【3章】ラーニャちゃんのグルメレース 1
ラーニャの村は人で賑わっていた。
てっきりオレはもっと小規模な村かと思ってたけど、じっさいに来てみると想像よりもずっと大きかった。
あの丘のうえから見るだけじゃ分かんなかったな。こんなに栄えてる大きな村だとは思ってなかった。『村』っていうより『街』って言ったほうが実態に近いような気がする。
ラーニャと一緒に大通りを歩くオレは、街中の景色をきょろきょろと見比べた。
向こうにあるのは中世ヨーロッパ風の建物。さらに向こうにあるのは東アジアっぽい近代的な建物。どの建築物も高さこそないけれど、ひと目を引く存在感を放っていた。
さっきラーニャの服を見たときも思ったけど、この世界はいくつかの文化が入り混じってるように感じる。通りの向こうを歩く男性は東南アジアっぽい身なりだし、さらに奥にいる女性は中東っぽいベールを身にまとってる。
逆に、現代っぽい服装は全く見かけない。
どの人も中世〜近代くらいの身なりで通りを歩いている。どうやら、この世界にはTシャツもジーパンもないらしい。
なんか……その、いいな。すごくいい。
この村の雰囲気に村の人たちの服装がフィットしてる。どこにも肩肘張ってる感じがなくて自然体。
みんな自分の服をナチュラルに着こなしてるような気がする。ひょっとしたら、この世界にはパリコレもランウェイも必要ないのかもしれない。過度に着飾ったファッションのーせんきゅー?
「……」
オレは索敵中のハムスターよろしく辺りを見回した。きょろきょろ、きょろきょろ(※索敵中)。
自分の目に映るもの全てが新鮮だった。
オレの隣を歩くラーニャの服装もそう、通りの向こうにいる女性の服装もそう。どの人も自分の服を自然に着こなしていた。
あ、あの男の人は若干おしゃれしてるな。きっと、これから彼女を迎えに行くんだろうね。ちょっとお高いレストランでワイン片手に素敵な時間を過ごすんだろうね。知らないけど(適当)。
オレは村の人を観察しながらアレコレと想像(妄想?)した。なんて迷惑なイマジネーション。
「ミリア、さっきからずっときょろきょろしてるねぇ。そんなに珍しーい?」
すぐ隣を歩くラーニャがオレに話しかけてきた。彼女は好奇心おうせいな子どもを見守るお母さんのような目つきをしていた。オレの気のせいじゃなければ。
「そう、だね。ちょっと……や、かなり珍しいかも」オレは言った。「この村ずいぶん栄えてるんだね。『街』って呼んだほうがしっくりくるくらい」
「ここは大通りだからねぇ。路地を入るともう少し落ち着いてるよ?」
「そ、そうなんだ。ここがこの村で一番おっきいところ?」
「んーん、この通りは多分2〜3番目くらいかなぁ」ラーニャが言った。「このさき行ったところに、もぉっと人で賑わってるとこがあるよ。もしかしたら、ちょっと人に酔っちゃうかもだけど〜」
「へぇ、ここより賑やかなところが……」
「ね、今度いっしょに行ってみよっか?」
「そう……うん、そうだね。ちょっと興味あるかも」オレは言った。
「わぁい、じゃあ約束ね〜。あたしが色んなとこ案内したげるっ」
「うん、お願いします」
「はぁい、お任せあれ〜」
ラーニャは胸に手を当てながら軽く頭を下げた。この仕草は向こうの世界でも何度か見たことがある。見慣れた動きがあることにオレは少しだけ安心した。
どうやら、こっちの世界にもお辞儀の文化はあるっぽい。
やっぱり、えらい人に会うときは会釈とかするのかな。向こうの世界じゃ女性はカーテシーが多かったけど、こっちの世界だと女性でもお辞儀がふつうなのかな。
もう少しラーニャのことを観察してみよう。オレはこの世界についてあまりにも知らな過ぎる。この子に恥をかかせないためにも、この世界のことをオレはちゃんと知っておかなきゃいけない。きっと、これもラーニャの言う『人助け』の1つの形だと思うから。人助け亜種(?)。
しばらく歩いていると、ラーニャは1つの建物の前で立ち止まった。
「ここがあたしがよく来る食堂だよぉ。けっこー立派でしょお?」
オレはラーニャが手で指し示す先を目でたどった。たしかに彼女の言うとおり、ラーニャの手の先にある2階建ての建物はとても立派だった。
2階の窓からも賑やかな声が漏れ聞こえてきた。
どうやら、上階も食事スペースになっているらしい。ジョッキ同士が触れ合う小気味いい音が向こうから聞こえてきた。飲み会中かなぁ?
「すごく立派だね。その、食堂って言うからもう少し小さいものだと思ってたけど……」
「この食堂はねぇ、この村でいっちば〜ん人気のお店なのっ」ラーニャが言った。「ほかにも美味しいお店はあるんだけど、みんななんとなーくここに集まってきちゃうんだぁ。村の人の憩いの場って感じ!」
「そう、なんだ。そっか、憩いの場……」
オレは改めて目の前にある建物を見上げた。たしかに、この食堂からはほとんど絶え間なく賑やかな声が聞こえてきた。『憩いの場』というのは特に誇張でもないらしい。
楽しそうな声だ。
聞いてるこっちまで元気になりそうな声。今にも誰か踊り出しそうな声だった。
ラーニャと話してるときに感じる雰囲気を、この食堂から聞こえる声からも少し感じた。向こうの世界でこんな風に思うことがあったかな。
「さ、入ろ入ろっ。あたしオススメのご飯あるんだぁ〜」
「う、うんっ」
心なしか、オレの声も弾んでいるような気がした。ひょっとしたら、この短時間でオレもラーニャから影響を受けたのかもしれない。なにかと影響されやすい男子(今は女子?)の図。
ラーニャは入り口のドアをガチャっと開けた。
「こっんにっちはぁ〜」
お店の中に入るやいなや、ラーニャは店内の賑やかな声に負けないくらいの明るさで挨拶をした。
「あらぁ、ラーニャ。いらっしゃあい」
給仕らしき女性がラーニャの声に気付いたようだった。どうやら、ふたりは顔見知りらしい。
「ユノンさぁん、この子ミリア。さっき丘の上で拾ってきたの」
どうやら、この恰幅のいい給仕の女性はユノンさんという名前らしい。オレはラーニャ伝手でユノンさんに紹介された。
っていうか、紹介の仕方よ。
丘の上で拾ってきたって……や、そんな紹介の仕方ある?(ない)
とはいえ、あながち間違ってないのがもどかしい。さっきのシチュエーション考えたら、野良ネコ拾ったみたいな感じになってもおかしくないだろうから。
「そう、ミリアね。よろしくどうぞ?」
ユノンさんは空いてるほうの手をこちらに差し出してきた。どうやら、こちらの世界でも握手を挨拶代わりにする文化があるらしい。新発見。
「は、はい。よろしく……」
オレはユノンさんの手を取って握手した。彼女の手のひらはラーニャのものより少しだけぷくぷくとしていた。
「この子ね、前の記憶が失くなっちゃってるみたいなの」ラーニャが言った。「さっき丘の上で会ったときもね、自分の名前すら分からなかったみたいで……ほっとけないから村に連れてきちゃったぁ」
「まぁ、そう。そんなことが……」
ユノンさんは驚いたように目を丸くしたまま、口もとに手を当てて驚きを仕草であらわした。どうやら女性がびっくりしたときの仕草は、どこの世界でも共通するものがあるらしい。
ユノンさんは正面にいるラーニャからこちらに視線を移した。眉尻を下げて心配そうな顔を浮かべる彼女と目が合った。
「ちょっと騒がしいかもしれないけど、どうぞゆっくりしてってちょうだい」ユノンさんが言った。「そうだ、あなたどんな食べ物が好き? うちは色んな料理を出すのが売りでねぇ、あなたに合うものもきっとあると思うの。ね、なにが食べたぁい?」
「え、っとぉ……」
オレは立て続けに質問されて戸惑ってしまう。そもそも、この世界にどんな料理があるのかが分からない。さっきから食欲をそそる良い匂いはしておりますけれども。お鼻くんかくんか。犬。




