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-fortune-  作者: イチマル
序章
6/11

1.5 星の眠る地

宿に戻ると、扉の向こうから賑やかな笑い声と、香ばしい匂いが漂ってきた。


扉を開けた瞬間、目の前に広がる光景に、アルフレッドは思わず立ち止まった。


広間の中央には長いテーブルが設けられ、山の幸がこれでもかと並んでいる。炙った川魚、茸のスープ、香草で包んだ獣肉の蒸し物──どれも素朴だが心のこもった料理ばかりだ。


その周りには大人も子どもも入り混じり、歓談に花を咲かせていた。


「おっ、お二人さん、帰ってきたな!」


グレインが大きく手を振って呼びかける。


「なんですか、これ……?」


「俺ら以外の旅人なんて久しぶりでな。


こうやって来てくれた人を囲んで、村のみんなで歓迎するのがこの土地の流儀なんだよ。


祭りってほどじゃねぇけど、賑やかだろ?」


「……ありがたいな」


思わず口元が緩むアルフレッド。カナメも微笑みながら頷いた。


テーブルにつくと、すぐに村の子どもたちが話しかけてくる。


宿の中は、まるで小さな祝祭のようだった。


旅人の来訪を歓迎する村の慣わしとはいえ、その熱気は思った以上だった。


「こっち空いてますよ!」


腰の曲がった老婆が、手招きしながら席を作ってくれる。


「こりゃあ、ツィンルーも久々に賑わうわい」


「ほら、こっちの蒸し肉は塩漬けにして一晩寝かせとる。柔らかいじゃろ?」


村人たちは次々と話しかけてきて、アルフレッドもカナメも座る間もないほどだった。


いつの間にか彼らの前には皿がいくつも並べられ、箸を持つ手が追いつかない。


「……なんか、すごいな」


「ええ、でも……嫌じゃないわ。こういうの、どこか懐かしい」


カナメが小さく笑う。彼女にとって“家族的な場”は決して多くなかった。


この場の温かさは、少し胸に染みる。


「食ってるかい?」


ツィール婆さんが大皿を抱えてやってきた。


「今夜はキノコがたくさん採れてね。あとで茸粥も出すよ。体があったまるからさ」


「助かる。……今日はちょっと冷えるしな」


食べながら、アルフレッドはぽつりと漏らす。


外の風は冷たくなりつつあったが、ここには灯と人の声があった。


「剣を使うって聞いたが……あんた、どこかの兵だったのか?」


振り返ると、屈強な体格の男が立っていた。肩には狩猟用の革鎧、腰には使い込まれた鉈。


「いや、兵じゃない。ただの旅人…といっても出てきたばかりだけどね…」


「そうか……俺はこの村で、若いのに狩りや護身を教えてる。ヴァルトって名だ」


「……村の守り人ってとこかな?」


「そんなとこだな。」


ヴァルトは豪快に笑い、続ける。


「もし良けりゃ、明日軽く手合わせしてみねぇか? 他所の技を見られるのは、めったにないことだからな」


「……望むところだよ。力加減は頼むぜ?」


「そりゃお互い様だろ?」


二人の間に、静かな火花のような空気が走る。


それを察したのか、近くで遊んでいた子どもたちが騒ぎ始めた。


「えっ? 明日、ヴァルトさんと勝負するの!?」


「旅の人、剣使えるんでしょ? どっちが強いのかなぁ!」


「すごい、剣の勝負なんて初めて見る!」


「明日、絶対見るー!」


無邪気な歓声が広間に広がり、大人たちも苦笑しながらそれを見守っている。


「ふふ、すっかり見られてるわね、あなたたち」


カナメはその様子をちらと見て、微笑んだ。


「男の人って、本当にそういう時だけわかり合えるのよね」


「まあ……言葉より動きのほうが、伝わることもあるからさ」


宴の喧騒の中で交わされた、ささやかな約束。


明日のメインイベントは決まった。


宴がひとしきり盛り上がった頃、広間の入り口に静かな足音が届いた。


ふと気づいたカナメがそちらを見やると、杖をついた老人が一人、扉の外に立っていた。

 

「おお、ヤール村長……」


村人たちが次第にざわめきをやめ、自然と道が空けられていく。


村長は、ゆっくりと中へ入ってきた。


「皆、賑やかでなによりじゃ」


そう言って、優しく目を細める。


「お主も、席にどうぞ」


ツィール婆さんが椅子を持ってくると、ヤールは小さく頭を下げて腰を下ろした。


「……今夜は、良い火が灯っておる。遠いところから来た者が、こうして囲まれておる姿を見るのは、嬉しいものじゃな」


アルフレッドに一瞥を送り、柔らかく微笑んだ。


「昼にも話したが……風も火も、巡っておるようじゃ」


「……はい」


アルフレッドは少し照れたように頷いた。


「ヴァルトとも、何やら言葉を交わしたと聞いたが……まあ、無理はせんようにな」


その言葉に、周囲の村人たちがまた笑い声を漏らす。


「ほら見てみい、村長ももう知ってるぞ」


「どこまで話が早いんだか!」


宴は再び笑いに包まれた。



湯気の立ちこめる広間で、ひとしきり笑い声が落ち着いた頃。


ヤールが椅子の肘掛けに手を置き、ふと呟いた。


「……この地にはな、“星が眠る”と言われる場所がある」


誰ともなく静かになり、子どもたちも菓子をつまむ手を止める。


「それは遥か昔の話。空から“星”が落ちた。大地は裂け、風は止まり、水は枯れ、火さえも暴走した。


巡りという巡りが、ひとときすべて乱されたのじゃ」


人々の表情が、次第に真剣な色を帯びていく。


「だがな――その混乱の中で、人は祈った。


風の通り道を清め、土を耕し、水を引き、火を灯した。


互いを信じ、助け合い、小さな巡りをひとつずつ、繋ぎ直していった」


ヤールの声には、どこか優しさと誇りが滲んでいた。


「なかでも伝わるのが、“勇者”と“巫女”の話だ。


それはこのフローラ大公国の、遠い始まりの物語でもあるのだよ」


周囲にいた大人たちも耳を傾け始め、子どもたちは膝を抱えて静かに座り直す。


「昔むかしのことじゃ。

この地に、“星”が落ちた夜があったそうな。

空は裂け、光の柱が天を貫いて、地の底まで届いたという。


そのときじゃ――

大地はひび割れ、風は吹かず、水は濁り、火は暴れ出した。

巡りという巡りが、すべて乱れた。


人は動くことも、祈ることもできず……

まるで世界そのものが、ひととき息を止めたかのようだった」


ヤールの声はどこか遠くを見つめていた。


「そんな中に、ひと組の兄妹がいたんじゃよ。


兄は、名をレニオス。

剣を携え、荒れ果てた地を切り拓き、

命を守るための砦を築いた。


妹は、名をフローラ。

杖を手に、人の祈りを導き、

濁った巡りの中に、小さな光をともした。


兄は剣と紋章、

妹は杖と杯――

力と祈り、意志と希望、それぞれ異なるものを手にしておったが、

目指す先は同じじゃった」


焚き火の火が、ぼんやりとアルフレッドの顔を照らす。


「二人は、星の落ちた中心にある山へと向かった。

風に吹かれ、火に焼かれ、水に浸かり、土にひざまずき……

巡りのすべてを通って、ようやくその頂に立ったのじゃ。


そこで兄は、空に剣を掲げた。

妹は、地に杯を捧げた。


天に力を、地に祈りを――

そのとき、ようやく巡りは、静かに、優しく、戻ってきたんじゃ」


ヤールは静かに目を閉じて、ひと呼吸おいた。


「それからじゃ。

兄の砦を中心に人が集まり、大公国となった。

妹の祈りは信仰となり、フロル教が生まれた。


兄レニオスは国を護る大公となり、

妹フローラは祈りを導く教皇となった。


剣が民を守り、

祈りが巡りを支えた。

その両輪によって築かれたのが、わしらのフローラ大公国よ。


―そしてな、星の祈りが届いた霊なる山、霊峰レニオス。


兄と妹が最後に辿り着き、巡りを結び直したその山は、

今も静かに、空を見上げてそびえておる。


その麓に、我らのガーヴ村はある。


小さき村ながらも、巡りのはなに位置する、

“始まりの地”のひとかけらじゃよ」


焚き火がぱちりと音を立て、子どもたちの目が丸くなる。


「巡りとはな、一方通行ではない。

風は揺らぎ、火は燃え、

水は流れ、土は重なる。


それぞれが支え合っておるから、巡るのじゃ。


力がある者が、祈りを捧げる者を護り、

祈りを捧げる者が、力ある者の導きを信じる。

そうして、ようやく……“国”というもんは立ち上がるんじゃよ」


語り終えると、広間に静かな余韻が広がった。


アルフレッドの視線が、焚き火の奥に吸い込まれていた。




夜更け。


宴はその後、語りの余韻と共に御開となった。


部屋に戻り柔らかな毛布の中で目を閉じながら、アルフレッドは村長の語りを思い返していた。


星が落ちた夜。

剣と祈り。

大公と教皇。

巡りの物語。


…どれも、自分には遠い話に思えた。


大きなことすぎて、まるで実感が湧かない。

ただ、ひとつだけ。

兄妹が肩を並べて歩いたという、その姿だけが、なぜか心に残っていた。


(……いいな)


 そんなふうに誰かと歩けたら。

 そんなふうに、誰かの隣に立てたなら。


眠気が少しずつ意識を溶かしていく。


世界の大きな物語も、自分のささやかな想いも、境目なくぼやけていく中で――


風がそっと、窓の隙間から吹き込んだ。

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