第九十一話 怖気付く
「軌光boyが寝ている間に作戦会議と行こうか」
「そうだな我が息子よ。流石に命に関わりそうだ」
「「「うわ出た」」」
「あこんにちはシュヴェルビッヒさん」
軌光が病室で眠っている間、彼を除いたリィカネル部隊の全員+シュヴェルビッヒが彼らの部屋に集まっていた。彼らの反応を見る限り、シュヴェルビッヒは呼ばれざる来客のようではあるが。綺楼だけが好意的な反応を示した。
「息子よ。端的に表して、焔緋軌光は既に最上第九席レベルの実力を持っている。正面衝突は危険極まりない」
「……だよね。軌光boy、なんだか急に強くなっちゃって」
心当たりがないでもない。黄燐曰く、軌光は神器との繋がりが特別深いんだとかなんだとか。他の神器使いが“装備”しているのに対し、彼は手足の延長と同じ感覚なのだと。
普通の人間が筋トレで自身の肉体を鍛え上げるように、軌光は感情の高まりや精神的成長が、剛腕神器の強化へと直結する。正に、神器と共に在るために生まれたような存在。
「どうする息子よ。第五試合のように棄権しても……」
「いやいやいやいや。決勝だよ? それは有り得ない」
冷めるどころの話ではないだろう。神器部隊内でのリィカネルの立場が、なんとも気まずいものになることも想像にかたくない。それは絶対に避けなくてはならない未来だ。
だが、シュヴェルビッヒの提案にも一理ある。軌光の成長は化け物級であり、とても信じ難いものである。
「ていうかさあ! なんなのアレ!? 【楽爆】と正面から撃ち合って、アンタレスが蒸発する爆発を耐える!?」
「うーん字面が怪物的。これ出来るのまあいないですよ」
「セレムでも耐えるのは無理そうでござるな……」
だが、シュヴェルビッヒ曰く、【楽爆】に全盛期ほどの強さはなかったらしい。数年前の【楽爆】であれば、軌光のラッシュに合わせたカウンターで、彼を殺せていた。
今の【楽爆】の実力は、戦闘特化の最上第九席……渡や兎牙より少し強い程度だろう。唯一圧倒的に勝っている点は、神器の出力か。どれだけ相性が良ければ、あんな規模と威力の大爆発を引き起こすことが出来るのだろうか。
「爆発を耐えたのだけが意味不明だ。他はまだ分かる。この目で見た訳ではないのでなんとも言えんが、【楽爆】の拳による攻撃は、全力時の兎牙と同程度のものだった」
「それでも十分脅威的だよ……全力の兎牙ladyと正面から戦って、勝ったってことだろう? どうなってるんだ……」
ため息を吐くリィカネルを、女子組が見つめる。
彼がここまで後ろ向きになるのも珍しい。何があっても、まあ何とかなるメンタルな部分はあったと思うのだが。
……そうか。軌光が彼の支えとなったのに、その軌光自身が最強の敵として立ち塞がってしまったのか。なるほど確かに、その状況になればここまで悲観的になってもおかしくはない。一難去ってまた一難とはこのことか。
「り、リィカネル……大丈夫よ。いくら軌光でも、試合で誤ってあんたを殺すことなんてない……はず、だから……」
「確証は持てんでござるな……大丈夫だとは思っているでござるが……ノっている時の軌光殿は計り知れん……」
「軌光boyに殺されるなら、別にいいかな……はは……」
「は? 待って私もそのポジションになりたいんだけど」
「いかん! 狐依殿のよく分からんスイッチが入った!」
狐依と飛燕が茶番に入り、使い物にならなくなった。
リィカネルとシュヴェルビッヒは大真面目にもう終わっただのなんだの言って絶望している。
(……軌光さん専門家の飛燕さんが分からないと言っている以上、命が惜しいなら棄権が無難でしょうね)
冷めた目でリィカネルを見る。リーダーだのなんだのをこじらせたあの事件以降、綺楼はどうもリィカネルのことが好きになれなかった。甘ったれた精神が気に食わない。
「は〜……よし。よーしもういい。もう十分だ」
だが、ある部分だけは信頼している。
リィカネル部隊に所属していて、一番人間的な成長を見せてくれたのはリィカネルだ。リーダーとしてのコンプレックスを、過去を乗り越え、立派に皆を導こうとしている。
そこは素直に尊敬している。いくら人には向き不向きがあるとはいえ、そう誰でも出来ることではないからだ。
その中で、リィカネルが最も輝く瞬間。それは、逆境。
「そもそも僕の目的は軌光boyとの再戦だ。勝つことじゃない。よし、うじうじする時間は十分にとれた」
自然と口角が吊り上がる。
そうだ。リィカネル・ビットはそういう男だ。時に後ろ向きになろうとも……部隊の人間がいるから。親友との約束があるから。最後には、絶対に前を向くのだ。
「戦うよ。僕の気持ちを、真正面から軌光boyにぶつけてやる! 例え彼が、どれだけ強くなっていようとも!」
結局自己完結だ。この時間はなんだったのか……
いいや。それは今はいいか。誰かの手が不要なのだとしても、誰かがいないと答えが出せないことはある。
人間とはそういう生き物なのだ。例外はない。
「……勝てるといいですね」
小さな、小さな声での呟きは……
誰にも、聞こえなかった。




