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第八十九話 人の考え方

(出来るっちゃ出来る……身体構造は基本同じだからな)


 痛みによる気絶というのは、案外難しい。直接脳を揺らすか、度を越した疲労や負荷がかかりでもしない限り、人間というのはそうそう意識を手放さないようになっている。

 軌光は特別頑丈なのだ。手から震砲を流した程度では、気絶しないのは当たり前か。侮っていたことを認めよう。


 (だが。【出来る】と【やれる】は違うんだ)


 机上の空論、というやつだ。理論的には、軌光は震砲を再現出来る。が、実践出来るかどうかとなると話は別だ。

 習得に五年かけた。敵の体のどこに触れても、同じダメージを通せるように。そしてそのダメージは、敵が常人であれば……否。ディヅィほどの強者であっても、痛みだけで気絶するようなものでなくてはならない。

 寧ろ、五年で習得出来たことが異常なのだ。本来ならばもっと年月をかけて、計り知れない努力の先に……


「こうやってたよなあ……っとォ!」


 地面を抉りながら迫る軌光の右腕を、流すようにして左腕で受けた。体の位置を入れ替えながら、打撃を……


「…………………………あん?」


 知覚が遅い。脳が痛みを認識する“間”がある。

 これは、あれだ。遥か昔にゼロと戦った時の感覚。死にも近い痛みを、脳が限界まで引き伸ばして拒絶する時の……


「っ……!!?? ぐ、おあ、あああああ!!!???」


「おー出来た出来た。ちょっと難しいなあこれ」


 痛みで脳がバグる。五感に異常をきたす。自身で編み出した、純度100%のオリジナル技だ。似たようなものはあれども、ここまで力任せな技は存在していないと断言出来る。

 それも、【楽爆】基準の力任せだ。一発放っただけでも、そんじょそこらの神器使いであれば筋肉が弾け飛ぶ。


 (何故だ……! そう簡単に再現出来るはずがない!)


 事前情報が足りない。この焔緋軌光はどんな技を習得していて、それはどんな原理で敵に影響を与えている!

 黄燐から無理やり聞き出した話によると、一時期レギンレイヴにいたのだったか。道理で性格に合わない技術的な動きが出来る訳だ。その中に、震砲に似たものがあったか。

 否。だとしたら余計に理解出来ない。技術として震砲に似たものを習得している者ならば、力任せという要素が尚更受け入れられないはずだ。何故こうも簡単に……


「体の全てを使う。持てる全てを使い切る」


 蹲る【楽爆】を見下ろす形で、軌光が拳を振りかざした。

 エスティオンに、決まった流派はない。増えすぎた神器使い、積み重ねすぎた歴史は、各々の独自に編み出したやり方を肯定する。それ故に、軌光は深く理解していた。

 戦う意思を持たぬ彼らが、何故このような“戦い方”を模索したのか。それはきっと、受け入れていくために。

 どのような死も、悲しみも。こうして理不尽なまでの力に蹂躙されることも。己の、己を支えてくれる全ての力を使い切り、抗うことが……きっと、受け入れることだった。


「それがレギンレイヴ流だ」


 技術を。そして、剛腕の力を載せた拳。

 それが今、【楽爆】の脳天に


「いいなあ。実に人間らしい考え方をする」


 爆裂神器ネグレイル。接触をトリガーとして爆発を引き起こす能力を持った、鎖状の神器である。

 彼の予想とは裏腹に、軌光は炎を推進力を得るためだけに使用した。【楽爆】は、その炎が直接攻撃に用いられた際、僅かながらでも抵抗するために……肌が露出している全ての部位に、ネグレイルを巻き付けていた。

 接触をトリガーとして爆発を引き起こす能力を持つ。


「だが。ただ力を以て蹂躙し、人の心を打ち砕き。世界のために命を使う。それが、神のするべき考え方だ」


 上空から試合を観測しているアンタレスが蒸発した。クレーターから立ち上る熱とは比べ物にならない。声を出すことも出来ずに、軌光は爆発の衝撃で意識を奪われた。

 煙幕かの如き蒸気の中で、【楽爆】だけが立ち上がった。全身についた土を払い、ゴキゴキと首を鳴らす。


「俺は神の子だが……まあ、同じようなもんだよな」


 震砲とは訳が違う。下方から襲い来る熱と衝撃。爆発によって生じる閃光と爆音。人間と同じ身体構造をした軌光の意識を奪うには、十分過ぎるほどの情報量だった。

 修復を開始した右手で、軌光の首を掴む。骨を軋ませながら持ち上げ、閉じた瞼の向こう側をじっと見つめた。


「……勝てよ。兄弟喧嘩の常識を覆せ。おまえが魔神獣を殺すんだろうがよ。俺の役割はもう終わってんだ」


 全身が痛い。あれほどの爆発のダメージは、流石にすぐには消せないようだ。軌光にブチこまれた震砲のダメージもまだ残っている。内臓と、骨を何本か持っていかれた。

 それでも立っている。前提として備えが出来ていなかったとはいえ……この程度で、気絶していいと思っているのか。


「おまえが勝つべきなんだ。俺の勝利に、意味は……」


「ごちゃごちゃうるっせえなおまえなんなんだ」


 軌光の両脚が、【楽爆】の腕に絡みつく。体重をかけて捻ると、バキイ! と豪快な音を立てて折れた。

 痛み。しかし、【楽爆】は笑った。


「さっきも言っただろうが、喧嘩中によく分からんこと言うんじゃねえ。お互い限界だろうが……最後まで、やんぞ」


 好戦的な笑みを浮かべて、大地に降り立つ。

 これが、最後の攻防になるだろう。

 今。拳を構えた。

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