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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もしも世界的スターに嫌われたらあなたは世界から向けられる冷たい目に耐えられるか?

作者: ヒロモト

確かに30年前のあの試合。ありゃあ伝説だよな。

俺も当時はまだ右腕のエースとして……エースと言えば聞こえはいいが、本当は結果が出なくて死にたいぐらい悩んでいた。

人気がないからグッズも売れない。

遠慮の無いネットの批判の声……。

年を取った両親。育ち盛りの子どもたち……どうしようどうしようと。


俺の話はいい?カツィーの話?

だろうね。

わざわざ日本の記者が韓国まで俺の話を聞きに来ないとは思ったけどね。


202◯のメジャーVS釜山◯◯ズの世紀の公開イジメな。

チャリティとはいえ辛かった。

オータニ、アクーニャ、デラクルーズ、ジャッジ。トラウト、ベッツ。

監督はボンズだ。

とりあえず「人気のある選手を一番から9番までぶち込んどけ!」ってドリームチームの対戦相手に俺達韓国プロリーグのチームが選ばれた。

6回コールド。18対1。笑うよな。


おっと聞きたいのはカツィーの話だろ?


カツィーは韓国リーグに助っ人として来たジャマイカ出身の元メジャーリーガーだった。

打率2割台前半 。ホームラン12 。足も早くなかったし、助っ人にしちゃなんとも言えない成績だ。

黒淵メガネで成績だけじゃなく顔も地味。

このチャリティ試合で引退も発表していた。


カツィーの第1打席。あの大ブーイングは忘れられない。

カツィーは予告ホームランをしてみせた。

ベンチにいるオータニにだぜ?

先発のタリクの方は一切見ない。

カツィーは大きく目を広げて下唇を突き出していた。


怒ったタリクがどうしたかはあんたも知ってるだろ?160キロ台のストレートを3球。ボールがミットに突き刺さってからの空振り三振。ふり遅れで転んで倒れたカツィーには観客席からゴミを投げられた。

オータニは冷たい目をしてたなぁ。

「興味ないね」って感じ。


一回裏。オータニの打席。

大歓声の後に大ブーイング。

オータニのホームランを警戒して俺を含めた守備はみんな後退していたがサードのカツィーは『ゲッツー体制』。

前に出やがったんだ。

それでオータニを見てまたあの顔をした。

オータニの表情はますます冷たくなった。

いやね。監督には「カツィーは今日で引退だし。チャリティだから自由にやれ」と言われていたけどそれにしてもだろ?

そこからオータニのホームランを皮切りに打者一巡したよ。

カツィーはオータニの打席だけ前進守備をしたんだ。

俺が止めなければオータニの目の前まで歩いていったと思う。


3回。2回目のカツィーの打席。懲りずに予告ホームラン。

ピッチャーはスアレスに変わっていたが、カツィーは相変わらずオータニを見ていた。

メジャーリーグって映画知ってるかい?

ラストシーンで主人公が予告ホームランからセーフティバントするんだよ。

チームは優勝。感動のエンディング。


カツィーはそれをした。

現実は映画のようにはいかない。

キャッチャーが投げた球がカツィーの背中に当たってカツィーは守備妨害でアウト。

ボールを当てられてあんなに観客が湧いたのはベースボールの歴史で初めてじゃないかな?

カツィーは痛みに悶絶しながらもオータニを見ていたよ。


6回。俺達は合計18点取られて。

観客も(そろそろ可哀想だぞ)と思い始めたが、カツィーの3回目の打席でのブーイングは容赦なかった。

ピッチャーはオータニ。

悪役とスーパーヒーロー。チャリティ試合のラストにはピッタリなシチュエーションだろ?


三度目のカツィーの予告ホームラン。


オータニの表情は冷たすぎてもはやデスマスクのようだった。

一球目剛速球。ふり遅れて空振り。

二球目高速のカットボール。なんとファールチップ。

カツィーはまるでホームランを打ったかのように『やったぞ!』と絶叫した。

『神よ!』と天を仰いだ。

『私の勝ちです!ありがとう!』

普通の試合なら退場だ。


俺。この時にカツィーと目があったんだ。

カツィーは『ホームランの目』をしていた。

シーズン通して彼がこの目をした時は高確率でホームランだった。

澄み切ったベースボールを始めたばかりの少年のような目。


逆にこの時のオータニの表情を拡大して見てみろよ。

ほんの僅かに眉間にシワが寄っている。

『チッ』って聴こえてきそうだ。

3球目。オータニには欲が出たんだと思う。

『空振りをさせたい』って欲が。

チェンジアップ。

っても145キロだったらしいね。

速球を空振りばかりしていた男が速球にやや目が慣れた。

そんな時に20キロ近く急速を落とされたら……普通空振りだと思うよな。

竜巻のようにクルクル回って転んで……。


とはならず打球はライトスタンドへ。

はははっ!すまんすまん!思い出すと今でも笑える!

メジャーリーグの大スターが揃った試合。数万の観客。ホームラン。

それでたっぷり5秒は時が止まったよな。

誰もが口を開けてポカンとしていた。

この場所で沈黙なんてありえるかよ!ははははっ!

分かるか?カツィーはオータニにこのスローボール1球を投げさせる為だけに道化を演じて味方も観客も全員騙してみせたんだ。

大ブーイングを浴びながらたった1人!たった1球のためにね!この試合。最初から最後までカツィー劇場だったな。


カツィーがホームインしたのと同時だったよな。観客を交えた大乱闘になったのは。

キッカケは忘れたよ。

警備や通訳も参戦したよな。

みんなカツィーにキレていた。

今だから言えるけど。オータニも手は出しちゃいなかったが、カツィーが殴られた時は少し嬉しそうだったよね。

そこで強制的に試合終了。記録はコールドゲーム……。



なんやかんや言ったが俺はカツィーを心から尊敬している。

当時のオータニといったら日本人にとっては神に等しい存在だったろう?

オータニに嫌われたら少なくともアメリカと日本では生きていけない。

インターネットの世界ですら居場所は無くなる。


ここから先はあんたらは知らないだろうから教えてやる。

俺はカツィーに聞いたんだ。


「よくもあんな卑怯な真似を。君は嫌われるのが怖くないのか?」って。


彼は答えてくれた。


「私とオータニが同じレベルなら卑怯だろう。だが彼と私には大きな力の差があった。力の差を心理的策略で埋めようとするのを私は卑怯だとは思わない。テコンドーはどうだ?力の差がある相手にはただ無抵抗にやられるだけか?私なら風邪を引いたふりをして心配されたところを蹴るね!弱者が圧倒的強者に勝つための知恵を笑う世界などクソ喰らえだ!まぁ明日から街を歩くたびに石を投げられる事は確定したね。何より私は若くて格好良くて未来あるスターなオータニが大嫌いだ。どうしても彼からホームランを打ちたかった。嫌いなものを嫌いと言える自由を捨てるつもりはない。それは誇りと同じぐらい大事だろ?」


カツィーは現実からもネットからも嫌われる覚悟であのホームランを打った。

それはワールドシリーズチャンピオンになるぐらい難しい事だろうよ。

俺は弱者の勇気と嫌われる覚悟を見た。


オータニは30年経った今でもレジェンドでカツィーはジャマイカのガソリンスタンドの冴えないじいさんさ。

カツィーの店は今だに時々オータニファンからの嫌がらせを受けているよ。


日本から来た兄さんよ。

この話を記事にするなら彼の勇気と誇りについてちゃんと書いてくれよ。

弱くて嫌われてる人間にだって勝とうとする権利はあるし勝つ権利もある。


あのホームランで勇気をもらって命を救われた奴らもいるだろう。


「そんな奴いるのか?」って?


日本人は頭がわる……硬いね。


最初に言っただろうよ。


俺は『死にたいぐらい悩んでた』ってさ。


さぁて。明日は婆さんとデートでね。

そろそろ帰るかな。


アンニョン イケセヨ








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