【3章】図書館フラッシュバック 1
図書館はオレの想像よりずっと大きかった。
高さよりも横幅がうんと広く、イタリアのコロッセオのような円形の建物だった。外観はコンサートホールに近い。
事前のイメージとあまりにも違っていた。村の図書館というからこじんまりとしたものを想像していたものの、いま目の前にある建物はオレの先入観をいい意味で裏切ってくれた。
エントランスでは今もたくさんの人が出入りしている。
図書館のドアにもやっぱりこの村でよく見る模様が彫られていて、以前ラーニャが話していた魔除けがほどこされているようだった。
オレは目の前にある建物に圧倒されていた。向こうの世界でもなかなか見ない立派な図書館だったから。
「……あの、だいぶ大っきな図書館だね」
オレは自分に言い聞かせるようにボソッと呟いた。人間、なにか大きなものに圧倒されると大した感想を言えなくなるらしい。未体験を新発見。
「そだよぉ、うちの村でいっちばん大きい図書館だからね〜」ラーニャが言った。「んっとねぇ、たしか本も数万冊くらいあるって聞いたよぉ。あとは……ほら、向こうにカフェあるの見えるぅ?」
「あ、うん……テラスで読書してる人いるね?」オレは向こうを見た。
「あそこでドリンク飲みながら本読めるの。休憩スペースでもあるんだよぉ」
「そっか、休憩スペース……外で本読むのも気持ちよさそう」
「あとで向こうにも行ってみよっかぁ。軽食とかだったら売ってるから〜」
「そう、だね。うん、そうだね……」
ラーニャに気の抜けた返事をしながら、オレは目の前にある図書館を見上げた。建物の3階部分にも四角い窓が付いていて、空から降り注ぐ太陽の光を取り込んでいた。
窓ガラスこそ付いていないものの、2階部分には格子状の窓が備え付けられていた。
2階は格子窓のおかげで室内のようすが見えにくくなっている。1階部分の窓は2階と違って、大きめの窓にガラスが埋め込んであった。
さっき薬草屋さんに行ったときにも思ったけど、こちらの世界にもガラス製造技術はあるらしい。
本を作る製本技術、金属を成形する鍛造技術——そして、溶かしたガラスの形を整えるガラス製造技術。あの薬草屋さんにあったガラス瓶も、向こうの世界とあまり変わらない形をしていた。ぱっと見、ハーバリウムにでも使えそうな形状だったよね。わかんないけど。
オレは好奇心がむくむくと湧き上がってくるのを感じた。どうやら、この好奇心お化けは朝のうちから姿を現すらしい。
「ささっ、さっそく中はいろ〜」ラーニャが言った。「ここの図書館うんと広いからねぇ。迷子にならないよう注意だよぉ?」
「う、うんっ」
少し先を歩くラーニャがオレの手を引いた。オレは彼女に手を引かれる形で図書館の中に足を踏み入れた。わくわく特急♡が発進の合図をした瞬間だった(?)。
図書館に入るやいなや、室内はいつか嗅いだインクの匂いがした。
もうとうに嗅ぎ慣れた本の匂いだった。この建物に使われている木材の匂いも相まって、オレは田舎のおばあちゃんの家に来たときのような安心感を覚えた。
「広い……」
オレの口から素直な感想が漏れ出ていった。人間、やっぱり何か大きなものに圧倒されると大した感想を言えなくなるらしい。既体験を再発見。
「でっしょおー?」
ラーニャは自分のことのように自慢げだった。心なしか、彼女は得意げに胸を張っているように見えた。たぶん気のせい。多分ね、たぶん。
図書館の中は外から見た印象と違わぬ内装だった。
室内にはいくつもの大きなテーブルが並んでいて、木造りのイスも等間隔でズラッと並べられている。すでにイスに座って本を読んでいる人が何人もいた。
オレの身長よりもずっと高い本棚が数えきれないほどあって、棚の各段にはそれぞれ高さが異なる本が所狭しと並んでいる。本の森という表現がぴったりの村いちばんの図書館は、ここを初めて訪れたオレにとってテーマパークのよう。いま目の前にはたくさんの知的アトラクションがあった。
「すごい……本がいっぱい……」
オレはきょろきょろと辺りを見回した。周りは360度どこを見ても本だらけだった。
天井からぶら下がった太い紐には、あの光の石が取り付けられていた。ひょっとしたら、夕方や夜など辺りが暗くなってきたときに使う照明なのかもしれない。オレの部屋にあるものよりも少し大きめの石だった。
いつの間にか、オレの心は遊園地に来た子どものようにはしゃいでいた。
室内を走り回りこそしないものの、今すぐにでも近くにある本に駆け寄りたい気持ちだった。まぁ、わてくし一応これでも大人(?)でございますのでね。わちゃわちゃ走り回ったりはしませんけれども。マナー大切。ルール大事。
「あは。ミリア、目ぇきらきらしてるねぇ」
「そ、そうかな?」オレは言った。
「本読みたかったんだなぁって、こっちにも伝わってくるよぉ」ラーニャが笑った。「ほら、向こうにあるのが受付ね。本を借りたいときはあそこに行って、司書さんに『これお願いしまぁす』って伝えるの」
「あそこで……うん、わかった」
オレはラーニャが指差す先を目でたどった。彼女の指先は今まさに受付カウンターに立つ人を指し示していた。どうやら、あの緑のエプロンを着ている女性が司書さんらしい。
「この上の3階まで本がズラってあるから、今日1日だけじゃ回りきれないかもねぇ」ラーニャは上を指差した。「2階から3階まで吹き抜けになってるんだけどね、この周りを囲むみたいにぶわぁ〜って本棚があるの。ほら、向こうに棚があるの分かるぅ?」
「あ、ほんとだ。棚の頭だけちょこっと見えるね」オレは上の階を見上げた。
「そおそー。こっからじゃ分かりにくいんだけど、あの本棚けっこー高さあるんだよぉ。あたしの身長よりずっと高いの」
「その、1階にある本棚も高いよね。どうやって取るの?」
「司書さんに頼んだらおっけーだよぉ。ほら、あっちにハシゴあるでしょお?」
「あ、あれね。金属製の……」
オレは再びラーニャの指先を目でたどった。彼女の人差し指は金属でできたハシゴを指し示していた。陽の光を受けたメタリックな材質が金属光沢を放っている。
金属で出来ているだけに丈夫そうなハシゴだった。
あ、今ちょうど司書さんがハシゴ使ってる。木製だと強度が少し不安かもだけど、金属で作られてるなら途中で折れる心配もなさそう。
オレの視線の先にいる女性の司書さんは、ハシゴの手前に控えている男の子に本を手渡してあげていた。どうやら、彼女の今回のミッションはあの男の子の本を取ってあげることだったらしい。みっしょん・こんぷりーと。
「ちいさい子でも取りやすいよう、あの辺の棚は低めに作られてるみたいだよぉ」ラーニャが本棚を指差した。「あたしもね、子どもの頃ここの司書さんに本よく取ってもらったんだぁ。ほら、子どもだと手が届かない棚も多いでしょお?」
「たしかに、小さい子にはちょっと高いかもね。大人の身長でやっと届くって感じ」
「そうそう〜。あーやってね、本取ってあげるのも司書さんのお仕事なの」
「その、司書の仕事って意外と肉体労働なんだね。知らなかった……」
「あはは、そーかもねぇ。受付で何か作業してるイメージ強いかもね?」
「うん、ちょうどそんな感じ」
オレはラーニャから説明を受けながら、彼女と一緒に館内の1階を見て回った。図書館の中を案内してもらう最中、オレはずっとテーマパークに来たような心地だった。本いっぱい。しゅごい。
ラーニャと隣り合って歩きながら、オレは本の森を分け入って活字の小道を散策した。
あの本は……たぶん絵本かな。かわいいイラストが表紙にでかでかと載ってる。うさぎみたいな生き物も一緒に描かれてるから、きっと小さい子向けの童話か何かなんだろうね。
鮮やかな色合いの表紙が気になったのか、オレは他の棚よりも一段低い本棚を見た。ふと目に留まった本のコーナーには、子ども向けのおとぎ話らしき絵本がズラッと並んでいた。表紙上部に書かれているタイトル文字が、文字が——。
「え」
遅まきながら、オレは違和感に気付いた。いま視線の先にある絵本の文字は違和感たっぷりだった。あの暗号みたいな文字って、この世界で使われてる言葉……?
おかしい。
理解できる。文字は読めないのに……読めないのに、意味が分かる。
あの文字が何を示すかのは分からないのに、どうしてか意味だけが直感的に理解できた。オレは吸い寄せられるように絵本コーナーへと向かった。
いちばん近くにあった本を手に取っても、やっぱり文字が何を示しているかはよく分からなかった。
「……南国姫と白い猫」
オレは絵本のタイトルを読み上げた。解読不能な文字がオレに直接その意味を伝えてきた。まるで、テキストが自分の脳内にダイレクトに入り込んできたかのようだった。
「わ、なっつかしぃ〜」
ラーニャの弾んだ声に誘われてオレは横を向いた。視線の先にいる彼女は、いまオレが手に取った絵本を覗き込んでいた。
「あたし、これ小さい頃よく読んだんだぁ。けっこう面白いお話でね?」
「そう、なんだ……どんな話だったの?」オレはたずねた。
「んっとねぇ、南の国のお姫さまが猫と一緒に旅に出るストーリーっ」ラーニャが言った。「お姫さまはお城で退屈にしてたんだけどね、ある日お庭にやって来た白い猫が話しかけてくるの。『この檻から出たくはない?』って」
「童話っぽいお話だね。退屈な毎日を送ってたお姫さまが——」
「そう、白い王子さまに外の世界に連れ出されちゃうの。まぁ、その白い猫ちゃんメスなんだけどね?」
「あ、そうなんだ……てっきりオスにゃんこかと」
「ストーリーはすっごい面白いんだよぉ。けっこう人気の絵本なんじゃないかなぁ?」
「猫にお城から連れ出されるのがいいね。かわいい」
「ね、かわいいよねぇ。あたしこの絵本すっごい好き〜」ラーニャが表紙を指差した。「ほら、この猫ちゃん。ちょっぴりイジワルなんだけどね、この子がお姫さまを外の世界に連れ出してくれるの」
「え、やば。ちっちゃいシルクハットかぶってる……超かわいい」
「かわいいでしょお〜?」
オレとラーニャは子ども向けの絵本コーナーできゃっきゃとはしゃいだ。王子さま的ポジションの白い猫が思いのほか可愛かった。
や、そうじゃなくってっ。
ちがうの違うのぉ、オレ今こっち世界の文字が理解できるの何でなの問題ぶつかってたとこなの〜っ!
オレはすーぱーきゅーとにゃんこに気を取られていた自分に気付いた。あのはいぱーかわいいにゃんこのこともいいけど、いまはこのミステリーのほうに意識を向けないと。意識を向けないとっ!(2回言う)
先ほどの絵本を手に持ったまま、オレは他の絵本にも目を向けた。
あれも理解る、これも理解る。あっちの文字も向こうの文字も分かる。はじめて見るはずの文字列がオレの頭に直接その意味を伝えていた。まるで、脳の空いたスペースに意味の洪水が流れ込んでくるかのようだった。




