第七十七話 知識の敗北
「どんだけ頭が良くて、戦闘能力があっても……経験がねえだけでこうなっちまう。一つ勉強になったなァ、戦蓄?」
絆のコピーした能力の中に、この状況を覆せるものは存在していない。【楽爆】の握力であれば、ここから絆が何かする前に、首を握り潰して頭を胴体と切り離せるだろう。
五柱……神の欠片を持つ絆も、敗北する。二つ目の名を持つ者は……こんなにも、隔絶した実力者だった。
「忠告だ。おまえを否定するつもりはねえが、やろうとしてるこたァ間違いだ……おまえの焔緋軌光に近寄るな」
「じゃあ……一つ、教えてくださいよ、【楽爆】さん」
この状況で取り引きを持ちかけるか。命が危険だというのに……実に面白い。いい度胸をしている……
「いいぜ。答えられることなら何でも答えてやる」
「あなたは誰の子で、何が目的なんですか」
そりゃ二つだな、というのはギリギリで飲み込んだ。
絆的に、気になっているのだろう。第三試合開始前の、一つ目の名は焔緋軌光という発言が。そして、神の事情を知っている彼からすれば……“どの神の子”か、ということも。
「ふむ……まず俺はイヴの子だ。原初の神、最初のなり損ない。生誕星イヴ……エスティオンの地下で眠ってる」
ゼロと何らかの関係性があるとされる神である。
絆も初耳だった……生誕星という名前。神には、星とつく称号が各々与えられている。本当の名前を呼ばれないパターンも多く、事実ゼロは恐慌星のことを名前で呼んでいない。
神は人との間に子を作らず、神と神が子を作ることもまた有り得ない。やはり、イヴは子に関する能力を持っている。
「んで、目的は……お母ちゃんのやろうとしていることを代わりにしてえだけだ。色々迷惑かけちまったからなあ、そろそろ親孝行するべきだと……子供ながらに思ったんだ」
嘆息。とりあえず、欲しい情報は入手出来た。
ある人物が、この世界……神の世界が辿るべき道筋を示している。多くの者はそれを知らず、知っている者はそれに従い世界のステージを進めようとしている……だが。
絆だけは違う。人として、神以外に知り得ぬ情報を得た以上……最大限人として、するべきことがあるだろう。
「もういいかァ? おまえポテンシャルはあるから殺さずにおくが、戦蓄神器だけはもらっときてえんだが」
「流石にお断りです。ここからでも全力で抵抗しますよ」
バチバチと、火花を散らしそうな勢いで視線を交わす。本当に面白い男だ……首を握られ、実質的に心臓を握りしめられている状況だというのに……何故好戦的なのか?
分からない。弱者の側に回ったことのない、常に強者であり続けた【楽爆】には……その思考回路が理解出来ない。
「……いいなァ、おまえ。気が変わったぜ、おまえがコソコソ何かしようが、どうせ他の神が止めるんだ」
豪快に笑い、絆の頸動脈に指をかける。絆自身も、死ななければそれでいいようで……薄く微笑んで、なんの抵抗もなくそれを受け入れた。ゆっくりと力が籠る。
気絶させれば、この試合の勝敗は決まるだろう。最早トーナメントも何も関係ない、傍虎絆と【楽爆】の決闘のような試合だったが……一応、形式的な勝敗は必要だ。
「じゃあな。次に会える時を楽しみにしてるぜ」
血流が止まり、脳へ血が回らなくなる。暗転していく世界の中で、しかし絆は更なる計略を練り始めていた……
第三試合。勝者、【楽爆】。
――――――
((なーんて、諦める訳がない))
試合終了から数時間が経過した頃、なんの因果なのか、絆と【楽爆】の思考回路は完全に一致していた。無駄にデカい図体でエスティオン基地に潜む【楽爆】と、治療が必要ということで周囲に誰もいない、暗い病室の中の絆。
一度戦ったきりだが、【楽爆】にはよく理解出来る。強い信念を持っている者は、ただ一度の敗北すら譲れないものなのだ。あそこで引き下がることには、必ず意味がある。
即ち、誰にも見られない状況。人為戦争のスキップ、焔緋軌光への接触……絆はまだ、まったく諦めていない。
故に阻止する。試合が終わり、自分の根城に帰る……という、偽の情報をエスティオンに流し、己にとって最も有利な状況を作ってから。【楽爆】に、一切の油断は有り得ない。
(悪いなァ、まだそっちの軌光に教える訳にはいかねえんだよ……感動的な母との再会は、まだおあずけだ)
絆は勘違いしている。ただの戦闘狂、大雑把でガサツな、まるで皆のよく知る焔緋軌光のような性格であると。
違う。【楽爆】という破壊の権化は、与えられた目的遂行のために必要な力も頭脳も、その全てを生まれた時から持っている。神から与えられた、ギフトの一つとして。
ここから絆の計画を阻止する方法はいくつかあるが……一番理想的なのは、絆がエスティオンの敵になることだ。
(そのために必要なのは何か……くく、名も知らぬエスティオン職員くん。この世界のために、犠牲になってくれ)
基地内のどこかで火災が発生した。翌日の第四試合に向けて、職員のほとんどは試合場の調整に出ているので、人的被害はない……だが、残った全員の意識はそちらに向く。
予想通りだ。焔緋軌光との接触のみが目的である絆は、裏を返せば他の人間全員を自分から遠ざけようとする。
「だから俺は、こうすればいいってワケ」
通気孔を這い、火災の中心に降り立つ。湧き上がる煙はその巨躯を隠し、【楽爆】が火の中にエスティオン職員の遺体を放り込んだことも、アンタレスが映し出すことはない。
この火災を引き起こしたのは誰か? 本来この基地にいないはずの【楽爆】を除き、その可能性がある外部の人間、即ちキャッツは、今もアンタレスが監視している。
そして、病室のアンタレスに映っていない、唯一の人物は誰か……そう。傍虎絆、その人だ。長時間、帰ってこない。
「任務完了、さーマジで帰ろっと」
絆は油断していた。【楽爆】が、“人的被害を作る”とは思わなかったのだ。焼死体は火災鎮圧後、職員が発見する。
そして、試合場を見に行っている軌光及び鬼蓋は、この基地にいない。傍虎絆は、エスティオン基地内で火災を引き起こし、その上職員を一名殺害した。立派な大罪人である。
傍虎絆は、二度目の敗北を喫した。




