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第八十二話 決着の拳

軌光と鬼蓋の共通点として、難しいことを考えられない。考えたくない、ではなく……“考えられない”。

 アルウェンティアやその他の幹部、技術者の力を借りて神器を改造したはいいが、鬼蓋はそのシステムを理解して技を作り出すのに数年かかり、使いこなすのにまた数年使った。

 本質的に、何も考えない殴り合いが一番好きで得意。呆れるほどに分かりやすい、二人の共通点だった。


「ルッルァ!」


「ばぐぉ……ッはァ! クッソ……がァ!」


 喉元目掛けて繰り出された軌光の拳を、半身を逸らすことで鬼蓋が回避する。一瞬、隙だらけの体勢を晒した軌光。そして鬼蓋は、それを逃がすほどの弱者ではない。

 首を掴み、全力で叩きつける。固く枯れた大地であるというのに、それでも尚バウンドするほどの威力。

 一瞬、頭の中が白く染まる。同時に襲い来る、肺の中の空気が全て押し出される不快感と瞬間的な窒息。それらが消え去り、視界が開いた時には既に……その拳は、眼前に。


「吹っ飛びなァ!」


 理解し難い現象であった。

 叩き付けられた衝撃でバウンドし、それなりの高身長であるはずの軌光が、これまたそれなりの高身長である鬼蓋の胸の高さまで浮かび上がったのだ。それも、無防備な状態で。

 純粋な身体能力のみで繰り出された拳が、軌光の脇腹に突き刺さる。骨が何本か折れる感覚……悪くは、ない。


 (小細工なしってだけで……楽しいなァオイ!)


 空中で身を捻り、倒立のような体勢で停止。急速に迫り来る鬼蓋を見据えながら、バキン、と関節を鳴らす。

 旧文明においてはプロレスと言うのだったか。倒立した状態で海老反りし、鬼蓋の拳を躱す。そのまま彼女の首を脚でホールドし、地面に突き刺すようにして頭から叩きつける。脚力のみで繰り出される、擬似ジャーマンスープレックス。

 しかし当然のように鬼蓋はノーダメージ。頭が埋まった状態で地面を殴り、浮かび上がった大地の欠片を無差別に吹き飛ばす。凄まじい速度。当たれば致命傷にすらなり得る。

 躱す。無差別な攻撃というのは、回避が難しいように見えてその実そうでもない。一つも当たらないこともある。


「テキトーしやがってなァ! こっち見ろやァ!」


 隙だらけの腹部に拳を叩き込む直前、瞬間移動かと思うほどの速度で軌光の背後に回る鬼蓋。全身の関節を連動させながら右ストレートをブチ込む……結果すら、見えていた。

 けれど。鬼蓋は一つ、勘違いしていた。

 例え本人たちが心の底から殴り合いを望んでいても、神器は変わらずそこにある。加えて剛腕神器と軌光の相性は良いなどという次元ではなく……同化とすら称される。


「どうやって動きやがったてめェ!」


 振り向きざまに腕を振る。鬼蓋の拳を減速させることすら能わぬものだったが、それと同時に鬼蓋は、背後に引っ張られるような感覚に囚われた。否、事実引っ張られていた。

 軌光が望んだ訳ではなく、彼の熱い思いに剛腕神器が反応したのだ。肥大化した剛腕が鬼蓋を鷲掴みにし、軌光と引き離す。それがあまりに自然で、軌光は気付かなかった。

 これを好機と見た。後方にズレた鬼蓋に瞬時に追いつき、右拳を引く。腰を捻り、放つ。全力のストレートを……!


「終わりだァ!」


「ぐっ……む、は、なるほど……」


 背後から鬼蓋を握りしめている剛腕が、軌光のストレートによって生じるダメージを逃がさない。内臓と、折れてはいけない部分がいくつか折れる感触。耐え難い激痛。

 理解。焔緋軌光と剛腕神器は、やはり同化と評すべきなのだろう。少なくとも軌光自身に、神器の能力を使う兆候はなかった。一般的な神器の暴走とは違うが、これもまた暴走と言うべき事象。能力が、無意識の内に発動するなどと。

 やはり欲しい。エスティオンで、魔神獣を殺すためだけに生きるのは勿体ない。もっと、高尚な目的のために……


『ノックダウン! 第四試合の勝者は焔緋軌光だ!』


 黄燐の実況が聞こえる……そうか、倒れていたのか。あれほどのダメージが体の中で暴れた……無理はない。

 このトーナメントに出場した、二つ目の名を持つ者たちの内……二名が敗北した。異常に異常を重ねた、有り得ざる事態……観客席は、荒れに荒れた。怒号と歓声が飛び交う。


「ンだよ、こんな呆気ない終わり方……すっきりしねえぜ」


「ん、んん……そうヘソを曲げるな、焔緋軌光。儂はいつでも、おまえさんが戦いたければ受け付けてやるから……」


「お、マジで? じゃ今度遊び行くぜ! なはは!」


 こうして、一つの区切りである第四試合は終わった。

 楽園の守護者、【幻凶】鬼蓋宗光。エスティオンの人間の中に、彼女の敗北を予想出来ていた者がいるだろうか。二つ目の超新星が勝利することを、誰が信じていただろうか。

 単純な拳と拳のぶつかり合いにおいて、焔緋軌光は二つ目の名を持つ者をすら凌駕することが証明された。


 (素晴らしいな……くく、無駄ではなかった……!)


 両手を広げて倒れ、天を仰ぎながら鬼蓋は嗤った。

 第四試合。勝者、焔緋軌光。

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