【1章】激辛野菜の洗礼?! 3
オレたちはようやく食堂に着いた。
なんだか、ここまで来るのにずいぶんと時間かかった気がする。オレの部屋から食堂までそう離れてないはずなんだけど。
きっと、ここに来る途中で色々おしゃべりしたからだね。だんじて、オレが余計な好奇心を働かせたからとかじゃないと思う。この好奇心お化けがひょっこり顔を出したせいじゃないよ。うん、きっとそう。そうに決まってる。だ、だよねっ?(汗)
オレが心の中で必死に言い訳している途中、食堂の向こうから「あ、キリカ〜!」という声が聞こえてきた。
どこか上品さを感じさせる声に誘われて向こうを見ると、先に食堂に来ていたスィラたちがテーブルについていた。彼女たちの前にはすでに料理を乗せた食器が並べられていた。
オレたちはこちらに手を振るスィラたちのもとに向かった。
「おはよう、みんな。遅くなってごめんね」キリカが言った。
「ぜーんぜん。私らこそ先に食べちゃっててごめんねー?」スィラが言った。「ロミがもう『おなか空いたー!』って言うからさぁ。ほら、この子ひとりだけ先に食堂行かせるのも違うじゃん?」
「そうだね、誰か保護者がいないと」
「むぁんらとぉ〜っ?」ロミが言った。
食べものを口に含んでいるせいか、ロミの言葉はところどころ聞き取れなかった。いちおう口もとを手で隠しているあたり、最低限のマナーはわきまえているようす。
「あたしたち、さっきミリアに洗面所の場所教えてたんだよぉ」ラーニャは空いた席に座った。「うち来て初めて使うだろうから、タオルがあるとこも含めて教えとかなきゃかなって。ほら、朝は争奪戦だし?」
「まあねぇ。今朝もけっこう混んでたしさー」スィラが言った。
「あそこの洗面所、もうちょっと広めに拡張して欲しくなぁい?」ルイゼナがフォークをピンと立てた。「部屋ほかに余ってるとこあるんだし、もうちょっと広くってもいい気がするけど。ほら、私って朝はゆっくり身支度したい人でしょ?」
「ルイゼナはね。髪が長いと梳くのも時間かかるだろうし」キリカが言った。
「あぁ〜、私も髪短かかったらなぁ」ルイゼナはため息をついた。「しょーじき、たまにラーニャが羨ましくなるときあるよー」
「あはは、あたし髪短めだからねぇ。朝めっちゃ楽だよぉ?」ラーニャは自分の髪に手を触れた。「んだけどぉ、あたしもルイゼナの髪たまに羨ましく思うときあるよぉ。風になびいてるときとか超キレイじゃなあい?」
「そう言ってもらえると伸ばしがいあるぅー。じっさい、毎日めっちゃお手入れしてるからね?」
さきに席に座っていたルイゼナたちに混じって、キリカとラーニャも彼女たちの会話に加わった。オレも彼女たちの動きならってすぐ近くにあるイスに腰かけた。
食堂内は他の寮生たちもいるせいか、お祭りのときのように賑やかだった。
どの寮生の表情にも笑顔が浮かんでいる。まるでシナモンパウダーがミルクに溶け込むように、がやがやとした喧騒が朝の日差しに溶け込んでいた。
「ねぇねぇっ、ミリア昨晩ちゃんと眠れたー?」ロミがたずねてきた。
「あ、うん。おかげさまで」オレは言った。
「よかったぁ〜。夜、ひとりで不安になったりしなかった?」ロミが続けざまにたずねてきた。「私ね、いつもベッドにぬいぐるみ持ち込んで寝てるんだあ。ミリアにも私のぬいぐるみ1つ貸したげよっかっ?」
「や、だいじょぶかな。お気持ちだけもらっとく……ありがと、ロミ」
「いーえー、どういたしましてっ」
ロミは花が咲くようににぱーっと晴れやかな笑顔を浮かべた。彼女の笑った顔はラーニャの笑顔ともそう遠くない明るさだった。太陽とぷち太陽くらいの違いだね、きっと。知らないけど(適当)。
朝の食堂に笑顔の花が咲く中、ルイゼナが何か思い出したように「あっ」と言った。
「ねぇ、そういえば聞いてよ。昨日この子『ミリア大丈夫かなぁ、ちゃんと寝られるかなぁ?』とか言っててぇ」ルイゼナが笑った。「私もうホントおかしっくて。ミリアだってもう子どもじゃないんだから、そりゃちゃんと寝られるでしょとか思っちゃってぇ。はぁー、おっかし」
昨日のことを思い出しているのか、ルイゼナの口もとには笑みが浮かんでいた。口もとを隠すように手を当てて笑う姿は、まるでどこかの国のお姫様のようだった。
「だってだってぇ、ミリアって記憶なくしてるんでしょー?」ロミが言った。「こんな知り合いもいないとこに来て、昨日ちゃんと寝られるのかなぁって……私のほうが不安になったんだから!」
「まぁ、ロミの言うことも分かるけどね」スィラが言った。「たしかに、私もちょっぴり心細いかも。部屋に誰か一緒にいてくれたら安心……みたいな?」
「でしょでしょーっ?」
どうやら、スィラはロミの気持ちに少なからず共感するところがあるらしい。ロミもロミで前のめりに彼女の意見に共感していた。
ぬいぐるみ……そっか、ぬいぐるみね。いいアイデアかも。
ぬいぐるみと睡眠の質との関連を調べたデータによると、たとえ大人でもモフモフぬいぐるみと一緒に寝ることによって、①寝つきやすさや②全体的な睡眠の質が改善する場合があるとのこと。
人によっては「ぬいぐるみを抱いて寝るなんて子どもっぽい!」と思うかもだけど、科学は意外にもモフモフぬいぐるみと一緒に寝るメリットをすでに実証済みらしい。
もし大人でぬいぐるみに抵抗があるなら、触り心地のいいタオルとかでもおっけー。ふんわり抱き枕も可。
どうもオレたち人間は肌ざわりのいいものに安心感を覚えるらしく、とくに幼児期〜学童期の子どもはふかふかのタオルに安心する傾向に。もちろん、ふかふか素材のぬいぐるみなら尚よし。
不安なのはきっとみんな一緒だし、安心したいのもみんな一緒だから。
大人でも子どもでも、不安な夜に何かに触れて安心したい気持ちは同じだから。ひょっとしたら、ぬいぐるみが寂しさを埋め合わせてくれるかも?
じっさいに、ぬいぐるみの使用がメンタルに及ぼす影響を調べた研究では、もふもふ素材のぬいぐるみによって①不安感や②孤独感が和らいだという結果もあるほど。どうやら、あのもふもふ素材には人の心を癒す魔法がかかっているらしい。
「あの、ロミはぬいぐるみ好きなの?」オレはたずねた。
「うんっ。私ね、かわいいものだぁ〜い好きなの!」ロミが言った。「ちょっと子どもっぽいかもだけど、昔っからぬいぐるみ抱いてよく寝ててね。なんか安心できる気がしてさー?」
「わかるよ。なにか抱いて寝ると安心感あるもんね?」
「そうそうっ。あ、今度よかったら私の部屋おいでよ。ミリアにも私のぬいぐるみコレクション見せたげるっ」
「あ、ありがとう。うん、今度お邪魔しようかな……」
「ミリアは話が分かる子だねー。ルイゼナおばさんとは大違い!」
「あんだとぉ〜っ?」ルイゼナが言った。
こんな年若い女性を "おばさん" と称したロミは、すぐ隣にいるルイゼナから脇こちょこちょの刑を受けていた。どうやら、お口のよろしくないロミお嬢さまは実刑判決を食らったもよう。敗訴。
「あは、あははっ」ロミは身をよじった。「ごめん、ごめんってばぁっ。もうやめて〜!」
「ひとをおばさん呼ばわりする悪い子はおしおきだぞぉ〜っ?」ルイゼナが言った。
オレの隣に座っているラーニャを含め、周りの子たちは2人の戯れ合いを微笑ましそうな目で見ていた。
刑の執行がようやくひと段落した頃、ルイゼナの前にある食器が目に留まった。オレはまだ食べかけの山盛りのサラダを見て、先ほどキリカが話していたことを思い出した。
「ルイゼナ、朝はサラダも食べるんだね」オレは言った。「さっきキリカが『ルイゼナは朝あんまり食べない派』って言ってたけど……」
「あー、まぁねぇ。日によって食べる日もあるよ」ルイゼナが言った。「いつもはミルクだけだけど今日は特別。ほら、今日って朝食にサラダ出る日じゃーん?」
「そ、そうなんだ……?」
や、知りませんけども。ほら、今日ってオレこの食堂で初めて朝ごはん食べる日じゃーん?
ロミに刑の執行を終えたルイゼナは、食べかけのサラダを再び食べ始めた。彼女の手元にある山盛りサラダにはドレッシングがかかっていて、たくさんの緑の中にチーズやクルトンらしきものも混ざっていた。緑黄色に彩りを与える黄色い固形物の図。
美容に気を遣っているというだけあって、ルイゼナの今朝の献立は非常にシンプル。ミルクとサラダだけのシンプルな朝ごはんだった。
かたや、ロミは朝から結構がっつりだった。
彼女の手元にはいくつものお皿が並んでいて、女性の朝ごはんとしては充分なほどの食事量。見てるだけでお腹いっぱい。
ひょっとしたら、この小柄な女の子は食べても太りにくい体質なのかもしれない。すらっとした彼女のスリムな体型が代謝の良さを物語っているように思えた。ぷちじぇらしー。うらやましす。
「んじゃあ、あたしたちもご飯とってこよっかぁ?」ラーニャがイスから立ち上がった。「あたしもうお腹ぺっこぺこぉ。今ならロミのご飯ぜぇんぶお腹に入っちゃいそお〜」
「ダメだよぉー、あげないよー。これ私のぶんだから!」ロミが言った。
「あはは、ロミけちんぼさんだぁ」
ラーニャとロミはお互いにからからと笑い合った。ふたりで冗談を言い合ってるところを見るに、どうやらラーニャにロミの朝ご飯を横取りするつもりはないらしい。や、あっても困るけども。




