第九十話 決着
「小細工なしだ。真正面から、震砲を叩き込む」
「しんほうがなんだか知らねえが、かかってこいや」
最早面白い、とすら感じていた。何度逆転しただろう。
確実に勝った、と思えば覆される。死力を尽くしてそこから逆転しても、また覆される。コロコロと変わる優位に戸惑いながら、しかしこんな戦いを心の奥底では求めていた。
(リィカネルと戦んのは、もっと楽しいんだろうなあ)
どんな戦いになるのだろうか。考えただけでも胸が躍る。
いかん。目の前の戦いに集中しなくては。凄まじい覇気を醸し出しながら、【楽爆】がこちらを見ている。折れた腕はそのままに、もう片方の腕を腰だめに構えている。
さっきの激痛を走らせる技だろうか。であるならば、こちらも同じ技で迎え撃とう。そうか。震砲と言うのか。
「分かっているのだろう。これで、勝敗が決まると」
「おまえがやられるかどうかは甚だ疑問だが、少なくとも俺は限界だ。リィカネルみたいに越えるのも面白ェけどな」
「はっ……安心しろ。俺も、そろそろ再生が追いつかん」
にやり、と同タイミングで笑った。
前進。レギンレイヴ流の縮地と、【楽爆】の力任せな縮地は、本来【楽爆】のものの方が速かったのだが……負傷の影響か、それとも軌光の縮地の練度が上がったのか。
奇しくも、同じ速度だった。筋肉の膨張による、インパクトの瞬間に生じる爆発的な威力。そして、剛腕を利用したブースト加速。そのどちらが優れているのかは……
今は、どうでもいいことだ。一つだけ、この交錯において気にするするべきことは……どちらの意識が続くのか。
(手加減はせん。していない。今の全力を!)
(勝ちてえ。勝てる。勝つ! 俺が勝つ!)
拳と拳が逸れることはなく、正面から衝突した。真っ直ぐに伸びた両腕は、衝撃の一切を彼らの体から逃がさない。
もし、今もエスティオンの人間が試合を見ていたのなら。誰もが口を噤んだのだろう。誰もが目を見開いたのだろう。誰もが、その音に耳を傾けたのだろう。
無音だった。旧文明における大砲がぶつかったような交錯は、しかしまったくの無音だったのだ。ただ、本人たちも気付かぬ内に限界を越えていた二人だけが、聞こえていた。
肉体の破壊される音が。肉体を破壊する音が。その果てに鳴り響く、命の爆ぜる音が。内側で鳴り響いたのだ。
「……やりゃ出来るじゃねえか、なあ」
先に両脚を折ったのは【楽爆】であった。
立ったまま気絶した軌光に、最高の笑みを送った。
「自慢の弟よ」
――――――
「負けですか。誰もそれを観測してはいませんが」
「いーや負けだよ。俺の負け。ま、焔緋軌光は認めねえんだろうけどよ……最後まで立ってたのはあいつだよ」
試合後。既に欠損を再生した【楽爆】は、黄燐による簡単な診察のみで元通りに動ける体となっていた。どこを調べても異常なし……それが、何よりも異常なことなのだが。
「あなたがいいならいいですけど……で、なんで負けたんですか? そう簡単には納得しませんよ」
「焔緋軌光が強かった。それだけのことじゃねえか」
「その理屈で行くと、彼は二つ目の名を得ることになりますがよろしいですか? どう考えても、そんな実力は」
「あー分かった分かった。本当にいい性格してんなおまえ」
ポリポリと恥ずかしげに後頭部を掻いて、呻く。
「そうだよ。俺が弱くなった。何度も言ってるが、俺の使命は終わってんだ。体が勝手に死にかけてんだよ」
「……あなたの死体を手に入れたら、解明するとします」
「物騒だなオイ。あそう、俺が弱くなったのは認める。今のディヅィと戦ったら絶対勝てねえ。だが、これも同時に認めとけよ。焔緋軌光は強かった。それだけはガチだぜ」
「分かってますよ。彼は十分、最上第九席の器だ」
二つ目の名を持つ者は、現在五名。
【尽殺】ゼロ。
【鏖獄】斥腐黒雪。
【幻凶】鬼蓋宗光。
【融滅】エルミュイユ・レヴナント。
そして、【楽爆】。
その中で【楽爆】は、単純な戦闘能力のみで言えば最上位に位置するとされていた。しかし、今回の試合とその結果を見る限り……もう、そのような実力はないのだろう。
故にこそ、軌光は勝てた。故にこそ、傍虎絆は殺されなかった。【楽爆】はもう、二つ目の名に相応しくない。
「もう隠居するさ。扱いに困るだろうが、ディヅィのことはよろしく頼む。ゼロにも伝えといてくれよ」
そう告げて、【楽爆】は立ち上がった。
考える。【楽爆】の使命とはなんだったのか。それを果たした今、彼は死ぬしかないのか。避ける道はないのか……情報がなさすぎる以上、こちらからは何も出来ない。
扉に手をかけた状態で、【楽爆】は立ち止まった。あーだのうーだの恥ずかしげに悶えて、捻り出すように一言。
「……世話になった。ありがとな」
「本当ですよ。迷惑ばかりかけられました」
厳しいなあおい、と苦笑して、【楽爆】は退室した。
軌光が強いだの弱いだの、【楽爆】にはもう実力がないだのなんだの……今は、どうだっていいか、そんなこと。
もう会えないのだろう。悲しみが、胸に満ちる。
「それでも……楽しかったですけどね」
第六試合。勝者、焔緋軌光。




