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青の一端

作者: 袖下片藍

 頭上で黄色に輝く太陽が、僕らを浮き足立たせている。

 台風一過の青い空に、「夏休み」の文字が浮かび上がってくるような気がした。


 「あ゙ー。やっと終わった。一学期。」

 

 悠輝の声を受けて、苦笑する。


 「ていうか、校長先生の話?マジで長かったもんな、あれ。」


 僕の言葉に、悠輝が頷いた。


 周りには日傘をさしながら歩く生徒がちらほらいて、日差しの強さを実感する。歩きながら握るハンドルも大分熱い。


 「ガチそれな。ケツ痛すぎてマジで死んだ。内容もしょーもなかったし。」


 その声に相槌を打ちながら、玲音が言う。


 「てか宿題見た?ガチ、頭おかしいだろあの量。」


 「見た。ほんとキモいわ、あれ。夏休み一ヶ月しか無い癖に。」


 そう言いながら、ふと目線を逸らすと、丁度、僕らの学校の銘板に差し掛かるところだった。


 ——県立黒谷高校。


 僕よりも、ずっと頭の悪い人が通う学校だ。


 本当なら僕は、もう二つ程頭の良い、私立高校に通うことができた。実際、去年の秋頃まではそのつもりだった。

 けれど、その年の冬、姉が急遽私立大学へ通う事を決めて、状況は一変した。


 僕の家は、少し低めの中流家庭—とお父さんに言われた—で、公立よりも金のかかる私立学校へ、同時に二人も通わせる程の資金は無く、僕は公立高校へ通う事になった。こういうとき、優先されるのはいつも姉だった。


 市外へ足を伸ばせば、その私立高校と似たような偏差値の高校へも行けたけれど、そこまでは自転車で一時間近くかかったし、無論電車は、親にひどく拒まれた。


 そうして碌な下調べもせず、自転車で程近い、この高校に通う事になった。


 とはいえ、ペダルを漕ぎながら三人で会話というのは中々難しいので、帰りは毎回、こうして自転車を押しながら帰っている。


 「な、お前ら夏休み何する。」


 悠輝が少し思案して言う。


 「やっぱ海行きたいよなー。」


 「は?彼女とかよ。ふざけんな!」


 「まだ何も言ってねーだろ。」


 彼が叫んだ。

 僕も言葉が弾んで、つい彼に食ってかかる。


 「てめえ彼女にばっかうつつ抜かしてんじゃねーぞ。」


 言ってから、はっとする。

 やってしまった。


 見ると、僕の言葉を受けた悠輝はぽかんとした顔になっていた。


 瞬時にひやりと、冷たい物が胸を撫でる感覚がしてしまう。

 僕は「ばーか。」と言って笑った。頬の筋肉が固い気がして、不安になった。


 語彙力の差は入学してからすぐに実感した。


 悠輝と玲音は、クラスで同じ班になった所で知り合った。

 最初はその二人だけかと思ったけれど、少しして、高校全体がそうなのだと気がついた。

 そして、彼らに合わせて話している内に、錆が移るように、自分自身の語彙力も減っている事にも。


 脳みその、使う範囲が少なくなって、無理に使おうとすると、キシキシと音を立てて抵抗する。錆の破片が飛び散って、レンチを握る手が汚れる。昔のように考え事ができなくなっていた。

 そうなると、面白いもので、視界までぼんやりとしてきて、更に彼らとの会話が際立った。


 芋蔓式に思い出してしまう。


 遂には、姉から言われた。「あんた最近馬鹿になったよね。」

 

 横を過ぎ去る車のエンジン音で、意識が戻される。近くのバイクから、夏の熱気と油が混ざったような、ガスの臭いがした。


 「——そうだぞ。ただでさえお前はウツツが少ないのに。」


 玲音が言う。


 「お前ぜってー意味わかってねーだろ。——な、お前も玲音に何か言ってやれよ。」


 「いや俺じゃなくて悠輝に何か言えよ。だってこいつ夏休み、彼女とばっか遊んで俺らとは遊ばないって言ってんだぜ。マジでクソだろ。」


 「だから言ってねーだろ。お前らとも遊ぶって。」


 「じゃいつ遊ぶんだよ。」


 悠輝は一瞬目を逸らして答えた。


 「それは彼女との予定決まってからで……。」


 それを聞いて、玲音はすかさず僕に詰め寄る。


 「ほらな、ほらな!こいつハクジョーモノだよまじで。」


 僕は二人の会話を聞きながら、また、思考に足を取られそうになるのを感じていた。

 ついに掴まれて、そのまま沼に引きずり込まれる。ゆらゆらと泥に揺蕩う。


 確か、あれは、姉と一緒に夕飯を作っていた時だった。団地の一室の、狭くて薄暗いキッチンの。青白い蛍光灯の下で、鍋の中の湯がぐつぐつと沸いていた。


 僕は話を続けながら、湯に塩を振る。


 「——で、麗奈の彼氏とのDM見してもらったんだけど、まじグロくて、」


 笑いながら僕は、パスタ麺をキュルキュルと捻って鍋の中に入れた。


 「俺らはかわいそーかなって思って言わなかったんだけど、結衣が『ヤリ目じゃん。』って言っちゃって、麗奈泣いちゃって。マジ戦犯だろ——」


 僕がそう言うと、あまり口を開かなかった姉が唐突に、話を遮って、言った。


 「あんた最近馬鹿になったよね。」


 「——は。」話の流れが、分からなかった。


 だが、姉は矢継ぎ早に続ける。


 「馬鹿になったよね。あんた。ゴイリョク無くなってない。前から馬鹿だったけど、更に馬鹿になってる。」


 知らない内に目を見開いていた。そうしてできた瞼の隙間から、白目の色が頭にまで流れ込んで来るような気がした。


 見ると、蓋の開いトマト缶を掴む姉の手には力が入っていないようで、少しづつ缶が落ちそうになっていた。開け口でちゃぷちゃぷと、ソースが踊っている。

 目線をずらすと真っ赤になった顔があった。


 「馬鹿な高校行って、いい成績取る訳でもなく、馬鹿になって、馬鹿な大学行くの。親から貰った金で。ふざけんな、ほんとに。」


 唐突な、姉の豹変した態度に頭が絡まる。

 どうして、姉は、今こんな事を言うのだろうと、必死に考えた。

 先程喉に詰まった声を引き上げる。


 「——急に、何。関係無くない、その話。」


 「関係無くない関係無くない。そんな馬鹿みたいな話してるから馬鹿になるんだよ。でもってどうせケラケラ笑ってうるさいんだよ。けらけらけらけら、けらけらけらけら。周りで勉強してる人に迷惑だって分かんないの。」


 本当に、どうすればいいのか分からなかった。断定的な発言に怒ればいいのか、話の流れに戸惑えばいいのか、口調に笑えばいいのか、本当に、分からなかった。


 姉の事は嫌いじゃなかった。今は分からないけれど、小さい頃は、優しい人だった。


 「本当に、馬鹿じゃないの。昔はもっと頭よかったのに。今はこんな、背も小さくてブスで。馬鹿じゃないの。」


 そう言って腕を小さく振った途端、姉の手から缶が落ちた。


 「あ。」パスタが、作れなくなった。


 姉もそれに気付いたようで、落ちたそれを二、三秒ほど見つめていたかと思うと、急に寝室に歩き出して、そのまま扉をぴしゃりと閉めた。


 その音を契機に、キッチンに耳が痛い程の静寂が落ちる。

 取り敢えずと、僕は落ちたトマト缶の中身を拭おうとティッシュを手に取り床に屈んだ。

 同時に深い溜息が出てしまう。床を拭おうとした手も勝手に止まる。


 今日の夜ご飯は抜きだろうか。それとも、何か残っている物はあっただろうか。


 どうにか、パスタ麺は使えないと主食が無くなると思うけれど、冷蔵庫の中を思い出してみると、おかずですら難しいかもしれない。


 体が重かった。今度は意識して溜息を吐く。


 床の掃除もそこそこに、僕はソファに身を投げた。

 このまま寝てしまって、全て昨日の事になればいいと思った。


 微睡む意識の中で考える。

 姉はどうして急にあんな話をしたのだろう。


 考えて、けれど本当はもう、答えは出ているんだよな、とも思う。


 きっと、姉があんな事を話したのに深い理由なん

                        ・ ・ ・ ・ ・

て無かった。僕が知らない間に、そういう人になってしまったというだけだ。


 姉はきっともう優しい人では無くなってしまった。


 そう思いながら、僕は微睡に意識を委ねた。


 ふと玲音と悠輝を見ると、二人とも、なんだか気まずそうな顔をしていた。


 何の話をしていたのだろう。僕は、先程二人が話していた内容を記憶の中から引っ張り出そうとする。


 すると、今まで地面を向いていた悠輝が、意を決したように口を開いた。


 「——あのさ、お前、」


 「腹減った。」


 悠輝の言葉を玲音が遮る。

 僕は拍子抜けして思わず聞き返した。「は?」


 「だから、腹減った。なんか食おうぜ。」


 言われて思い出す。そういえば、今日の学校は午前中までで、昼ご飯はまだ食べていなかった。


 「確かに、昼飯まだだもんな。どっかコンビニとか寄る。」


 「えー、俺飯はゆっくり食いたいタイプー。」


 「でもここら辺レストラン無いだろ。」


 玲音と二人で思案していると、悠輝が言った。


 「コエダは。道沿いにあったろ。」


 僕達は悠輝の言葉に驚愕する。


 玲音が戸惑いを隠さずに言った。


 「いやそれはそうだけど、コエダ?コエダって、あの、コーヒーの、コエダ。」


 僕も玲音の言葉に頷く。

 そう、僕も玲音もコエダ——帰りの道沿いにあるチェーンのカフェだ——の存在は知っていたけれど無意識に外していた。


 「いやコーヒーだけじゃ無いけどな。カツサンドとかあんだよ。」


 すると唐突に玲音が、何かに気付いたように悠輝を指差した。


 「分かった、彼女と行ったんだろ、。あーくっそ、ノロケかよ。お前今日その話題ばっかじゃねーか。」


 そう地団駄を踏む勢いで言った。


 「わりぃって。別にそんなつもりじゃねーよ。それで、行くの、行かないの。」


 「行くわ、くっそ。死ぬほどカツサンド食ってやる。」


 悠輝は「おー、がんばれー。」などと適当に返事をしながら僕に言った。


 「あっち、多分混んでると思うし、先行って待っててくんない。」


 そう言って悠輝は、件のカフェの方向を指差す。


 僕は了承して、自転車のペダルを漕ぎ出した。


 少しすると、アスファルトの荒い所に出て、その凹凸がカゴをカシャカシャと鳴らす。夏の風が制服をはためかせていた。

 

 不意に、先程の悠輝を思い出した。


 僕は空の青色に目を細める。


 どんどん、遠くなっていく。友達が、自分の知らない場所を行き来するようになって、遠くなっていく。


 このまま、いなくなったらどうしよう。

 友達が——自分の居場所が、無くなったらどうしよう。


 今日、あまり二人と会話できていないのも気掛かりだった。

 今も一人で自転車を漕いでいるし、先程だってしょうもないことばかり考えて二人の話を聞いていなかった。


 学校で、二人以外のクラスメイトと上手く馴染めているかと言われると、そうとは言えない。やはりどうしたって話が合わないので、少し相手をしているだけで疲れてしまう。まして、家でなんて——。


 思考が薄暗いキッチンに移行しようとしたので、そこで切り上げる。

 顔を上げると、例のコーヒー屋の看板がもう見えていた。


 自転車を駐輪場に停めて店内に入る。

 悠輝の言っていた通り混んでいるようで、受付用紙の近くでは何組かが順番待ちをしていた。

 僕もそれに倣って、受付用紙に名前を書き入れると適当な所でスマホをいじろうとした。何かのアプリを開こうと思ったところで指が止まる。

 スマホの画面には沢山のアプリが並んでいるけれど、そのどれも、開く気にはなれなかった。


 それもそのはずだ、と思う。そのアプリの大半は友達の付き合いで入れたものだった。


 どうしようもないので、適当にインスタのリールを流し見る。


 少しすると悠輝と玲音がやって来た。

 ドアベルが軽快な音を立てて鳴る。


 「うっわ、ほんとに混んでんだな。ちょっと意外だわ。」


 「待っててくれてありがと。後どのくらいかかりそう。」


 「俺の前にいた人達はほとんど呼ばれたし、もうすぐじゃないかな。」


 そこから他愛の無い話をして数分すると、順番がやって来た。

 店員に先導されて四人がけの席に座る。僕は隣の席に自分の荷物を置いた。


 「じゃあ、俺水取り行ってくる。」


 そう言って席を離れようとすると、悠輝が腰を浮かせて言った。


 「いや、たぶんウェイターさんが——。」


 そう言うが早いか、丁度ウェイターがやって来て僕らの席にお冷を置いて行った。

 僕はばつが悪くなって、椅子に座るとスマホをいじり始めた。いつもなら何か話すけれど、今はその気力が無かった。

 二人を覗くと、それぞれ同じくスマホを取り出している。


 落ち着いて店内を観察すると、レンガ柄の壁が目に入った。その壁のせいか窓の大きさのせいか、照明は充分にあるのに少し薄暗く、瀟洒な雰囲気を演出していた。

 意識すると、音楽が流れているのに気がついて、それが、僕らの間の静寂を際立たせていた。そこでふと、いつもお喋りな玲音まで黙っている事が気に掛かった。


 その時だった。


 「——あのさ、陸、なんかあった、」


 名前を呼ばれて、咄嗟に顔を上げる。見ると、目の前に座る悠輝が意を決したような表情で言っていた。

 視線を少し横にずらすと、玲音も同じような表情をして、僕を見ていた。彼も悠輝に続いて言う。


 「何かあった。今日、ずっとぼうっとしてるから。」


 ただでさえ、ばつが悪くてぼんやりとしていた頭を、ガツンと殴られたようだった。

 ばれていた。僕が今日、どうしようもない事をずっと悩んでいたことが。


 思えば腑に落ちる場面がいくつもあった。

 先程悠輝が、僕を先に店に来させたのもきっとそうなのだろう。その時に、玲音と打ち合わせたのだ。今ここで、僕にこの話を持ち出そうと。

 もしかすると、僕の様子に気付いたのは今日が初めてでは無いのかもしれない。ここ最近、僕はずっとこんな感じだった。

 だからこそ、二人はこんなにも身構えているのではないだろうか。


 思った矢先に悠輝が言う。


 「それとも俺らがなんかした。今日じゃなくても。なんかやなこと言ってたりした。」


 彼は僕の考えを裏付けるように言葉を続ける。

 それを聞いて、僕は気付いてしまう。

 ああ、あまつさえ彼らは、僕の行動が自分のせいなのではないかと考えているのだ。

 胸が詰まる感覚がした。


 自分の思いを打ち明けるべきかと悩む。

 きっと彼らは僕が打ち明ける事を望んでいる。けれど、こんな重い気持ちを伝えるというのは、僕らの関係が崩れる発端になりかねないのではなかろうか。


 僕は踏ん切りが付かず、言葉を紡ごうとして口を開き、しかしそれができずにまた閉じる、というのを何回かやった。

 それでも彼らは僕の言葉を待っていた。


 やっとのことで口にする。

 できるだけ、思いが届くようにと願いを込めて。


 「——ごめん、言えない。ごめん本当に。」


 二人は目に見えて落胆していた。当たり前だろう。二人がどれだけの思いで僕に話をしてくれたと思っているのか。

 二人の気持ちに応えられない事を辛く思いながら、僕は続ける。


 「でも、二人のせいじゃないから。本当だから、信じてほしい。」


 僕の声に何かを感じとったのか、悠輝が振り返って言う。


 「そっ、か。わかった。」


 「俺も。答えてくれてありがとな。」


 遅れて、玲音も言った。


 「うん。ありがとう。心配してくれて。」


 僕の言葉に安心したのか、悠輝がハッとして言う。


 「うわやば。俺らまだ注文してない。」


 悠輝の言葉で僕も気付いて、きまり悪く店内を見回すと、こちらをちらちらと見るウェイターが何人か目についた。

 玲音もその事に気付いたようで、声を上げた。


 「うわやばいやばいやばい。え俺じゃあ、カツサンド四人前。」


 「うっわお前マジで食うんだ。」


 店に来る道中そんな約束をしていたらしく、悠輝が反応する。


 「当たりめーだろ。お前ら食わねーのかよ。」


 僕はその場所にいなかったにも関わらず、巻き込まれているこの状況に失笑しながら、反論する。


 「食うわけねーだろ。四人前とか。アホかよ。」


 そこで玲音はにやりと笑って言った。


 「あ?ひよってんのかよ。そんなんだからひょろいんだよ、このもやし野郎が。」


 よりにもよってコンプレックスに言及された。


 ついむきになって言ってしまう。


 「はぁ?なんだよ、そんな言うなら、じゃあやってやるよ。てか、俺が痩せてるのは遺伝だから。」


 「んじゃ決まりな。」


 僕らのそんな様子を見て、悠輝が露骨に仰け反りながら言った。


 「うわコイツらまじか、ばかか。」


 そう言う悠輝に玲音が食ってかかる。


 「え、悠輝もしかしてやんないの。ノリわっる。」


 「え、はっ、いやそーゆー問題じゃないだろ。」


 玲音の言葉に僕も同調して、急かすように手を叩きながら言う。


 「ほらいいのかよ。ウェイター達が待ってるぞ。お前がカツサンド食わねーともっと待たせる事になるぞー。」


 「いやおかしいだろ……。」


 悠輝の様子を見て、玲音は少し思案して言った。


 「じゃ今日、お前の奢りな。」


 「は!?なんでだよ。」


 悠輝は目を見開く。その表情に、玲音は鼻を鳴らした。


 「ここ来る道で負けた人が奢りつっただろ。んでもって、じゃんけんなんかでも勝負に『出さなきゃ負け』だろ。」


 悠輝が脱力する。


 「屁理屈すぎる……。——ああ!もうわかったよ。やればいいんだろ、やれば。」


 「よし。じゃあ、全員参加な。」


 玲音はそう言ってしたり顔で笑った。


 悠輝が急いで卓上ベルを鳴らすと、ウェイターが飛んで来た。やはり僕らの事を待っていたのだろう。玲音がカツサンド十二人前を注文すると、ウェイターは死ぬ直前のような表情をしていた。本当に申し訳ない。


 カツサンド十二人前が届くと僕らは一斉に食べ始めた。とはいえ、十二人前もテーブルの中には入らないので、カツサンドを手に持ち、膝に置き、更にテーブルの上でタワーを作りながら食べた。


 「うわやばいムリかも吐きそう。」


 「吐くな気持ち悪りぃ。」


 「くっそ、だからやめようって言ったのに……!」


 そんな事を言い合いながら食べ進め、結果は、僕の惨敗だった。僕の残した一人前のカツサンドを悠輝と玲音が悲鳴を上げながら食べていた。


 そうして僕らは会計を済ませて店を出た。僕の財布からは一ヶ月分のバイト代が消えた。


 駐輪場に行き、停めてあった自転車に跨る。

 ふとスマホを見た玲音が言った。


 「やべ。もう十六時だ。俺今日塾あんだよな。——悪りぃ先帰るわ。」


 僕は、その腹で塾行くんだな、と思いながら玲音を見送った。

 彼が答える。


 「おー。陸もなんかあったら言えよー。」


 玲音はそう言い残して去っていった。


 「さて、俺らも帰るか。」


 悠輝はそう言うとペダルを踏み込んだ。

 ここからは漕いで帰るようだ。確かに、パッツパツの腹を抱えながら自転車を押して歩くのは僕も辛い。


 風を切ってまもなく、前を走る悠輝が何ともなく言葉を投げた。


 「さっき玲音と話したんだけど。陸は頭いいからさ、俺も玲音もわからない事が、陸には分かって、だからこう……うまく行かない事あるんだろうな、って。……だから……なんかあったら、俺にも、言えよ。」


 まだ涼しい風が僕の前髪を煽った。暖かくなった体温と中和して気持ちがいい。

 そう思った拍子、目が乾いて咄嗟に目を強く閉じる。その拍子につんと鼻が痛んだ。

 これは良くない、と僕は思って、けれど、口が勝手に動いていた。


 「俺ほんとは、坂枝高校とか、東ヶ丘高校とかも行けたんだよね。」


 「うおまじか。思ったよりも頭いいな。」


 僕が挙げた高校は、僕らが通う学校よりも、二十程偏差値の高い高校だ。


 悠輝が感慨深そうに言う。


 「そっか、そんなになのか。じゃあ俺、もしかしたら坂枝生だった奴といつも一緒にいるのか。……なんか偉くなった気分だわ。」


 僕は苦笑しながら言う。


 「俺が頭良くたってお前らは変わんねーだろ。」


 悠輝も笑いながら言った。


 「こういうのは理論じゃなくて感情なんだよ。彼女が言ってた。」


 「えきも。」


 「は、ふざけんな。かわいいだろ。お前も使っていいよ。」


 僕は笑いながら答える。


 「使わねーよ。」


 僕はこれから、何度も、この高校に進んだ事を後悔するのだろうな、とふと思った。

 きっと何度も後悔して、それでも、コイツらと一緒にバカになる事を選ぶ。


 空を見上げると雲一つない青が目についた。ずっとずっと遠くへ続いて行くような青だった。


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