第九十四話 可能性の権化
ヒィスがその報告を受けたのは、決勝戦が始まってから数分が経過した頃だった。事務作業の息抜きとして基地の外に出た紫雲が、偶然と言うべきか必然と言うべきか、彼らの戦闘を発見したのだ。当然紫雲はヒィスに報告する。
やっと厄介な業務が終わり、休憩タイムに入っていたヒィスは少し不機嫌になりながらも、事態を把握するために基地の外に出た。そして、信じられないものを目にしたのだ。
「……ここに絆さんがいれば、白目を剥いていたでしょう」
絆は今、用事があるとかで禁足地付近に足を運んでいる。
ヒィスと紫雲の目に映る光景は、長く殲滅組織の幹部として……“戦闘”に関する神器の使い方を研究してきた者として、到底受け入れられるようなものではなかったのだ。
神器にはピンキリがある。絆の戦蓄神器などは、あまねく神器の中でも最上位に位置する能力と言っていいだろう。
そしてそれ以外にも、能力規模にも差が出る。装備者との相性次第で多少変動こそすれ、そうそう差が生まれるようなことはない。観測史上最大規模を持つのは【楽爆】だ。
彼とネグレイルの相性は、果たしてどうなっているのか。あんなにも大規模な爆発、最初は理解出来なかった。
「そもそもとして、限界値が存在していない……?」
「そう考えるのが妥当ですね。いや、限界値がないというのもそれはそれで理解が追いつかないことなのですが」
それなりの遠距離からでも分かる、土塊の鎧と巨人の完成度の高さ。どれほど神器の練度が高いのか、恐怖すら覚えるレベルだ。何よりも同時展開出来ていることが恐ろしい。
リソースがイカれている。通常、あの二つを同時展開するというのは不可能だ。これから死ぬのが確定していて、仕方ないから命をかけて能力を使おう……とでも言うなら話は別だが、どう見ても戦っているのは同じエスティオンの人間。
そんな覚悟はないだろう。となれば、あの土塊を操っている者は、通常の戦闘であんなことをする可能性がある。
「ここで狩りますか、紫雲。かなりの邪魔者になりそうで」
「それは許さんぞ。アレは、邪魔してはならん」
「……ガラク。戦闘狂のあなたらしくない発言ですね」
ジャラリ、と能力を発動しようとしたヒィスの前に、神具を構えたガラクが立ち塞がった。死神のように鋭い彼の視線が、ヒィスの狩人の如き視線と火花を散らした。
紫雲は後方で口を閉ざしている。こうなったガラクは何を言っても聞かないと、よく理解しているのだ。
「ふっ……戦闘狂。なればこそだ。神器が特殊なのか人間が特殊なのか知らんが、アレはもっと強くなる」
「あ〜……強い敵を狩りたい。そういうことですか?」
「そうだ。グレイディのクソガキを殺した後、アレは己が殺す。どうせ、エスティオンとの大戦争は起こる」
だからこそ、こちらの損害を減らすためにここで殺そうと言っているのです。そう言おうとしたヒィスだったが、無駄だと悟る。もうこちらの目を見ていない。
これだから戦闘狂は不便だ。戦える、殺せると言えばすぐに任務は遂行するが、余計な殺しをしてくるし損害が出ても楽しければそれでいいスタイルだし、こういった場面でも敵を成長させようとする。そろそろ血管が切れそうだ。
が、ここで徹底的に言い争うとなると戦闘に発展するのは必至。流石にそれは避けたい。そのためには、こちらが引くしかない……! 畜生、無力な自分が恨めしい……!
「ヒィスさま。そんな強敵を前にした主人公ぶらずに」
「悪口が旧文明に染まってきましたね、紫雲」
最近、旧文明の文書の復元を任せた影響だろうか。紫雲は漫画という情報媒体に積極的に手を出し、そのお陰で表現の幅が広がってきている。仲間に使う表現ではないが。
「己は訓練に戻る。くれぐれも、アレの邪魔はするなよ」
巨人が暴れ回っているせいで怪獣大決戦のようになっている戦場を見て、嗤いながらガラクが去っていく。一瞬手を出しかけたが、やめる。そんな無益なことはしたくない。
見れば見るほど異常だ。巨人も本体も、この世のものとは思えない強力さ。能力強度・規模共にイカれている。というか、巨人の行動範囲に制限がないのなら、規模は実質無限ではないか。能力で作り出したものの自由度ではない。
どう考えてもここで狩るべきだが……ガラクが邪魔だ。まあ、大戦争で彼が殺してくれるのなら……そう口出しすることでもないが。それでも、十分過ぎるほどに脅威だ。
「渡り合えてる相手も相手ですよ……というか、どこかで見たことがある気がする……あの特徴的な腕は……」
「ヒィスさま。大戦争が楽しみになってきましたね」
「あなたも戦闘狂ですか、紫雲……」
アスモデウスの全員が、エスティオンとの大戦争を心待ちにしている。そこに強敵との戦いを求める者は少ないが。
アスモデウス。其は、捨てられし者たち。波長も目的も違うならず者の集まり。しかし、ある道は違わず。
即ち。エスティオンへの復讐である。
「蹂躙こそが、一番楽しいはずなんですけどねえ……」




