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【1章】激辛野菜の洗礼?! 4


 オレとキリカはラーニャの後に続いて席を立った。

「ミリア、うちの食堂はセルフサービスだからね」キリカが言った。「向こうにあるトレーで自分の好きなものを取るんだよ。ほら、あそこにあるの見える?」

「あ、うん。まだ少し人がいるね?」

 オレはキリカが指差した先を目でたどった。彼女の人差し指は今まさにトレーにお皿を乗せている寮生を指し示していた。

「そう、今はまだ空いてるほうだね」キリカが言った。「お水もあっちにあるから、ひとまず向こう行こっか。私もお腹すいたし」

「さっきチラッと見えたけど、今日はヨーグルトもあるみたいだよぉ」ラーニャが言った。「ミリアぁ、うちのヨーグルトおいしーんだよ〜。とろっと溶けてほんのり甘くってさっいこーなんだからっ」

「そ、そうなんだ。ラーニャはヨーグルト好きなの?」オレはたずねた。

「だーいすきっ。ヨーグルト嫌いな人類っていないもんね?」

「ど、どうだろうね……?」

 オレは曖昧な返事でお茶を濁した。食堂内のカウンターのほうへと向かう道すがら、ヨーグルト好きの枠を人類にまで広げたラーニャは鼻歌を歌っていた。

「〜♪」

 ごきげんなハミングが室内に響きわたった。トレーに食器を乗せる途中、ラーニャたちは何人かの子たちと挨拶を交わしていた。オレも彼女たちの挨拶合戦に巻き込まれた。

 なんか、その……この世界の子たちはみんな相手との距離が近い。

 たった今オレに挨拶してくれた子も、初対面とは思えないくらいフレンドリーな挨拶だった。まるで、ずっと前からお互いに知り合いだったみたいに。

 オレは昨日この場所に来たばっかりなのに、不思議と初めて来たとは思えないほどの心地よさがあった。

 どうしてだろう。周りのみんながこんな見知らぬ人間を自然に受けて入れてくれているのが不思議でならない。昨日あの不思議な体験をした丘の上で、ラーニャがオレに優しくしてくれたのも頷ける気がする。

 そう、この村の人たちはみんな温かい。まるで、寒空の下でホットミルクを差し出してくれるかのような温かさ。ラーニャの人柄がこの村の風土を物語っているような気がした——。

 あ、この野菜よさそう。

 前に食べたリリピダンと形が似てる気がする。あのステーキの振りをした野菜よりもう少し小ぶりだけど。

 思考があっちこっちに行きがちなオレの脳は、ポエミーな考えから目の前の食事に浮気した。どうやら、この気まぐれな頭は食べ物の誘惑に負けたらしい。食欲には勝てません。残念でした。あは。

 考えごとをしながらトレーに食器を乗せていると、オレのすぐ隣にいるラーニャが「えっ」と言った。

「ミリア、それ食べるの?」

「え。よ、よくないかな……?」オレは聞き返した。

「んー、ダメってわけじゃないけどぉ〜……」

 ラーニャにしては珍しく煮え切らない返事だった。心なしか、彼女の横に控えているキリカも複雑そうな顔を浮かべていた。

「まぁ、ものは試しってことでいいんじゃない?」キリカが言った。「ほら、お水も一緒に持ってけば大丈夫だと思うし。もしダメだったら次は食べなきゃよくない?」

「えー、うぅ〜ん……」

 ラーニャの返事はやっぱり煮え切らなかった。かたや、キリカは眉尻を下げて困ったように笑っていた。

「んっとぉ……じゃ、じゃあ、これは戻そっかなー……」

 トレーに置いた食器をオレが元の場所に戻そうとすると、キリカから「ダメだよ、ミリア」と待ての声がかかった。

「いちど取った食器は戻しちゃいけないの。この食堂のルールでね」

「え、あ……そ、そうなんだ」オレは言った。「ごめん。その、なにも考えずに取っちゃったから……」

「いや、こっちこそゴメン。先に言っとくべきだったね」

 期せずして、朝の食堂で謝罪合戦が始まった。挨拶合戦のあとは謝罪合戦が繰り広げられる大変ユニークな食堂でございますゆえ(?)。

「まーまー、次から気を付ければおっけーおっけ〜」ラーニャが言った。「もし食べれなそうだったら残しちゃってねぇ、無理に食べることないから。どぅーゆーあんだすたーん?」

「あ、あいあんだーすたん……」

 オレの手元にある銀のトレーには、先ほど手に取った食器が置かれていた。この小さなお皿のうえにある緑の野菜は、どうやらラーニャたちからは不評らしい。んんー、見た目は普通の野菜っぽいのにね?

 オレはラーニャたちの反応が気になりながらも、彼女たちと一緒にトレーに食器を乗せて回った。

 食堂のカウンター付近は香ばしい香りがただよっていた。昨日ラーニャに連れて行ってもらったお食事処ともそう遠くない匂い。食欲をそそる匂いが辺りいっぱいに立ち込めていた。

「〜♫」

 ルイゼナたちがいるテーブルに戻る途中、ラーニャはやっぱりごきげんそうに鼻歌を歌っていた。あらあらぁ……あなたハミングが大変お上手ね、お嬢さん?

「あ、そだ。昨日そういえば図書館に行くって話してたよね?」ラーニャがこちらを見た。「あたし今日お仕事ちょうど休みだから、このあと朝ごはん食べたら向こう案内できるよぉ。どーしよっかぁ?」

「え、あ……い、いいの?」オレは言った。

「もっちろんっ。ミリアが良ければだけど〜」

「あ、ありがと。お願いしてもいい、かな……?」

「おっけ〜。んじゃあ、ごはん食べたら図書館れっつごー!」

「お、おーっ」

 トレーから食器が落ちないよう注意しながら、オレはラーニャの動きに釣られて控えめに拳を突き上げた。

 図書館。

 昨日ラーニャが話してた図書館に行ける。こっちの世界の図書館はどんな感じなんだろう?

 本が読めるというだけでオレの心はぽんと弾んだ。どうやら、この心は世界がどうであれ活字を求めてやまないらしい。本を求める心は自分が今どこにいようと変わらないようだった。

「ミリア、ほんとに本が好きなんだね?」キリカが言った。「この村の図書館けっこう大きいから、読書好きのミリアにはいいと思うよ。蔵書量も多いし」

「そ、そうなんだ。そだね、本を読むのは割と好きかも……」

「だろうね。あなた今すっごい嬉しそうな顔してるし」

「そ、そう……?」

「たぶんね」

 キリカはいつも通りの大人びた笑顔を浮かべていた。ふしぎとオレはオモチャを前にしてはしゃぐ子どものような気持ちになってしまう。ちょっぴり恥ずかしい。

 こんなにワクワクするのは本が読めるからだろうか。

 こんなに心が浮き立つのはあの子と一緒だからだろうか。あの太陽みたいな子と今日も一緒に過ごせるからだろうか。今はまだ答えは分からない。

 オレは自分のすなおな気持ちに背を向けて、ラーニャが今日このあと案内してくれるという図書館に思いを馳せた。これから彼女が連れて行ってくれる場所について想像すると、ご飯を早くかき込んで飛び出して行きたい気持ちに駆られた。まるで、テーマパークに行くのが待ちきれない子どもにでもなったかのような心地だった。

 ようやくみんながいるテーブルに戻ったころ、ルイゼナたちはすでにご飯を食べ終えていた。

 銀のトレーの上には空になったお皿が重ねられていた。どうやら、食べ終わったあとのお皿を重ねるのはこの世界でも一緒らしい。ちなみに、ロミは大変しあわせそうな顔で自分のお腹をさすっていた。

「えっ、ミリアそれ食べるの?」

 オレが席につくやいなや、スィラはびっくりしたような顔を浮かべた。彼女の戸惑いめいた言葉に釣られるかのように、ロミとルイゼナも似たような顔を浮かべていた。

「ミリア、意外とチャレンジャーなんだねー」ロミが言った。「私それ1回しか食べたことないよ。ほら、その……けっこうアレじゃん?」

「や、アレって言われても……」オレは言った。「その、食べちゃマズいものだったりとか?」

「んーん、いちおう食べれるよ。ちょっとアレだけどね」

「そ、そっか……」

「まぁ、よそっちゃったものは仕方ないねー」スィラが言った。「お水あるから大丈夫でしょ。無理して食べると……ほら、次の日アレだからさ」

「や、だからアレってなに……?」オレは戸惑った。

 どうやら、この野菜がアレなのはみんなの共通認識らしい。この普通の野菜に見えるものを初めて食べるオレには、みんなの言う『アレ』の意味が全然わからないけれど。

 あの、いい加減どなたか答えを教えてくださいませんことーっ?(困)

「まぁ、食べれば分かるよ」キリカが言った。「えぇと、その……ミリアのお口に合うといいね?」

「う、うん……」

 なんだか含みのある口ぶりだった。キリカにしては珍しく歯切れの悪い言い方だと思った。

 しぜんと、みんなの注目がオレのもとに集まっていた。どうやら、みんなこの野菜を食べたオレの反応が気になっているらしい。ちょっと食べづらい。

 おそるおそる、オレはくだんの野菜を口に入れた。

 もきゅもきゅと口の中で野菜を噛むと、いかにも食物繊維たっぷりな野菜らしいシャキシャキした食感が。歯ごたえと同時に緑の香りが口の中いっぱいに広がった。

「どーお、ミリア?」

 心配そうな顔を浮かべたラーニャがこちらにたずねてきた。ほかのみんなと同じように、心なしか彼女の表情にも一抹の好奇心が混じっているように見えた。

 オレは口もとを手で隠しながら「や、べつに……」と返事をした。

「ふつうの野菜だけど。その、ちょっと繊維質が多いかもだ——」

 とつぜん、オレは口の中に違和感を覚えた。みるみるうちに野菜のエキスが辛味を帯びていった。まるで、ほんとうの姿を現すチャンスを待ちかねていたかのように。

 ほかのみんなが固唾を飲んで見守る中、オレは朝から激辛野菜の洗礼を受けた。


 ラーニャたちがオレにお水を飲むよう勧める中で唯一、ルイゼナはイタズラ好きな子どものように笑っていた。


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