【2章】薬草屋さんのラーニャちゃん 1
よく晴れた空。
朝の日差しがまだ起きたばかりの村を照らしている。
たくさんの人が行き交う大通り。食堂でみんなと一緒に朝食を食べたあと、オレとラーニャは図書館に向かっていた。
「口のなか焼けるかと思った……」
まだ少しヒリヒリする口もとを手で押さえながら、オレは抗議するように不満にも似た声をもらした。行き場のない言葉たちは辺りの喧騒に溶けて消えた。まるで、ココアパウダーがホットミルクに溶けて消えるかのように。
かたや、オレのすぐ隣を歩くラーニャは申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「さっきはごめんねぇ、ミリアぁ」ラーニャが言った。「あのお野菜はじめて食べる人にはね、ネタバレしちゃダメってルールなの」
「や、何そのルール……」
なんか村社会の陰湿なイジメみたいなルールなんだけど。さっき心の中で「この村の人たちはみんな温かくて〜(in食堂)」とか言ってたオレのピュアな気持ち♡を返してください。ぎぶいっとばっくとぅーみー。
どうやら、この村にはイタズラ好きなルールがあるらしい。
よく村には独自のローカルルールがあるとは聞くものの、まさか自分が不文律の餌食になるなんて思うはずもなく。
先ほどのルイゼナの反応を見るかぎり、このイタズラは一種の通過儀礼みたいなものらしい。相手のリアクションを見て楽しむのは世界中どこでも共通なのかも。あれは常習犯の笑顔だったね。まちがいないよ(絶対そう!)。
とはいえ、すぐお水を勧めるあたり結局みんな優しいんだけど。
被害者にすぐ救助ボートを投げるあたりにみんなの優しさを感じるね。被害を最小限に抑えるレスキュー隊員の鑑。
や、だったらそもそも最初からやるなって話ではありますけれども。この不肖わてくしめ、苦い食べ物ならともかく辛いのは正直ちょっぴり苦手なのでしてよ〜っ?(注:余計な情報)
心の中で愚痴(クレーム?)を言いつつ、オレはラーニャと一緒に大通りを歩いた。
どうやら、寝起きの村が身支度を始めたらしい。表の通りには商人らしき人の姿もあるほか、店先に商品を並べている人の姿もチラホラ。
村の大通りには朝の慌ただしさが溶け込んでいた。朝特有のバタバタと忙しない風景を横目に見ながら、オレはたくさんの人が行き交う大通りを前に進んだ。昨日ラーニャから聞いた話では、この通りを歩いた先に目的地の図書館があるらしい。無料開放された本の森がオレの足を動かした。
「天気いいねぇ〜。あたし、朝お散歩するの好きだなぁ〜」
オレはぽんと弾むような声に誘われて隣に顔を向けた。ラーニャの横顔は昨日と変わらずごきげんそうだった。
「ね、朝の散歩って気持ちいいよね」オレは言った。「オ……わたしも歩くのは好きかな。朝って空気もサッパリしてるし」
「わっかるぅ〜、あたしもあたしもっ」ラーニャが言った。「ちょうど今の時期とかいいよねぇ。昼間ほど暑くもないしさ〜」
「長袖でちょうどいいくらいだね。半袖だとちょっと肌寒いけど……」
「今朝は少し冷えるもんねぇ。あたしは半袖のほうが好きだけど〜」
「半袖が……動きやすいから、とか?」
「それもあるかも〜。たぶんだけどね、あたし服が腕に密着してないのが好きなのかも。わかんないけどぉ」
「ラーニャが分からないんだったら迷宮入りだね」
「あはっ、そうかも〜」
ラーニャは花が咲うようにからからと笑った。彼女の明るい笑い声が朝の喧騒に溶けていった。
「ほら、この辺の服ってゆったりしてるもの多いでしょお?」ラーニャは服の裾を指で引っ張った。「こういう袖とか丈感の服に慣れてるんだろーね、きっと。ほら、あたし冬でも半袖で過ごしたい女じゃあん?」
「や、冬はさすがに寒いんじゃ……」オレは戸惑った。
「この辺は冬でもあったかいほうだよぉ。冬になると長袖で過ごす人も多いけど、半ソデ着てる人もチラホラいるから〜」
「そう、なんだ……ごめんね、この辺の気候事情まだあんまり知らなくて」
「あはは、これから知ってけばいいよぉ。ほら、今また1つ新しいこと知れたしぃ?」
「そだね、ラーニャ先生に教えてもらおっかな」
「まっかせなさーいっ。友だち割引で授業したげるから〜」
「あ、お金とるんだ……」
「あっはは、冗談だよぉ。お金とる内容でもないし〜」ラーニャは笑った。「ここよりもっと北のほう行くとね、年中ずぅっと寒ぅ〜いんだってぇ。うちの村に来てくれる商人さんが前にお話してくらたの」
「北のほう……」
オレはラーニャが指差す先を目でたどった。どうやら、彼女の人差し指は遥か遠くにある北の村を指し示しているようだった。
北のほうにある寒い地域。
ひょっとしたら、ラーニャの言う向こうの村は緯度が高いのかもしれない。
グリーンランドが1年を通じて寒冷気候なのと同じように、ここから北のほうにある村も似たような気候条件なのかも。オレはこの村の気候くらいが好きかな。寒いののーせんきゅー。冬もイヤ。
さっきのラーニャの話から推測するに、ここの村は温暖地域に属してるっぽい。
いちおう冬でも半袖で過ごせるなら、気候的にはハワイとか東南アジアに近いのかも。とことん寒いのが苦手なオレにはちょうどいい。わぁい、やったぁ〜♡
「あたしは向こう行ったことないんだけどね、北のほうの人たちって夏でも着込まなきゃなんだって」ラーニャが言った。「こういう布みたいな服じゃとても過ごせなくって、羊さんみたいにモコモコした服着なきゃ凍えちゃうらしーよぉ。寒い時期は頭から足まで防寒用の服じゃないとダメなんだって〜」
「もこもこの……」
オレは向こうの世界で着ていたダウンを頭に思い浮かべた。想像の中にいるラーニャは、化学繊維の助けを借りたモコモコの服を身に付けていた。もこもこ服のラーニャちゃん。SoCute。
ここから北にある村では、きっと動物の毛皮を使った服が防寒具として使われているんだろう。ウール大活躍。
前に本で中央アジアの寒冷地域の服装を見たことがある。頭から爪先まで防寒具でおおわれていて、肌が露出しているのは唯一顔の部分だけ。ほかの部位は全隠し。
じっさい、向こうの冬は「もし水に濡れたら一瞬で現世にさよなら」と言われるほど厳しいらしい。あちらの地域で肌を外気にさらせないのは、冬が極めて厳しい気候上の理由からだった。ひょっとしたら、気候的にはロシアの冬が氷点下を大きく下回るのと似ているのかもしれない。
もちろん、中緯度帯出身のオレは-20〜30度の極寒を経験したことなんてないけれど。温室育ちでごめんあそばせね〜?
「その、向こうの冬は大変なんだね……」オレは言った。「さっきラーニャも『冬でも半袖』って言ってたし、こっちの気候は逆に比較的あったかいみたいだね?」
「そだよぉ。ほら、店先に出てるのも半袖の服ばっかりでしょお?」ラーニャは向こうを指差した。
「たしかに、長袖の服あんまり見かけないね。時期的なものかと思ってたけど……」
「それもあるけどね〜。ここら辺だとね、そもそも長袖あんまり着ないんだよぉ」
「そう、なんだ……」オレは言った。「あったかくていいね。わたし、寒いの苦手だから……」
「あたしもあたしも〜。こっちの冬の朝でも『やだ、寒い!』って感じるもぉん」
「こっちの気候に慣れてるんだろうね、ラーニャの身体じたいも」
「たぶんね〜、この辺どこもあったかいしぃ」ラーニャが言った。「あとほら、あたしって冬があんまし似合わない女じゃあーん?」
「そ、そうかな……たしかに、ラーニャには夏がよく似合う気がする」
「でっしょお〜?」
ラーニャは満足そうに顔をほころばせた。たしかに、彼女の笑った顔は夏を背景にするのが一番よく似合う気がした。たとえば、ひまわりには太陽の光が照りつける夏の景色がよく似合うのと同じように。
図書館へと向かう道すがら、オレたちはおしゃべりをしながら通りを歩いた。
こうしてラーニャと話すのは楽しい。彼女の話を通じて、この世界の色んなことを知れるのが楽しい。知らないことだらけの毎日はこんなにも刺激的でワクワクする。
オレは初めて訪れた街を旅するような気持ちで、ラーニャの話を聞きながら大通りを練り歩いた。昨日と同じように、通りの端っこにはいくつか露店が立ち並んでいた。メインストリートの向こうにはお店もたくさん構えられていて、ショッピングの誘惑に駆られたお客さんたちを誘い込んでいた。
しばらく道を歩いていると、見覚えのあるロゴ看板がオレの目に飛び込んできた。
「あ、ここ……」
オレは思わず立ち止まり、ぽろっと言葉をこぼした。まるで、言葉という水を思わずこぼしてしまうかのように。
昨日のお昼ごろ、ラーニャに連れてきてもらったお食事処はまだ営業前のようだった。入口の扉からわずかに見える店内はまだ少し薄暗い。
「昨日いっしょに来たお店だよぉ。覚えてるぅ?」ラーニャがたずねてきた。
「うん、もちろん。あのステーキみたいなお野菜おいしかった」オレは言った。「今朝のお野菜、ここで食べたリリピダンに似てるかもって思ったの。だから食べようとしたんだけど……」
「あー、そっかそっかぁ。たしかにアレ見た目は似てるもんねぇ」
「その、あんなに辛い野菜だとは思わなかったから。もう次からは食べない……」
「あはは、そりゃあねぇ。あのお野菜、あたしたちでも食べないもぉん」
「そ、そうなんだ……?」
からからと邪気なく笑うラーニャを見ながら、オレはあの地獄のような時間に手を伸ばした。どうやら、あの激辛野菜は現地の人でも手をつけないシロモノだったらしい。
逆に、だったら何で今朝あの食卓に並んでたのかが気になるけども。
誰も手をつけない食べ物なら、わざわざカウンターに置いとかなくてもいいのに。ひょっとして、朝からあの激辛野菜を好んで食べる人がいたりとか〜……?(困惑)




