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第九十九話 魔の手

「暇ですわね〜」


 少し時間は遡り、任命式開始直後。ディヅィに苦戦した罰とのことで、サファイアと桃月は拘束されているディヅィの監視を任せられ……否、ゼロに命令されていた。

 と言っても、ディヅィは暴れるでもないし話しかけてくるでもないし、ただただ独房内で沈黙しているだけだ。

 何かないと面白くない。桃月も、喋らない……


「仕方のないことですけれどね」


 魔神獣に復讐するために。そのために、桃月はサファイアへと自我を譲渡した。今の桃月は人形に過ぎない。

 だが、それだけではない。桃月の復讐対象は、魔神獣だけではないのだ。あの日、姿を現した蜘蛛。桃月の仲間を殺害し、幸せを奪い、嘲笑うようにして消えた蟲。

 サファイアを守るために、自我をサファイアに譲渡する契約を使った。桃月は、あの蜘蛛からサファイアを守るために


「考え事の最中、申し訳ございません。少々お時間いただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 まず、気配がなかった。次に、遠慮がなかった。

 頭部に巻いたスカーフと雑なサングラス。丸見えの外付け変声機が喉に取り付けられている。特徴的な一対の三日月状のブレードは桃月の身長ほどもあり、血塗れだ。

 そして、なんと言っても特徴的なのはそのメイド服。スカーフも相まって、掃除中のベテランメイドのような……


「あ、失礼致しました。私の名前は……えー……流石に本名は言えませんので、カスタネットとしておきましょう。叩けば鳴る点は同じなので、多分セーフのはずです」


 ガキン! と音を立てて、ブレードを二つに分割する。両手にひと振りずつ握り、刃をライトで照らす。

 ジャラリと音を立てた鎖は、メイド本体を跨いでブレードを繋げている。カスタネットと名乗ったこのメイドは、礼儀正しくお辞儀しているが、殺意を隠しきれていない。


「ディヅィ・エフェクト。【楽爆】の遺産だと聞き及んでおります。どうか、譲り渡していただけないでしょうか」


 思考する。こいつは何を言っているのか。

 まず、提案に対する答えは絶対にNOだ。今後ディヅィが牙を剥く可能性も考えて、彼女を放流するというのはどう考えても有り得ない選択肢。認めることは出来ない。

 そして、もう一つ。【楽爆】の遺産?


「……【楽爆】はまだご存命でしょう? あなたは何を言っているのです。タイムスリップでもしてきましたの?」


「おや、かのエスティオンもご存知ありませんでしたか」


 ブレードがメイドの周囲を回転しながら、風切り音を立てる。サファイアと桃月も戦闘態勢に入った。

 結果として。ディヅィ強奪が目的であるメイドと、メイドの殺害が目的であるサファイアたちとでは、達成難易度にかなりの差がある。ディヅィはメイドに奪われた。

 大失態だ。サファイアは、今度こそゼロに何かしらの肉体的な罰を与えられるかと思ったが……一つだけ。

 特大の情報を掴むことが出来た。


「【楽爆】は死ぬ。憎悪は、かの魔人をも殺す」


 ――――――


「連絡がつかないと思ったら、そういうことか!?」


 ゼロにシバかれ中のサファイアから得た情報だ。ディヅィを奪ったメイドによると、【楽爆】はもう死ぬのだと。

 エスティオンと関わらない宣言をした【楽爆】だったが、黄燐は個人的な付き合いを続けたいと思って、アンタレス経由の連絡を送り続けていた。しかし、返事は一向にない。

 別に、だからといって何か問題がある訳ではない。弱体化の始まっている【楽爆】は、味方だろうと敵だろうと対した影響は及ぼさない。だが、まさかあの【楽爆】が……


「死ぬ……殺すと言ったんだな。だとしたら、クソ……!」


 黄燐の頭をよぎる、最悪の可能性。

 見たくない、そんな光景。【楽爆】は友だ。何度殺そうとしたか分からないが、それでも友なのだ。彼の死など見たくはない。彼にはいつまでも笑っていて欲しいのだ。

 そして。


「師匠……【融滅】! もう、殺す気なのか……!」


 師が、友を殺してしまうなど。


 ――――――


「もう力のないジジイだぜ。何する気だ嬢ちゃん」


「はっ……笑ワせる。何がジジイだ、狂人め」


 瓦礫の山、塵の山。およそ人が住めそうにない場所だったが、【楽爆】の拠点はそこだった。もう随分と世話になったていた、ディヅィの修行場所でもあったのだが……

 たった今、屍肉の蛇に全て呑まれた。そして、蛇を使役する者に殺されかけている。首に、刃が添えられている。


「傍虎絆との試合は、特に影響はナかったようダが。随分と焔緋軌光に痛めつケられたみタいじゃないカ」


「だからジジイだっつってんだ。自然死を待て自然死を」


「……ワタシの復讐は! 貴様を殺さナくてはナらない!」


 ブシュッと音を立て、【楽爆】の首から鮮血が散る。

 感情を剥き出しにして叫ぶ【融滅】の顔には、いつもの憎たらしげな笑みはない。どれだけ募らせたのか分からないほどの憎悪が、復讐の炎が燃え盛っていた。


「もう忘れタか? ならば思イ出させてヤろう【楽爆】!」


 それは、誰もが忘れた遠い過去。

 融けて滅びた、ある愚かな魔女の美しい夢。

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