表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/117

第八十八話 地獄の釜の底で

『これは、別に無視しても構わない提案だけどね』


 リィカネルの言葉だった。第六試合開始前に軽く話した際に、こんなことを言われたのだ。彼らしい発言だった。


『技の名前は決めておいた方がかっこいいよ』


 彼の戦った第二試合を思い出す。【リミット・ブレイク】に加えて、【リミット・オーバー】。そしてそれを前提とした超必殺技……【オーバー・ブレイク】。

 気合いを込めるという意味でも、今繰り出している技を自覚するという意味でも、戦闘中に叫ぶのは納得だ。そして確かにかっこいい。とても有難いアドバイスだ。


「今思い出したぜ。それじゃいっちょ、やりますか」


 両拳をぶつけて打ち鳴らす。立っているだけで汗が噴き出し、肌が焼けているようにも錯覚するクレーターの中で……神の子らは対峙する。瓜二つの、笑顔を浮かべて。

 兎牙と戦った時のように、軌光は肥大化させた剛腕を自らの両腕に直接纏わせた。“これから殴ります”と宣言しているかのように固く握られた拳。【楽爆】の技術をフル活用すれば、真っ向から撃ち合うことも可能だろうが……

 その拳の、指の隙間から溢れ出す炎を見た時、【楽爆】はその考えを捨てた。アレは、紛うことなき神の一柱。


「……多分、触ったらアウトなタイプだなァ」


 形だけの抵抗として、自身の肌が露出している部分にネグレイルを纏わせる。と言って、【楽爆】のこのタイプの勘は外れたことがない。恐らく無意味なのだろう。

 神器を防御にのみ集中させたところで、剛腕神器のこの炎は防げない。この、業火の迫り来るが如き死の気配は……!


「悪いが防戦一方になってもらうぜェ!」


 ただ戦い、殺し続けるだけの長い年月の中で。血流を操作し、一部分の筋肉を一瞬だけ膨張させる技術を学んだ。間合いの外にいる敵に、気付かれぬ間に接近する為のもの。

 レギンレイヴ流戦闘術では、【縮地】と呼ばれるものに近い。しかし、【楽爆】のソレは根本的にある部分が違う。

 即ち、“ただの力任せである”ということ。

 クレーターの中にクレーターを生み、軌光の脳がソレを理解するより先に、顔面に拳を叩き込んだ。同時にネグレイルを爆発させ、頭部そのものに致命的なダメージを……


「おめえも意外とワンパターンだよなァ」


 刷り込まれていた。

 この試合に限らず、今までのどんな戦闘でも、軌光は肥大化させた剛腕のみを使っていた。しかし、剛腕神器には何も肥大化させなければ使えない縛りはない。

 顔面そのものを守るようにして、丁度軌光の頭部と同じサイズの剛腕が彼を守っていた。爆発の衝撃のみが入る。

 そして。衝撃を受け流す技術は、既にレギンレイヴが教えてくれている――――――


「歯ァ食いしばれ。ツインドライヴ・ファイアナックゥ」


 リィカネルに教えてもらった、英語という言語での【拳】はナックル。だが、どう考えてもナックゥと発音した方がかっこいいのではないか。飛燕は猛反対して来たが。

 流れるような発音の方がかっこいいに決まっている。そもそも技名を決めるというのはかっこいいからであり……


「アンリミテッド・テンペストォ!!!」


 正しさがどう、とかは気にするべき部分ではない。

 両腕の剛腕の手の中に生まれた炎は、俗に言うエンジンであった。直角に折り曲げた腕の、肘の先まで流して噴出させる。“殴る”直前の拳にブースターを付けたようなものだ。

 生身の腕ではないことをフル活用し、本来なら両腕が吹き飛ぶレベルの負荷がかかる殴打を、技の名前通りほぼ無限に繰り返す。軌光からは【楽爆】の顔すら見えぬ。

 常人であれば確実に死ぬ密度。兎牙の前で実演した際も、装甲は容易に破壊されるだろうと評された。

 が。


「随分かっこつけた名前じゃねえか。だが、長ったらしい」


 忘れてはならない。

 敵は二つ目の名を持つ者である。

 笑い、嗤い、壊し尽くす。壊滅の申し子である。


「コンパクトにしなきゃなあ……【震砲しんほう】」


 敵は、【楽爆】なのである。


 (何、が……!)


 ソレはすぐに訪れた。

 大きく振りかぶった【楽爆】の右手は、まず嵐の如く繰り出される軌光の拳を掴んだ。動きの止まった一瞬、それはつまり軌光と【楽爆】の接触面が完全に固定された一瞬。

 レギンレイヴ流戦闘術とさして変わらぬ。触れた場所から衝撃を流し込む技術。しかし、再度提示しておこう。

 【楽爆】が用いる技術の中に、縮地や発勁によく似たものがある。しかし、彼とレギンレイヴ流戦闘術は、根本的にある部分が違う。即ち。

 ただの力任せであるということ。


「がっ、ああ! ん、ああああああ!!!」


「はっははははは! どしたァ叫んでばっかかァ!?」


 腕を起点として全身に伝播していく衝撃。どれだけ流そうとも注ぎ込まれるダメージ。耐え難い苦痛。

 全身の筋肉と骨がズタズタに破壊され、神経節が無遠慮に引き裂かれるような感覚。意識が遠のいていく。


 (……終わりだな。ディヅィも大概痛みに強ェが、これを喰らったあとは寝込んでた。流石のこいつも耐えられん)


 絶叫が掠れ出した頃、【楽爆】は手を離した。直立不動で下を向く軌光は、完全に気絶していると見ていいだろう。

 よく頑張った。だが、兄弟喧嘩は兄が勝つものだと……


「痛っっっってえなあ〜……どうやったんだてめぇ」


 誤算。最後の焔緋軌光は、まさか、これほどの。


「俺にもやらせてくれよなァ!」


 これほどの、肉体を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ