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【1章】ミリアの初仕事♡ 2

 昔っから、太陽の仕事は世界を明るく照らすことだった。

 昔ながらの生活を送る狩猟採集民を対象にした調査によれば、彼ら/彼女らは日の出とともに起きて日の入りとともに休む。かたや、集団で夜型生活を送る部族は(ほぼ)ゼロに等しい。

 これはどこの世界にも共通する一般的なライフスタイルで、夜間でも起きたままなのは基本的に見張り番の人たちだけ。

 みんなが寝ているときに捕食者が寝床に近付かないよう、クロノタイプが夜型の人たちは交代で寝ずの番を担った。人口比で30%以下だとされる夜型タイプの遺伝子は、こうした事情があって受け継がれたと考えられている。

 ひとことで言うと、夜に起きるのはみんなを守るため。

 夜に外に出歩かないのは自分の身を守るため。火や光のない時代、暗がりは命を危険にさらすほどの大きな脅威だった。

 お化けの話がほとんど夜の設定なのも、子どもの身に危険が及ぶのは夜中が多かったから。夜行性の捕食者が襲ってくるかもしれないし、崖から落っこちて大怪我をするかもしれない。昔っから、夜の闇には危険がいっぱいだった。

 ひとは暗がりに怯える。子どもは特に夜を怖がる。

 怪談は子どもたちの命を守るために進化した。おとなから夜は怖いところだと教えられた子は、きっと1人で夜に出歩くのを避けるようになる。

 結果として、子どもの命は守られる——ほんとうにいるのかすら分からないお化けの存在によって。

 夜と月が神秘と恐怖の対象だったのに対し、朝と太陽は希望と生命力のシンボルだった。だからこそ、セロトニンは朝の日差しを目覚め時計にするよう進化した。

 夜は怖くとも、朝は怖くない。

 だって、お日さまが世界を照らしてくれるから。あのまんまるの太陽がとびっきりのプレゼントをくれるから。

 彼女の横顔が朝日に照らされていた。ラーニャと一緒に村の大通りに向かう道すがら、オレは目の前にある太陽の眩しさに目を細めた。たとえ一時でも、この子の明るさは暗い夜を忘れさせてくれた。

「ん、なぁに?」

 こちらの視線に気付いたのか、ラーニャがオレのほうを見た。

 くりくりとしたオレンジ色のおめめがこちらに向けられた。彼女の眼差しは言葉よりもずっと多くのものを伝えている気がした。たぶん気のせい。

「うぅん、なんでもないよ」オレは言った。「ラーニャ、今日もごきげんそうだなって思って。昨日と変わらず」

「えー、なにそれぇ。ひとをのんきな人みたいに〜」

「や、その……そうかもね」

「あんですってぇ〜っ?」

 ラーニャは隣を歩くオレの脇腹をこちょこちょしてきた。とってもくすぐったい。

「あは。ごめ、ごめんってば」

 オレはくすぐったさに耐えきれず身をよじった。ラーニャはイタズラ好きな子どものように、どこかイジワルそうな笑顔を浮かべていた。こちょこちょは絶賛継続中。

「このこのぉ、否定しろ否定しろぉ〜っ」ラーニャが言った。

「じょうだん、冗談だからぁ」

 やがて気が済んだのか、ラーニャはこちらのわき腹をくすぐるのをやめた。まだ自分の脇の辺りにくすぐったさの余韻がのこっている気がした。

 ラーニャと戯れ合っている途中、どこからか楽器の音色が聞こえてきた。

 気付けば、もう村の大通りに来ていた。道の両端には昨日と同じく楽器を弾いている人がいて、なにかと忙しない朝にとびっきりの音色を届けていた。

 あ、あれ前にラーニャから聞いた楽器。

 たしか、キリティパってこの村じゃ結構メジャーなんだよね。お祭りとか祝いごとの席でよく使われる楽器らしいし。

 音が耳に心地いい。弦楽器を昔ちょっとだけ習ってたせいか、爪弾く弦の音にどうしても反応しちゃう。低くて深みのある音〜高くて華やかな音まで出せるのが弦楽器の良いところ。多分ね、たぶん。

 お仕事前のプレリュード。

 オレは名前も知らないメロディを聴きながら、ラーニャと並んで一緒に村の大通りを歩いた。

「——んでねぇ、そのときスィラ『いやぁ————っ!』とか言ってぇ」

 オレの隣を歩くラーニャは楽しそうに話している。どうやら、おしゃべりが楽しいのは朝も夜も一緒らしい。

「あの子ふだんは落ち着いてるんだけどねえ、虫のことになるともう人が変わっちゃうの」ラーニャが言った。「あたしも虫は別に好きじゃないけどお、スィラみたく叫ぶほどじゃないかなぁ。ほら、あの子って意外と現代っ子じゃあん?」

「まぁ、わたしも虫は苦手かな……夜に虫の鳴き声きくのは割と好きだけど」

「あー、ちょっと分かるかもぉ。『鳴き声はいいけど、直に触るのはダメ』みたいな?」

「うん、そんな感じ。足いっぱい付いててキモいし」オレは言った。

「あはは、たしかにねぇ。あたしも小さい頃は平気だったんだけどなぁ。今はもうダメかも〜」

「あれ何でだろうね。子どもの頃は好奇心が優っちゃうのかな?」

「ねー、ナゾだよねえ。スィラはねぇ、多分こういう話するのすらダメだと思うよお」

「え、そうなんだ。けっこう筋金入りの虫ギライだね……」

「ほら、あの子けっこう現代っ子だしぃ?」

「そだね、現代っ子だもんね」

 オレとラーニャはお互いに顔を見合わせて笑い合った。今はここにいないスィラの顔が目に浮かぶようだった。虫嫌いの彼女はきっと顔をしかめているに違いない。

 ラーニャと一緒に村の大通りを歩いている途中、視界の端に見覚えのあるお店がチラッと見えた。

 先日お世話になったアクセサリー屋さんだった。どうやら、あのお店はまだ開店準備中らしい。店先にかけられた小さな看板に『準備中』と書いてあった。

 どうやら、今朝もこの謎のスキルは健在らしい。

 文字は読めないのに理解はできる。あの暗号みたいな文字の意味だけは、自分の脳内に直接ながれ込んできた。とってもふしぎ。

 まったく謎のスキルだね。この世界の文字が理解できるのは正直めっちゃ助かるけど、解けそうもないミステリーに頭を抱えちゃうのもまた事実。なんでオレあの文字が分かるんだろ?

 昨日と変わらず、この謎は今日も謎のままだった。

 あのお店の文字も理解る、あのお店の看板も理解る。というより、わからない文章を探すほうが難しいくらいだった。

 さっきのアクセ屋さんで『準備中』の看板を見たときもそう。あのミミズみたいな文字の意味だけが脳内に直接なだれ込んでくる。まるで、意味の塊を自分の頭に投げつけられてるみたい。とってもふしぎ。

 ぜんぜん関係ないけど、動物園にいるゴリラって自分の排泄物投げつけてくることあるんだってね?

 オレはゴリごりゴリラさん♡のフン投げ事故に遭ったことないけど、あっちの世界で前に観た動画で排泄物被害に遭った女性が言ってた。「ほんっっと最悪っ。もう2度と動物園なんか来ない!」って。

 や、ほんと全然かんけーないけど。

 さっき心の中で『塊を投げつける』ってワード使ったから思い出しちゃった。てへっ(舌ぺろりんこ♡)。

 今の話に不快に思われた方には、心よりのお詫び申し上げますわ。みなさまがた、朝からお下品なお話してごめんあそばせね〜?(ほんとに!)

 オレが心の中で無人の謝罪会見をひらいている最中、ゴリラのフン投げ事件とは無縁のラーニャが言った。

「ほら、ミリア。あそこのお店っ」

 オレは彼女が指差す先を目でたどった。ラーニャの人差し指は小ぢんまりとしたお店を指し示していた。

「あれこないだ話してたコスメ屋さんだよぉ」ラーニャが言った。「ほら、ルイゼナが好きだっていうお店。あそこすっごい品揃えいーんだよぉ?」

「え、そうなんだ。その、けっこうコンパクトに見えるけど……」

「んっふふ、そう見えるじゃあ〜ん?」ラーニャはニヤケ顔だった。「あのお店ねぇ、表からは見えないけど地下があるの。だから実質2階建てだよお」

「へぇ、地下が……」

「ルイゼナが言うにはね、できるだけ商品が日光に当たらないようにしてるんだって。ほら、お肌と一緒で直射日光よくないから」

「なるほど、直射日光……」オレは言った。「だけど、地下だと部屋のなか暗かったりしない?」

「だいじょぶだよぉ、光の石があるから。あそこの地下室お外にいるときみたいに明るいよお」

「そっかぁ……ほんと便利だね、あの光の石って」

「でしょでしょお〜?」

 ラーニャは自分のことのように自慢げだった。ひょっとしたら、かねてより話していたコスメ屋さんを紹介できて嬉しいのかもしれない。

 オレはルイゼナ御用達のコスメ屋さんを再び見た。

 お店の外観は大変かわいらしい印象だった。たしかに、あの見た目なら女性客に人気なのもうなずける。とってもかわいい。

 というより、男性客は少し入りづらそうな見た目だった。あの女性ウケしそうなコスメ屋さんの外観は、まるでおとぎ話に出てくるお菓子の家のよう。どうやら、あのファンシーな外装は女性客に向けられたもののようだった。

「今度また時間あるとき一緒に行こうねえ、あのお店もっ」

「うん、楽しみにしてる。今日はちょっと難しいだろうけど……」オレは言った。「わたし、この村の石けんとかも見てみたいな。ほら、前にラーニャがお風呂のときに話してくれたのとか」

「あー、あれねえ。あの石けんなら結構どこにでも売ってるけどね〜」

「え、そうなの?」

「あのコスメ屋さんにも置いてたはずだけど、べつのお店とかにも普通にあると思うよお。この辺だとメジャーな石けんだから」

「そう、なんだ……言われてみれば、お風呂場でもそんな話したかも」

「もし気になるなら一緒に見てみようねぇ」ラーニャが言った。「ほら、ミリアこの村のことも気になってるみたいだしぃ?」

「そだね。ぜひ案内お願いします」

「はぁい、案内人ラーニャちゃんにお任せを〜」

 ラーニャは自分の胸に手を当てながら軽くお辞儀した。この世界に来てからもう何度か見たフォーマルな挨拶だった。

「前にキリカも言ってたけどお、ミリアは好奇おうせいだねぇ」

「そう、だね……いろんなことに興味が向きやすいタイプではあるかも」オレは言った。「この村のこともいろいろ知っておきたいし、前にラーニャが言ってた楽器も気になるし……毎日ちょっとした探検みたいだよ」

「あはは、そっかそっかぁ。毎日わくわくなんだねぇ」ラーニャが笑った。「あたしもミリアに興味もってもらえて嬉しいよお。ほら、この村あたしの故郷なわけだし?」

「地元が好きならなおさらかもね?」

「そーゆーことっ。ミリアちゃんはお利口さんですねぇ〜」

 ラーニャは歩きながらオレの頭を撫でた。褒めてくれるのは嬉しいけど、それ小っちゃい子を褒めるときの言い方じゃなあい?(絶対そう!)


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