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第八十三話 復讐

「お〜痛ェ……ほら着いたぞキャッツ、降りな」


「すいません組長……あいてて、にゃあも限界で……」


 軌光にやられた傷はまだ痛むが、それよりもそろそろ+5に帰らないとアルウェンティアがキレる。キャッツを回収しながら、鬼蓋はなんとか基地まで辿り着いていた。

 エスティオンから車を強奪し、痛む腕と少し歪んだ視界の中を運転し続け……+5の超距離移動用神器を装備した部下と合流するまで、体感だが気の遠くなるような時間をかけた。


「まさか二人とも負けるとはねえ……だがまあ、あんたはリィカネル・ビット。儂は焔緋軌光……逸材は見つけられた」


「にゃ! 味方になってくれたら凄く心強いにゃあね!」


「……そうだね。味方になってくれりゃあ、役に立つね」


 +5に車庫はない。証拠隠滅も兼ねて車を破壊し、基地内へと足を進める。そこには、かつての文明があった。

 機械式の開閉門、電気の力で動く機器。家族が一緒に出掛けて食事を摂り、制服を着た者たちが飲み物片手に街中を練り歩く……ごく普通の、旧文明ではありきたりな光景。

 これが+5。魔神獣によって滅びた世界に唯一、かつてと同等の文明を築いた理想郷……【幻凶】の楽園。


「おかえりなさいませ、ご主人様。これより私が為します無礼をお許しください。私もう我慢出来ませんので」


 門を潜った鬼蓋たちを出迎えたのは、フリフリの沢山ついたメイド服を身に纏った、無機質な表情のメイド。

 外部からの侵略を防ぐべく作られた、戦闘用人形メイド。そのトップに位置する人形……名を【タンバリン】。以前鬼蓋が頭を叩いた際に「カンッ!」という小気味良い音が響き渡り、それを気に入ったのでそんな名前をつけられた。

 同時に、+5の幹部の一人でもある。

 軌光に殴られた腹部を押さえる鬼蓋の前に立ち、タンバリンは大きく右手を振りかぶる。人間を模して精巧に作られた関節が連動し、パァン! と音を立てて鬼蓋の頬を叩いた。


「申し訳ございません。しかし、私は以前お伝えしたはずです。くれぐれも、無茶はなさらないように、と」


「タンバリン姉、いくらにゃんでも……!」


「キャッツ。あなたもあなたです。何故ご主人様に同行しておきながら、無茶を止めも咎めもしなかったのです」


 振り切った手を戻しながら、キャッツの頬も叩く。戦闘以外の機能を持たぬタンバリンは、その表情が変わることも一切ないが……どこか、怒気を孕んでいるように見えた。

 戦闘用メイドに感情はない。しかし、タンバリンは戦闘用メイドたちのトップであるが故に、後からの付け足しではあるが、人間の感情にも近い機能をプログラムされていた。

 その技術者こそが、+5幹部の一人……


「今回ばかりは、私も庇えないよ……姉御」


「……ドールハウス」


 ドールハウス。人形を作る能力を持った神器に、+5の技術の全てを記憶した頭脳。そして常軌を逸した器用さを持つ小柄な女。タンバリンの設計者でもある。

 また医者でもあり、鬼蓋等幹部たちの専属医としても働いている。人形を使えば、専門分野など意味を為さない。


「前回の検査で、少なくとも胃袋と肝臓、膵臓。それと大腸に……癌が見つかっている。気色悪いほどの体力と気合いが姉御を動かしてるんだろうが……もう、限界だ」


「はっ……何が問題なのさ。儂は最大基地外戦力と神器部隊を同時に相手取って、その上生還したんだぜ?」


「アルウェンティアの助けがあって、ギリギリ生還だ」


 普段のドールハウスは、こんなこと言わない。アルウェンティアに次ぐ最古参の幹部であり、基本的には鬼蓋の言うことをすぐに信じ、従順に従うのがドールハウスだった。

 彼女の言葉通り、鬼蓋の体はもう限界だった。二つ目の名を持つ者の中でも、最弱と言えるほどに弱体化している。鬼蓋が本来の実力を発揮出来ていれば、リィカネルたちに敗北しかける可能性など……万に一つもなかったのだ。

 事実、いくら軌光が特別な存在だとはいえ……幹部ですらない者に敗北している。+5にとっても衝撃だった。


「……分かった、今後無茶は控える。神器があれば、多少の治療も可能なんだろう? しばらくはそっちに専念することにするよ……怒ったおまえたちは怖い。ハーフレンズは?」


 幹部最後の一人、ハーフレンズ。主に戦闘以外の分野を担当している初老の男であり、鬼蓋の世話係でもある。


「今は中央でございます。すぐにお会いになりますか?」


「いいや、いないならいい。それより……客だ」


 機械式閉会門の向こう側で、地響きがあった。それが収まると、鬼蓋にとっては見知った顔が現れた……【融滅】。

 見たことのない不機嫌な顔をしながら、彼女はぶっきらぼうに告げる。


「鬼蓋くん。言い忘れテいたが、契約は終了だ。こレからはただの二つ目の名ヲ持つ者同士。それダけ言いに来た」


「律儀だねえ……分かってるよ、助かった。ああそうだ、一つだけ聞かせてくれないかい。リスク管理がしっかりしてるあんたが、愉悦のためだけにあんなトーナメントに参加する訳がない……何の思惑があって、参加したんだい?」


 ピクリと【融滅】の眉根が動く。


「……飛燕狭霧の絶望は、見ておキたかった。それと……」


 ズバズバものを言う【融滅】らしからぬ、絞り出したかのような小さな声。瞳には、純粋な憎悪があった。


「あの男への、復讐のために」


 推薦者である渡にすら隠していたこと。

 最早微塵程度にしか残っていない、【融滅】の、人間らしい感情の発露だった。果てのない、絶望であった。

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