【5章】占い屋さんで何を視る? 2
まるで、心臓を思いっきり強く叩かれたかのよう。
オレは頭の中が真っ白になり、何ひとつ考えられなくなった。なにも考えられないし、なにも思い浮かばない。ソニヤさんの妖しい目つきだけがやけにリアルだった。
オレの代わりに言葉を発したのはラーニャだった。
「ソニヤさん、それどーゆうことぉ?」
ラーニャはオレの代わりにオレが聞きたいことを聞いてくれた。こんなシンプルな質問さえできないくらい、今のオレは頭の中がまっしろになっていた。
「言葉どおりの意味さぁ。この子は人間として2度も生まれてる」ソニヤさんが言った。「たいていの人は虫や植物なんかを経験するもんだけど、ミリヤは前世でもまた人の姿を経験したみたいだねぇ。あんた今回で人間は2回目さ」
「え、あ……に、2回目……?」オレは戸惑った。
「そうさ。こりゃあ、そうあることじゃない。あんた面白い子だねぇ、ミリア」
「2回目の、人間……あぁ、そういう……」
ようやくオレはまともに息ができた。オレが向こうの世界から来たことを見抜かれたのかと思って、正直いまの今までまともに呼吸をすることすらできなかった。
しぜんと、オレの口から安堵のため息が漏れ出した。
オレが吐いた息は辺りに溶けて、緊張とともに身体から抜け出ていった。まるで、ぱんぱんに張った風船から空気が抜け出るかのように。
「ちなみに、ラーニャの前世は犬だったよ」ソニヤさんが言った。「だいぶと忠誠心の強いわんこだったみたいだねぇ、この子の場合は」
「わんこ……な、なるほど……?」
オレは隣にいるラーニャの顔を見た。ちょうどコチラを振り向いた彼女と目が合った。
「わんわーんっ」
ラーニャは軽く握った両手を犬の前足に見立てて、オレのほうに向かってわしゃわしゃと上下させた。まるで、ちっちゃい子犬が前足を動かすかのような仕草だった。や、かわいいけども。
占いをし終えたソニヤさんは、使い終わったサイコロをテーブルの端にどけた。
「まぁ、あんたは運がいいねぇ。これからも人に助けられるだろうよ」ソニヤさんが言った。「いちおう言っておくと、この占いは別に確定じゃないからねぇ。ミリア、未来が変わるかはあんたの行動次第さぁ」
「わたしの、行動次第……」オレは言った。
「そうさ。占いなんてのはそんなもんだよ」
「……」
オレはじっと黙り込んだ直後、まだソニアさんにお礼を言っていないことに気付いた。
オレは俯きがちだった顔をパッと上げた。正面にいるソニヤさんは片付けをしている最中で、彼女の手元にはいくつもの占い道具があった。
「あ、あのっ。ありがとうございました、占ってくださって……」オレは頭を下げた。
「はっは、あんたは本当に律儀な子なんだねぇ」とソニヤさんは笑った。「お礼を言うのはこっちさぁ。こんな面白い結果が出るのは久々でねぇ、こっちも楽しませてもらったくらいさぁ」
「いえ、そんな……わたしのほうこそありがとうございます。あのっ、また今度お代を……」
「いらないよ、そんなもん。あんたのお金はあんたのために使いなぁ」
「えっ。で、でも……」
「こんなお嬢ちゃんからお金もらうほど落ちぶれちゃいないよ。ほら、その子と一緒に買い物でもして来たらいいさぁね」
ソニヤさんは目線でラーニャのことを指し示した。彼女の視線の先にいるラーニャは、いつどおり太陽のような微笑みを浮かべていた。
「んっふふ〜。ね、だから言ったでしょお?」ラーニャが言った。「この村じゃ『みんなのため』がフツーなんだよぉ。だからね、ミリアも遠慮しなくていーのっ」
「そう、この子の言うとおりさぁ。あんたはもう少し図々しくなるくらいでちょうどいいねぇ、ミリア」
オレは2人から立て続けに嬉しい言葉を投げかけられた。とてもじゃないけれど、彼女たちの言葉を正面から受け止めるのは少し気が引けた。
オレはもう、たくさんの人からたくさんもらい過ぎてるから。
「あ、ありがとう、ございます……」
オレはお礼を口にするだけで精いっぱいだった。これ以上なにか言葉を発すると、ことば以外のものまでまぶたからこぼれ出そうだったから。
「はっは、べつに構いやしないよ」ソニヤさんが言った。「また気が向いたらおいで。次は割引価格で占ってあげようねぇ」
「あはは。ソニヤさん、結局お金とるんじゃあーん」ラーニャは笑った。
「初回無料ってだけさぁ。こっちも商売だからねぇ」
ソニヤさんとラーニャはお互いに楽しそうに笑っていた。オレは2人が笑っている姿を見るだけで幸せな気持ちになった。きっと、世界はこうやって回すものなんだ。きっと、きっと——。
オレは2人から占い以上に大切なものを教えてもらった気がした。
「さぁ、もうお帰りよ。日が暮れちまう前にねぇ」
ソニヤさんがイスから立ち上がるのと同じくして、オレとラーニャもまた一緒になってイスから立ち上がった。
「ありがとねぇ、ソニヤさぁん」ラーニャが言った。「今度また遊びに来るからね。次はお菓子も持ってくるから!」
「はいよ、楽しみにしてるさぁ」
ソニヤさんはゆっくりとした足取りでお店の奥へと向かった。オレはソニヤさんの姿が見えなくなる前に、もう一度だけ彼女にお礼を言おうと思った。
「あ、ソニヤさんっ。本当にありがとうございましたっ」オレは言った。「つっ、次は是非みんなでお茶でもしましょう。わたしもソニヤさんとお話ししたいですから……!」
「あぁ、待ってるよ。水の子」
そう言い残して、ソニヤさんはお店の奥へと消えていった。
お店の中に取り残されたオレとラーニャは、しばらくの間そのままその場に立っていた。ソニヤさんが最後に言い残した言葉が謎を残していった。
「……水の子?」
先に口をひらいたのはラーニャだった。彼女の頭のうえには小さなハテナが浮かんでいた。もちろん、オレの頭のうえにも。
「どーゆう意味だろーね、さっきの?」
「さ、さぁ、なんだろうね……」オレは言った。「さっき占いで水の女性のカードが出たから、とか……?」
「あぁー、そうかもぉ。たしかに水の絵柄だったもんね?」
「う、うん……」
オレはイマイチ腑に落ちない感じがしながらも、ラーニャと一緒にひとまず納得することにした。本人がいないんじゃ答え合わせのしようがないから。
オレとラーニャは一緒にお店を後にした。
もう外はずいぶんと日が傾いていた。どうやら、思ったよりずっと長くあのお店の中で過ごしていたらしい。
「ありゃ、もう日が暮れちゃいそうだねぇ」ラーニャが言った。「さっすがに、そろそろ寮に向かおっかぁ。門限の時間超えちゃったらマズいしさー」
「そ、そだね……ごめんね、いろいろ付き合わせちゃって」
「もぉ、まぁたそういうこと言う〜。ミリアは他人に気ぃつかい過ぎだぞぉ?」
「そ、そっかな。ごめ……あ、いや」
オレは途中で言葉を切った。今は謝罪の言葉よりももっと適切なものがある気がしたから。
「……ありがとう、ラーニャ。すっごく楽しかった」
ラーニャは今日いちばんの笑顔を見せてくれた。どうやら、オレの言葉選びは正しかったらしい。
「んっふふ、あたしもっ。すぅ〜っごい楽しかったよぉ?」
ラーニャはオレの手を引いて、とつぜん大通りを走り出した。オレはつんのめる直前で、何とか身体を持ち直した。おっとっと。
「ほら、帰ろ帰ろっ」
ラーニャの笑顔が地平線に沈みゆく西陽と重なった。眩しかったのはどっちだろう。オレはどっちの眩しさに目を細めたんだろう。
答えはどっちでも良かった。
「うんっ」
オレもラーニャと一緒に走り出した。こんなに気持ちよく走るのはいつぶりだろう。
きっと、この気持ちは彼女がくれた今日いちばんのプレゼントに違いない。あの太陽みたいな子がくれた一番のプレゼントに違いない。そうに決まってる。そうだと思いたい。
オレは先を行くラーニャに手を引かれる形で大通りを走った。
この子の笑顔が何よりも眩しいと思った。




