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-fortune-  作者: イチマル
序章
5/11

1.4 導く土地

四日目の朝、空は高く澄み、冷たい風が草の海を撫でていた。


 彼らは小道の入り口で立ち止まり、深く呼吸を整える。


 山裾へと続く道は、昨日までの草原とは違い、木々が密度を増し、陽射しもまばらに揺れていた。


 乾いた土の匂いに、時折、野生の気配が混じる。


「……ここから先、少し斜面が増えるぞ。荷車はゆっくりだ」


 グレインが馬の手綱を引きながら、仲間たちに声をかける。


ニオは頷き、馬の鼻先に注意を向ける。馬は警戒して耳を動かし、地面の匂いを嗅いでいた。


「昨日の狼は、たぶんこの辺りで狩りをしてたやつの一部だと思うが……これは違うな」


アルフレッドが剣の柄に手をかけながら呟いた。


その言葉を裏付けるように、灌木の向こうから低く唸るような声が響いた。


突如、茂みが割れる。


現れたのは、毛並みに苔をまとったような異様に大きなイノシシの魔獣――ハガネツノシシだった。


金属質の突起を持つ額と、鋭く反り返った前足の爪。それはまるで、鎧をまとった野獣のようだった。


「突っ込んでくるぞ!」


アルフレッドが前に出て剣を抜く。


だが、その重厚な突進に体ごと弾き飛ばされる。


「っ……!」


地面を滑るようにして受け流し、すぐに反撃の構えに移る。


だが、直後――二体目が姿を現した。


「――《澪環》!」


カナメの声が響き、水の輪が前方に展開される。


二体目の突進が水の壁にぶつかり、波紋を広げて勢いを削がれる。


その隙を逃さず、アルフレッドが横から一閃。


重たい刃が魔獣の首筋に深く食い込み、鉄を断つような音と共に崩れ落ちた。


もう一体には、グレインが斧を構え、正面から受け止めるように立ちはだかった。


鈍い音と共に斧と突進がぶつかり合い、土煙が舞う。


「っ、重てぇな……! アルフレッド、今だ!」


グレインの踏ん張りが一瞬の隙を作り、そこにアルフレッドが走り込む。


「――もらった!」


鋭い斬撃が横から入り、魔獣が断末魔を上げて崩れ落ちた。

「終わったか……」


 息を整えながら、アルフレッドが剣を収めた。


 軽い襲撃ではあったが、山裾の獣たちは草原よりも動きが読みにくい。


「ニオ、大丈夫か?」


「はい。トールグリムも落ち着いてます。これくらいなら……」


 その顔はやや強張っていたが、声には確かな芯があった。


 


 そこから先の道は、徐々に傾斜を増し、石と苔に覆われた坂をゆっくりと進むことになった。


 陽が登るにつれ、霧は薄れ、木々の間から射す光が、進路を導くように差し込んでいた。


 昼近く、彼らは最後の尾根を越えた。


 その向こうに、ようやくガーヴ村の輪郭が姿を現す。


 山の懐に抱かれるように広がる、小さな集落。


 石を積んだ塀と、斜面に並ぶ木造の家々。その間を水路が走り、川沿いには干し草の棚が並んでいた。


「……見えた」


 ニオの声に、皆が歩を緩める。


 グレインは馬を落ち着かせ、最後の坂を慎重に降りた。


「ラステル便か! 待ってたぞ!」


 陽焼けした男が手を振りながら近づいてきた。


「おう、グレイン。道中はどうだった?」


「まぁ、いつも通り……ちょっと狼や猪とぶつかったが、こいつらがいて助かったよ」


 グレインはアルフレッドとカナメを軽く指す。


「そいつは何よりだ。村も最近、少し落ち着かなくてな。助かる」


 

護衛の目的地、ガーヴ村に到着した一行。


「とりあえず、任務完了、ですね」


「そうだな」


 アルフレッドが荷車の端に腰かけ、空を見上げた。


 澄んだ空は高く、遠くの山影を柔らかく包んでいた。


「……帰りも、頼むぜ?」


 グレインが茶を差し出しながら笑う。


「もちろん。だけど、今日と明日は少しゆっくりしたい」


 ニオが疲れたように笑い返す。


「宿の予約はしてある。今夜はそこで休もう」


「私は村の祭祀所にも用があるから、少し抜けるけど……また、明日には戻るわ」


カナメはそう言って一行と別れ、村にあるであろう祭祀場へと行った。



宿屋の裏手で、荷馬車の帆をたたんでいたグレインが、ひと息ついたタイミングでアルフレッドに声をかける。


「さて、と……。今から二日ばかし自由時間ってことになるな」


「……荷下ろしと積み込み、そんなにかかるの?」


アルフレッドが不思議そうに尋ねると、グレインは肩をすくめて笑った。


「ガーヴ村の連中は悪かねぇが、作業はのんびりだ。加えて、こっちが積んで帰る分もいろいろある。山の幸は一通りだし、交換品の計算も要るしな。ツィール婆さんとこにいるうちは安心しな」


「なるほど……村とのやりとりも含めて二日かかるってことね」


アルフレッドはその会話を聞きながら、小さく頷いた。


「おうとも。命張って護衛してくれたんだ、休んで当然だ」


そう言いながらグレインは、荷台の奥を覗き込んで一つ一つ丁寧に確認していく。村人との受け渡しも含め、彼にとってはここからが仕事の本番だった。


一方、アルフレッドは、宿の前に戻り、村の景色を改めて見渡した。


山の緩やかな裾野に沿って広がるガーヴ村は、木造の家々が点在し、どこか懐かしい匂いが漂っていた。石畳の通りを歩く人々の足取りは穏やかで、遠くの谷からは川のせせらぎも聞こえてくる。


「草原よりも湿り気があるな。風の質も違う」


アルフレッドは深呼吸しながら言った。


その時、宿の扉が音を立てて開いた。


「おやまあ、よう来たねぇ」


顔を出したのは、銀髪をきちんとまとめた小柄な老婆――宿屋ツィンルーの女主人、ツィールだった。


「グレインから話は聞いとるよ。今夜から数日、ゆっくりしてっておくれ」


「ありがとうございます。お世話になります」


アルフレッドが軽く頭を下げると、ツィールはにこにこと笑いながら手招きした。


「ほらほら、そんなにかしこまらんでも。疲れとるやろ、まずは湯でも沸かしてあげるよ。夕餉には山菜の煮物でも添えておくからね」


「あ、それは楽しみだ」


思わず笑みをこぼす。


こうして、護衛の目的地――ガーヴ村へ無事に到着した。


それぞれが荷を下ろし、ひとときの自由を得る。


 木造の家々が山の斜面に寄り添うように並び、軒先では干された山菜が風に揺れていた。


 護衛任務を終えたアルフレッドは、ひとりで村を歩いていた。何をするでもなく、ただ歩く。旅の疲れをほぐすように。


 


「……こんな雰囲気いいな」


山裾の豊かな緑と綺麗な水の流れが癒される。そう感じながら辺りを散策する。


 小道を折れたその先。細い路地の突き当たりに、崩れかけた庇の家があった。


 看板には小さく、《古道具屋 コルネ》と書かれている。


 

 扉を押すと、鈴の音もなく、静かな空気が迎えた。


 棚には煤けた薬瓶、歪んだ鍋、欠けた剣の柄。何が売り物なのかすらわからない。

 


「ん……? おい、勝手に入るなよ。客か?」


 奥から現れたのは、ひょろりと背の高い爺さん。髪も髭も白く、手には巻かれた包帯。


 目だけがぎょろりと光っている。


 

「ああ、見てるだけ」


「そりゃ結構。買うもんねぇけどな」


 爺さんは棚の上の茶碗をどかしながら、ふと箱の中から何かをつまんで放った。


 コト、と棚の上に転がったのは、くすんだ赤色の石。手のひらに収まるほどの大きさで、どこか煤けたガラスのようでもあった。

 


「これ……?」


「ああ、それ? 火晶石の欠け。力なんぞ抜けちまってるし、ただの飾りだ。いや、飾りにもならんか」


 

 アルフレッドは石を手に取った。少しザラついた感触。


 けれど、掌に収めた瞬間、かすかに――指先が温もりを感じた。

 


「……なんだ?」



「ん? 別に燃えやしねぇよ。そこらの岩に毛が生えた程度さ。欲しけりゃ持ってけ。捨てるのもめんどいし」


 爺さんはすぐに興味を失ったようで、別の箱をひっくり返してゴソゴソやり始める。

 


 アルフレッドは小さく礼を言って店を出た。


 ポケットに石を滑り込ませる。その間にも、手のひらの余韻だけが、ほんのりと残っていた。


 

「……捨てるのも面倒ってわりに、なんか、悪くないな」


 空は少し赤みを帯び始めていた。


 火晶石――ただの欠けた石。でも、火の気配を持つ何か。


 旅の中で拾った初めての“道具”にしては、悪くない手触りだ。


―そう思った。



コルネの爺さんと別れて再び散策をする。

木々の合間を縫って、ひと筋の小道が伸びていた。

 草に覆われた細道の先には、苔むした石碑と、古びた柵。風がそよぐたび、柵に吊るされた木札がわずかに揺れる。


 《立ち入り禁止》


 その文字が日焼けと風雨でかすれながらも、なお凛としていた。


「……あれは?」


 その場に足を止めていたアルフレッドの背後から、静かな声が届いた。


「お主、グレインの客人じゃな。アルフレッド殿と聞いた」


 振り向くと、斜面の上から杖をついた老人がこちらを見下ろしていた。

 薄い灰色の羽織に、長く流れる白髪――村の長であることは、言葉より先に風格が語っていた。


「ええ。旅の護衛で来たばかりです。……気になって、つい」


 アルフレッドが視線を戻すと、老人もゆっくりと近づいてきた。

 そして、静かに言った。


「ここから先は、立ち入り禁止じゃ」


「何か、危ない場所なんですか?」


 村長は首を横に振った。


「違う。“神聖な”場所じゃ。……“星の宮”と呼ばれておる」


 どこか、遠くを懐かしむような声音だった。


「星の宮……?」


 村長は前を見据えたまま、静かに語る。


「あの場所には、“四つの巡り”の気が集う。

 風が吹き、火が灯り、水が流れ、土が根を張る――それが揃わぬうちに、あそこに立ち入ることは許されぬ」


「……揃うって?」


「自然の巡り、時の節理、そして心の節度。

 それらが整うとき、“星の宮”は再び語りかけてくる。

 我らはその時を“護る者”じゃ。乱さぬよう、焦らぬよう、土のように根を張り、ただ待つ」



「―そんなに大事な場所、ただ守るだけって…もどかしくないのか?」


 アルフレッドの問いに、村長はふと笑った。


「若いな。だが、それも良い。

 お主のような者が来ることもまた、“巡り”の一つ。火は前に進みたがるからな」


「……火?」


「お主の手に、そういう気があった」


 アルフレッドは無意識に、昼間貰った火晶石をポケット越しに触れた。


「火は灯り、風は導き、水は包み、土は支える。

 そのすべてが揃ってこそ、“星の宮”は目を開く。

 今はまだ、すべてが揃ってはおらぬ。だからこそ、我らは護る」


「――わかった。勝手に入ったりはしないよ」


「それで良い。……星は見えぬ時にも、空にある。

 火も、土も、水も、風も。すべては巡っておる」


 その言葉を背に、アルフレッドはゆっくりと坂を下っていった。



 振り返れば、山裾の空に、星が一つ、滲むように瞬いていた。気が付けば辺りは星が見えるくらいの薄暮れになっている。



「宿に戻るか…」



今日は山の幸を幾らか堪能できるかと期待し歩を進めていくととある建物の前にカナメが立っていた。



「…」



「お祈りかい?」



アルフレッドが声を掛ける。



「ええ、巡りに感謝するのが信徒としてあるべき姿だから。」



「立派だな。 俺は…よく分からないけど」



「貴方はそのままでいいと思う。たぶん…」



神妙な面持ちでカナメは呟く。



「…なんで? そのままでいいの? 熱心な信者が増えた方がいいんじゃないの?」



「信じることは強要するものじゃないわ。


自分がそうしたいと思った時に、自然とそうなるものよ。」



「……そんなものなのか?」



「今の…私の言葉を聞いてどう感じたか。


その問いを抱く事が"信じる"事の始まりよ」



分かるようで分からない。だけど何処か真理を突いたような響きが心に留まる。



カナメの言葉に、思わず目を伏せた。


気が付けば自分の顔が妙にこわばっている。



胸の奥で村長の言葉がゆっくりと蘇る。




「火も、水も、風も、土も…全ては巡る…か」



カナメは驚いたように目を見開き、直後に少し微笑んだ。




「…そのとおりよ。じゃ行きましょう。」




結局、それが何だったのかは分からなかった。


けれど、その余韻だけは…胸の奥に残っていた。




アルフレッドは静かに、カナメの背を追った。



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