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【4章】ミリアにお仕事案内? 2


 もう一度、オレは自分の隣に座るラーニャを見た。いつの間にかすでに本を読み終えたらしい彼女は、よくマンガで見かける滝のような涙を流していた。だーっと頬を流れ落ちる涙はナイアガラの滝のようだった。

 や、涙の量よ。そんなに泣いてたら身体からっからに干からびちゃうよー?(心配)

 オレはポケットからハンカチを取り出した。まだ使っていない白い布は涙を拭くのにぴったりで、まるで彼女の涙をぬぐうために用意されたかのよう。

「ら、ラーニャ。はい、ハンカチ……」オレはハンカチを手渡した。

「あびがどお、ミリアぁ〜……むぇ」

 いまの「むぇ」はラーニャの口から漏れた音だった。声とも言えなさそうな音が午後の静かな景色に溶け込んだ。

 ラーニャがハンカチで目元の涙をぬぐう中、オレは感情ゆたかな彼女の表情を見ていた。こんなに表情豊かに本を読む人を見たのは初めてかもしれない。ふぁーすと・しーいんぐ(?)。

「んと……その小説、そんなに感動するお話だったの?」オレは本を指差した。

「あのねぇ、さいごにねえ、ヒロインの子が谷底に落っこちちゃってぇ〜……」ラーニャは涙ながらに言った。「あたしもう最後のほう涙腺やばくってぇ、ヒロインの子が可哀想でかわいそうでぇ。『なんでハッピーエンドじゃないの〜っ』ってぇ」

「そ、そだね。うん、さいごはハッピーエンドがいいよね……」

「でしょお〜っ?」

 ラーニャは再び鼻水をじゅびっとすすった。彼女はオレが手渡したハンカチを両手でぎゅっと握っていた。

 彼女が持つ白い布は中心に向かってシワが寄り、まるで新聞紙のようにクシャッとつぶれていた。あぁ、なんて可哀想なハンカチさん。あんなにクシャクシャになるだなんてあんまりですわ〜?

 しばらくして涙がおさまったらしいラーニャは、身体の外に出た水分を補うようにお茶を飲んだ。

「はぁ〜っ、すっきりしたぁ」

 先ほどの泣き顔とは打って変わって、ラーニャはもうごきげんそうに笑っていた。もう何度も見たいつもの彼女らしい朗らかな表情だった。

 いま泣いた鳥がもう笑う。どうやら、このお花は雨に濡れる時間が少ないらしい。

「ね、あたし顔むくれてなぁい? だいじょぶぅ?」

 ラーニャは自分の両頬に手を当てながらこちらにたずねてきた。オレは彼女の顔が急接近したことに少しドキッとしてしまう。

「だ、大丈夫かな……むくれてはないかも」

 オレはラーニャの顔にそっと手を伸ばして、彼女の目尻に付いていた涙を指でぬぐった。指先に付いた雫の宝石が陽の光を受けてきらめいた。

「そっかぁ、よかった〜。お顔ぱんぱんじゃ外歩けないもぉん」

「ラーニャは、その……」オレは言った。「表情ゆたかなんだね、すっごく。前から思ってたけど……」

「あは、よく言われる〜。『感情ゆたかだね』って」ラーニャが言った。「あたし、ガマンするのダメなんだぁ。うれしいときも悲しいときもね、みぃんなワーってなっちゃうの」

「わ、わたしはいいと思う。ちょっと羨ましいくらいだし……」

「えー、なんでなんでぇ。子どもっぽくなぁい?」

「うぅん、そんなことないよ。全然そんなことない」

「そーお?」ラーニャは首をかしげた。

「わ、わたしの場合、自分の気持ち外に出せないことも多いから……すなおに吐き出せるラーニャが少し羨ましい」

「えー、そうなんだぁ。そう言ってくれるのミリアだけだよぉ」

「そう、かな。そんなこと……」

 オレの声はだんだんと尻すぼみになっていった。心の中ではためらいもなく色んなこと話すくせに、じっさいに声に出して喋るのはこんなにも難しい。

 言葉足らずなオレのノドのことはともかく、涙を流す姿にも彼女らしさを見つけられた。

 当のラーニャは白いカップを両手で持ち、中に入ったお茶をくぴくぴと飲んでいた。くるんと湾曲した取っ手の部分に指を滑り込ませ、もう片方の手でバランスを取っているようだった。左手は添えるだけ。

 や、そんなバスケみたいに。3Pシュートじゃないんだから。

 オレの心の悪ふさげもよそに、お茶を飲み終えたラーニャは「ふはぁ〜っ」と息を吐いた。満足そうな吐息が午後の日差しに溶け出した。

「本もう読み終わっちゃったねぇ。ミリアはぁ?」ラーニャがたずねてきた。

「あ、うん。わたしももう読み終わった、かな……」オレはしれっとウソをついた。「も、もう図書館のほう戻ろっか。ちょうどお茶も飲み終わったみたいだし……あと、クッキーも食べきっちゃったし?」

「んだねぇ、そうしよっかぁ。あたし今日なんか読書はかどる日かも〜」

「よ、よかったね。いつもはそうじゃないの?」

「んー、なぁんか途中で集中きれちゃうんだよねぇ。誰かと一緒に読んでるとまた違うのかなぁ?」

「ラーニャの場合そうなのかもね」オレは言った。「その、誰か一緒にいるほうがリラックスできるとか……」

「あー、あるかもぉ。ほら、あたし普段から1人で過ごすの苦手じゃあん?」

「そ、そだね。わたしは1人のほうが集中できるけど……」

「そっかそっかぁ。ごめんねぇ、ミリアの気ぃ散らせちゃって〜」

「あ、や、そういう意味じゃなくってっ……」オレは慌てて否定した。

「あはは、冗談だよぉ。ちょっとからかってみただけ〜」

「む……」

 オレはむいっと唇をとがらせた。まるで、不満を仕草であらわす幼い子どもにでもなったかのような心地だった。

 かたや、ラーニャはイタズラ好きな子どものようにからからと笑っていた。どうやら、彼女は意外とからかい好きな一面があるらしい。あら、ごきげんよう。小悪魔ラーニャちゃん?

「んじゃあ、向こう戻ろっかぁ」ラーニャが立ち上がった。

「うん」

 オレもラーニャのあとに続くようにイスから立ち上がった。

 オレたちは食器を店内のカウンターに戻したあと、カフェを出てすぐ近くにある図書館へと向かった。目的地へ向かう途中の小道で、風に吹かれた花々が笑うように揺れていた。

 導かれるかのように本の森に足を踏み入れると、図書館の中はやはり本の匂いがただよっていた。

 どこの世界でも図書館は本の匂いで満たされている。バニラとアーモンドが互いに混ざり合ったような独特の匂いは、こちらの世界だろうと向こうの世界だろうと変わらないらしい。

「あたし次なに読もっかな〜♪」

 今日は読書がはかどるらしいラーニャは、館内に入ってからもごきげんそうだった。心なしか、彼女はウサギのようにぴょこぴょこスキップしているようにも見えた。

 ラーニャは今朝と変わらず午後もごきげんだった。感情が足のステップに表れる女子の図。

「館内ではあまりはしゃがないように、ラーニャ」

 たまたま近くを通りかかった司書さんが彼女に注意をうながした。どうやら、あの女性の司書さんとラーニャは知り合いらしい。

「はぁい、ごめんなさぁ〜い」

 ラーニャは特に悪びれたようすもなくからからと笑った。かたや、司書さんは呆れたような顔を浮かべたまま受付に戻っていった。

 オレは2人のやり取りを傍観者のように眺めていた。

「ラーニャ、いまの司書さん知り合い?」

「そだよぉ。あの人はねぇ、ここの館長さんなの」ラーニャが言った。「前は別の人が館長してたんだけどね、もう高齢だからって後進に道をゆずったみたい。今はあの人が館長さんっ」

「じゃあ、あの女性がここで一番えらいんだね。その、ずいぶん若い人に見えたけど……」

「ミリアぁ、女性の年齢を詮索しては〜?」

「あ、ごめん……そだね、よくないね」

「そーゆーことっ。まー、あの司書さん実際けっこう若い人なんだけどねぇ。年齢を考えたら大出世じゃなあい?」

「そう、だよね……」

 オレは先ほどの女性が歩いていった受付カウンターに目を向けた。もう向こうに先ほどの司書さんの姿はなく、べつの男性スタッフが受付に立っているだけだった。

 今はもう姿は見えないけれど、メガネがよく似合う女性の司書さんだった。

 オレの記憶の中にいる彼女は、知的な雰囲気をまとっていた。ラーニャの話から推測するに、さっきの司書さんは若くしてリーダーを任される立場にあるらしい。

 だとしたら、あのキリッとした目つきと凛々しい佇まいにも納得がいく。まるで学生たちにモラルを説いて歩く学校の先生のように、マジメが服を着て歩いているような雰囲気の人だと思った。すっと伸びた彼女の背筋はルピナスの花のようだった。

 きっと、あの眼差しは他の人よりも多くの使命と責任を宿しているんだろう。向こうの世界で言えば、生徒会長タイプかなぁ?

 あちらの世界で生徒会の副会長を少し経験したことのあるオレは、いまはもうどこかに消えたあの女性に勝手にシンパシーを感じた。ぜんぜん関係ないけど、売れないバンドの曲のタイトルみたいだね。勝手にシンパシー。最後の曲です、勝手にシンパ——

 先ほどの司書さんが残していった影を探りながら、オレはラーニャと一緒に次に読む本を探し求めた。

「あ、これ良さそうかも〜」

 ラーニャは本棚に置かれていた1冊の本を手に取った。彼女の手元にある本には、女の子が黒猫に導かれているイラストが描かれていた。

「黒猫の夜遊び……」

 オレは彼女が手にしている本のタイトルを読み上げた。相変わらず文字は意味不明なのに、言葉の意味だけが脳に直接なだれ込んできた。

 この謎めいた能力はともかく、おもしろそうな本だと思った。

 なにより、この表紙の絵がかわいらしい。ちょっと不機嫌そうな猫が嫌々ながらも少女を導くようすは、まるでアニメ映画のワンシーンを切り取ったかのようだった。

「おもしろそうな本だね、すっごく」

「でしょでしょお〜?」ラーニャが言った。

「わたし、こういうイラスト好きかも。おとぎ話みたいで……」オレは言った。「この黒猫ちゃんの表情かわいいね。つんつんしてそうなクセに、ほんとは女の子のこと大切に思ってそうで……」

「あはは、たしかにぃ〜。すなおじゃなさそうな感じあるかもね?」

「そうそう、あまのじゃくみたいな」

「んっふふ、気まぐれ猫ちゃんだねぇ。あたし次これにしよーっと!」

「わたしは……うぅん、次どうしよっかな」

 オレはラーニャが選んだ本の棚を見上げた。自分の身長よりもうんと高い本棚には、本が所狭しにズラッと立ち並んでいた。

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