ、正直お仕事にならないもんね。

 サヒナさんいわく、返却本の棚戻しは意外と間違いが多いらしい。

 たしかに、これだけある本を人の手で管理するのは大変そう。オレが元いた向こうの世界みたく、バーコードとかQRコードで管理してるわけでもないし。

 こちらの世界に来て改めて、オレは文明の利器のありがたみを知った。IT革命すごぉい。あと産業革命も。

「これは……えと、あっちかな」

 オレはぼそっとひとりごとを呟いた。まるで、自分が発した言葉を自分に言い聞かせるかのように。

 仕事日和の昼下がり、形のない言葉が静かな館内に溶け出した。いまの呟きが聞こえたのかそうでないのか、少し離れたところにいるサヒナさんが声をかけてきた。

「ミリア、棚の場所もう覚えたのー?」

「え、あ……はい、いちおう。だいたいですけど」オレは言った。

「ほーん、覚えるの早いねぇー」サヒナさんが言った。「ひょっとして、ミリアって記憶力けっこう良かったりとか?」

「ど、どうでしょう。昨日こちらにお邪魔したので、そのせいかもしれませんけど……」

「やぁー、それでもスゴいよー。私ここの棚おぼえるのに時間かかったもーん」

「あ、ありがとうございます。お役に立てるよう頑張りますっ」

「あっはは、ほんっとマジメだねぇー」サヒナさんが笑った。「仕事デキる人がウチに新しく来てくれて助かるよー。ほら、そのぶん私の仕事も減るかもじゃーん?」

「や、それはどうかと……」

 オレは否定とも肯定とも言えない曖昧な返事をした。どうやら、サヒナさんは自分の仕事量が減る(かもしれない)のが嬉しいらしい。この人ほんとテキトー。

 直後、オレの手元にある本がずり落ちた。

 サヒナさんとの会話に気を取られたせいか、オレは手に持っていた本を誤って床に落っことしてしまった。

「わ、わわっ」

 オレは慌てて床に落ちた本を拾い直した。いま落ちた本が傷付いていないかを確かめ、どこにもキズがないことにほっとひと安心。ほっ(ため息)。

「気を付けてねぇ、本は貴重品だからさー」サヒナさんが言った。

「す、すみません……」オレは謝った。

「まー、そのうち慣れてくるってー。気にしない気にしなーい」

「は、はぁ……」

 新人が貴重品の本を床に落としてもなお、サヒナさんの調子はあいかわらずだった。どうやら、この女性は物事をあまり深く気にしないタイプらしい。

 まだ出会って間もないけれど、彼女はオレとは正反対の女性だった。

 推測するに、この辺りにサヒナさんが指導役を任された理由があるような気がした。まったくタイプが違う2人が一緒に仕事をすることで、いいところも悪いところも含めお互いに影響され合う——。

 先ほどサヒナさんが「仕事はチームプレイ」と口にしていたのもよく分かる。

 仕事はチームプレー。人と人とが直接対面するようなお仕事では、とくにチーム意識が大切なのかもしれない。サッカーの試合で誰かがミスしても、他のメンバーがカバーするみたいな。ほらぁ、わかるでしょおー?(圧)

 あんがい、オレに必要なのはテキトーさなのかもしれない。

 昔からオレは他人から「真面目すぎる」って言われることが多かったから。そう考えると、エルンさんが彼女を指導役に指名したのも分かる気がする。

 きっと、オレはサヒナさんから学べることが多くある。そんな気がした。

「本だいじょぶー? 傷付いたりしてなーい?」

「いえ、大丈夫そうです」オレは言った。「すみません、次からちゃんと気を付けますので……」

「問題ないならおっけーおっけー、ミスったら誰かカバーすればいーんだし」サヒナさんが言った。「まー、私は他の人にカバーしてもらうことのほうが多いけどねー。とくにリエシタとかに。ほら、あの子ミリアに似てマジメじゃーん?」

「そ、そうですか……」

 きっと、オレはサヒナさんから学べることが多くある……と思う。そんな気がしなくもない……と思う。多分ね、たぶん(適当)。

 オレは気を取り直して返却本を棚に戻した。

 サヒナさんと本の整理作業を進めていると、もう持ってきた本が残り少なくなってきた。

 本の山はもうすっかり鳴りをひそめている。先ほどまで山積みされていた返却本は、今ではもう数えられるくらいの数量に。少なくなった本の数だけオレは仕事の実感を得られた。

「んじゃあ、私この本あっちに持ってくからさー」サヒナさんが言った。「ミリアはこの辺にあるのテキトーに片付けといてー。なんとなーくいい感じにだいたい整理してくれたらいいからー」

「テキトーだ……」

「ん、なんか言ったー?」

「いえ、なんでも。こっちの本は任せてください」

「はいはーい、よろしくー」

 残りの本を両手で抱えたサヒナさんは、本の森を分け入って向こうへと歩いていった。通路の両端にある活字の林が彼女を別の林へと導いていた。

 なぁんか憎めない人だなぁ、サヒナさんって。

 きっと、あの人の人柄なんだろーね。あのテキトーさもサヒナさんのゆる〜いキャラクターで許されちゃうみたいな。

 ともすると「もっとしっかりしてください!」って言っちゃいそうになるけど、相手がサヒナさんだと「うぅ〜ん……ま、いっか」って気持ちになるから不思議。とってもふしぎ。役得だね?

 オレは仕事の手を止めずにアレコレと想像した。

 ひょっとしたら、ああいうタイプの人も組織には必要なのかもしれない。どんな歯車にも回転を良くする潤滑剤は必要だろうから。

 あの適当さ(※褒めてる)をオレがマネするのは難しいかもだけど、サヒナさんと一緒にいることで何か影響されることがある気がする。男性にしろ女性にしろ、ひとは他人からの影響を受けやすい生き物らしいから。

 他人は自分の写し鏡。

 もし「あの人みたいになりたぁい♡」と思うなら、自分の理想とする人と一緒に過ごしたほうがいい。

 とりわけ、女性は男性よりも他人からの影響を受けやすいらしい。ホモ・サピエンスのメスは『協調性』のスコアが高いせいか、男性よりも友だちとか家族からの影響を受けやすいんだって。ふぅん、そうなのぉ〜?(好奇心ぐさぐさっ♡)

 きっと、この先オレもサヒナさんから何かしら影響を受けると思う。もちろん、エルンさんとリエシタくんからも。

 もうすでにラーニャからの影響を受けつつあるオレは、多分もともと他人からの影響を受けやすいんだと思う。いいところも悪いところも含めて、他人の振る舞いを自分の糧にできたらいいよね。

 まぁ、サヒナさんくらいテキトーになった自分の姿とか想像できないけどね。あは。

 オレはここにいない彼女への褒め言葉(陰口?)を内心つぶやきながら、巣に帰りたがっているらしい残りの本たちを元いた場所に戻してあげた。棚にズラッ並んだ本の姿が目に気持ちいい。

「ねぇねぇ、おねえさぁ〜ん」

 突然どこからか声が聞こえてきた。あどけなさの残る可愛らしい声だった。

 いま声がしたほうに顔を向けると、オレの目の前には1人の女の子が立っていた。彼女は見上げるような格好でこちらをジッと見ていた。

 え、オレのこと……だよね?

 オレは辺りをきょろきょろと見回した。ほかに女性らしき人の姿はなかったため、いま呼ばれたのは自分だったと理解した。

 ほかに人いないし……な、なんだろう?

「うん、なにかなぁ?」

 オレは女の子の目線に合わせるよう、膝を折ってその場にしゃがみ込んだ。しぜんと、彼女の視線もオレの目線と同じくらいの位置まで下がった。

「うんとねぇ、アタシ今このご本読んでるのっ」

 彼女は手に持っている本をこちらに見せてきた。オレは女の子が差し出した本のタイトルと表紙をじっくりと見た。どうやら、彼女が読んでいたのは子ども向けの本だったらしい。

「へぇ、そうなんだぁ。おもしろそうな本だね?」

「そーなのっ、とっても面白いのっ。だからね、アタシこの続き早く読みたくってね?」女の子は突然しょんぼりした。「だけどね、いっぱい探したのに見つかんなかったの。ほんとにいっぱいいぃ〜っぱい探したのに……アタシしょんぼりなの、とっても」

「そっかぁ〜……この本があったところに、続きのがなかったんだね?」

「うん……」

 いま目の前にいる女の子は見るからにしょげ込んでいた。どうやら、彼女はお目当ての本が見当たらず残念がっているらしい。続きが読みたいのに本がないんじゃどうしようもないもんね。

 しょんぼりする彼女を少しでも元気付けようと思い、オレは声のトーンをいつもよりも努めて明るくした。

「じゃあ、おねえさんもお手伝いするね」オレは言った。「この本の続き、おねえさんと一緒に探してみよっか?」

「うんっ。アタシね、この続きのお話ね、すっごく気になっててねっ?」

「そっかそっかぁ。んじゃあ、ぜったい見つけなきゃだね?」

「そーなの、ぜったい絶対なのっ」女の子は向こうを指差した。「んっとねぇ、このご本あっちにあったんだよお。ほら、今あのお兄さんがいるとこの奥にっ」

「うんうん。じゃあそのご本が置いてあったところ、おねえさんに案内してもらえるかなぁ?」

「うんっ。ほら、はやく早くっ」

 少女は今にも駆け出しそうな勢いだった。ひょっとしたら、彼女は本を一緒に探してくれる人が見つかって嬉しいのかもしれない。さっきまでのしょんぼりしたようすはどこへやら。

「あ、図書館ではお静かにね」オレは手を差し出した。「ほかの人にぶつかったら痛い痛いだから、走らないでゆぅ〜っくり歩いて行こっか?」

「はぁ〜い」

「うん、いい子」

 彼女はオレが差し出した手を取ると、まだ小さなおててでこちらの手をぎゅっと握った。子どもの手特有のぷにぷにした感触が手のひらを通じてこちらにも伝わってきた。

 か、かわいすぎる。

 天使と見紛うほどの可愛さだね。図書館に舞い降りたちび天使ちゃん。

 はぁ、癒し……うら寂れて渇ききった現代人の心を癒すオアシスだよ。略して癒しスだよ(?)。今のところ、どこの子か知らないけど。まだ名前を聞いてすらいないけどね。


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