第九十五話 創世神話
「大地と槍には、大きな因果関係があるらしい」
変なところで博識なリィカネルらしい発言だ。ゆっくりと武器を構える巨人を背に、槍の先を地面に向けて立てる。竜巻のように渦を巻く大地は、不可思議な引力を孕んでいた。
「この島を作った神は、泥の海に鉾を突き立て、掻き混ぜることで形を定めた。創世の神器。それが、槍なんだ」
狐依の最近のブームが神話なのは知っている。
神が世界を作ったり、神同士の交流を描いたり。そういったものを纏めて神話と言うらしい。神さま版の日記じゃねえかと狐依に言ったら、ブチ殺すわよと言われたのであまり良い印象は持っていない。夢のあるものだとは思うが。
日本神話……古事記か。内容は一つも分からないが、確か夫婦の神が槍で日本列島を形作ったとかなんとか……
「気まぐれで槍にした訳じゃない。やはり、モチーフがあるというのは良いものだ。星殻武装の真髄を見せよう」
警戒態勢。巨人を作った時から警戒はしているが、あの槍にも何か特殊な力があるのならば、もう一段階引き上げる必要がある。オーバー・ブレイク以上の何かが……
「大地は流動し、天地は開闢し。今。創世の神となる」
跳躍。立っていてはいけないと、本能が叫んでいた。
刹那、地の果てまで揺らすかのような咆哮が轟いた。直下から、先刻リィカネルが作り出した巨人とは比べ物にならないほどの巨体が、軌光目掛けて手を伸ばしていた。
「冗談だろオイ……」
同時に、真横から迫る巨人の槍。大地が祝福したその槍には、無数のチェーンソーの如き機構が取り付けられていた。
下と横からの挟撃……挟んではいないが。更に、斜め下方ではリィカネルが投擲の構えを取っている。あの三又の槍で大地を操っているというのに何故……そうか。
“いくらでも作り出せるのか”。本体であるガイアネルが存在している限り、この攻勢は一切緩むことがない。
「はは……デメリットも、制限もないとか……意味分かんね」
タイムリミット。同時対処が出来なかった軌光は、まず下方の超巨人の手に握り潰された。骨が数本折れて、両腕の剛腕が一瞬消えかける。能力に全てを頼っていた肩甲骨の剛腕は、とうの昔に消えている。その隙を、巨人とリィカネルは逃がさない。軌光を握った手ごと横に薙ぎ、投擲する。
(右脚と……クソ、肩がヤべェとこまでやられた……!)
軌光を握り潰した手は流動している。つまり、この超巨人は泥なのだ。なんとかして腕を動かし、リィカネルの投擲した槍を腕以外の場所に逸らすことは成功した。
が。ソレは右脚に突き刺さり、また巨人の槍が鎖骨をも破壊して、袈裟懸けに軌光の肉体を痛々しく切断した。
(急に強くなりすぎ……いや、俺が舐めてたのか……)
第四試合、第六試合で自分が強くなったことは実感していた。周囲からも強くなったと言われ、知らぬ間に調子に乗っていたのだろう。リィカネルを見下してしまうほどに。
もしこれが【楽爆】のような強者との試合だったなら。警戒などせずに攻撃に転じ、まずは巨人を叩き潰していただろう。攻撃は最大の防御だと、分かっていたはずなのに……!
見てみよう、などと思ってしまった。みっともない、これではリィカネルに申し訳ないどころの話ではない……!
「ぐっ、ぶ、がば、は……悪かったよ、リィカネル……」
血塗れで、嗤う。獰猛に、飢えた獣の如く。
銃、と言うのだったか。ジェイツという先代最上第九席第一席の神器が、確かそんな名前だった。切断されていない方の肩に近い腕……左腕を天高く掲げ、その形を作る。
天を衝く銃口、人差し指。リィカネルの視線がそちらに向いた一瞬、泥の巨人の更に下方から、視界内に収めることすら難しい大きさの剛腕が出現した。泥の巨人が崩れ去る。
自由落下に任せ、地面に降り立つ。巨人の槍が上空から迫り来るが、これも剛腕が防ぎ、握り潰す。
「殴り合いは出来そうにねえ。だが……!」
痛み。出血。様々な要因が重なって、肩甲骨から生やした二本の腕は維持出来なかった。両腕の剛腕も同様だ。だが、泥の巨人を破壊した剛腕だけは何とか維持する。
リィカネルも三又の槍を作るのを止め、巨人をもう一度作った。厳しく禍々しい腕と、土色の巨人が対峙する。傍から見ればシュール極まりない光景だが、リィカネルはともかく軌光はこれが限界だ。意識を保つことさえ難しい。
「この腕が……! おまえと全力でぶつかってやる!」
質量だけでも、リィカネルにとってはこれ以上ない脅威。加えてそれは、物理法則を無視したかのような速度で飛来する。正に弾丸。泥や土塊程度では、受け止められない。
だが。これが今の軌光の全力なのだ。あの一瞬で致命傷を負ったこと自体、リィカネルにとっては予想外だった。拍子抜けして、どこか残念だった……しかし、今は違う。
これでいい。これがいい。いつもとは違う全身全霊。こんなにも楽しいことがあるか。素晴らしい。
「何か吹っ切れたようだね。力のみならず、精神面でも成長したか……ふふ、やはり君は、凄まじい可能性の権化!」
丁度いい大きさにしたガイアネルを肩に担ぐ。巨人の操作に全神経を集中させるのならば、これが一番いい。
高揚感。ようやく、あの時の続きが始まりそうだ。




