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第七話 【楽爆】

「よお、勝手にもらってるぜ。相変わらず美味えなあこれ」


「……【楽爆】さん。いくらあなたでも怒りますよ」


 軌光の意思を確認した黄燐は、彼を医務室に送り届けていた。これから体に関する健康状態の精密検査の予定だ。

 自室はいい。あの場所だけは仕事のことを忘れられる。最上位研究員として、立場を越えた指揮権限を持っている黄燐は、体はともかく精神がとにかく疲れ切っていた。

 ベッドに身を投げ出して、少し暴れよう。そう思っていたのだが、そこには思わぬ来客が居座っていたのだった。


「そう言うなよお。俺とお前の仲じゃねえか」


「最近【融滅】の動きも怪しいんです。最大基地外戦力の一人として基地に入るのは構いませんが、あまりこう……表立った行動は避けていただけたい。もっと自分の力を」


「あーわかったわかったわかったよう。うるせえなあ……」


「だァれのせいだと思ってんですかこの畜生めがァ!」


 んまん、と咳払いして椅子に座る。こんなに声を荒らげることは基本的にないのだが、彼が相手なら話は別だ。

 名を【楽爆】。エスティオンの付けた二つ目の名前だ。その絶対的な戦闘力への畏怖と敬意を込めた、彼を表すのに相応しい名前。彼は楽しむように万物を爆砕する。


「ていうか。なんでいるんですか? 今日は指定した任務があったはずですが? また気分とか言わせませんよ?」


「……」


「気分なんですねクソが」


「いや、いやいや。それ以外の理由もあるぞう?」


 彼の……【楽爆】の立ち位置は少々特殊だ。それ故に、黄燐が行動の全てを把握しているのだが……彼は“気分”の一言で突拍子のないことをする。制御不能の極みだ。

 例えば、以前は任務で制圧した人間を連れてきて無理やりエスティオン隊員にするし。基地周辺を耕しもした。


 彼の言葉を信じてはならない。これは最早常識だ。


「なんですか他の理由って。またくだらないものじゃ……」


「焔緋軌光、だったか? 俺にはわかるぜ。剛腕は特別な神器だからなあ、ちいと様子を見に来たんだよ……」


「む、それっぽいですね。名前知ってるあたり特に」


 そういえば、そうだ。忘れていた。

 【楽爆】は戦闘のスペシャリスト。彼と同じ枠組みの人間は何人かいるが、その中でも“戦闘”に区分すれば彼を上回る者はいない。そんな彼は、神器に関しても敏感だ。

 否、敏感を通り越した何かがある。まるで、この世の全ての神器を把握しているかのような、そんな何かが。


「会わせてくれよう。なんか運命を感じるんだよう」


「……ダメです! 彼も彼で、大事な時期なんですから!」


「ドケチがァ……大事っつって健康診断みてえなもんだろ? 俺と会った方が絶対ためになる……わぁったンな顔するんじゃねえ! キレさせたらその顔するのやめやがれ!」


 隠された黄燐の得意技、威圧。かつて師匠と慕った人は地平最凶とも呼ばれる、恐ろしいマッドサイエンティストだったが、その彼女をもって「ちょっと怖い」と言わせたのだ。

 流石の【楽爆】もたじろぐ威力。クソがよォ、と言いながら退出する大柄な背中をため息を吐きながら睨んだ。


「まあ……いいか。どうせこんな狭い世界、いつか巡り会うこともあらあな。俺には今、待っててくれる人がいる……」


「というと? あなた、共同生活不向きレベル百なのに、一緒に生活してくれる人を見つけられたんですか?」


「どうしようブン殴ってもいいかなこいつ」


 事実を言われた時が一番腹が立つ。

 一応はエスティオンと協力する方針の【楽爆】が、何故普段は基地にいないのか……それは、彼の絶望的な対人能力の低さにある。厳密にはコミュニケーション能力は十分にあるのだが、尺度が違いすぎて分かり合えないのだ。

 そんな彼と一緒に暮らせるとなると……その人もやはり人外なのだろう。【楽爆】が二人……想像したくもない。


「そうだなあ……分かりやすく言うと“娘”だ。突然襲いかかってきたんだが、ちょいと素質があったから攫ってきた」


「倫理観はこの際無視するとして……大丈夫ですか? その子があなたについていけるとは……思えませんが」


「逆だよ。寧ろ、俺が振り回されてらァ」


 目を剥く。彼の人外エピソードは規格外すぎて、一般人の尺度に修正するのは難しいのだが……旧文明に合わせて言うのなら、単独で国家転覆が可能なレベルである。

 その彼を、振り回す? 頭がおかしいんじゃないのか?


「今度会わせてやるよ。もしかしたら、俺の跡継ぎはあいつになるかもしれねえ……その時を楽しみにしとくんだな」


「はあ……わかりました。期待せずに待っておきます」


 度肝抜かれるぜ〜と呟きながら、今度こそ【楽爆】は退室して行った。彼と同じ枠組みの者は、彼を入れても五人。もう一人追加される可能性も、もしかするとあるのか?

 ……また、情報処理が面倒臭くなりそうだ。


「まあいいか……やっと休める……」


『黄燐さん? 健康診断終わりました、すぐ来てください』


「了解しました、すぐに向かいます。それと【楽爆】さんは今後一ヶ月は基地への立ち入りを禁止してください」


 アンタレスの通信を切り、眉間を揉む。

 死ね。そうも思った。

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