第八十八話 地獄の釜の底で
『これは、別に無視しても構わない提案だけどね』
リィカネルの言葉だった。第六試合開始前に軽く話した際に、こんなことを言われたのだ。彼らしい発言だった。
『技の名前は決めておいた方がかっこいいよ』
彼の戦った第二試合を思い出す。【リミット・ブレイク】に加えて、【リミット・オーバー】。そしてそれを前提とした超必殺技……【オーバー・ブレイク】。
気合いを込めるという意味でも、今繰り出している技を自覚するという意味でも、戦闘中に叫ぶのは納得だ。そして確かにかっこいい。とても有難いアドバイスだ。
「今思い出したぜ。それじゃいっちょ、やりますか」
両拳をぶつけて打ち鳴らす。立っているだけで汗が噴き出し、肌が焼けているようにも錯覚するクレーターの中で……神の子らは対峙する。瓜二つの、笑顔を浮かべて。
兎牙と戦った時のように、軌光は肥大化させた剛腕を自らの両腕に直接纏わせた。“これから殴ります”と宣言しているかのように固く握られた拳。【楽爆】の技術をフル活用すれば、真っ向から撃ち合うことも可能だろうが……
その拳の、指の隙間から溢れ出す炎を見た時、【楽爆】はその考えを捨てた。アレは、紛うことなき神の一柱。
「……多分、触ったらアウトなタイプだなァ」
形だけの抵抗として、自身の肌が露出している部分にネグレイルを纏わせる。と言って、【楽爆】のこのタイプの勘は外れたことがない。恐らく無意味なのだろう。
神器を防御にのみ集中させたところで、剛腕神器のこの炎は防げない。この、業火の迫り来るが如き死の気配は……!
「悪いが防戦一方になってもらうぜェ!」
ただ戦い、殺し続けるだけの長い年月の中で。血流を操作し、一部分の筋肉を一瞬だけ膨張させる技術を学んだ。間合いの外にいる敵に、気付かれぬ間に接近する為のもの。
レギンレイヴ流戦闘術では、【縮地】と呼ばれるものに近い。しかし、【楽爆】のソレは根本的にある部分が違う。
即ち、“ただの力任せである”ということ。
クレーターの中にクレーターを生み、軌光の脳がソレを理解するより先に、顔面に拳を叩き込んだ。同時にネグレイルを爆発させ、頭部そのものに致命的なダメージを……
「おめえも意外とワンパターンだよなァ」
刷り込まれていた。
この試合に限らず、今までのどんな戦闘でも、軌光は肥大化させた剛腕のみを使っていた。しかし、剛腕神器には何も肥大化させなければ使えない縛りはない。
顔面そのものを守るようにして、丁度軌光の頭部と同じサイズの剛腕が彼を守っていた。爆発の衝撃のみが入る。
そして。衝撃を受け流す技術は、既にレギンレイヴが教えてくれている――――――
「歯ァ食いしばれ。ツインドライヴ・ファイアナックゥ」
リィカネルに教えてもらった、英語という言語での【拳】はナックル。だが、どう考えてもナックゥと発音した方がかっこいいのではないか。飛燕は猛反対して来たが。
流れるような発音の方がかっこいいに決まっている。そもそも技名を決めるというのはかっこいいからであり……
「アンリミテッド・テンペストォ!!!」
正しさがどう、とかは気にするべき部分ではない。
両腕の剛腕の手の中に生まれた炎は、俗に言うエンジンであった。直角に折り曲げた腕の、肘の先まで流して噴出させる。“殴る”直前の拳にブースターを付けたようなものだ。
生身の腕ではないことをフル活用し、本来なら両腕が吹き飛ぶレベルの負荷がかかる殴打を、技の名前通りほぼ無限に繰り返す。軌光からは【楽爆】の顔すら見えぬ。
常人であれば確実に死ぬ密度。兎牙の前で実演した際も、装甲は容易に破壊されるだろうと評された。
が。
「随分かっこつけた名前じゃねえか。だが、長ったらしい」
忘れてはならない。
敵は二つ目の名を持つ者である。
笑い、嗤い、壊し尽くす。壊滅の申し子である。
「コンパクトにしなきゃなあ……【震砲】」
敵は、【楽爆】なのである。
(何、が……!)
ソレはすぐに訪れた。
大きく振りかぶった【楽爆】の右手は、まず嵐の如く繰り出される軌光の拳を掴んだ。動きの止まった一瞬、それはつまり軌光と【楽爆】の接触面が完全に固定された一瞬。
レギンレイヴ流戦闘術とさして変わらぬ。触れた場所から衝撃を流し込む技術。しかし、再度提示しておこう。
【楽爆】が用いる技術の中に、縮地や発勁によく似たものがある。しかし、彼とレギンレイヴ流戦闘術は、根本的にある部分が違う。即ち。
ただの力任せであるということ。
「がっ、ああ! ん、ああああああ!!!」
「はっははははは! どしたァ叫んでばっかかァ!?」
腕を起点として全身に伝播していく衝撃。どれだけ流そうとも注ぎ込まれるダメージ。耐え難い苦痛。
全身の筋肉と骨がズタズタに破壊され、神経節が無遠慮に引き裂かれるような感覚。意識が遠のいていく。
(……終わりだな。ディヅィも大概痛みに強ェが、これを喰らったあとは寝込んでた。流石のこいつも耐えられん)
絶叫が掠れ出した頃、【楽爆】は手を離した。直立不動で下を向く軌光は、完全に気絶していると見ていいだろう。
よく頑張った。だが、兄弟喧嘩は兄が勝つものだと……
「痛っっっってえなあ〜……どうやったんだてめぇ」
誤算。最後の焔緋軌光は、まさか、これほどの。
「俺にもやらせてくれよなァ!」
これほどの、肉体を。




