【1章】激辛野菜の洗礼?! 1
翌朝。
オレは鳥の鳴き声で目を覚ました。
この部屋にはカーテンがないせいか、朝の日差しが窓からダイレクトに差し込んでいる。
目の前にあるのは木造りの天井。
木造の建物は床も天井も木がむき出しで、オレが長らく住んでいたコンクリートの家とはまるで違っていた。
ひとまず、オレはベッドからむくりと起き上がった。昨日1日で色んなことが起きて疲れていたせいか、眠っている途中で一度も目を覚ますことがないほどぐっすりだった。
まだ眠たげなまぶたを手でこする。ごしごし。
まぶたをこすると同時にあくびが出た。寝起きの情けない声が部屋いっぱいに響きわたった。ふわぁ〜あぁ。
温かみのある木造建築。この部屋の壁にも天井にも木の温もりが感じられた。もちろん、このフローリングにも木目がハッキリと刻まれている。生命の名残りを感じさせる流線型の模様だった。
オレはベッドから降りたあと、部屋の窓のほうへと近付いた。
窓辺はベッドサイドよりも暖かかった。どうやらこの部屋はかなり日当たりが良いようで、朝になると窓の近くが陽の光で照らされるらしい。
オレは窓辺で太陽の恵みを身体いっぱいに浴びながら、睡眠中に凝りかたまった筋肉をストレッチでほぐした。ぐい〜っと伸びをすると気持ちがいい。まるで、全身が喜んでいるかのような心地だった。お日さまの光を浴びた身体は朝から元気いっぱい。
「んん〜っ」
しぜんと、自分の口から気持ちよさそうな声が出た。この身体になっても朝のストレッチが気持ちいいのは変わらないらしい。
まぁ、当たり前っちゃ当たり前なんだけども。
結局、ひと晩ベッドで寝てもこの身体には変化なし。昨日と変わらず、自分の胸が小さな丘みたいに盛り上がってる。
たった今オレが出した声も相変わらず高かった。どうやら、この身体は昨日と一緒で胸からノドから女の子の造りらしい。オレが長らく付き合ってきた男性らしい特徴は何ひとつない。朝から不思議な気分だった。
オレは視線を落として自分の胸の辺りを見た。こんもりと盛り上がった小さな丘は、ただ言葉もなく何かを主張していた。
「……」
朝焼けた窓辺にたたずむ少女がひとり。
朝から好奇心をグサグサと刺激されたオレは、自分の胸部に付いているボールを手で揉んだ。起き抜けに自分の胸をもにゅもにゅっと揉むと、水風船と似たような感触が手のひらに伝わった。
手のひらに伝わる感触がやけにリアルだった。や、オレ朝から何やってんだろ?
いちおー言っておくけど、これはただの確認作業だから。けっして、やましい気持ちなどはありませぬ。や、ほんとのほんとに。
ほ、ほんとだからぁ。ウソじゃないからぁ。べつにオレの心の男子高校生(?)がひょっこり顔を出したわけじゃないからぁ。目に見えない心の岩陰から好奇心ウサギさん♂こんにちは。
あ、今は朝だから「おはようございます」か。や、どっちでもいいけどもっ(注:ひとりツッコミ)。
オレが自分の胸の手触りを確かめていると、窓と反対方向にあるドアからノックの音が。こんこんっ、と軽やかな音が突然したことにオレは反射的にびっくりしてしまう。
身体びっく————————っ!(心臓どきんこっ♡)
「ミリアぁ、もう起きてるぅ〜?」
ラーニャの声だった。彼女の声もまた昨日と変わらず太陽のように明るい。
「お、起きてまそん……」
「えぇ?」彼女はすぐに聞き返した。
「あ、や、起きてます。おはよう、ラーニャ……」
「おっはよー。ドア開けてもいーい?」
「だ、大丈夫だよ。うん、大丈夫……」
いまの2回目の「大丈夫」は本当にラーニャに向けたものだったのだろうか。まるで自分自身に言い聞かせるかのような声のトーンだった。いえすいえーす、あいむおーけー。
ラーニャがドアを開けて部屋に入ってきた。彼女のすぐ後ろにはキリカの姿もあった。
「おはよう、ミリア。昨夜はよく眠れた?」キリカがたずねてきた。
「あ、うん。おかげさまで……」オレは言った。
「今日もいいお天気だねぇ。朝から気分ばっちし!」ラーニャが言った。「もうみんな食堂に向かったよぉ。あたしたちも洗顔して朝ごはん食べに行こぉ?」
「え、あ……そっか、朝ごはん……」
オレはひとりごとのように呟いた。ラーニャとキリカは揃って不思議そうな顔を浮かべていた。
「ミリア、どーかしたぁ?」
ラーニャは怪訝そうな顔つきのままオレにたずねてきた。彼女のすぐ隣にいるキリカもまた似たような表情をしていた。
「や、なんでもないよ。うん、なんでも……」
「ふぅん?」ラーニャは首をかしげた。
「ごめんね、洗顔しに行こっか」オレは言った。「ラーニャたちもこれから顔洗いに行くの?」
「そだよぉ。ミリアにも説明したげたほうが良いかなと思って〜」
「あ、ありがとう。ごめんね、気ぃつかわせちゃって……」
「いーえー、ぜーんぜんっ。さ、洗面所にれっつごー!」
「お、おーっ……」
オレはラーニャの動きに合わせて拳を控えめに上げた。彼女は今朝も昨日と変わらず元気いっぱいのようだった。
オレを迎えに来てくれたラーニャたちと一緒に部屋を出た。洗面所へと向かう道すがら、キリカが目でこちらに何かを訴えているような気がした。これは気のせいであって欲しい。
朝から自分の胸もにゅもにゅしてたとは言えず、オレは黙秘権を行使してだんまりを決め込んだ。黙るが花。
「朝はねぇ、いっつも洗面台の争奪戦になるの」ラーニャが言った。「みんな考えることは一緒だからねぇ。はやく行かなきゃ朝ごはん遅くなっちゃうんだよ?」
「そ、そっか。まぁ、朝起きたらまず顔洗うもんね……」オレは言った。
「そーゆーことっ。ひどいときなんか、みんな列になっちゃうんだからぁ」
「朝支度も遅れちゃいそうだね。仕方ないっちゃ仕方ないかもだけど……」
「ねー、ほんとぉ。うちの洗面所もっと増やしてくれたらいーのにねぇ?」
「そ、そだね……」
オレはまだ見ぬ洗面所を想像しながら、ラーニャの意見に話の調子を合わせた。同意と共感との間には浅くて深ぁ〜い溝がありまする。
いい朝だ。今朝の気温はちょうど良く、廊下を歩くのが気持ちいい。
オレたちは雑談を交えながら寮の廊下を歩いた。廊下にある窓からは朝の日差しが差し込んで、木目がキレイなフローリングを照らしている。
奥へ奥へと伸びる木目調のフロアー。オレたちを奥へと誘う床は縦ににょいーんと長く、向こうの世界にある学校の廊下ともよく似ていた。どうやら、世界が変わっても基本的な建築構造はあまり変わらないらしい。
「ところで、ミリアって朝ちゃんと食べるタイプ?」キリカがたずねてきた。
「う、うん、いちおう。どうして?」オレはたずね返した。
「ほら、朝あんまり食べないって人もいるでしょ?」キリカが言った。「私もラーニャも朝は食べるタイプだけど、ミリアは普段どうなのかなぁって思って。うちはルイゼナが朝あんまり食べないからね」
「え、そうなんだ。まったく何も食べないの?」
「いや、ミルクとかは飲むみたいだよ。『お肌がキレイになるから』って」
「そ、そっか。美容意識たかいんだね、ルイゼナって……」
「ほら、あの子って美容好きだから。もう今から肌のシミとか心配してるよ」
「んっと、肌シミとか気にするような年齢には見えなかったけど……」
「そういうのが好きな人なんだよ、ルイゼナは」キリカが言った。「多分そのうちミリアも、あの子イチ押しのコスメとか紹介されると思うよ。いくつかオススメあるみたいだから」
「そう、なんだ。ルイゼナ、やっぱりコスメにも詳しいんだね……?」
「彼女の趣味みたいなものなんだろうね、きっと」
「そっかぁ、趣味かー……」
オレがひとりで納得したように呟くと、すぐ隣を歩くラーニャも話に加わった。
「あたし、朝はきちっと食べたい派だなぁ〜」ラーニャが言った。「なんかねぇ、朝ごはん食べないと1日ずぅっと元気でない気がするの。栄養補給って大切だもんね?」
彼女の横顔は窓から差し込む日差しに照らされていた。まるで、ぴかぴかと光り輝く後光を浴びるかのように。
「そ、そだね。たしかに……」オレは言った。「わたしも朝は一応ちゃんと食べる、かな……」
「そっかそっかぁ、あたしと一緒だぁ〜」ラーニャは笑顔だった。
「た、たまに忘れちゃうときもあるけどね。寝坊しちゃったときとか……」
「あるあるぅ〜。だからね、あたし朝は余裕もって起きるようにしてるの。ちゃんと朝ごはん食べられるように!」
「いいね。わたしもできればそうしたいな」
「ひょっとして、ミリアって朝起きるの苦手?」キリカがたずねてきた。
「や、そういうわけじゃないけど……」オレは言った。「その、朝ギリギリまで寝てることも多いから。前の晩おそくまで本読んでたときとか……」
「勤勉だね、ミリアは。寝る前まで読書するなんて」
「そ、そうかな……?」
「きっとね」
キリカはほんの少しだけ口角を上げて微笑んだ。彼女の笑顔はラムネのように爽やかで、どことなく少年を思わせるものだった。
「ほら、ここが洗面所だよぉ」
オレはラーニャが指差した先を目でたどった。彼女の人差し指は扉がない代わりに開放感のある部屋を指差していた。中から誰かいる気配は感じられなかった。物音も特に聞こえない。
オレは部屋の中をにゅっと覗き込んだ。ひとの気配はどこにもなく、室内はすでにがらんどうだった。
「……だれも人いないね。もうみんな食堂行ったのかな?」オレは言った。
「だと思うよ、今朝はもう時間的に少し遅いから」キリカが言った。「さっきラーニャも言ってたけど、時間によっては洗面台争奪戦になるから注意ね。ミリアって朝の支度わりと時間かかるほう?」
「ど、どうだろ。普通くらいだと思うけど……」
「だったら大丈夫そうだね。あんまり長い時間かけちゃうと、次ここ使う人が困っちゃうから」
「そだね、なるべく早く済ませるようにするよ」
「そーゆうこと。ミリアは理解が早いね」
「そ、そうかな……?」
キリカは朝からオレのことをよく褒めてくれた。彼女の褒め言葉には微塵も含みを感じられなかった。キリカの発する言葉には程よく湿度が含まれていた。
きっと、この子は他意なく他人を褒められるんだろう。ただ純粋にそう思った。




