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【4章】ミリアにお仕事案内? 3


 んっと、どうしよう。

 こんだけ本がいっぱいあると悩んじゃう。わてくし今まさに選択のパラドクスに直面しておりまする。

 オレは本棚を見上げながら少しずつ横に移動した。どれだけ移動しても相変わらず本がいっぱいで、本棚の端から端まで言葉の木々が芽吹いていた。蔵書量が多いだけに迷いもひとしお。

 こんだけ色んな本がたくさんあると、次なに読んだらいいか迷っちゃうね。

 本のテーマパークは本日も絶賛開園中。どうやら、この本の森は迷える利用者を幸せな迷宮に誘い込むらしい。はっぴーらびりんす(?)。

 オレは何かに導かれるかのように棚の上段に目を向けた。

「あ」

 目に留まったのは1冊の本だった。あの丸みのあるフォントがオレの興味を引きつけた。

 オレは吸い寄せられるかのように本棚に手を伸ばした。いま手に取ったばかりの1冊の本には、表紙上部にでかでかと『箱の中の女神さま』と書いてあった。

 先ほどといい今といい、文章の意味だけが読み取れる不思議さは相変わらずだった。

「箱の中の……」

 オレはひとりごとのように呟いた。今のオレの声が聞こえたのか、ラーニャはすぐさまこちらに駆け寄ってきた。お隣からこんにちは。

「ミリア、次それ読むのぉ?」ラーニャがたずねてきた。

「そう、だね。これにしよっかな……」

「おもしろそうな本だねぇ、ちょおっぴり難しそうだけど〜」ラーニャは棚を見上げた。「んっと、小説の棚にあるからぁ……多分これも小説なんだろーね。あたしは読んだことない本だなぁ〜」

「そだね、たぶん小せ——」

 本のページをひらいた直後、オレは途中で言葉を切った。どうやら、この本は小説コーナーにありながら小説ではないらしい。

 いまオレが手に取った本には、この村の歴史が書いてあった。

 この村で起きた歴史イベント、この村の中にある決まりごと。本のページをめくるたび、未知の情報がオレの脳に入り込んできた。

「……これ歴史書みたい。小説じゃなかった」

「えー、そうなんだぁ」ラーニャが言った。「ここ別の棚なのにねぇ。司書さんが間違えて入れちゃったのかなぁ?」

「かもね。わたし、これ気になるから読んでみるよ」

「どれどれぇ……わぁ、あたしには難しそお〜」

 ラーニャが横から覗き込んできた。オレの手元にある本を覗き込んでいるらしい彼女は、眉間にシワを寄せて難しそうな表情を浮かべていた。もう一度お隣からこんにちは。

「ミリアは難しそうなの読みたがるねぇ。こういうのが好きなのぉ?」

「や、別にそういうわけじゃ……」オレは言った。「ただ、ちょっと気になったから。試しに読むのもいいかなって」

「そっかそっかぁ。あたし、こういう学者さんが読んでそうなのはダメかもぉ。途中で眠たくなっちゃいそお〜」

「と、とりあえず読んでみよっかな。もし難しそうだったら他のにするよ」

「おっけー。んじゃあ、あっち行こっかぁ」

 オレはラーニャと一緒に中央テーブルへと向かった。図書館のちょうど真ん中にあるテーブルは、ほかのところよりも一段と広く作られていた。

 しぜんと、この中央スペースには多くの人が集まっていた。

 みな一様の手元にある本に目を向けている。オレよりずっと若い子どもたちでさえ、ときおり隣の子と喋りながらじっと本を読み進めていた。

 どうやら、この森には本の匂いを嗅ぎつけた動物たちが集まるらしい。あの小さいパンダさんも向こうの大っきなクマさんも、みんな同じようにイスに座って静かに本を読んでいる。どこの世界でも読書の誘惑に駆られる人がいるのは一緒らしい。もちろん、オレも含めて。

 オレはラーニャの隣に座って、たった今あちらの棚から持ってきた本をひらいた。

 午後の1冊はこれに決定。なにやら難しいことが書いてありそうだけど、難しさは逆にオレの好奇心を刺激してくれる。だからおっけー。おーるおっけー。

 オレの隣にいるラーニャもまた、先ほど見つけた本を読んでいた。ぺらりぺらりと1枚ずつページをめくる姿は、まるで新しいおもちゃを楽しむ子どものよう。どうやら、この知的なオモチャは彼女の好奇心をくすぐってくれたらしい。

 彼女の読書の邪魔をしないよう、オレも自分の目の前にある本の世界に飛び込んだ。

 この活字だらけの本はオレの好奇心を刺激するのに充分だった。本の世界に飛び込むやいなや、自分と周りを隔てる壁が取り払われた気がした。たぶん気のせい。多分ね、たぶん。

 ふいにオレは視線を感じた。だ、誰かこっち見てるー……?

 視線を感じるほうに目を向けると、いつの間にかオレの隣には1人の男の子が立っていた。彼はオレの手元にある本をじぃ〜っと見つめていた。

「ど、どうしたの……?」

 たまらずオレは男の子に話しかけた。彼はピンと立てた人差し指で本を指差した。

「おねえちゃん、こんなむずかしそおーなご本よめるの?」

「う、うん。いちおう……」オレは戸惑った。

「ぼくまだこんなの読めない。おねえちゃんすごぉい!」男の子は言った。「ねぇねぇ、この本さっきあっちから取ってきたの。おねえちゃん、こっちのご本も読めるぅ?」

「え、あ……う、うん。ちょっと借りるね?」

「どうぞぉ」

 オレは男の子から差し出された本を受け取った。彼が持っていた本はとても子ども向けとは思えない内容だった。こっちの世界の学者さんが書いた本、かな……?

 オレはテーブルの上で本をひらいた。彼にも本のページが見えるよう、本の位置をちょっとだけ斜めにズラした。

「ね、なんて書いてあるぅ?」男の子がたずねてきた。

「えっとぉ……わ、われわれ人間は空想を語る生き物である。これが他の生物と大きく異なる点である——」オレは本を読み上げた。「想像力だけが人間の証明たりえる。想像するチカラなくして文明は創造できず、言葉を操るチカラなくして文化は操れない。時間を並列に旅する能力こそが人間を人間たらしめている……」

「わぁ、おねえちゃんスゴイねっ。ぜんぜん意味わかんないけどスゴぉーい!」

「そ、そだね。ちょっと難しいご本かもね……?」

 こちらの戸惑いもよそに、彼はなぜか嬉しそうだった。どうやら、この男の子は本の内容に興味があるわけではないらしい。と、とりあえず、この本に書いてあることが知りたかったのかな……?

 オレは少し戸惑いながらも、いつの間にか隣にきた男の子が言うままに本を読み上げた。

 気付けば、彼の横には別の子の姿もあった。先ほどの彼の声を聞きつけてやって来たのか、友だちらしき男の子もまた興味深そうにこちらを見ていた。

「ねぇねぇ、おねーぇちゃんっ。このご本も読めるぅ?」

 どこから持ってきたのか、男の子のうち1人がこちらに本を差し出してきた。ぱっと見た感じ、子どもが読むような本の厚さではなさそうだった。

「う、うん。ちょっと読んでみるね……?」

 オレは男の子から本を受け取った。周りの人たちに見守られながらページをめくると、彼が手渡してくれた本は人間の身体の仕組みについて書かれていた。

「……ひ、ひとの身体は乗り物のようなもの。その操縦士は頭の中の奥深いところでハンドルを握っている」オレは言った。「——これは何億年もかけて自然が形作ってきた船である。この船なしに人間は淘汰の大海を渡ること叶わず、生命の大地を泳ぎ切ることもまた叶わない。ゆえに、この利己的な船は時を超えて複製され続ける……」

 オレは本に書いてある文章をそのまま読み上げた。どこか難しそうな比喩が多分に盛り込まれた文章は、昔の学問書によくあるクラシカルな表現だと思った。

 オレが本の文章を読み上げている最中、男の子は目をキラキラと輝かせていた。どうやら、この子は読み聞かせをしてもらいたがっているようだった。

「わぁ、すごいすごぉいっ」男の子が言った。「お姉ちゃん、なぁんでも読めちゃうんだねぇっ。すっごいねえ!」

「や、なんでもってわけじゃ……」オレはやっぱり戸惑った。

「ねぇねぇ、じゃあコレはぁ? こっちには何て書いてあるぅ?」

「あ、えと……」

 気付けば、オレの周りには子どもたちが集まっていた。彼ら/彼女らの後ろには大人も数人くらい控えていた。えっとぉ、あなたたちいつの間に現れたのぉ〜?(困)

 どっ、どうして、みんな難しそうな本ばっかり持ってくるんだろー……?

 じっさいに読んでみた感じ、子ども向けに作られた本じゃなさそうだけど。もしかしたら、本の内容は結構どうでもいいのかも。この本にどんな文章が書いてあるか興味あるだけだったり?

「ほぉ、こりゃあ大したもんだ」

 どこからか男性の声が聞こえてきた。男らしさが溶け出したかのような野太い声だった。

「お嬢ちゃん、こんな難しい本も読めるんだねぇ。やぁ、こりゃすごい」

「あなた、ここらじゃ見かけない顔ねぇ。最近こっちに引っ越してきたの?」

 言葉の矢はどこからともなく飛んできた。いちどに処理できない量の声をかけられて、オレはただオロオロするしかできなかった。

「え、あ、あの……」

 急に立て続けに話しかけられたオレが対応に困っていると、こちらの様子を見かねたラーニャが助け舟を出してくれた。

「この子はミリアだよぉ。ついこないだねぇ、あたしが向こうの丘で拾ってきた猫ちゃんなの」

「はっは、そうかそうかぁ」男性が言った。「ラーニャんとこの飼い猫だったか。ずいぶん大きな猫だ」

「や、飼い猫では……」オレは何度でも戸惑った。

 あれれ、デジャブ。なんか前にもこれと似たようなことあった気ぃするよー?

 ラーニャが救いの手を差し伸べてくれたのも束の間、どこからかやって来た人の波は高さを増すばっかり。おろおろと戸惑うオレのもとに言葉の波が打ち寄せた。

「いやぁ、お嬢ちゃんスゴいねぇ」男性が言った。「こんな学者さんが読むような本も読めるなんて。俺なんてちっとも読めないよ」

「え、あ……ど、どうも……」オレは言った。

「おねえちゃあん、これも読んで読んでっ」男の子が本の文章を指差した。「ほら、ここっ。なぁんか難しそうだけど、ここ何て書いてあるのー?」

「んっと、ここはね——」

 オレは周りに言われるがままに本を読み上げた。すぐ隣にいるラーニャもまた、ほかの人たちに混じってオレの本の読み上げを聞いていた。

 や、絵本の読み聞かせじゃないんだから。ラーニャちゃあん、あなたは他の子に混じらないでくださいまし〜?

「みなさん、図書館ではお静かに。なんですか、この騒ぎは?」

 この図書館に相応しくない騒ぎを聞きつけたのか、先ほどラーニャに注意をうながした司書さんがこちらにやって来た。彼女がかけているメガネは相変わらず知的さたっぷりだった。

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