【6章】ミリアちゃんのカニ歩き〜っ♡ 2
ぜんぜん関係ないけど、なんか二つ名みたいな言い方だね。酒豪のスィラ。
きっと、ジョッキ片手にお酒かっ食らうんだろーね。大酒飲みの噂を聞きつけて、彼女に挑んだ者は数知れず。村のお酒自慢は誰も彼もみんな形無しで、ただただスィラ女王陛下の前にひれ伏すのであった——。
オレは脳内の想像力回路を働かせ、男性たちを返り討ちにするスィラの勇姿を想像した。
想像の中の彼女はビールをぐびぐびとあおりながら、向かい来る村のお酒自慢たちを足で踏みつけていた。どこかの国のワガママな女王さまのような振る舞いだった。きっと、アママイコの進化系はスィラなんだろーね。よく分かんないけど。ゲットだぜ。
オレが妄想にふけっている最中、廊下の向こうから見知った顔が。キリカとルイゼナだった。
「あれ、ラーニャたち今からお風呂?」
オレとラーニャは向こうから歩いてくるキリカたちと対面した。彼女たちはもうお風呂を済ませたあとらしく、夜用のゆったりした服にすでに着替えていた。
「そだよぉ、めっちゃお風呂だよ〜」ラーニャが言った。
「相変わらず遅風呂が好きだね、ラーニャ。キャラに似合わず」キリカはニヤけ顔だった。
「んん、ひとこと余計だぞぉ〜?」
「あはは、冗談だよ」キリカが笑った。「というか、ミリアも遅風呂好きキャラなの?」
「や、そういうわけじゃ……」オレは戸惑った。
オレは自分の胸の前で軽く手を振って、誤解されそうなリスクを未然に防いだ。危うく、キリカから遅風呂好き認定されるところだった。
というか、遅風呂好きキャラって何なの?(謎)
「その、さっきラーニャが誘ってくれたから。わたしもお風呂まだったし……」
「へぇ、そうだったんだー」ルイゼナが言った。「なぁに、ラーニャ。遅風呂仲間増やそうとしてんのー?」
「そだよぉ、いま遅風呂仲間絶賛増殖中だよ〜」ラーニャが笑った。「これからまだまだ増殖する予定だよぉ。もっともぉ〜っとラーニャ'sフレンド増えてくから〜」
「や、そんな微生物みたいに……」オレは言った。
「びせーぶつ?」ラーニャが聞き返してきた。
「や、なんでもないよ。気にしないで?」
「ふぅん?」
微生物が伝わらなかったらしく、ラーニャはきょとんとしていた。彼女の頭のうえには小さなハテナが浮かんでいる。ちょこんと首をかしげる姿がラーニャらしいと思った。
どうやら、この世界ではまだ微生物が発見されていないらしい。新しい情報みーっけ。未発見を新発見。
期せずして、夜のおしゃべりが始まった。寮の廊下だろうが村の大通りだろうが、女性同士がおしゃべりを始めるのに時間も場所も関係ないらしい。おしゃべりは蜜の味。
「あ、さっきキリカたちから聞いたよー」ルイゼナが言った。「図書館のお仕事きまったんだってね、ミリア。おめでとう?」
「あ、ありがとう……」オレはお礼を言った。
「ミリアらしいお仕事で良かったね。ほら、前に本読むの好きだって言ってたでしょ?」
「そう、だね。わたしもあんなとこで決まるとは思わなかったけど……」
「ほんっと、どこにチャンス転がってるか分かんないね。超ラッキーじゃなあい?」
「うん、ほんとそう思う。館長さんも良い人そうだったし……」
「エルンさんすごく良い女性だよ、ミリア。あそこのリーダーを任されるくらいだしね」キリカが話に加わった。「彼女ちっちゃい子たちの面倒見も良くってさ、あの図書館でもよく読書会してるみたいでね。ちょっぴりマジメ過ぎるとこはあるかもだけど」
「そ、そうなんだ……?」オレは言った。
「あー、いまのエルンさんに言いつけちゃおっ」ルイゼナがにんまりと笑った。「キリカがエルン館長のこと『融通の利かないカチカチ石頭』って言ってましたーって、ね?」
「ルイゼナの本心が聞けて何よりだね。私もエルンさんにチクっちゃおっかな?」
「あっはは、やめてやめてー。私あの人に雷落とされちゃうからぁ」
ルイゼナはすがるようにキリカに寄りかかった。どうやら、このお姉さんはエルンさんに怒られるのが怖いらしい。お姉さん然として見えても、彼女も年ごろの女性なんだと思った。
4人ぶんの笑い声が夜に溶け出した。寮の廊下はすぐにおしゃべり用の談話室と化した。
「あんまり遅くならないようにね、ふたりとも」キリカが言った。「ほら、湯冷めするとカゼ引きやすくなるから。ラーニャもだけど、ミリアも明日から向こうで仕事でしょ?」
「そ、そだね。長風呂は控えよっかな……」
「おっけーおっけー。んじゃあ、行ってくるねぇ?」ラーニャが言った。
「リラックスしておいで、ふたりとも。ね?」ルイゼナはウインクをした。
「う、うん。ありがとう……」オレはお礼を言った。
「まったねぇ、ふたりとも〜」ラーニャが手を振った。
オレたちはお互いに手を振り合った。あのお店のユノンさんと同じように、ルイゼナもやっぱりウインクがよく似合う女性だと思った。おめめばちこーん☆
オレとラーニャはルイゼナたちと別れたあと、お風呂場に向かうべく再び廊下を歩き出した。
束の間の逢瀬は少しだけ名残惜しい。ルイゼナたちが残していった花の香りは、オレの心に少しだけ寂しさの火を灯した。今こうして寂しくなるのは、きっとまたみんなと話したいからだと思う。
そう、きっとそうだと思う——。
「今日はいっぱい楽しいことあったなぁ〜♪」
どうやら、ラーニャは今日1日を振り返っているらしい。るんるん気分に見える彼女の頭の上には、いくつかの音符がふよふよと泳いでいた。るんる〜んっ♪
「図書館で本読むのも楽しかったしぃ、晩ごはんも美味しかったでしょお〜」ラーニャは指折り数えた。「寮に戻る途中、今度ミリアと楽器ひく約束もしたしぃ。あと、これから楽しい楽し〜いバスタイムもあるじゃあん?」
「うん、楽しいこといっぱいだね?」オレは言った。「わたし、ラーニャに楽器おしえてもらうのも楽しみ」
「でしょでしょお〜?」
「さっきも思ったけど、ラーニャって色んな楽器ひけるんだね?」
「あたしが小さい頃にね、親が色んな楽器さわらせてくれたから」ラーニャが言った。「あたしのママが楽器好きな人だったからねぇ、パパもあたしに何か弾いてもらいたかったんだって。いろぉんなの触ってるうちに弾けるようになったの」
「すごいね、音楽の英才教育みたい……」
「あはは、そんな大層なものじゃないよぉ。ほら、下手の横好きみたいな?」
「そんなこと……わたし、ラーニャの演奏すっごく聴いてみたい。どんなの弾いてくれるのかなって」
「んっふふ、聴いてのお楽しみ〜。楽しみにしててね?」
「うん、楽しみにしてる。すっごく」オレは言った。
「あたしが弾けるの、この村の音楽ばっかりだけどね〜」
「あ、いま言っちゃうんだ……」
「あはは」
ラーニャは花が咲くようにからからと笑った。この子が演奏曲をネタバレしたとて、この世界の音楽を知らないオレにはそれが何か見当もつかなかった。
この村の音楽ってことは、あの大通りで聞いた曲とかかな。たしかに、あれも伝統音楽っぽかったもんね。
こっちの世界にはどんな音楽があるんだろ。こっちの世界には他にどんな楽器があるんだろ。音楽ひとつ楽器ひとつとっても、この世界には未知があふれてる。
オレが今のところ知ってるのは、ラーニャに教えてもらったキリティパとテュマリの2つだけ。
ほかの楽器の名前はまだ聞いたこないけど、あの大通りでは2種類以上の音色を聞いた。どれだけの楽器がどれだけの音楽を奏でてくれるのか今から楽しみ。わくわく特急のんすとっぷ。
きっと、この先オレの耳に色んな音が届く。
きっと、この世界は色んな音色を奏でてくれる。そんな確信めいた予感があった。きっと、きっと——。
ラーニャとお喋りしながら廊下を歩いていると、やがて目的地のお風呂場の入り口が見えてきた。オレは自分の心に緊張と戸惑いが再び舞い戻ってくるのを感じた。
「おっ風呂〜おっふろぉ〜♪」
ラーニャはごきげんそうなようすでドアを開けた。入口のドアは何の抵抗もなくスムーズにオレたちを迎え入れた。
入り口を抜けてすぐのところにある脱衣所は、オレたち以外に誰もいないせいか広く見えた。通常の入浴時間には寮生でごった返すらしく、キリカいわく「洗面所と同じで場所の取り合いになる」とのこと。もう夜も更けた今、その面影はどこにもないようだった。
オレは適当に空いたスペースを見つけて、部屋から持ってきた着替え一式を置いた。入浴後に着るパジャマには、みんなのと同じ模様が刺繍されていた。
「ここのスペース、ひとがいないと独り占めできちゃうねぇ」ラーニャが言った。「いつもは場所取りで大変なんだよぉ。ほら、ごはん食べた後みぃんな同じ時間にお風呂はいっちゃうから。ね?」
「そ、そだね。争奪戦になっちゃいそう……」
「そうそうっ、ほんとそう〜。あたし、お風呂はゆっくり入りたい派なのにぃ」
「だ、だからいつも遅風呂なの?」オレはたずねた。
「それもあるかも〜。もちろん、日によってはパパッと済ませちゃうこともあるけどね?」
「そ、そっか。日によるんだね……」
「あと気分もね。ほら、あたし良い日はお風呂ゆっくり浸かりたい人じゃあん?」
「そ、そだね……」
や、知りませんけども。そんな「ね、知ってるでしょ?」みたいに言われましても。ほら、オレあなたのお風呂浸かりたいDAY把握しきれてないじゃあん?
オレはラーニャの話に適当に調子を合わせながら、彼女に背を向けたまま自分が着ている服を脱いだ。
いまオレの後ろではラーニャもお風呂に入る準備をしている。かすかに聞こえる衣擦れの音が今まさに彼女が着替え中だと示していた。後ろ向いたら裁判、後ろ向いたら裁判——。
少しの好奇心となけなしの道徳心が格闘する中、オレは1度も振り向くことなく着替えを終えた。自制心の勝利だった。
入浴用のタオルを準備する途中、先ほど外したアクセサリーの1つが床に落っこちた。かちゃかちゃんっ、と軽やかな音が辺りに鳴りひびいた。
「あっ」
オレは目に見えない足跡をたどるように、いま落ちたネックレスを目で追いかけた。
光の石に照らされた緑の石がきらきらと輝いている。ひざを折ってしゃがみこんだあと、オレはアクセサリーを手で拾った。ネックレスのどこにもキズは付いていなくてひと安心。ほっ。
すっくと立ち上がろうとした直前、オレの左隣に人が立っているのが見えた。ラーニャの足には爪先にネイルが塗られていた。
「ミリアぁ、お待たせ〜」
向こうにいる裸のラーニャを直視しないよう、オレは反射的に首を思いっきり右にひねった。ぐきっ!(骨折)
「だ、だいじょぶ、ミリアっ?」ラーニャが言った。「いま首すっごい音してたけど……え、折れてなぁい?」
「だ、大丈夫ですっ。まったく問題ありませんゆえ!」
「そ、そっかぁ。ならいいんだけど……」
ラーニャにしては珍しく戸惑いめいた声のトーンだった。彼女らしからぬ色を乗せた声がひと気のない脱衣所に溶け出した。まるで、色違いのシナモンパウダーがミルクに溶け出すかのように。
かたやオレは首の骨の心配どころか、懲役刑の予感で頭がいっぱいだった。
いま一糸まとわぬ姿と思われるラーニャを見ないよう、オレは彼女に背中を向けたまま横方向にカニ歩きした。後ろ向いたら敗訴、後ろ向いたら敗訴——。
「あの、ミリアぁ?」
「は、はひっ?」オレの声が裏返った。
「んっとぉ、なんでカニさんみたいな歩き方なの?」
「こ、これはぁ……えっとぉ、そのぉ〜……」オレは焦った。「ほら、横歩きって健康にいいらしいから。体幹が鍛えられるとかなんとか……ごにょごにょ」
「や、べつに今やんなくってもよくなぁい?」
至極まっとうな意見だった。いつもふんわりふわふわ♡してるラーニャの言葉とは思えないほどキレのあるくりてぃしずむす。しゃーぷ・おぴーにおん。




