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【2章】薬草屋さんのラーニャちゃん 2


 特殊な嗜好を持った人にオレが思いを馳せていると、お店のドアが開いて室内から女性がひとり出てきた。

「あらぁ、ラーニャとミリアちゃん。ふたりでお出かけ?」

 お店から出てきた人はユノンさんだった。扉の向こうからこんにちは。や、今は朝だから「おはようございます」のほうが正し——

「おっはよおー、ユノンさぁん」ラーニャが言った。「これからミリアと一緒に図書館いってくるのー。ほら、あたし今日お休みじゃあん?」

「あらそお、図書館に。いっぱい楽しんどいで」

「ん、ありがとお〜。ユノンさんはこれからお店ぇ?」

「そう、今ちょうど仕込みも終わったからねぇ」ユノンさんが言った。「そおだ、ふたりとも朝ご飯は? もしまだなら、うちで何か食べてってちょうだい」

「あ、いえ……さっき寮で食べてきたばっかりで……」オレは言った。

「あらあら、そうなの。お腹が空いたらいつでもおいで、たらふく食べさせてあげるから」

「あ、ありがとうございますっ……」

 たった今ラーニャに心の声を遮られたオレは、せめてお礼くらいは元気よく言おうと思った。幸いにも、今回はさえぎられることはなくてひと安心。ほっ(※安堵のため息)。

 ユノンさんは昨日と変わらず気立てのいい笑顔を浮かべた。どうしてか、オレの脳裏に紫色のダリアのイメージが浮かんだ。

「ねぇねぇ、ユノンさぁん。聞いて聞いてっ」ラーニャが言った。「さっき寮で朝ごはん食べてるときね、ミリア生でマリリタ食べちゃったの。やばくなぁい?」

「あらぁ、あらあら〜……あれ食べちゃったの、ミリアちゃん?」ユノンさんがたずねてきた。

「え、えぇ……あんな辛いお野菜とは知らずに、つい……」

「ミリアちゃん、あなた女の子なのに根性あるのねぇ。さぞ辛かったでしょうに」

「そう、ですね。口の中が焼けるかと思いました」

「あっはは、でしょうねぇ。あれはスパイスとして少しずつ食べるものだから」

「スパイスとして……」

 オレはすでにヒリヒリが和らいだ唇を指で撫でた。心なしか、口の中がまだあのときの辛みを覚えているようだった。あの辛み爆弾の餌食になったオレの可哀想な唇ぅ。

 オレたちと話している途中、ユノンさんはときどき自分の頬に手を添えていた。彼女の母性的な人柄によく似合う仕草だった。

「いちおうね、うちの料理にもマリリタ使ってるの。ものによるけど」ユノンさんが言った。「元気だしたいときはマリリタに頼るのがいちばんよお。ほら、あれは縁起のいいお野菜でもあるから」

「縁起のいい……というと?」オレはたずねた。

「あれは『神さまの好物』なの、ミリアちゃん。この辺じゃ祝菜として知られててねぇ」

「祝菜……じゃあ、祝い事のときに出るってことですか?」

「そう、そういうこと。どうも、うちの神さまはあの辛みが好きみたいねぇ」

「神さまの……」

 オレはひとりごとのように呟いた。まるで、自分が発した言葉を自分に言い聞かせるかのように。

 基本的にスパイスとして使われるあの激辛野菜の正体は、どうやらこの地域ではよく知られる縁起物だったらしい。『神さまの好物』と呼ばれるほど縁起のいいお野菜だとは露知らず……この世界はまだまだ知らないことだらけだった。

 とはいえ、どうして今朝の食卓に並んでたのかは謎のままだけど。ひょっとして、あれにも何か意味があったりするのかなぁ?

「ミリアちゃん、いま『なんで朝食にあんなお野菜が?』って思ったでしょう?」

 どきっ。

 ユノンさんの口ぶりはこちらの心を見透かしたかのようだった。

 いま考えていたことをピタリと言い当てられて、予期せぬ事態にオレは内心びっくりしてしまう。どきどきっ(心臓どっきんこ♡)。

「そう、ですね。正直ちょっと疑問でした……」オレは言った。

「あっはは、そうでしょうねぇ。誰でも普通そう思うでしょうから」ユノンさんは笑った。「あのお野菜を食べるとねぇ、神さまの恵みを受けられるって言われてるの。だから祝い事のときとかに出されるんだけどね」

「恵みを……その、神聖なお野菜なんですね。わたし、そうとは知らず……」

「まぁ、めったに生食することはないけどねぇ。ほら、だってアレ口の中がめくれそうなくらい辛いでしょう?」

「そ、そうですね。今までに食べたことないくらい辛かったです……」

「スパイスとして使うならちょうどいいんだけどねぇ、あのお野菜もっ」ラーニャが話に加わった。「いちど手につけた食べものを元に戻しちゃダメなのもね、この辺だと『神さまの祝福を手放す行為』ってみなされるからなの」

「あ、そうなんだ。そっかぁ、それであのときキリカも……」

「そう、そーゆーことっ。いったん手をつけた食べ物を戻すのはマナー違反なんだよぉ」

「マナー違反……そう、なんだ。そうだったんだね」

 ラーニャとユノンさんから立て続けに説明されて、オレはようやく今朝のミステリーを解き明かせた。どうやら、今朝のキリカはオレのマナー違反を咎めてくれたらしい。

 いやぁ、無知って怖いねぇー?(怖っ)

「あの味に最初は戸惑ったでしょうけど、この先お祭りとかで見かけることもあると思うから」ユノンさんが言った。「ミリアちゃん昨日ここに来たばっかりなんだから、これから先ちょっとずぅ〜つ知ってけばじゃない。誰だって最初はみんななぁんにも知らないところから始まるんだから、ね?」

「そうですね……みんなから教えてもらいたいです、色々と」

「あっはは、あなたマジメねぇ。すなおで良い子じゃなあい」

「そおだよぉ、ミリアはいい子だよ〜」ラーニャがカットインした。

「ど、どうも……」

 褒め言葉の受け取り方がイマイチ分からず、オレは戸惑いめいたお礼を2人にかえした。面と向かって褒められるとちょっぴり恥ずかしい。

 突然なにか思い出したかのように、ユノンさんが「あらぁ」と言った。

「ごめんなさいねぇ、こんなとこで長話しちゃってぇ」ユノンさんが言った。「ふたりとも、これから図書館行くんですものね。気を付けて行ってきてちょうだぁい?」

「はい、ありがとうございます」オレは軽く頭を下げた。

「まったねぇ〜、ユノンさぁん」ラーニャが手を振った。「また今度ごはん食べに行くからねぇ、この子と一緒にっ」

「はぁい、いつでもいらっしゃあい。待ってるからねぇ」

 本来の目的を思い出したオレとラーニャは、ユノンさんに手を振りかけて別れを告げた。彼女は店先からオレたちを見送ってくれた。

 オレとラーニャは再び大通りを歩き出した。

 先ほどの会話中、ユノンさんがオレのことを覚えていてくれたのが嬉しかった。誰かの記憶に残ることは案外うれしい。

 オレが元いた向こうの世界ならともかく、この世界にはまだ知り合いが少ないから。まるで、最初の村から始めて少しずつ仲間を増やしていくRPGのよう。昨日あの丘でラーニャと出会ったことで、この世界にも少しだけ知り合いができた。

 きっと、ラーニャは人と人を繋げてくれる人なんだろう。ラーニャ'sこねくしょん。

 この子のおかげで、この村に住む人たちのことを少しずつ知っていける。欠けていたパズルのピースが少しずつ足されていく。それが嬉しい。

 しぜんと、オレの視線は隣にいるラーニャのほうを向いていた。横からおはようございます。

「ん、どーかしたぁ?」

 こちらの視線に気付いたらしいラーニャがオレにたずねてきた。彼女の口角は相変わらずごきげんそうに上を向いていた。まるで、逆アーチを描く口もとがデフォルトかのようだった。

「……うぅん、なんでもないよ」

 オレは視線はそのままに首を横に振った。否定を示すジェスチャーだった。

「そーお?」

 ラーニャは頭のうえに小さなハテナを浮かべているように見えた。目に見えない疑問符が今の彼女の気持ちを表しているようだった。

「〜♪」

 こちらからの返答にひとまず納得したのか、ラーニャは今朝のように鼻歌を歌い出した。ごきげんなハミングがガヤガヤとした喧騒に溶け出した。

 村の大通りは先ほどと変わらず、たくさんの人が行き交っている。

 どうやらお店をオープンしたところも所々あるようで、お客さんらしき人が扉の向こうに吸い込まれていった。どこからか祭囃子のようなごきげんな音楽も聞こえてきた。昨日もこの道で何度か聞いた伝統的な音色だった。

 まるで、どこかでお祭りでもやっているかのような賑やかさだった。

 楽器の心地よい音色がオレの耳に届いて、図書館に向かう足も不思議と浮き立った。少しだけスキップしたいくらいの気持ちだった。やらないけどね、恥ずかしいから。

「ふふ〜ん、ふんふふ〜んっ♪」

 通りの向こうから聞こえてくる楽器の音に合わせて、ラーニャのごきげんなハミングもオレの耳に届いた。ひょっとしたら、声はいつでもどこでも演奏できる手軽な楽器なのかもしれない。

 オレはすぐ隣から聞こえてくる音色に耳をすませた。

「いいメロディだね。有名な歌?」オレはたずねた。

「あ、今の曲ぅ? この村の伝統音楽だよぉ」ラーニャが言った。「歌は付かなくってね、楽器だけで演奏する曲なの。ら〜らら〜ら〜♪」

「わたし、今のメロディ好きかも」オレは言った。「その、どこかの広い草原が頭に浮かぶっていうか……」

「えー、そうなんだぁ。ミリアは想像力ゆたかなんだねぇ」

「え、あ……そ、そうかな?」

「あたしはねぇ、うんっと高いお空のイメージかなぁ」ラーニャが言った。「大地みたいに広くて、海みたいに青くって……どこまでも続いてそうな青空のイメージっ。ら〜ららら〜♪」

 ラーニャは胸に手を当てながら声高らかに歌った。すれ違う人たちが彼女のことを微笑ましそうな目で見ていた。通りを行き交う人たちの中には笑顔を浮かべる人の姿もあった。

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