Interlude:夢の狭間で
ここはどこだろう。
きっと水の中だ。
上のほうに水面が見える。オレの頭上で光が水面にキラキラ反射しているのが見えた。
誰かいる。水面のすぐ下に人がいるのが見えた。ここからだと男性か女性なのかがよく分からない。光に照らされたシルエットだけがやけに鮮明だった。
ぐっと目を凝らして見てみると、オレの頭上にあるのは男性と思しきシルエットだった。
どうやら、彼(暫定)は白衣を着ているらしい。太ももの辺りまである丈が亡霊のようにゆらゆらと揺らぎ、光に照らされた白衣は白い姿をしたお化けそのものだった。
ぱっと見、どうも溺れてるわけじゃなさそう。
むしろ、彼(暫定?)は不自然なほど落ち着いてる。あれが溺れてる人の動きとはとても思えない。
水面を透過する光に照らされた彼は、水中でクラゲのように浮かんでいた。まるで、水中遊泳を楽しむかのように。まるで、抵抗することを諦めたかのように——。
彼(確定?)の身体がだんだんと沈んできた。
先ほどまで水面のすぐ近くにあったシルエットは、もう手を伸ばせば届きそうなくらい近づいている。
オレは彼の身体に手を伸ばし、水に揺らぐ白衣の袖を掴んだ。男性はすでに事切れていて、目をつむったまま眠るように死んでいた。彼が着ている白衣には血が一切ついていなかった。
どうやら、この男性は血しぶきを浴びるような事故に巻き込まれたわけじゃないらしい。彼の身体はもうとっくに冷えきっていて、唇の血色もすでに不健康な色をしていた。オレは彼が着ている服の裾を自分の手元にぐいっと引き寄せた。男性の身体は何の抵抗もなくコチラに引き寄せされた。水の抵抗だけが唯一の妨げだった。
オレは彼の顔を覗き込んだ。
どっかで見たことある顔だった。いまオレの胸で安らかに眠っている彼は、いつかどこかで見たような顔をしていた。
どうしてだろう。この男性を初めて見るはずなのに、どうしてか初めて見る気がしない。もう過去に何度も会ったような気さえする。こんなにも彼を懐かしく感じるのはどうしてだろう……?
「……ぅ」
しぜんと嗚咽が込み上げてきた。今はもう安らかに眠っている彼の顔を見ていると、どうしてかオレは涙を流さずにはいられなかった。まぶたに浮かんだはずの雫は青に溶けて混じった。
どうしてだろう。
どうして、こんな悲しい気持ちになるんだろう。まるで、この男性の生前の気持ちが肌を通じて伝わってきたみたい。
オレは何かに導かれるかのように男性を抱きしめた。やはり彼の身体はすっかり冷え切っていて、あたかも人形を抱いているかのようだった。体温のない身体はこんなにも重く冷たい。
こんなにも……こんなにも、この冷たい人形を抱き締めたくなるのはどうして?
わからないことだらけの中で唯一、この彼の悲しみだけが確かだった。この男性の苦しみだけが痛いほどリアルで、オレはただ彼を抱いたまま涙を流していた。この痛みが少しでも和らげばいいと思って。
すでに亡き人となった男性を胸に抱いていると、いつか聞いた声がオレの脳内に流れ込んできた。
〈Order::start〉
[TRACE] Memory fragment detected: "幸せになりたかった"
[ERROR] Incomplete neural pattern.
[RETRY] Memory fragment detected: "幸せになりたかった"
[ERROR] Incomplete neural pattern.
[ERROR] Incomplete neural pattern.
[INFO] Reconstructing neural schema... partial success (78.3%)
[ANALYZE] Gender-based affective model: F-type predicted to yield higher hedonic stability.
[ADAPT] Morphological parameters adjusted.
[LOG] Initiating identity reconfiguration…
[RUN] Progress: 13%
[RUN] Progress: 32%
[RUN] Progress: 59%
[RUN] Progress: 81%
[OK] Awakening protocol engaged.
[INFO] Awaiting consciousness response…
〈/Order::start〉
——夢の続きが始まる音がした。




